第1章 第1話 いじめ
いじめは見ているだけでも同罪だという言葉があるが、とんでもない暴論だと思う。
言いたいことはわかる。被害に遭っている人からしたら、危害を加えてくる奴も傍観している奴も同じ敵。そしてだからいじめを見たら止めようねという話だ。言っていることは間違っていない。正論だ。
だが同時に理想論だ。いじめをするような馬鹿に逆らえば、自分までターゲットにされてしまうだろう。そのリスクと、他人を助ける正義。少なくとも俺は、吊り合っていないと思う。だから俺は無視していた。
「ちょっと夜桜こっち来なよ」
「きったな。なにそのボサボサの髪。ほんとに女子高生? あたしだったら耐えらんないわ」
「つーか同じクラスにいんのも無理なんだけど。あんた消えてくんない? いるだけでうざいから」
放課後の教室。クラスのカースト上位の女子グループに囲まれ、一人の女子生徒が吊るし上げられていた。
夜桜つぼみ。あいつらとは正反対の、カースト最底辺の女子だ。友だちはいないしいつも教室の隅で寝たふりをしている、ようするに陰キャ。
「ぁ……その……ごめ……んなさい……」
囲まれているからか普段人と話さないせいか、かすれた声で謝る夜桜。しかしこういうのもなんだが、まさにいじめられっこという格好をしている。
人と目を合わせないようにか前髪は長く、ロングヘアなのに全く手入れがされていない髪。制服はぐちゃぐちゃで、そもそもサイズが合っていない。見た目に全く気を遣っていないのだろう。
いじめはよくない。だがいじめられない努力はするべきだ。所詮この世は弱肉強食。自分の身は自分で守らなければいけないのだ。
だから俺は助けない。女子の世界に男が入ったらそれだけでバッシングを食らうし、逆らってターゲットにされては今後の学生生活に支障が出る。
クズだと言いたいのなら言えばいい。否定するつもりはないし、それでいいと胸を張って言える。
所詮みんな自分が大切なんだ。自分さえよければそれでいい。それが人間という生き物。だからまともに話したこともないただのクラスメイトを助ける義理はない。
「そろそろ先生来るけど」
そう。誰かがいじめられている姿を見るのは気分が悪い。だから俺は俺のために、女子たちにそう声をかけた。
「あ? なんで?」
「面談。じゃなかったら俺はここにいないよ」
全くのデタラメだが、放課後も自分の席でずっと本を読んでいた俺の言葉に納得したのだろう。女子たちは夜桜から一気に興味を移し、この後どうするかを楽しそうに話しながら教室を出ていった。これで教室にいるのは、俺と夜桜の二人だけ。
「ぁ……ぁの……ありがとう……ございました……」
読書を再開していると、夜桜が俺の前に来て頭を下げる。それを見ることもせず、俺は彼女にスマホを差し出した。
「いじめの映像撮っといた。先生に見せれば何とかなる……かもな」
「そ……そんなことまで……ありがとうございます……」
「俺が気に入らなかっただけだ。別にお前のためじゃない」
「…………」
それだけ言って再び読書に戻る。これは本心だ。俺にとっていじめも感謝も、俺の邪魔をする存在に変わりはない。だからこれ以上話をするつもりはなかったが、夜桜は俺の前から離れることをしなかった。
「……まだ何か用?」
「そ……その……もっとお礼しないとって……お名前を……」
「比嘉耕治。……ていうかそういうとこだぞ。お前がいじめられる理由は」
「……ぇ?」
「クラスメイトの名前を覚えようともしない。周りに合わせる努力をしない。それで周りから疎まれて被害者面すんなって話だ。他人に興味がないのは俺も同じだ。でもそれで目を付けられても自分が被害を被るだけ。最低限自分の身を守る努力はしろよ」
「ぁぅぅ……」
本から目を離さずに厳しい言葉を吐くと、彼女は何か言いたげにしているだけで反論もしてこない。そういうとこだともう一度言おうとしたがやめた。意味がないことはしたくない。
「ぁ……あの……比嘉くんはなんで私と同じ陰キャなのにいじめられないんですか……?」
「……そういうとこだぞ」
一度は戻した言葉が口から出てきてしまった。悪気がないのはわかるが言葉には気をつけてほしい。
「決まってんだろ。いじめられない努力をしてるからだ。いじめられたら自分の時間がなくなる。俺は自分が大好きだ。自分を守るためならどんな努力もするさ」
「じゃ……じゃあ私にもその方法教えてくれませんか……!?」
「なんでそうなるんだよ……。だったらあの動画先生に見せろ。それで解決する」
「そ……そうじゃないんです! それじゃ……何も変わらない。私は何も変われないんです」
なんだ、案外言えるじゃないか。もっと早くそう言ってくれたら……。
「私は人気者になりたい……みんなからチヤホヤされたい……友だちいっぱい作ってかっこいい彼氏作ってめっちゃいばりたい……。そういう人間になりたいんです……!」
前言撤回。なんだこいつ頭の中どうなってんだ。……いや、ある意味正直なのか。誰だってそういう気持ちは少なからずある。それを隠すことができないんだ。
「まぁそれはいいとして、なんで俺がお前に手を貸さなきゃならないんだよ。なりたいなら自分でがんばれ」
「そ……そうなんですけど……でも無理だし……」
本当に人間らしいな……この子は。自分の感情にまっすぐすぎる。まぁでも……。
「いいよ、協力してやる」
「い……いいんですか……!?」
「いじめは見てて不快だからな。かといって首を突っ込むのも面倒だ。お前を変えていじめをなくす方が手っ取り早い」
「あ、ありがとうございます! がんばってくださいね!」
「ほんとそういうとこだぞ……」
「ど……どういうことですか……?」
こうして俺は人間味が溢れすぎている陰キャ女子を、陽キャに成長させることにした。