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やまぐるま 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 山車と書いたら、なんと読む?

 ……うん、「だし」が一般的だろうな。

 お祭りで引いたり、担いだりする出し物をこう呼ぶことにしている。名の由来は、神域から外へ「だす」ものだから、「だし」とする説を聞くな。

 この屋台部分が神様の宿る「山」となり、そこが豪華になって「車」でひかれるのが、この字の組み合わせのおこりともされている。


 しかし、この字。知らない者なら「やまぐるま」と呼んでもおかしくないだろう。

 熟字訓などもそうだが、そうと知っていないと正しい読みができない語は、日本語に多くあるものだ。

 その間違いとされる読みだが、実はそれはそれで意味を持つことがあるらしい。

 とっくに忘却のかなたへ追いやられたか、あるいは封じられて久しいのか……。


 ――ん、後者はなにか不吉な臭いがする?


 あたらずとも、遠からずといったところかな。

 中には良いこともあるが、それはだいだいてきに語られることが多い。隠されるとしたら、たいてい悪いことだろうな。

 ひとつ、私の「やまぐるま」についての話、聞いてみないかい?


 私がやまぐるまについて聞いたのは、小学校にあがったくらいだっただろうか。

 夏も過ぎて久しい時期、下校途中でふとおはやしの笛の音らしきものを耳にする。

 地域のお祭りは、すでに半月ほど前に終わっているはず。カセットテープに撮って、練習とかのために流しているのかと、私は耳を澄ませてみる。

 音飛びやノイズといった、録音の不備と感じさせる気配はない。じかに笛を鳴らし、空気を揺らしているようにしか感じられなかった。


 誰が練習しているのかなと、私は興味本位で笛の音が聞こえるほうへ歩いていく。

 どうやら音色の主は動き回っているらしく、時間とともに聞こえる方向が変わる。

 瞬間移動のように、飛び飛びじゃない。練り歩いているようだが、のんびりしていると引き離されてしまうほど速い。

 方向特定に手間取ったうえに、晩秋ゆえの暮れの早さもある。音をビル向こうまでとらえながら、あたりの街灯は明かりがともり出し、門限も近づいていた。

 やむなく私は引き返すも、次の日も、また次の日も、同じように動き回る笛の音を耳にすることがあった。


 奇妙なのが、私には聞こえるこの音を周りの大人は気にしている様子はない、ということ。

 よほどのことでない限り、大勢がいっぺんに顔を向けるとかはないだろうが、聞こえ始めくらい、首をもたげるくらいのことはしていいはず。

 しかし道行く大人は反応を示さない。せいぜい年齢上限は、制服を着る学生がそれらしい反応を見せるくらいだ。それもすぐ向き直って、興味を示さない。

 地元とはいえ、まだまだ歩き慣れない箇所も多い時分で、なかなか出どころにたどり着くことができず。私は若い者しか聞こえていないらしい笛の音について、その日の夕食のテーブルで切り出してみたんだ。


 驚いたことに、同席していた母親も祖父母も、その事象について知っているようだった。

 それこそが「やまぐるま」だったのだが、字面から想像するものとはややかけ離れた実態らしかった。

 やまぐるまは想像の通り、若者にしか聞こえない音を発する存在。しかし、その実態は神秘的なものよりもずっと俗っぽく、軽トラックの荷台に椅子を乗せ、そこに腰かけて横笛を吹いている老人の姿を認めるだろうとのことだ。

 変わりなければ、茶色くて年季の入った燕尾服をまとい、一心に吹いているだろうと。

 それだけ聞くなら不審者っぽいが、先の若者しか音色が分からないということは……。


「察した通り、彼らの姿もまた若者にしかとらえられない、というわけじゃ。お化けといえば、お化けのたぐいかもしれんな」


「でも、お化けって夜に出てくるものじゃないの?」


「いやいや、白昼堂々と動くものもおるよ。まあ、必ず害をなすとは限らんがな。幸にもならんかもしれんが……どうする? お前、やまぐるまを見たいか?」


「見たい」と私は即答する。

 すると、祖父は席を立っていったん自分の部屋へ引っ込み、手に小さなフェルトケースを持って戻ってきた。

 直方体で真ん中を切り抜いたそれは古いお守り入れだというが、中には何も入っていない。


「もし、やまぐるまを追うときには、こいつを手に持っておけ。そしてこいつに異状があったら、すぐその場を離れるんじゃ。お化けには何かと、お守りが有効でな」


 翌日。やまぐるまの件を話していたことで、私の門限はいつもより少し遅めになった。

 いつもよりゆったりした歩みで、通学路を探っていく私。調査から20分ほどして、ようやくお目当ての笛の音を耳にする。

 これまでの街中から聞こえてきたのとは、方角が違う。河の方だ。

 祖父に言われた通り、ランドセルからフェルトのお守り入れを取り出し、握りしめながら足をそちらへ向けた。


 家々の間を抜けて、土手が見えてきたときにはもう、笛の音はすぐそこまで来ていた。

 ほどなくそばの家の屋根の影から、話に聞いていたかっこうで、「やまぐるま」が姿を見せる。

 空の青よりなお青い、車体は横に長い荷台を積んでいる。運転席のサイドウインドウには黒いカバーがかけられ、中を見ることはできない。

 だが、その荷台の中央には祖父から聞いていた通りの人物が、椅子に座っていた。

 年齢はおよそ40代そこそこか。横笛を口にあて、目を閉じながら演奏に集中している。短く刈り込んだ頭の下に、整った横顔がのぞく。

 それでいながら、身にまとっているのはもはや裾がスカートのように広がった、ヴィンテージ雰囲気の燕尾服。

 悠然と進むトラックの様子を意に介さず、あたかも自分だけの空間があるかのように、笛を吹き続けている男性だが、私は近づくことができなかった。



 祖父から預かっていた、お守り袋。そいつが急に、中ほどからぽっくり折れて、もげてしまったんだ。見ると、もげたところは触れもしないうちから糸がはらりはらりと抜け落ち、地面につかぬうちに崩れて、ほとんど形を失ってしまう。

 そればかりじゃない。土手のそばには背の高い、いかにも年を重ねた老松が生えていたんだが、その枝の数本が一気にもげ落ちたんだ。あのトラックたちが通り過ぎた、すぐあと二だ。

 重みに耐えかねた折れ方じゃない。このお守り袋に似て、折れた箇所からどんどん散りになっていくかのような、崩れ方を見せる。


 ――やまぐるまって、ものの寿命をものすごく早めるんじゃないか?


 祖父の、すぐに去れという忠告の意を悟った私は、きびすを返して家へ取って返したよ。

 それでもお守りを握っていた手は、お風呂に浸かった直後みたいに、ふやふやのしわだらけになっていたのだけど。


 祖父も親から聞いたらしいが、やまぐるまは山に持ち運ばれる人の「俗」なる部分を、人のもとへ返す役目を担っているそうな。

 その時代ごとにあった練り歩きの手を取るそうだが、もうひとつ。山が持つあらゆる栄養の吸収と還元。いわば時節を移り変わらせる力も、持ち運ぶのだとか。

 それが新たな命への糧にしようと、くたびれたものの吸収を急がせることがあるらしい。


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