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【完結】異世界で猫になったからのんびり暮らしたい  作者: 猫柳渚
第三章:人見知りの魔法使い
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転移魔法の完成

「完成、した……」


 二つの魔法陣の上の空間には黒い穴が空いている。10m先の黒穴から出て来たミクロアが、歓喜に晒されながらも、どこか信じられないという面持ちで振り返っていた。


 間には一メートルほどの厚さのある土壁が形成されているが、なんの不具合もなく転移が出来た。しかも生身の人間がだ。


 謎の論文が見つかってからこれまでの停滞が嘘のように開発は進んで行き、わずか半月足らずで転移魔法は運用レベルまで到達した。


「いやぁ、失敗して物が捻じれたり、ネズミさんがぐちゃぐちゃになった時はどうなることかと思ったけどぉ」


 ”別次元に穴を空ける方法”を取り入れた当初は、対象物が明らかに物理法則を無視した状態で出て来て『これ、人間が使える代物じゃないのでは』みたいな空気が流れていたが、ミクロアは論文の魔法式を読み解き、改善していき、あっという間に既存の魔法陣と合わせてしまった。


 やはり親の論文だからか、ミクロアはスラスラと理解して応用していたのには素人目に見ても驚いた。何をしているかはまるで理解できなかったが。


 あれから特に危険も襲撃もなく、完成まで辿り着いた。


 結局、あの論文の出所は分からず、ミクロアの小屋に再現魔法をかけたが、対抗魔法を使っていたらしく特定は出来なかった。施設に部外者が侵入した形跡もなかったらしい。


 転移魔法の完成を喜ぶモータルの横で、ミクロアは嬉しそうにしながらもその笑顔には陰りが見えた。


「どうかしたぁ? なんだか浮かない顔してるけどぉ」


「いや、なんか、呆気なかったなって……思って。それに――」


 そこでミクロアは言葉を噤むと、いつもの不器用な笑顔を浮かべた。


「ううん、なんでもないです。あ、わたし、エクルーナ所長に完成したこと伝えて来ますね」


 返事も待たずにミクロアは実験場を出て行った。残された俺たちはお互いに顔を見合わせる。


「報告ならヨゾラちゃん、使えばいいのに」


 こういう時のための使い魔だろう。という感じでモータルは呟いた。


 ミクロアの言う呆気なさ。それはきっと彼女にしか分からない違和感なのだろう。そして、転移魔法の研究をしていた一番の理由は父親が凶行を働いた原因を突き止めることだった。


 それなのに、何の問題もなく完成まで至ってしまった。転移魔法もそれを取り巻く周辺にも異常はなく、他の魔法研究となんら変わらず。


 言い知れぬ胸の引っかかりや不安をエクルーナに伝えに行くのだろうか。


 何にせよこのタイミングで一人にさせるわけにもいかず、俺は彼女の後を追う。


 夕焼けに染まった廊下の先を行くミクロアは、やはりどこか考え込んでいる様子で、進行方向も所長室とは反対の自室へと歩みを進めていた。


「にゃあ」


 と声をかけてみればハッとしたように振り返る。


「あっと、所長に、報告しなくちゃ……」


 進行方向を正して、立ち止まる。


「どうして」


 ポツリと零れ出た言葉に引っ張られて、ミクロアは抱えていた疑問を吐露し始める。


「どうしてお父さんはあんなことをしたんだろう。あの論文、所々理論は間違えていたけど、もうほとんど転移魔法は完成してた。あとちょっと修正すれば……ううん、わざと完成できないように間違えて書いていたのかも――」


 わざと間違ったことを書いた? 一応、あの論文は俺もエクルーナと一緒に目を通した。俺にはちんぷんかんぷんだったが、エクルーナは見た限りでおかしい箇所や不審な点は見当たらないと言っていた。


 だからこそ、あの論文を押収せず原本をミクロアに持たせていたのだ。


 ミクロアにしか分からない違和感が、あの論文にはあった。それがわざと完成しないように書いていたのでは、という疑問に繋がっているのだろう。


「ねぇ、わたし……間違ったこと、してないよね……?」


 そして行きつくのは”我々はとんでもない間違いを犯した”という父親のメッセージ。


 研究資料を仲間と一緒に焼き払う凶行。わざと間違えて書かれた論文。


 確かにそれだけ見れば、転移魔法の完成そのものが間違いだったのではないか、という結論に辿り着くのは無理もないことだろう。


「にゃん」


 だからこそ俺は所長室へ行くように急かす。こんな場所で考え込むより他の人間の意見を聞いた方がいい。疑惑を持ったまま一人で考えたって、まともな結論が出るはずもない。


 俺に先を促され、少しだけ冷静に戻ったのかミクロアは小さくため息を吐く。


「きみに言ってもしょうがないか」


 そう呟いてミクロアはエクルーナの元へと歩き出した。


 

