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【完結】異世界で猫になったからのんびり暮らしたい  作者: 猫柳渚
第四章:エルフの少女と新米騎士
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急襲

 翌日、朝日が昇ると共に目を覚ます。すでに開店準備は終わっており、アリィも登校前の駐屯所への配達準備を終えて護衛の騎士が来るのを待っていた。


 今日はパン屋の前に在住する人間ではなく、駐屯所から新しく着任するらしい。だが、時間の五分前になっても騎士が来る様子はない。どうしたのだろうと、アリィもそわそわし始めた。


 パンの入った大きな籠を持って、所在なさげに佇むその姿はまるで童話に出てくる子供のように可愛らしい。


 だが、初日から遅刻ギリギリになるとはとんだ騎士だな。このままだとアリィが学校に遅れてしまうし、向かいの建物から呼んでこようと、俺は屋根裏から身を乗り出した。


 そこで大通りの方面に、不自然に佇む人影を視界の端で捉える。


 騎士団の軍服に、細身の鎧を身に付けた少女。よく見てみれば顔に見覚えがある。ラムダだ。けれど彼女は立ち止まって動こうとせず、道路の端で隠れるようにして立ち止まっていた。


 恐らく、彼女がアリィの新しい護衛なのだろうが、どうしてこっちに来ないんだ?

 怪訝に思いながら路上に飛び降りてラムダに近づいてみる。表情も以前のような凛々しさはなく、どこか不安気にアリィの様子を窺っていた。


 この感じは、知っている。初期の――いやまあ今もだが――ミクロアが他人に対して示していた反応と似ていた。


 初めて訪れる現場ならまだしも、ラムダは前にもパン屋の警護はしていたはずだ。その時は別に人見知りした感じもなかったのに、何をそんなに怯えているんだろう。


「にゃー(なにしてるんだ?)」


 と声をかけてみれば大袈裟に驚いて俺を見た。


「あ、あなたは……研究施設にいた猫さん……?」


 どうしてここに、といった様子でしゃがみ込み俺へと手を伸ばそうとする。撫でるのか? それは別に構わないが、先にアリィと合流した方がいいんじゃ。


「騎士さまー!」


 そうしているとアリィの元気いっぱいな声が響き渡る。ラムダは即座に手を引っ込めて顔を上げ、立ち上がると駆け寄ってくる少女を迎えた。


「おはようございます。今日のごえいの人、ですよね? あ、前にお店を守りに来てくれたおねえちゃん!」


「お久しぶりです。アリィさん。改めてご挨拶を、本日からあなたの護衛を任されました。ラムダ・ヨークスです」


 ピシッと背筋と左手の指先までを伸ばし、右手を胸に当て、肘は地面と平行するようにきっちりと上げて敬礼のポーズを取りながらラムダは告げた。


 ラムダはさっきまで浮かべていた不安顔をキリッと引き締める。


 格式ばった挨拶に、アリィはたどたどしいながらも敬礼を真似して返した。


「今日からよろしくねがいします!」


 と、頭を下げる。それを見て、ほんのりとラムダの表情が和らいだ。


「お迎えが遅れてしまい申し訳ありません。では、行きましょうか」


「はい!」


 元気な返事と共に歩き出す二人。いつもならここで俺も別れて町に繰り出すのだが、今日は少し胸の奥に不安があった。ラムダの不可解な行動や暗い表情を見たかもしれない。何もないとは思うが、ちょっとだけ後をついて様子を見ることにした。


 しばらくはアリィが一方的に喋って、ラムダは周囲を警戒しながらも相槌を返しながら歩いていたのだが、不意にアリィは喋るのを止めてじっとラムダの顔を見つめた。


 そうしておもむろに籠からパンを取り出すとラムダへ差し出す。


「ラムダさん、これ食べてください」


 ラムダは驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべた。


「え、いえ、今は勤務中ですので……」


「でも、元気ないよ。お腹が空いてるんじゃないの? 今日は寝坊して朝ごはんたべられなかったんですよね! わたしも寝坊して朝ごはんたべられなかったときは元気がでないの。いっしょですね」


