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【完結】異世界で猫になったからのんびり暮らしたい  作者: 猫柳渚
第三章:人見知りの魔法使い
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あるはずのない論文

 エクルーナからの激励を受けてからというもの、ミクロアはますます仕事にのめり込むようになった。


 あれから遠くでコソコソ言われることはあっても、直接的な嫌がらせはない。


 クルントの件もジャスタの件も進展はないが、自分の研究を終わらせたモータルも戻って来たこともあって転移魔法については順調に完成へと近づいていた。


 空間の圧縮による距離の省略と物体の硬化魔法を合わせることで防具を着た木造のマネキンを無傷で10m先へと転移させることに成功したときは、両手を挙げて喜んでいた。


 しかし、相変わらず障害物の問題は解決の目途は立っていない。何度やろうと、様々な手法を試しても、未だに木の板はおろかA4用紙一枚のが間にあると、あの衝撃波が発生してしまい転移がうまく出来ないのだ。


「どうして……どれも上手くいかないの……!」


 実験場内にミクロアの声と未完成の魔法陣が描かれた紙が舞う。後はこの問題さえ解決できれば完成は目の前なのに、その直前で果てしない壁にぶち当たってしまった。


 ここまで順調に進んでいただけに、ミクロアの焦燥はかなり強いだろう。そこにはエクルーナの期待に応えなければならない、という重責もあるのかもしれない。


「魔法陣を繋ぐ魔子に物体が当たると、どうしても変な反応が起きちゃうねぇ。あたしも色んな人に聞いて回ってるんだけど、問題解決の参考になりそうな魔法はなかったしぃ」


 俺も図書室で本を探したりエクルーナに聞いたりしてみたが有益な情報は見つけられなかった。ここまで来て完全に暗礁に乗り上げてしまったようだ。


「まぁ、焦らず行こうよぉ。むしろ短期間でここまでやったんだから凄い方だってぇ。あ、そうだ。ここしばらく仕事詰めだったでしょ? 次の休日で、気分転換にどこか遊びに行かない?」


