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【完結】異世界で猫になったからのんびり暮らしたい  作者: 猫柳渚
第四章:エルフの少女と新米騎士
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不気味な静寂

 俺が町へやって来てから半年が経過した。海からは冷たく厳しい風が吹き込み、冬の到来を予期させる。


 人々の装いは厚くなり、猫の体毛もふんわりと膨らみ始める。この世界に来て、つまりは猫になって初めて体験する”冬”という季節。本格的に飼い主を探さなければならないのだが、どうしても気掛かりなことがあった。


 アリィについてだ。クルントはミクロアに対して転移魔法が必要なのは”異界の神”とやらを復活させることが目的であると話していた。そのために転移魔法が必要だったのはなんとなく分かる。


 だが、アリィはなぜ狙われたのか? 奴らはレノアの借金を名目にアリィを連れて行こうとしたわけだが、それが異界の神の復活にどう関係しているのだろうか。


 奴らに関してはドレイナ率いる調査団が調べているので俺が心配することじゃないんだろうが、どうにも気になる。


 パン屋の周りはシャム猫や他の猫たちに見張りを頼んであるので、何かあればすぐに知らせるようには言っているが今の所は平穏無事、怪しい人物がうろついているということもない。


 というわけで何か情報はないかと日々、町を歩き回っておかしな事が起こっていないかを独自に調べていた。


 首都からやって来た調査団は騎士団の駐屯所に在籍している。護衛や連携が取りやすいためだろう。魔法陣が奪われてからすでに一ヵ月近くが経過しているにも関わらず、特に進展はないようだった。


 手がかりと言えばクルントの残した言葉と、モータルが抵抗した時に落とした変な仮面だけ。確かにたったそれだけじゃ、捜査が難航するのも無理はない。


 ミクロアは転移魔法を作った本人として度々、捜査に協力しているようだった。今はモータルやリーダンたちと一緒に空間魔法を応用して仮面の持ち主を特定する魔法の開発に勤しんでいるようだった。


 けれど一からの開発なので時間がかかるだろう。ただ、そこまで時間の猶予があるかは分からない。


 もっとこちらから動いていかなければ手遅れになってしまうかもしれない。町の猫たちにも仮面を着けた人間や変な目玉を見かけたら教えてもらえるように周知はしているが、目ぼしい情報は上がってこなかった。


 今の所、不審に感じるくらい何も起こってはいない。これが嵐の前の静けさでなければいいのだが。


 今日も今日とて収穫がないまま日は赤く染まる。夕日に照らされながらパン屋へ向けて歩いていると、騎士に引率されながら歩いているアリィを見かけた。


 レノアとアリィが狙われているのは騎士団も把握しているので、以前よりも増して二人の警備は強化されている。今では行き帰りもこうして護衛の騎士が付くというVIP待遇だった。


 やり過ぎとは思うが、登校途中で襲われた過去もある。その件が伝わっているかどうかは分からないが、相手の得体が知れない以上、警戒するに越したことはない。


 アリィも見張られていることにストレスを感じている様子はなく、誰かと共に歩くのを楽しんでいるようだった。逆に見張りの騎士を学友と一緒になって囲んで遊ぶ場面を何度も見ている。騎士の方が彼女の元気に圧倒される始末だ。


 今も横で歩く騎士隊の男と楽しそうにおしゃべりしている。自分が狙われていることは知っているはずだが、そんな事情なんてまるで気にした素振りすら感じられない。


 ふと、アリィと目が合う。屋根の上を歩く俺へ手を振る。


「あ、ヨゾラだ。おーい!」


 呼ばれて俺はアリィの前に降り立ち、足元へ近づけばヒョイと抱え上げられる。


「手、冷たいねー。でも体はあったかーい」


 横抱きで手足の肉球をふにふにと握られながら、ぎゅっと優しく抱き締められる。子供特有の高めの体温と、ふわりと焼き立てのパンの香りに包まれ、一日中歩き回った手足の疲れが解されていく。まさに至福。自然と喉も鳴り始める。


