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パーティメンバーが全員、ドッペルゲンガーなんですが。  作者: 山下兆
第一章 冒険者「紫」等級昇級試験編
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4 決戦へと一歩

 魔物の襲撃からもう何千歩。草木をかき分けながら険しい山道を抜け、現在踏むのは柔らかな自然の土ではなく、頑丈な人口の石畳。

 午前八時。アカネとオクラは、予定よりも少し早く目的地に到着していた。


「オクラ君!トキヨトタワーですよ!全長350メートル!」

「ちょっと大きいな」

「ちょっとどころじゃありません。ジポーネ王国最大の建造物なんですから!」

 ジポーネ王国王都トキヨト、二人の目の前に(そび)え立つのは、世界にも名を知られる観光地にしてトキヨト地区冒険者紫等級昇級試験の会場ともなる建物。名をジポーネ魔力塔、通称トキヨトタワーといった。

 全長350メートル、階層数18。幾多の戦乱を生き残ってきたという不死身の伝説を持つ塔は、魔法の時代を席巻するジポーネ王国の象徴の一つであり、歴史やら芸術やらに深く興味を持つアカネは、大興奮の様子でその頂上を見上げていた。

 元々は現在のものよりずっと細長い建物であり、古代での用途も明かされないままただ街のオブジェのように保護されていたとのことだが、いつからか始まった改装工事により、室内で冒険者達が魔法を奮うことができる頑丈な決闘施設へと改まったという。

 国とギルドが共同で管理する施設であり、その意味で紫等級冒険者の存在をジポーネの国宝に結びつける橋渡しとなる建物とも言えただろう。

 何はともあれ、この塔を利用することができるのは冒険者としての一つの名誉でもあった。


「…三回目となると、ふける感慨もありませんか?」

 三度目の紫等級昇級試験であるオクラは、この塔を訪れるのも三度目だ。

 心底つまらなさそうな表情を心配そうに覗き込んでくるアカネに、オクラはやたらと綺麗な笑顔で首を振った。

「ううん、一回目でも何も感じなかったよ。初めてトキヨトタワーに入った時の記憶といえば…………うん、シャケ結びの味しか覚えてない」

「世界的な観光地に…朝ごはんを食べ歩きながら入ったんですか…!?」

「ふふ、惚れた?」

「惚れないし褒めてもいないです」

 身の震える驚愕から、いつも通りのため息をひとつ。

 まあ、オクラ君のことだし、と妥協しながら、アカネは再び塔の全体に目をやった。



「さて、気を引き締めないとですね」

 ぱちん、と両手で頬を叩くアカネ。気合いの入った仕草がどこか幼げな愛らしさを持っていて、オクラの方は逆に頬を緩ませてしまう。

「いいですか、オクラ君。もう試験は始まってるんです。試験前の情報収集は勝敗を大きく分けますからね。もしも『オクラ・シライシさんですか?』と聞かれれば違いますと答え、『魔法使いですか?』と聞かれれば違いますと答え、『男性ですよね?』と聞かれれば違いますよぉと答えるのですよ」

「最後のは流石に無理があるよ。股間触られたらバレちゃうじゃん」

「初対面で股間を触って性を確認してくる変態がいたら直ちに通報してください…!」


 そこでオクラは、ふとした疑問に瞼のシャッターを切る。

「そういえば…」

「どうしました?」

「俺、今回の試験の選考方法やらルールやら知らないわ。情報収集が鍵ってことは、やっぱり今回も受験者同士の決闘なの?」

 あまりの無知に、アカネは驚くより呆れるよりも先に「かはっ」と喉で笑ってしまった。

「よくもまあ、そんなことも知らずにここまで歩いて来ましたね」


 いいですか、と置いて、アカネはペラペラと説明を始める。

 「今回の紫等級昇級試験は、受験者同士の一対一の決闘により、トーナメント方式すなわち勝ち抜き戦で上位四人を選出します。タイマン勝負において、相手の情報を一つでも多く知っていることが勝率を上げることもあります。情報収集が大事とはそういう意味ですよ」


 説明しながら、ローブの内ポケットから四つ折りの用紙を取り出すアカネ。

 渡されたそれを広げて見ると、オクラは目を細めたのち、ぱっと明るい笑顔を見せた。

「これって……!俺達、一緒に紫等級冒険者になれるんだね!」

「気が早いです」

「だって…!」

 紙の正体は、試験のトーナメント表。蟻のような小さな文字で二千人以上の受験者の名が敷き詰められている。(ページ)を分ければ良いものを、対戦の組み合わせを示す線の細やかさは一見蟻の巣のようである。

 して、その中にある情報は、たった今オクラが歓喜し飛び跳ねる通りのものだった。

 一番左上、要するシードの枠にある自分の名前はともかく、この大勢の中から右下の辺りにあるアカネの名前を瞬時に見つけられたのは、これまた彼の天才によるものだろうか。あるいは、彼にとって想い人の名前には着色が施されているように見えているのか。

