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【完結】異世界で猫になったからのんびり暮らしたい  作者: 猫柳渚
第三章:人見知りの魔法使い
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とある女性研究員の抵抗

 研究施設から出たあたしは町の中心へと向かう。今日は豪勢に、パァッと祝おう。そしたらきっと、ミクロアさんも元気になるはず。


 ミクロアさんは本物の天才だ。まさか不可能だと思われてた転移魔法をほとんど一人で完成させてしまうのだから。彼女との研究は楽しい。年下だけどあたしの知らないことをたくさん知っているし、危険な実験でも物怖じしないからスリルのある実験を経験できる。


 お父さんのことでいろいろあってちょっと精神的に病んじゃってるけど、それはこれから治っていくはずだ。現にあたしと実験してた時はとっても生き生きしてた。


 転移魔法が認証試験に通れば、もっと大勢のチームで開発をすることになる。ある程度の人選はこっちの要望が通るから、リーダンさんや他のみんなも巻き込んでもっと大所帯のチームになったら、きっともっと楽しいはずだ。


「そろそろ、さん付けもやめたいなぁ。ミクちゃん、ミーアちゃん……いきなりあだ名で呼んだらびっくりするかな」


 今後に想いを馳せて歩いていると、違和感を覚える。太陽が沈んで暗くなった周囲は、異様なほどの静けさに包まれていた。


「なんか、人いなくない……?」


 夜、と言ってもまだ日が落ちて間もない。研究施設ら町の隅にあるとは言え、いつもなら残業終わりの職員がそれなりにいるはずなのに。


 今は人っ子一人いない。それに気づいた瞬間にぞくりと背筋に悪寒が走った。たまたまそういう場所に入っちゃったんだと言い訳して、早々に通り抜けようと足を速める。


「モータル」


 突然、後ろから名前を呼ばれて驚き振り返る。そこには見覚えのある制服を着た、見覚えのある男性――クルント副所長が立っていた。


「クルント副所長、お疲れ様ですぅ。今から帰りですかぁ?」


 見知った人物の登場に安心感を覚えて歩み寄る。クルント副所長は微笑みを携えながら、街灯のない暗闇の中に立ったまま動こうとはしなかった。


「君は確か、ミクロアと仲が良かったね?」


 不意の問いかけに立ち止まる。


「え? はい、まぁそれなりには……それがどうかしたんですかぁ?」


「ぜひ君に、頼みたいことがあるんだ。少し、時間をもらえるかな?」


「……今から、ですか?」


 明らかにおかしい。いくら副所長とはいえ終業後に敷地外でこんなことを言うなんて。話に付き合ったら、絶対によくないことが起こる。


「すみませぇん。これから用事があるので、今からはちょっとぉ……明日また聞きますのでぇ」


 言いながら一歩、離れる。それを追うようにクルント副所長が近づいてきた。


「待ちたまえ。君にとっても悪い話じゃないんだ」


「来ないでください。大声、出しますよ」


 睨み付けながら威嚇する。副所長は立ち止まり、優しい笑みで口を開く。


「そう警戒しないでくれ。別に俺は何もしやしない」


「なら、せめて人の多い所に移動しましょう。話はそこで――」


「全く、じれったい」


 不意に背中の方から声がしたと思った瞬間、口元を塞がれる。同時に首元を誰かの腕で拘束された。


「全然うまく行かないじゃないか。オマエ、人望ないんじゃないか?」


「うるさい、余計なお世話だ」


 途端に副所長は笑顔を消して無表情になる。後ろであたしを拘束しているのは、男だろうか。振り解こうにも力が強くて抜け出せそうにない。


「暴れるな。鬱陶しい。おい、さっさと眠らせろ」


 男に促されて副所長が近づいてくる。このままじゃあたし、ヤバい。


 副所長から逃げるように必死にもがいて、後ろの男ごと体の方向を副所長と対面にならない方向へと逸らす。


「心配するな、すぐ何もわからなくなる」


 副所長の手があたしの顔に触れる直前、あたしは男と自分の間で魔法を発動させた。凄まじい圧力が背中を押してあたしを吹き飛ばす。


 足が地面から離れて一メートルほど飛んでから着地した。転ばないように足を動かして勢いを殺そうとしたけど失敗して前に倒れ込んだものの、なんとか膝と掌を擦りむく程度で済んだ。


 咄嗟に発動させたのは膨張魔法だ。仕事柄、変な人間に狙われることが多々あるから護身用に持ち歩いていたのが役に立った。殺傷能力は皆無だけど、人と距離を取るには最適の魔法だ。


 振り返れば二人は数メートル先で倒れ込んでいる。副所長と、恐らくあたしを拘束していた男は白い変な仮面を着けていて素顔はわからない。それを確認して、駆け出した。


 まさか副所長が産業スパイだったなんて! しかもあんなヘンテコなのと手を組んでるなんて!