「その猫、ヨゾラって言うんだね。よく駐屯所にも遊びに来てるよ。君の飼い猫だったんだ」


 猫を抱えるアリィを微笑ましく見下ろしながら騎士の男は言う。


「ううん、わたしは飼ってないよ。パン屋だから、猫は入れないの」


「え、でもこの首輪は……」


 言いながらちらりと首輪に付いたタグを確認する。


「魔法研究所の職員証……? こっちにはなんか魔法陣が描かれているけど」


「なんだろうね。わたしにもよくわからないの」


 えへへ、と笑うアリィに苦笑いを返す騎士。しばらく不審物を見るような視線を向けられたが、魔法研究所関係なら無害だろうと判断したのかパン屋に到着する頃には警戒は解けていた。


「騎士のお兄ちゃん、送ってくれてありがとうございました!」


「どういたしまして。向かいの建物で見張っているから、何かあったらすぐに助けを呼ぶんだよ」


 そう言って騎士はアリィと手を振り合いながらパン屋の向かい側にある建物へと入って行った。クルントの事件後、パン屋の警備を強化するにあたって簡易的な騎士の駐屯所として買い取ったのだそうだ。


 元々いた住民は、ノーレンスの襲撃で被害を被ったせいか、買い取りの申し出をあっさりと受け入れて立ち退いてくれたらしい。


「じゃあね、ヨゾラもバイバイ」


 律儀に俺にも別れを告げてパン屋へと入って行く。店には何人か客がいて、帰って来たアリィと親し気に挨拶を交わしていた。そんな光景を見ながら、俺はパン屋の屋根裏へ。


『ただいま、変わりないか?』


『おう、兄弟。問題ないぜ』


 すっかり居ついたシャム猫が俺を迎えてくれる。


『そろそろ寒くなってくるし、どっか暖かい場所を見つけないとなー。オマエはどこか良い場所見つけたか?』


『ああ、まあな。でも他にも探してるところだよ』


 ここは雨風を凌ぐことは出来るが冬を越すには少し心許ない。夜とかはもう普通に寒いし。今も身を寄せ合って温め合わなければ風邪を引いてしまいそうなくらいだ。


 俺は最悪、研究施設に身を寄せようと思っている。ミクロアに飼われるつもりはないが、あそこなら食べ物もあるし、図書室ならずっと暖かい。冬を越す分には充分な環境だ。


 しかしシャム猫や他の世話になっている野良たちは入ることが出来ない。俺だけの特別な場所である。自分だけ抜け駆けすると後々ハブられそうなので最終手段として活用するつもりだ。


『お前はどうなんだ? いい場所、見つけたのか』


『何個かは。そういえば知ってるか? 地面の下にすげぇ広い空間があるんだってよ。冬はあったかくて、夏は涼しいらしいぜ。ネズミもたくさんだってよ。臭いは酷いらしいけどな。よさそうな場所だと思ってんだけど、オマエも一緒に行ってみるか?』


『もしかして下水道か? そこ、かなり汚いからやめとけ……下手するとアリィに嫌われるぞ』


『それは困る。やめとくぜ』


 素直でよろしい。だが、俺もみんなで越せそうな良い場所を探しといた方がいいな。いろいろと協力してもらってるわけだし、借りは返しておきたい。


 そういえば、町の中心地付近に誰も使われていない広場があったことを思い出す。周りを背の高い建物に囲まれているのだが、かなり立派な木の生えた場所。恐らく公園が町の開発に呑まれて放置された空間なのだろうと予想している。


 天井は突き抜けになってはいるが、雨や雪は木が防いでくれるし風もないし、何度かあそこで過ごしたことがあるが周りを建物に囲まれていて程よく暖かい。冬も難なく越せるだろう。


 そんなことを考えている内に太陽は沈み、気温が低くなっていくにつれて猫たちが集まって来ていつの間にか大所帯になっていた。こいつらのほとんどがなんらかの形でアリィに命を救われているというのだから驚きだ。


 こうして俺たちは各々をあっため合いながら、夜を過ごすのだった。

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