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「ア、アデリー?」
シャルロット様は、本心から私に同情して下さったのだと思います。ですからその相手から強く否定されるなど、考えてもいなかったのでしょう。
「好き好んで戦場に行く者などいない、そうおっしゃいましたね。その意見には同意しますわ」
「……そ、そうでしょう? だから……」
「ですが私が断れば、別の誰かが行くのです」
さもなくばいずれこの国は別の国に支配され、さらに悲惨なことになるでしょう。
「現国王陛下は非常に温和で、平和的な方です。知識が豊富で頭の回転がよく、戦にならないよう極限まで回避に努めて下さっているのもわかっています」
それでも、戦いを仕掛けてくる相手全てが説得されてくれるわけではありません。我が国のような新興国なら、なおさらです。
どうしたって、誰かが行かなければならない。
「私は、第二王子殿下はいつ戦場で亡くなっても不思議はないと思っています」
「そ、それは、争いの場に行けば誰でも……」
「ええ、もちろん。ですがあの方は特に危険な戦い方をされていますから」
基本、王族の出兵といえば多くの兵士に身を守らせながら、大軍を率いていくのが基本です。兵士たちはなにがあっても王族を守るように厳命され、部隊が多いほど動きも鈍くなり、自然戦いも長期化する傾向にあります。
一方殿下は、ごく少数の信頼できる兵士たちと共に特攻し、相手の将を狙い撃ちします。上手くいけば最小限の被害で勝利を得られますが、もちろん簡単なことではありません。
「奇襲や陽動、スパイ行為に寝返り。あらゆる汚いと言われる手段を用い、卑劣な悪魔として畏怖されていますが、まともな人間なら何度死んでいるかわかりません」
異常なまでの嗅覚のよさと、戦時の心理戦を読み解く才覚。なにより自らの犠牲をいとわない特攻精神が相手の裏をかいて、綱渡りのような勝利をもたらしているのです。
「それに大軍同士のぶつかり合いになれば、その分多くの人間が犠牲になります。自国の兵士はもちろん……相手国の兵士も」
あまり知られていないことですが、第二王子殿下が出征した時の被害は驚くほど少ないのです。
負けたはずの相手国は被災地が少なく、統治者が変わった後も以前とさほどかわらない生活を送れているといいます。むしろ重税から解放されてより豊かになった、こんなことなら早く変わってくれていたらと冗談をいうほどに。
「まあ本人は、単に大軍を率いるのは性に合わないからだと言ってますが」
私は思わず苦笑しました。
どっちだってかまわない。現実に、どんな理想論者たちよりも多くの人間を救っているのですから。
「私はあの方の下で働いている自分を誇りに思っています」
真っすぐに視線を見つめ返すと、 初めてシャルロット様がたじろぎました。