 とにかくこのことを誰かに知らせないと。リーダンさんか、それとも所長に直接……いやいや、まずは人気のある場所まで逃げるのが先決だ。


 走っていると道の先に人影が見えた。男の人だ。誰かと待ち合わせをしているのか、街灯の下で佇んでいる。


「た、助けてください! 暴漢に追われてるんです!」


 叫びながら駆け寄ろうとして、異変に気付く。男の人はあたしの声に驚いた様子もなく、ただ顔だけをこちらに向けた。無表情、どころか生気すら感じない能面具合に思わず足を止めてしまう。


 ふと気づけば、周りにも同じような人たちが集まって来ていた。知らない内に囲まれている。


「なに、なんなのよぉ……」


 いくらなんでもこんな大人数に迫られた経験はない。それも明らか普通じゃない人たちなんかに。


 そうこうしている間に副所長と白仮面に追い付かれてしまう。なんとかしないと捕まっちゃう。


 こうなったら、本気、出すしかないかな。


「あまり手間取らせるな。抵抗しても痛い目を見るだけ」


 副所長が言い終わらない内に、靴底に仕込んでおいた膨張魔法を発動させて頭上に飛び上がる。二つ同時に発動させることで二階建ての屋根を飛び越えるくらいには跳躍できる。


 跳躍の頂点に到達する前に、もしもの時のために腹部に巻き付けていた縄を魔法で操作して、集団の外側にある街灯へ縄を巻き付けた。次にこの間、できたばかりの硬化魔法を発動させて自分の身を守る準備をしてから、縄に仕込んでいた圧縮魔法を発動させた。


 グンッ、と体が引っ張られて凄い速度で空中を移動する。そうして勢いを殺すこともできずに縄を巻き付けた街灯に激突して柱をへし折ってもまだ勢いは止まらず、ゴロゴロと地面を転がる。


「いっつぅ……」


 ずっと前にリーダンさんから教わった縄の圧縮を利用した緊急時の逃走方法だ。めちゃくちゃ危険だから本当にヤバいとき以外に使うなと言われていたけど、こういうことね。硬化魔法なかったら死んでたよ。なんて魔法を教えてくれたんだ。あのリーダー。


 戻ったら一言文句を言ってやらないと。痛む体を無理やり立ち上がらせながら立ち上がって駆け出そうとしたが、左肩に衝撃が走ってバランスを崩しかけ、たたらを踏んだ。


「わっ、なに……ヒッ」


 左肩を確認すると、デカい虫がへばりついていた。咄嗟に振り払えば、虫は地面に落ちてもぞもぞと体をうねらせる。


「なにこれ気持ちわる! じゃなくて、早く逃げ――」


 お腹に違和感を覚えて硬直する。全ての動作を止めて視線を下げれば、腹部から鋭い刃が伸びていた。直後に背中からお腹にかけて激痛が走ったけど、痛みで声を出すよりも先に血液が口から溢れ出した。


 刃があたしの身体へ戻るように収まっていき、引き抜かれると全身から力が抜けて膝から崩れ落ちた。


「研究者ってのは、どいつもこいつも縄遊びが好きだな」


 後ろから、白仮面の声がする。逃げなきゃ、と足に力を込めようとした意識に反して体は前のめりに倒れ込む。


「ほら、早く洗脳魔法を――」

「その前に傷を塞いだ方が――」


 かすむ意識の中で二人のやり取りが聞こえてくる。そこで、あたしは何かしらの悪事に利用されようとしているんだと、さっきあたしを取り囲んで来た人たちと同じようにされるんだと、気づいた。


 あぁ、ミクロアさんが待ってるのに。お祝い、楽しみにしてくれてたのに。ごめんね、ミクロアさん。あたし、帰れそうにないや。


 このまま訳の分からないまま、変なことに利用されるくらいなら、こいつらもろとも死んでやる。


 あたしは最後の力を振り絞って、懐にしまってあった小冊子に触れる。そこには直近の失敗作魔法陣がまとめられている。本当は持ち出したらダメなんだけど、家でも改良したいから隠れて持ち歩いていた。


 そこには改良前の転移魔法もある。一度に発動させたらどうなるかあたしにもわからないけど、どうせ死ぬなら派手に散ろう。


 あたしは抱き起されて白仮面が視界に入る。仮面を外そうとしている男に向けて、言ってやる。


「くたばれ、くそ野郎」


 魔法を発動させた瞬間、あたしの意識は断たれた。

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