「わたしは、いいです。出かける服もないですし」


「そうなの? じゃぁ服でも見に」


「いらないです。どうせ着る機会もないので」


 きっぱりとした拒絶。流石のモータルも口を紡ぐ他なかった。そしてミクロアも、あまりにもな態度だったことに気づいたのか、ばつが悪そうに立ち上がる。


「ちょっと、部屋に使えそうな資料がないか、探してきます」


 そう言い残して出て行ってしまった。


「あちゃぁ、怒らせちゃったかなぁ。もう何日も失敗続きじゃ、気も立つよねぇ」


 モータルはまるで気にしていないようだが、ミクロアの方が心配だった。今の精神状態でやっかみ攻撃でも食らえばどうなるか分からない。俺は急いでミクロアを追いかける。


 すぐ追いついたが、ミクロアは足を止めることなく自室へと歩き続けた。幸いにも悪意を向けてくるような職員とすれ違うこともなく到着する。


 けれどミクロアは扉の前でしゃがみ込むと、はぁと大きくため息を吐いて頭を抱えた。


「どうしよう……変な態度取っちゃった……嫌われてないよね……?」


 今にも泣き出しそうな顔で俺へと呟くミクロア。まあ今さらあれくらい大丈夫だろ。けど一応戻ったら謝ろうな。という意味も込めて「にゃあ」と無難に返事をしておいた。


 しばらく落ち込んでから気を持ち直したミクロアは立ち上がるとようやく扉を開けて中に入る。


 使えそうな資料なんてないのは自分が一番よく知っているだろうが、モータルにああいった手前、形だけでも探してみることにしたみたいだ。


 律儀と言うかなんというか……まあすぐに戻るのも気まずいだろうし、気の済むまで俺も付き合おう。


 そう思いながら続いて部屋へ入ると、彼女が立ち尽くしていた。どうしたのだろうと顔を窺えば、怪訝そうに何かを見つめている。その視線の先は机だ。


 なにを観ているのか机の上に飛び乗ってみれば、見覚えのない紙の束が置かれていた。


 なんだ、これ。朝はこんな物なかったはずだ。部屋の片づけは俺がしているから間違いない。


 ミクロアも見覚えがないのか、首を捻りながらも中身を確認して、伸ばした手を止める。


 そしてその顔が、だんだんと驚愕に染まっていく。


「これ、お父さんの論文だ……」


 そうしてポツリと呟いた。


 なんだって? 驚いて俺も表紙を覗き込む。そこには『別時空への穴を空ける方法について』というタイトルの下に著者”マーロック・オルタン”と記されていた。


 信じられない物を見るように、恐る恐る手に取って中身を確かめて行く。


「間違いない……お父さんの字。でも、どうして……」


 確か、父親の資料はほとんど燃えてしまったはずだ。そもそもこの小屋には監視魔法がかかっていて、部外者が侵入した場合は俺やエクルーナへ通知が来るようになっている。それを突破して部屋に入れる人物は、エクルーナくらいだ。彼女が新しく見つけてここに置いたのだろうか?


 いいや、エクルーナなら留守の部屋に勝手に入るなんて真似はせず、実験場まで渡しに来たはずだ。


 怪しすぎる。俺はすぐさま魔法でエクルーナを呼び出した。


『どうしたの。また何か問題?』


「エクルーナ所長! わたしの部屋に、お父さんの論文が……エクルーナ所長が見つけてくれたんですね!」


『ミクロア? 論文って、なんのこと?』


「所長じゃ、ないんですか? でも、これさえあれば、きっと……!」


『話が見えないわ。すぐに行くから、ちょっと待ってて』


 エクルーナの指示をミクロアは無視して、興奮した様子で論文を持って出て行ってしまった。俺は一応、呼び止めたが全く聞く耳を持たずそのまま走り去ってしまう。


 追いかけようと思ったが、それよりもエクルーナを待って現状を確認した方がいいだろうと待機することにした。


 五分ほどして、エクルーナがやってくる。俺は用意しておいたさっきの出来事を書いた紙を彼女へ見せた。


「なるほど、マーロックの論文がここに……魔法陣を確認しましょう」


 魔法陣は小屋の外側に四つ、設置してある。エクルーナはその一つ一つを調べていく。その後ろをついて回っていると、鼻孔に嗅ぎ覚えのある臭いが入って来た。


 ヘドロみたいな、嫌な臭い――商船で見つけたあの虫の臭いだ。


 俺がその事実に思い当たると同時に、エクルーナは険しい表情を浮かべる。


「魔子が切れてる。まだ充分余裕はあったはずなのに、どうして……」


 魔法陣の魔子切れ。やはりそうだ、間違いない。俺はミクロアの部屋へ戻り、紙に気づいたことを書いてエクルーナに報告した。


「虫……ということはジャスタを襲った人間と同一犯の可能性があるわね。でも、どうしてそんな人間がマーロックの論文を……現物は、ミクロアが持って行ったのよね?」


 あ! そうだ。これがあればとか言ってたし、きっと転移魔法の参考にするつもりだ。これはマズいんじゃないか?


「調査はこちらでやっておくわ。あなたはミクロアをお願い。けど、研究は止めないで」


 駆け出そうとしていた俺は足を止めて振り返る。普通は止めて論文を取り上げるべきだろう、と考えていたからだ。


「せっかく向こうから動いてきたのだもの。ここは敢えて、乗ってやりましょう。でも少しでも危険を感じたらすぐに知らせて」


 あまり気乗りはしなかったが、上司の命令であれば従わざるを得ない。


 それにジャスタの件もある。行方不明になってからかなり時間も経っているし、手がかりすら見つかっていない状況では相手の策に乗ってやるのも一つの手かもしれない。


 例え危険だと分かっていても。


 俺は複雑な気持ちを抱えながら、実験場へと戻った。

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