 エクルーナへの報告は淡々と終わった。


 ミクロアは自分の抱える思いもエクルーナへ吐き出したが、

「気持ちはわかるけど、考えすぎじゃないかしら」

 と疑惑は否定される。


 きっとエクルーナもミクロアと同じ考えには至っているだろう。しかし、今回はクルントを始めとする”潜んでいる敵”をおびき出すことを優先したようだった。


 ミクロアは釈然としないながらも納得し、今後について話し合う。


 新しい魔法陣は完成度が一定の水準を超えると認証試験、というものを行うらしい。


 規模によって立会人は都度、変わるが、開発した魔法陣の有用性を所長を始めとした役員の前で実演する――いわばプレゼンテーションで示す。


 そこで過半数以上の支持を得ることが出来れば本格的に実用化に向けての開発が行われるのだそうだ。


 今回は事が事なので所長、副所長、各研究チームのリーダーなどを集結させて大々的に行うつもりだと、エクルーナはミクロアに告げた。


 話を終える頃には、ミクロアは顔面蒼白になっており、部屋を出ると同時に座り込んだ。


「ムリ! 絶対ムリ! 大勢の人の前で喋るなんてそんなこと……!」


 まあそうなるだろうな、とはプレゼンの話が出た辺りで予想していた。今回の件は確かにミクロアには荷が重い。しかし、避けては通れないこともまた事実。


 そしてエクルーナの思惑としては、このプレゼンの場で怪しい人間をおびき出したいというのもあるだろう。決して失敗は許されない。


 ポン、と俺はしゃがみ込むミクロアの膝に手を置いた。


「にゃん(サポートは俺に任せろ)」


 励ましも込めて俺は告げる。今、お前の目の前には嫉妬して殺されるレベルでプレゼンが上手い存在がいるんだ。みっちりと伝授してやるから自信を持て。


 そう伝えたつもりだったのだが、もちろんミクロアに伝わるはずもなく無視される。


「そ、そうだ。モータルさん、モータルさんにお願いしよう。わたしがやるより、いいに決まってる」


 ブツブツ言いながら立ち上がり、実験場へと向かって歩き出す。


 確かにモータルはそういうのが得意そうだ。ミクロアが頼りたくなる気持ちは分からないでもないが、たぶん無理だと思うぞ。


 そうして行きとは違う理由で思い詰めた状態のミクロアが実験場へ戻ってくると、モータルは笑顔で迎えてくれる。


「おかえりぃ、所長、なんだってぇ?」


 事のあらましと、プレゼンの代役を務めてもらえないかと伝えるミクロア。


「いやぁ、ちょっと無理かなぁ」


 けれど案の定、断られる。


「なんで……! モータルさん、喋るの得意じゃ、ないですか……!」


「だって、あたし二割も貢献できてないし、そんな人間が代わりにってぇ、それは研究に対する冒とくでしょ。そもそもあたし、転移魔法について全部理解できてないから説明なんてできないよぉ」


「そんな……!」


 頼みの綱が断ち切られてミクロアは膝から崩れ落ちた。慌ててモータルは続ける。


「でも、ちゃんと補助はするから! 練習も付き合うし。認証試験の日程は決まってるの?」


「調整するけど、半月後くらいだって」


「じゃあ全然余裕だよぉ。みっちり練習すればミクロアさんも完ぺきに喋れるようになるって。こういうのは一回慣れたら簡単だからさぁ」


 必死にフォローするモータルだったが、ミクロアはそのまま蹲ってしまう。毛布があれば確実にくるまっていただろう。


「そんなふさぎ込んでたってしょうがないよぉ。元気出して。あ、そうだ。お祝いしよう、お祝い!」


「お祝い……?」


 唐突な提案に、ミクロアは顔を上げる。その好機を逃すまいとモータルはまくしたてた。


「転移魔法が完成したお祝い。それと認証試験に向けての激励も含めて」


「お祝い、激励会……」


 言葉の意味を味わうように反芻するミクロア。その表情から察するにまんざらでもない様子だった。それをモータルが見逃すはずもない。


「じゃあ、決まりだねぇ。片付けはある程度やっておいたから、あとお願いできる? あたし、食べ物とか買ってくるよぉ。場所はミクロアさんの部屋でいいよね?」


「うん……わかった」


 そうして勢いのままに祝賀会兼、激励会の開催が決まり、モータルは準備のため実験場を出て行った。


 彼女の背中を見送って、ミクロアは独り呟く。


「こういうの、初めてだな」


 不安は残しつつも嬉しそうに、片づけを始めるのだった。

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