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パーティメンバーが全員、ドッペルゲンガーなんですが。  作者: 山下兆
第一章 冒険者「紫」等級昇級試験編
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6 取り立て屋のブラックコーヒー

『まもなく、開始式を始めさせていただきます。受付がお済みでない方は──』

 エントランスホールに若い女性の声が響き渡る。拡声器の役割を担う《反響》の魔法だろう。

 受付が済んでからというもの、開始式が始まるまで、アカネ達三人は適当にお喋りをしながらなんとなく時を待っていた。


「──ときに、タノウエさん」

 そんな中、アカネは(ふんどし)一枚の筋肉ダルマ、キョウジロウ・タノウエの右手に魔法の杖を見つけて苦笑する。

「あなた、その図体で魔法使いなんですか?」

「おう!かつては丸腰で戦ってたんだがな。こいつに負けるわ、倒せる魔物は限られるわで、思い切って転職したってわけよ!」

 キョウジロウが見下ろす先、オクラは何やらむくれた様子でそっぽを向いていた。どうやらアカネが他の男と話すのが気に入らなかったらしい。

「ホウジョウは、何の魔法が得意なんだ?ちなみに俺は土魔法の専門でな…」

「ああ…すみません。試験前にむやみに情報を晒すことはしたくないので、控えさせてもらいたいです」

「おっと、そうだな。俺も気を付けんと」

「タノウエさんが土魔法の使い手ってことは、しかと記憶に留めておきます!」

「ったく、ちゃっかりした嫁さんだな」

 キョウジロウが再び目をやると、オクラは心底不機嫌そうに「あ?」と睨み返した。


『それでは、九時になりましたので始めさせていただきます。あ、後ろの方聞こえます?聞こえてたら手挙げてもらっていいですか?……あ、はーい。ありがとうございます』

 まもなく、開始式が始まった。学校の学年集会のようなノリで。

 受付窓口に続き、なんとも簡素な仕様だ。

 人込みの奥に木箱か何かで造られた立ち台があり、その上に立つ女性職員が《反響》の魔法で声を通している。

 女性は「あ、もう手下げてもらっていいですよ」と促しながら、集団の最後列の辺り、やたらと元気に飛び跳ねながら挙手する一人に向かって小さく手を振る。

 ふと後ろを向いたオクラは、一本の手に続くようにして一束のエメラルド色の髪が人込みに落ちていくのを見たような気がした。

「オクラ君、ちゃんとお話聞いてなきゃダメですよ。特にあなたは」

「ああ、うん」

 アカネに袖を引かれて、オクラは首を傾げながらも前へ向き直る。

「でも、別に聞くべき話なんてないよ、開始式なんて」

 案の定と言ったところか。紫等級試験三度目の参加になるオクラの忠告の言う通りで、司会の口から流れ出るのは長々と退屈な社交辞令。

 その後も周知のルール説明が続き、しばしアカネ達は無為に時を過ごした。


 受験者の私語に包まれた開始式は、淡々と進むもおよそ十分程度の時間を要して閉式した。

『──では、これから受験者の皆様には早速各決闘場へ移動して頂きます』

 さて、虚無の数分ののち、司会が最後の指示に入るのをアカネは耳に捕らえる。足元をちらつく蜘蛛か蟻かを観察していたオクラに、彼女はトーナメント表を差し出した。

 するとオクラは、「へっ」と何かを馬鹿にするかのように苦笑。

「アカネちゃん、俺はヤギじゃないよ?」

「どうしてトーナメント表を食えと命じてると思ったんですか。今から司会さんが名前呼んでいくので、ちゃんと聞いていてください。トーナメント表はオクラ君にあげます、私は頭に入れてるので」