 何はともあれ、この中から上位四人を選出する試験において、左上のブロックにいるオクラと右下のブロックにいるアカネは無論争う必要がなかったということだ。

「そもそも、事前に配布されていたトーナメント表を一目見てオクラ君と同じブロックにいると知っていたなら、私だってこんな肌艶でここまで歩いてきていませんよ」

 ポジティブなアカネとて、この化け物と一戦を交えなければならないと分かれば、決して棄権はせずとも畏怖による当日の寝不足くらいは間違いないだろう。

 幼馴染で同業者であるオクラの力量は、勤勉な自分の努力量と同じくらいに正しく理解している。実力社会では良い意味で不遜であるアカネではあるが、無謀な戦いを前に驕って励める程子供でもない。

 自分に絶対的な信頼を持ったアカネもが恐れる相手だ、四分の一の確率で彼のブロックに入ってしまった受験者を気の毒だと思い、その面でトーナメント方式という試験を半ば理不尽だとも批判したくなる。が、ラッキーと思う自分が先行しているのも事実だ。

「──というか、簡単に言ってのけますけど、二人とも紫等級冒険者になれる保証なんてどこにもないんですからね!本当に気が早いです」

「えー、なんでさ」

「私達がぶつからない(イコール)二人揃って昇級、だなんて、あくまで天才さんの考えでしょう?少なくとも私がオクラ君と同様にシード枠ならそう思えたかもしれませんが、紫等級昇級試験というのがそう簡単に勝ち上がれる戦いではないことくらい、自信家な私でも分かっています」


 それに、と続けるアカネ。

 ちょうど今朝、妹のハルカから忠告を言い渡されたところではないか。

油断天敵(ゆだんてんてき)、ですよ、たとえあなたが、幾多の冒険者から最強の太鼓判を押されたオクラ・シライシだとしても」

「アカネちゃん、それを言うなら──」

「え、ああ、余談端的(よだんたんてき)、いや、うどんトンテキ…」

「落ち着いて、アカネちゃん」

 ハルカの天然ボケに釣られたか、アカネはしばし四字熟語に迷走した。



 かくして二人は、油断大敵の精神の(もと)、かしこまった覚悟とシャケ結びを食べ歩く足取りでトキヨトタワーの出入り口の門をくぐる次第に至った。

 最先端の魔法技術が取り入れられているトキヨトタワーの門には、人間の動きを感知すると《念力》系統の魔法が発動する「自動ドア」という仕組みが施されている。

 三回目の景色に平然と進むオクラに対し、アカネは初の体験に感嘆の声を漏らした。

 室内、エントランスホールは、彼女の予想の何倍も広大だった。自分の家何個分などと例えるのはとても憚られる。とにかく何千人が一度に集まるには十分な面積量で、これが上に18階も重なっているなどと思うと、きっとそれは果てしない大きさであった。

 既に数百人の受験者が集まっている中、彼らの一部が長蛇の列をつくった先に、分かりやすくも「受付」と示された長机の並びが見える。

 二人は特に示し合わせるわけでもなく、最後尾に並ぶべく爪先を向けた。


「──にしても、アカネちゃんがそんなに弱気とはね」

「弱気…ですか。私、真面目と自信のバランスを間違えたでしょうか」

 強気でポジティブな夢見と几帳面な現実的観点。アカネ・ホウジョウという人物像は、そんな一見矛盾したような二面性で成り立っている。

「どうだろ。ちょっと神経質になって、いつものアカネちゃんじゃ無くなってる感じかな」

 緊張を解くように、オクラはアカネの肩を両手で揉みほぐす。肩揉み、ストレッチ、耳かき、殴り合い──幼馴染の二人がいつもやってきたスキンシップのひとつだ。

「ちょ、痛いです~!しかも歩きにくいです」

「あ、紐」

「紐?」

 肩に見つけた紐の触り心地に、オクラは好きな食べ物でも聞くかのような平然とした声色で尋ねる。

「アカネちゃんって何カップ?」

「え、BよりのA…って、あー!セクハラです、この男!焼き尽くしてやります!」

「やめてよ、アカネちゃん!魔法は駄目だって!」

 魔法の杖を振り上げるアカネ。まもなく、「冗談です」と落ち着く。


 アカネは柄にもなく小さく俯いたのは、受付への列の最後尾に着いた時だった。

「自分の思っている以上に、緊張してるみたいです」

 それに気が付いたのは他でもない、オクラなりの励ましという名のセクハラのおかげだ。

 アカネはそのまま、しばしキョトンとしていたオクラの顔を見やる。

「二人で、私と一緒に紫等級に昇級する、それがあなたの目的でしたね」

「どうしてそれを…!」

「いや、前自分で言ってました」

「あ、そう」

 アカネはため息をつき、同時に家族の顔を思い浮かべる。

 期待の眼差しを向ける妹。優しく微笑み時に甘い言葉をかけてくれるも、きっと胸中は妹とそう変わらない母。何も知らず、何も言わないうちに、自分達に全てを委ねている弟。

 そして、()()()

