泣いたっていいのよ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
人間、どうしてあまのじゃくになりたがる瞬間があるのだろう?
反骨精神のあらわれかもしれないし、魔が差したのかもしれない。
いかに立派に思える人でも、心の逆鱗に触れられるような真似をされては平静でいることは難しいだろう。そうなると、いま大勢を決めている流れに逆らいたい気持ちも湧いてくる。
日本は特に、空気を読むことが大切な文化を持つと、ときおり耳にする。
雰囲気を読み、行間を読み、先回りをして、気をつかう。
これができないと、とたんに白い目で見られて、肩身の狭い思いをするのもしばしば。
一を聞いて十を知る。そこで済めばいいものを、趣味嗜好をさかしら顔で付け足した、一なり二なりで、十がぶち壊しになる黄金パターン。
流れに逆らうことは、果たしていいのか悪いのか。
僕の友達から聞いたことなんだけど、耳に入れてみない?
友達は格別、涙もろいのが悩みだと話していた。
楽しかれ、嬉しかれ、悲しかれだ。感情を動かされることがあると、ややもすれば目の前が涙でにじんでくる。
だからこの3月に卒業式を控えるとなると、大変だった。練習の時点でつい泣き出してしまう。
たくさん並べられたイスに座り、卒業生代表の言葉が鼓膜を揺らすと、もう駄目だった。
ここから見える壇上だけでも、文化祭の出し物の記憶がありありと浮かんでくる。ステージの演劇も、決して巧みなものとは言えなかったが、演者はとても生き生きしていた。
その景色がもはや二度と見られないのかと思うと、もっといろいろなことを気を付けていれば良かったと、後悔の念とともに観ていたときの感慨がよみがえってくる。
考えをめぐらせているうち、おのずと目頭が熱くなってしまうんだ。
卒業式で、特に男が泣くのはカッコ悪いという風潮が、クラスにはあった。
おかげで友達は、周りの男子から鼻つまみものみたいな扱いを受けていたという。いわく、なよなよして気持ち悪いのだと。
運動会などでは一緒に涙を流した子からさえもあげつらわれて、友達はほとほと疲れていたらしい。
涙に貴賤があってたまるか、と思いつつも、集団生活における仲間外れも、なかなか心に来る。結局、友達は周囲に合わせる道をとった。
つとめて涙腺に力を入れ、あふれ出ようとする水を、無理やり内側へ引っ込めようとする。
こみあげてくる思い出を押しとどめ、どうにか時間を過ごすもの、それが不満のもとなのか。練習が終わってから、あくびもしていないのに、つつっと頬を伝ってしまうものがあったらしい。
これもすべて卒業するまでの辛抱。そう信じて頑張っていたんだけど、ふときついことが重なってしまって。
家の中でボーっとしてたところを親に見とがめられて、わけを話したそうなんだ。
「……泣いたっていいのよ?」
ひとしきり話を聞いて、母親はそう答えたのだそうな。
続く言葉によると、人が泣いて涙を流すのは、何も自分のためばかりとは限らない。
ひょっとしたら、誰かの心の渇き。それが涙という水を欲するために、感覚の近しい誰かに働きかけるのだと。
それを無理に飢えさせると、ろくなことにならない。だから涙のこみあげてくるときに、こらえることはない、とのこと。
「そんなこといったって……」というのが、友達の正直なところ。
もとより、仲間から煙たがられるのが嫌なんだ。そこに泣く泣かない事態の問題を持ってくるなど、少し的外れなんじゃないのか。
そんなことを考えながら、卒業式までの日にちは少しずつ迫ってくる。
最初に気づいたのは、はじめての合同練習の時だった。
卒業生と在校生の、互いの言葉。その応答にも、すっと視界がゆがみそうになったものの、目を細くしてどうにか耐える。
ひとまずはつつがなく終わり、解散し始める段になって。
一部の男子がざわつくや、次々に転び出した。ドミノ倒しにしては、間隔が開きすぎている。なにかにつまづき、バランスを崩していって総勢10名以上はいただろうか。
友達は遠くにいて、はっきりとは確かめられない。ただ、近くにいたり、実際に転んだりした人は、なにか小さい影らしいものが足にぶつかっていった、と話したんだ。
それが具体的に何だったのかは、はっきりとわからない。
けれども、それから練習のたび、何かにぶつかる人が増えていった。
足元ばかりじゃなく、誰もいないはずの空間で肩にぶつかられたり、倒されたり。友達が最後に体育館を後にしようとしたとき、並べられたパイプ椅子の一角が、ひとりでに大きく跳ね飛ばされたのを見た。
そのとき、担当の先生も同時に見ていたようでね。二人してイスをあらためてみると、馬のひづめを思わせる足跡が、椅子の脚や尻を下ろす部分に、不自然に浮かび上がっていたんだ。
「これは、泣いてもいいかもしれんな」
先生も親みたいなことを話す。尋ねてみると、案の定同じような説明を受けた。
この学校、数百年前はときおり合戦が起こり、人馬の犠牲があっただろう歴史がある。ひょっとしたら彼らは、流れる涙に心をうるおされたいのかもしれない。
それがいまは、泣くのを格好悪く思うものばかりで、涙がいとおしくてたまらないのだろうと。
以降、卒業まで友達は遠慮なく涙を流したのだそうな。
先生たちもそろって涙ぐむものだから、従来の馬鹿にしてくる組も居心地が悪くなる。むしろ泣かない自分たちが、空気を読めていないんじゃないかと、思わされるからだ。
ただ友達が泣く限り、あの奇妙な接触は起こらずにい続けたのだという。