 オクラは一瞬呆けたように見せると、手に持ったトーナメント表を何かの魔法で温かい光に包む。

 何かと思えば、次に見た時手元には紙が二枚あり、オクラは澄ました顔で「ん」とだけ言って、その片方をアカネに渡してきた。《複製》という魔法だった。

 オクラの魔法は万能が過ぎる。こうも簡単に物を複製してしまう力量に、アカネは呆れとは違う、感心にも近いため息を吐いた。

『お名前を呼んでいくので、呼ばれた方は指示された階の指示された決闘場へ移動してください』

「とはいえ、シード枠のオクラ君は最初は呼ばれないんですよね…」

 複製されたばかりでまだ生暖かい一枚を手に、アカネは呟く。

「でも、ホウジョウと俺は呼ばれそうだな」

 キョウジロウの熊のような手は、自身のトーナメント表をはがきの大きさに見せている。

「これ、左上の端から順番に呼ばれるのではないのですか?」

「トーナメントを四ブロックに分けて、各ブロックの左上からコールされる。決闘場の数は階数16×4だから…」

『──アカネ・ホウジョウ、クレト・エノミヤ。17階B決闘場へお願いします。──コウジ・アリムラ、キョウジロウ・タノウエ。17階C決闘場へお願いします』

「ほらな」

「なるほど」

 アカネがトーナメント表を見て計算から確認するよりも一瞬早く、二人の名前は別々に呼ばれた。

 トーナメントの右下のブロック、アカネ・ホウジョウの名前の三つ下にはキョウジロウの名があり、アカネは一瞬眉を顰めた。

「今年こそはオクラを倒してやると意気込んできたが、今回のライバルはホウジョウになりそうだな」

「ふふ、勝手に敵対視するがいいですよ。踏み台にして差し上げます」

 好戦的にも煽り嘲笑ってやると、キョウジロウも大笑いで返してくる。

 ところが、だ。

 去年、一昨年両方ともオクラにボコされた、彼はそう言った。彼が酷い不幸の持ち主で、試験開始直後にオクラとの対戦を引き当てでもしない限りは、きっとそれなりに勝ち上がってオクラとの一戦に辿り着いたことなのだろう。

 見くびった表情を見せるアカネの裏では、彼がそれなりの手練れであることをよく理解していた。



 トキヨトタワー17階B決闘場、ステージを囲むように設けられたアリーナ席にて。

 オクラはこれから始まる決闘でのアカネの勇姿を見守るべく、グレープ味のガムをくっちゃくっちゃと下品に咀嚼しながら、持参(異空間から出した)の分厚い座布団を敷いた席に脚を組んで腰掛けていた。

 時間は午前九時前。もうじき、冒険者紫等級試験の一回戦が一斉に幕を開ける。

 一応、塔の二階には待合スペースが設けられているとのことだが、無論のことオクラが最愛のアカネから目を離すことができるはずがない。

 同じ観戦席には、オクラと同様自分の出番を待つ受験者のみならず、魔法の勉強を目的とする赤等級以下の冒険者や魔法学校の学生、他には一年に一度の紫等級昇級試験を報道するメディアの姿も見られる。この試験が世間から一種のお祭りのような扱いを受けているのも確かなのだ。


 観戦、傍観、情報収集、取材、勉強、その他にも、アリーナ席を埋める彼らの目的は様々だが、オクラのように応援の目的でここに座っている者は比較的少ないだろう。

「………………………」

 ガムを奥歯で噛みしめながら、隣を一瞥。

「クレト様〜!」「お坊ちゃまー!」「クレト!気合いだあぁー!」「クレトちゃん!やっておしまい!」

 メイド服の女性が三人、執事を絵に描いたような老夫が一人、何かと豪華な様相をした夫婦が一組。集団は揃って「クレト」という名が刺繍された手ぬぐいを振り上げ、まだ決闘場に姿を現していない受験者に黄色い歓声と熱い鼓舞を飛ばしている。すごいうるさい。

 …訂正。結構いるらしい、応援目的の人。

 ついでの情報として、アカネの一回戦の相手、クレトという男はどうやらなかなかの金持ちのお坊ちゃまらしい。


「──()()()()でなければいいんだけどね」

 クレト君応援団の一行に聞こえぬよう、一人の女性がそのように言いながらオクラの隣に座る。


「ケイトさん、あんたがなんでこんなとこに」

 うねりを持つ長い赤髪を後ろでひとつに縛り、額を空けて薄い目を晒す。アカネとは比べ物にならない程の大人びた身体つきは、今日も黒いスーツで覆われている。

 ケイト・オカシマは、シライシ家の借金の取り立て屋という立場でオクラの知人であった。

 取り立て屋、とはいえ、彼女自身は至極真っ当な、善良な仕事人だ。

 別に他人の家で暴行をはたらくわけでもなく、ただ言葉巧みにオクラの父を脅して受け取るべき金額を回収するだけなのだ。

 なに、過去にギャンブルで大量生産した借金を一向に返済しようとしないオクラの父が百悪い。現在は農家として真面目に働いているとのことだが、稀に街に遊びに出て金をすっ飛ばし母に踏まれているところをよく目撃する。