「幼馴染の目的のためにも、家族のためにも、私は勝たなくてはならないんです」

 それは、僅か十五の少女が背負った責任と義務感。

「今日の勝敗は、私だけのものじゃない、そう思うとなかなか…」

「違うね」

「何が」

「少なくとも俺は、アカネちゃんにそんな責任を負わせたつもりはない」

「まあ、そうでしょうね。でも結果的に……いえ、その」

 途中でオクラを責めているような気になって、言うのをやめてしまった。「あなたの目的が意図せずとも自分に責任を与えている」だなんて、口に出せばきっと自分が嫌になる。

「俺は勝手にやらせてもらうだけだよ。アカネちゃんが勝てば当然勝つし、仮にアカネちゃんが途中で負ければ例年通り不戦敗させてもらう」

「…つまりは、私の勝敗がオクラ君の勝敗を、そして評判を変えるわけじゃないですか。たとえあなたの目的が私と一緒に昇級することひとつだとしても、不戦敗することでまたあなたが悪く言われるのは、嫌です」

 アカネ個人の優しさではない、当然の感情だ。友達が周りから嫌われる原因を、間接的にも自分の結果が作ってしまう。それはどんな形であれ、自分の背にのしかかって零せない責任になる。

 彼女だって分かっていた。オクラは言うだろう、「アカネちゃんに嫌われなければなんでもいいんだけど」などと。

「俺、アカネちゃんに嫌われなければなんでもいいんだけど」

 ほら、言った。

 それでも、目に見える結果はいつも彼女に付きまとうのだ。

 加えて、彼にとって自分しかいなくなるというその状況も、何と言うかあまりに重過ぎる。

「オクラ君の基準では考えられないんですよ、私は。人間なので」

「俺が人間じゃないみたいな言い方」

「はい」

「酷い」

 淡々とした様と辛辣な軽口にいつも通りのアカネを感じながらも、少しずつ暗くなっていく彼女の雰囲気に、珍しく今日はオクラの方が呆れのため息をついた。

「大きな間違いは、俺達の価値観の相違ではないみたいだね」

「はい?」

「責任だの期待だのって論点じゃないんだよ、多分」

 アカネはおもむろに頭を上げて小首を傾げる。

「どうして責任って感じると思う?」

「実際に責任があるから」

 真顔で放たれた正論に、オクラはしばし顔を歪めた。

「正確には、どうして責任や期待が緊張に繋がると思う?」

「当然のことじゃないですか。それに応えようと思って心身が強張るのは」

「──負けを考えるからだよ」

 オクラの解答に、アカネは目を見開いた。

 それはまるで、「脳筋」の考えだ。

「いい?アカネちゃんはひとつも、義務感に緊張する必要はない」

 何故なら、と続けて、オクラは言い切った。

「アカネちゃんは、絶対に負けない」

「……何を根拠に。私だってそう思えるならそう信じたいですよ」

「幼馴染の俺が、同業者の俺が、最強の俺が保証する。アカネちゃんが勝つよ」

 その真っすぐな眼差しは、朝寝坊常習犯のものではなかった。

 真実を語る者の目をしていた。

「自分が一番自分のことを信頼してるとでも、自分の力量を理解しているとでも思った?」

 オクラは正直者の目に、いつも通りの柔和な笑みを混ぜ込む。

「少なくとも俺は、アカネちゃんのことをアカネちゃん以上に信じてる自身はある。増してや、俺より長く連れ添ってるハルカちゃんやお義母(かあ)さんならどうだろうね?」

 その笑顔はどこか悪戯に、アカネを追い詰めた。誘導する先はきっと、無理矢理にも掴んだ正解だ。


「だから、前だけ向いててよ。『()()()()』アカネ・ホウジョウ」


 ひどくこっぱずかしい二つ名のような何かで、オクラはアカネのことを呼ぶ。

 アカネは刹那、目を見開きオクラの顔とは違う方向を一瞥。

 それから、彼女は力強く口角を上げて、これまた痛々しい名で呼び返した。

「信じますよ、『火葬屋の土偶』」

 アカネの脳裏から、暗闇に灯る火の海は消え去った。



「──あの、なんか良い感じのところ申し訳ないんですけど」

 背後から、男性の声。受付に続く列だ、二人の後ろにはもう十数人の受験者が並び連なっていた。 

「前、進んでもらっていいですか?」

 アカネ達より少し歳上くらいか。金髪の少年は、眉ひとつ動かない無表情でアカネの前に空いたスペースを指差した。

 話し込んでいるうちに列が進んでしまっていたらしい。

「「あ、すみません」」

 二人は少年に頭を下げながら、受付の方向へと列を詰める。

 アカネは一瞬、ひとつ前の会話で「お義母さん」なんて響きを聞いていたような気がして、違和感に首を捻った。



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