 ニコーッと笑いながらアリィは言った。子供は他人の気持ちに敏感だと言うがアリィは特にその辺りの感覚が鋭い。そして気遣いが直接的だ。


 対してラムダはバツの悪そうな表情で目を泳がせる。


「い、いえ、そういうわけでは……」


「それにお父さんが言ってたの。たくさんの人をパンで幸せにしたいって。だからね、このパンをたべればラムダさんも元気になるよ!」


 そこまで言われてしまえば受け取らないわけにもいかないだろう。ラムダは遠慮がちにパンをアリィの手から貰い受けて、口へと運んだ。


「――おじょうちゃん」


 パンがラムダの口へ触れる寸前、どこからともなく呼び声が聞こえた。


「おじょうちゃん、おじょうちゃん」


 身を固まらせる二人へさらに呼びかける。声のする方を見れば、横にある路地の奥で老婆が立っていた。ニコニコと満面の笑みで、ラムダとアリィに向かって手招きを続けていた。


「……わたし?」


 アリィの問いかけに老婆は頷く。怪訝そうにしながらも誘いに乗ろうとするアリィをラムダが制止した。


 明らかに怪しい。それはラムダも感じているようで、警戒を強めながら老婆へ問いかけた。


「どうかしましたか。困りごとなら、私が対応しますが」


 ピタリ、と手招きを止めて老婆は完全に動きを静止させる。まるで動画の停止ボタンを押したみたいに、手招きをした状態のままで。


「お、おじょう、じょうちゃ、ん。ちゃん、おぉじょう――」


 まるで壊れた機械のように体をがくがくと震わせて支離滅裂に声を発し始めた。異様な光景に、アリィは驚き後ずさる。


 ラムダはただ老婆を見つめていた。その表情に余裕はなく恐怖が滲み出ていて、パンを握る手にも力が入っているのか、猫の形がへしゃげている。


「――ああ、ああああああ!」


 すでに言葉すらなくなった奇声を発したかと思った刹那、老婆の両腕がいきなり伸びた。狙いはアリィだ。


 それを悟った瞬間に俺は駆け出す。同時にラムダがアリィの前に出た。老婆の手がラムダの右腕と首を掴む。その拍子に、パンが彼女の手から離れて地面に落ちた。


「あぁ、あああぁぁ、ちがう、ちがうちがうちがうちがうぅぅぅ!」


 完全に普通じゃない。俺は向かう先をアリィから老婆へと変更し、路地へと飛び込むと同時に跳躍して老婆の顔面を爪で引っ掻いた。斜めに数本の傷が刻まれ、老婆はまるで断末魔のような叫び声を上げる。


 その隙にラムダは腰に()いた剣で老婆の腕を切り、自分の拘束を解く。伸びていた腕が縮み、斬られた両腕で顔を覆い、叫ぶような呻き声を上げながら痛みを堪えるように蹲った。


 ラムダは剣を鞘に戻し、アリィに告げる。


「今の内に、逃げましょう!」


 駆け出そうとして、たたらを踏む。いつの間にか周囲を複数の人間に囲まれていた。騒ぎを聞きつけて、という感じではない。あらかじめ示し合わせていたかのように、けれどフラフラとどこか虚ろで生気の感じられない集団。


 そいつらはみんな、アリィを見つめている。


 どうする、このまま突破して騎士団の駐屯地まで走るか? しかし、相手が人間……中身は違うのかもしれないが、人間と同じ姿をしている以上、人混みに入るのはリスクが大きい。


 駐屯所まではまだ距離がある。それに――。


 ちらりとラムダの表情を窺ってみれば、彼女はアリィと同じかそれ以上に恐れを抱いているようだった。こんな状態でアリィを守りながら走り続けるのは危険だろう。


 それならと、俺は生気のない人間がいない路地へと駆け込んで二人に呼びかけた。


「にゃあ!(こっちだ!)」


 まずはアリィが走り出し、少し遅れてラムダが付いてきた。しばらくして後ろを振り向いてみれば集団も追いかけてきている光景が飛び込んでくる。


 しかも、それなりに速い。このままでは追いつかれる。


 それをラムダも悟ったのか、アリィを抱え上げると走る速度を上げた。どうやら身体強化の魔法を使ったらしい。


 俺も速度を上げて路地を駆けた。積まれた荷物をなぎ倒す音が響き渡る。集団は諦めずに追いかけてくるのが見なくても分かった。


 それならと、俺は進路を変える。さらに細い道へと入り、塀の上や民家の隙間を縫うようにして駆け抜ける。この道は本来、猫しか通らない場所だが身体強化をしているラムダなら問題なく付いてくることが出来ていた。


 集団もしばらくは追跡して来ていたようだが、次第に距離が開き、音も気配もなくなっていく。それでも念には念を入れて、追いかけてくる人影がなくなっても走り続けた。


 そうして辿り着いたのは建物に囲まれ、閉塞された広場だった。

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