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俺に出来ること

 アリィたちの手助けをすると決めたその日から行動を開始する。店の再建を目指す、とは言っても簡単な事じゃない。


 人間の姿であれば……そうでなくともせめて人と会話できればやりようはいくらでもあるのだが、残念なことに猫は人間の言葉を理解できても、人間は猫の言葉を理解することができない。それはこの世界でも同じ。動物と会話する魔法なんて物もないらしい。


 あくまでも猫として、彼女らの手助けしなければならない。


 まずはどうして返済が滞っているのか、その原因を探ることにする。


 手始めに一週間ほど、店の様子を向かいの屋根の上から眺めていたが、パン屋の経営はあまり上手くいっていないようだった。


 客足は遠く、店内はいつ見てもガラガラ。パン屋のかき入れ時であろう朝や夕方でさえ、ちらほらと入る程度。それも顔ぶれがほとんど変わらない所を見るにお得意様が来てくれるだけのようだ。


 お得意様も近隣のジジババや騎士隊の男連中といった、あまり口コミを広げなさそうな客層ばかり。このままだと経営が改善される見込みはない。


 パンの質はいい。他の店とも食べ比べてみたが、贔屓目無しに見ても頭ひとつ抜けているとは思う。


 なら客が来ないのはなぜか。


 まず立地が悪い。人の往来が激しい通りから外れているのに加えて、市場からも遠い。店の宣伝も行っていないので、ほとんどの住民に存在すら知られていない可能性が高かった。


 次に品揃え。他の店より少なく差別化も出来ていないのだ。食パンやクロワッサンのような、あまり変わり映えのしない物だけでは、通りからも市場からも離れた場所まで買いに来る客はそういない。


 集客に関しては、俺が店先で招き猫として客を呼び込めばある程度の増加は見込めるだろうが、恐らくそれだけでは固定客が増えることもなく、焼け石に水程度の利益にしかならないはずだ。


 何か、この店ならではの強みが必要だ。


 しかし、経営難の状態でパンの種類を増やすのはリスクが高すぎる。新しいパンを開発するまで時間も材料を揃える費用もかかるだろうし現実的ではないだろう。


 何か画期的なアイデアはないものか。


『アハッ、アハッ、また難しい顔をしてるな。兄弟』


 うんうんと悩みながら町を歩いていると聞きなれた笑い声がして、目の前にトンッとシャム猫が飛び降りて来た。


『腹でも減ってんのか? 新しい餌場を見つけたんだ。結構デカイ獲物が獲れるんだぜ。一緒にどうだ?』


『いや、今のところ餌場事情は大丈夫だよ。ありがとう』


『そうか? オマエにはいろいろ世話になったからな。なにかあればいつでもなんでも言ってくれよ』


『あぁ、頼りにしてるよ。兄弟』


 シャム猫とはあの籠の中からずっと持ちつ持たれつの付き合いが続いている。町での生活の仕方を教えてもらう礼に、俺は餌を確保できる穴場や人間へ食べ物の催促の仕方を教える。といった具合だ。


 最初、籠の中で会った時はどうにも間の抜けた奴だと思っていたが、野良猫としては頼りになる。今はお互いに有益な情報を交換し合う、良い猫仲間だ。


 しかし、今回はあまり頼りになりそうにない。残念ながら彼は頭を使う事柄には向いていないのだ。


 俺は再び歩き出すと、シャム猫も追従してくる。


『最近、アリィの所に入り浸ってるみたいじゃねえか。人間の方からもかなり気に入られてるみたいだしな。だが、気を付けろよ。あんまり人間に気に入られちまうと、食われちまうからな』


『なに? どういうことだよ』


 唐突に繰り出される不穏な忠告に思わず足を止める。するとシャム猫は大袈裟に辺りを警戒しながら、そっと身を寄せ耳打ちする。


『ここだけの話だけどよ。人間は自分の気に入った猫を食っちまうんだ』


『そんなバカな』


『本当だって! 実際にオレは言われたんだ。人間に……食べちゃいたいくらい可愛いってよ!』


 おぉ、恐ろしい! と言わんばかりに身震いするシャム猫。逆に俺は肩透かしを食らった気分になる。


『なんだ。そういうことかよ。それは言葉のあやだ。実際に食べたりはしないよ』


『ん? そうなのか? まあ、オマエが言うんならそうなんだろうな! ところで言葉のあやってなんだ?』


『こう、感情が高ぶった時とかに、なんて言ったらいいか分からないことがあるだろ? そういう時に思わず口走る言葉だよ。本当に食べたいと思ってるわけじゃない』


『へー、相変わらず色んなことを知ってるな! オマエは! アハッ、アハッ』


 彼は適当な説明でも感心してくれるから楽で助かる。本当はもうちょっと複雑な意味とか意図があると思うが、あんまり難しいこと言っても理解できないだろうし、これでいいだろう。


 まあ、俺も食べたいくらい可愛い、なんて感情に陥ったことないから真意は分からんが。


 ……いや、待てよ。この発想は使えるかもしれない。


 可愛い食べ物……キャラクター商品を展開すれば売れるんじゃないか? 食を目で見て楽しむ文化は元の世界でも存在していたし、この世界でも通用するかもしれない。


 それに実際、日本でもアニメのキャラクターをモチーフにしたパンは売られていたし、需要はあるはずだ。


 問題は何をモチーフにするかだが、やはりここは猫だろう。食パンなら軽く形を変えるだけで済むし、それなら材料を変えたり増やしたりしなくていい。手間も金もかからず、失敗した時のデメリットも少ない。


 なにより町の住民は猫好きが多いし、日本でも猫をモチーフにした商品は人気だった。それと合わせて俺が集客すれば新規客も増えて話題性も上がる。猫が店員をしている店や駅は経済効果が爆上がりしたと聞いたこともある。


 猫が売る猫パン。これはイケるんじゃないか。


『ありがとう、助かったよ! 今度また旨い飯でも奢るからな!』


『ん? おぉ、なんかよくわからんが、どういたしましてだぜ』


 アハッ、アハッ、と嬉しそうに笑うシャム猫を残し、俺はさっそく市場調査へと駆け出した。


 これだけ猫のいる町だ。もうすでに猫商品を展開している店があるかもしれない。それが雑貨や服なら問題ないが、飲食店やパン屋が先行していたら問題になりかねない。この世界に著作権があるかどうかは不明だが、避けられる問題は避けるべきだろう。


 そんな懸念点を払拭するべく、町を見て回った結果として、猫商品は存在しなかった。というか、動物をモチーフにした物自体がほとんどない。海の近くに魚を模した看板を見かけたくらいだ。


 もちろん、猫が店員をしてるような店もなかった。


 こうなると逆に失敗する可能性が高くなってくる。前例がないので、住民がそういう類の物に興味を示さない、そもそもの需要がない、という可能性があるからだ。しかし、こればかりはやってみないことには始まらない。


 問題はどうやって俺の案を伝えるかだ。この体じゃ人間と会話出来ないどころかペンも握れない。


 前世であれば資料を作り、俺の案の有用性を懇々(こんこん)とプレゼンするところだが、さて、どうする……?


 せめて資料さえ作れれば、なんとかなりそうなんだが。


 ……そうだ。アレを使えば猫でもどうにかなるかもしれない。そうと決まれば、さっそく準備へ駆け出した。

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