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ためらっていた言葉を口に出したことで、タガがはずれたのでしょうか。クロエ様は一気に喋りはじめました。
「まず最初は我が家の若い庭師ですわ。あの方を見てすっかり駄目になってしまいましたの。それから御者や荷運びの使用人、最終的には執事までが肩を持っておりました! とにかく誰彼構わず彼女に魅了されてますのよ。挙句の果てには庭で一番綺麗に咲いた薔薇が、いつの間にか彼女の部屋の花瓶に刺さってる始末。何もしていないのに次から次へと好意を持たれるなんてこと、ありえます?」
もちろん私だったらありえません。ですが正直、シャル様ならそのぐらいの贔屓は、ごく当然のように感じます。
「絶対に、人気のない所で手当たり次第に誘惑して、自分の信望者をふやしているのです! いいえ、あれはもう奴隷と言っても差し支えないぐらい骨抜きですの」
酷い話ですわ、とクロエ様は憤慨しました。
ですが私の知る限りシャル様は、そんな方ではありません。
自分自身がすっかり虜にされている自覚はありましたが、それでもやはり違うと感じました。そりゃあシャル様がその気になればその程度はお手のものだと思いますが、彼女の行動としてはしっくりこないのです。そのような手あたり次第なやり方、むしろシャル様とは正反対です。
「もちろん証拠はありませんが間違いありません! でなければセザールがあんな……。あっ、いえ、なんでもありません。とにかく、彼女といると男性はみんなおかしくなってしまうようですわ」
うっかり呟かれたセザールという名前は、クロエ様の婚約者しか思い当たりません。そして彼はあの日のお茶会にも当然、出席しています。……なるほど、彼女がお茶会で鬼のような顔をしていた理由がわかってきた気がいたします。
クロエ様は妙に興奮していて、切羽詰まった緊張感がつたわってきます。
「とにかく、本当に油断ならない女です! アデライド様もうっかり奪われないように十分にお気をつけになって下さいね!」
「ご安心ください。我が家に奪われて困るような高級品はありませんから」
「まあ、ほほほ!」
彼女は、まるで面白い冗談を聞いたかのように笑いました。
「ええ本当に、今がご不在でなによりでしたわ! あと一週間で、シャルロット様と入れ替わりで帰ってくるご予定でしょう? 顔を合わせないのがなによりですわよ」
「………………」
一週間で入れ替わりに帰ってくる方といえば、私の知る限りお一人しか心当たりがありません。
「ふふっ。まあいつも尊大な態度のあのお方が、誰かにすっかり心を奪われている姿を見てみたいような気もしますけれどねえ! ……あら、ごめんなさい私ったら」
なにを想像しているのか、クロエ様がくすくすと笑い声を漏らしました。
……なんでしょうか、この脂ぎった食事を食べ過ぎた後のような不快感は。彼女はご親切にも私に助言をして下さっているのです。それがどれほど見当違いな間違いだったとしても。
まずは気持ちを落ち着けてもらい、ゆっくり誤解を解いていくべきだと口を開きました。
なのに、どうしてか私の口からは全く違う言葉が飛び出しました。
「――おっしゃりたいことは、それだけですか?」
「え……」
なんだかいつもの自分の声と違うように聞こえた気がします。
クロエ令嬢は顔を青くしていました。まるで口にしてはいけない事を言ってしまったと、ようやく気がついてしまったかのように。