 オクラもチバタマという辺鄙な村に住んでいるからには、アカネと同様、家庭の経済状況にそれなりの問題を抱えていたのであった。

 そしてケイトは、そんな一家に属しながら冒険者として活躍しているオクラという少年にとっての良き理解者でもある。

 金といえばケイト、ケイトといえば金という印象がオクラに染みついた印象であり、若くして青等級冒険者にまで登り詰めたオクラにとって、収入に関して何かと教授をしてくれる彼女は大げさに言えば人生の重要人物でさえあった。


 そんな彼女が今日ここに来て試験を傍観する理由というのは無いわけで、疑問に思ったオクラはそのまま聞く。しかしケイトはどうにも軽く返すのだ。

「あたしが昇級試験を見に来て悪いかね」

 背もたれに体重を預けながら、片手で缶コーヒーのプルトップを開ける。

 同時に差し出されたもう一本を、オクラは首だけ下げながら受け取った。

「ありがとうございます。…ってなんでもう開いてるんですか」

「開けたところで、ブラックだって気が付いた」

「それを俺に押し付けるか…」

 悪びれもしない様子で、微糖の一杯に口を付けるケイト。オクラは明らかに怪訝そうな表情を浮かべながら、その黒い水たまりを凝視していた。

「責任だよ」

「子供にブラックコーヒーを回すのが?」

「オクラの昇級試験を見届けるのが」

 文脈も無くケイトが放ったのは、一つ前の質問に対する回答。

「去年、一昨年、あたしの助言が無ければ、きっとお前はその時に昇級していたさ」

 思えば一昨年、家庭の経済状況とアカネへの依存に揺れていたオクラに、「好きにしろ」とたった五文字を与えたのは他でもないこのケイトだった。

「そりゃ最後はお前の選択だったろうが、あたしがアカネ嬢を選ぶよう促したのは確かだ。シライシ家への取り立て屋としてじゃなく、一人の大人として、お前の戦いを見届けるのが責任ってもんだよ」

「…あんたの仕事、何でしたっけ」

「取り立て屋。他にも法律違反の瀬戸際で適当に金を稼いで生計を立てている」

「向いてないですよ」

「あたしが人格者だって言いたいのかい?」

 嘲笑いながら、ケイトは少年の両手に包まれた一本の缶に目をやる。

「少なくともケイトさんは良い人ですよ。責任って言葉で動く女に、俺はどうしようもなく好感を持ってしまうんです」

 柄でもなく低いトーンで言うオクラに、ケイトは一瞬目を丸くして、その後からまた笑った。

 脳裏に浮かぶのはエメラルド色の髪の少女。あれの向上心を駆り立て突き動かすのは、彼女が持つたった一つの責任だ。

「なるほど、幼い恋じゃないのか。ちょっと意外だ」

「俺がアカネちゃんの可愛さとバブみとパンツに情熱の全てを注いでいるとでも思いました?」

「それほど不純だとは言ってないけど」

「確かにアカネちゃんはどちゃくそ可愛いです。可愛いけど、でもそれだけじゃないです」

 どちゃくそ、という独特な表現に引っ張られながらも、ケイトは次の言葉を聞いた。

「自分に無いものに憧れるのは、恋としてそう珍しいケースでもないでしょ」

 オクラはアカネには見せない真剣な顔色でそう語りながら、アカネから渡されていたポケットティッシュにガムを吐き出した。


「ときにケイトさん。チーターって?」

 声色が軽くなる。しばらく前に彼女が放った初めの言葉に、オクラはようやく言及した。

「ああ、それはね…」

 二人のすぐ横、クレト君応援団を一瞥。ケイトの視線を見ただけで、オクラは大体理解する。

「冒険者業界も結構汚くなってきてるって話ですか」

「そう。昇級試験でも賄賂が有効になってきたのさ。審判や運営職員を買収すれば、いくらだって不正のしようがある。貴族が騎士団から冒険者に流れてくるのも、金で名誉を、金で金を買える風習が原因だろうね」

 見たところでは、隣にいる彼らが息子に課金していることはほぼ確定だろう。

 いくら実力を積んだアカネでも、決闘が平等に行われなければ苦戦を強いられる。若干の不安を胸に、オクラは約束の九時を待っていた。


「──でも」

 そう続けて眉を顰めるのはケイト。

「アカネ嬢の敵は、不正行為よりも他にあるかもね」

「…どういうことです?」

「お前も分かってるだろ」

 ケイトは言った。

 彼女は人に杖を向けられるか、と。

 


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