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パーティメンバーが全員、ドッペルゲンガーなんですが。  作者: 山下兆
第一章 冒険者「紫」等級昇級試験編
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1 貧乏一家の大黒柱

 ジポーネ王国、王都トキヨトから少し離れた、深く薄暗い森林の中。

 ひたすらな草木に囲まれたチバタマというごく小さな村に、その一家は暮らしていた。

 僅か十平米のログハウスに、母と子だけの四人暮らし。長女は十五歳、次女が九歳で、長男が一歳。育ち盛りで好奇心も旺盛な次女に加え、食べて寝て泣くだけの長男もあり、更に母は病弱ときたものだから、家計が厳しい現状もなかなか納得のいく話ではあった。

 そんな貧乏暮らしを何とか支えているのは、十五歳の長女が「冒険者」の職で稼いでくる分だけ。去年か一昨年までは母も身を粉にする思いで働いていたとのことだが、病気の悪化を含め様々な訳あって、長女が言って辞めさせる次第に至ったという。

 正直、長女一人で三人を養うのは簡単ではなかった。

 長男の育児には苦労があったし、次女の学費も払わなければならなかったし、そもそも冒険者というのは安定して稼げる職業でもなかったし。

 父の遺産をすり減らして生きられるのももう数か月といったところで、そろそろ何か生活から削る順序を考えなえればならない頃でもあった。

 ところがたった一つ、限界の暮らしからの起死回生を図れる兆しがあるのだった。

 それが今日この日、王都にて行われる冒険者「紫」等級昇級試験。冒険者の最高峰である紫等級冒険者に昇級することができれば──その針の穴の如く狭き門をくぐることが叶えば、きっと家族を救うことができる。


 この家、ホウジョウ家の長女にして一家の柱、僅か十五歳の少女であるアカネ・ホウジョウ。

 彼女は実物以上の巨大な責任を背負って、運命の朝を迎えたのであった。




「──お母さん、変なところはないですか?」

 革のブーツを両脚に()め、準備完了。立ち上がったアカネは、その場でくるん、とターンを見せる。

 二千回は洗濯にかけた白シャツの上に、五年は着古した黒のローブを翻す。ふわりと浮き上がる濃緑色のスカートだって、少なくとも三年は履き続けているだろうか。

 肩の位置で二つに結んだエメラルドの髪が花弁(はなびら)のように舞い、少女の若々しくも華やかな香りを放って跳ねる。

 まもなく一回転して帰ってきた顔面には、あどけない口元とダイヤモンドのごとく透き通った瞳が映えていた。


 午前六時と少し。アカネは玄関にて、数時間後に控えた昇級試験に向かうための身支度を進めているところであった。

「ばっちり。可愛いわよ」

 アカネが確認を乞うのに対し、母のカナエ・ホウジョウはその身体の弱さをまるで悟らせない力強いサムズアップで娘を励ます。

 アカネの谷の浅い胸元には、冒険者の等級を示す青のブローチが映える。

 また、両手に握るのは魔法の杖。彼女の肩の高さ、杖の先端には、サファイアの藍を持つ「魔石」の装飾が施されてあった。

 これこそがまさに、魔法使いとして冒険者の職をまっとうしているアカネの正装であるのだ。


「──姉ちゃー、もう行くの?」

 さて、母カナエが挨拶の右手を挙げかけたところで、その背後から眠たげな少女の声が聞こえてくる。

 アカネのことを「姉ちゃ」と中途半端に呼ぶのは、九歳の次女、ハルカ・ホウジョウ。

 ハルカは大きく欠伸をし、ボンドが付いたように閉じた瞼をごしごしとむやみに擦りながら、ふらふらとした足取りでこちらに近づいてくる。まもなく母のエプロンの裾にしがみ付くと、母は少し驚いた顔で尋ねた。

「どうしたの、ハルカ。まだ六時よ?」

「姉ちゃの仕送り」

「見送りね」

「そうとも言う」

 母と妹の会話をしばし微笑ましく見つめてから、アカネはハルカに歩み寄り、優しく頭を撫でる。わざわざ慣れない早起きをしてまで見送りに来てくれたという愛しい妹の頭髪は、姉と同じくエメラルドの美しさを持ちながらもだらしなく四方八方に跳ね散っていた。

「ハルカ、今日も学校あるんでしょう?まだ寝ていて良かったんですよ?」

「んー、でも今日は姉ちゃの運命の日。冒険者としての大きな転機。転機の天気はどうですかぁ」

 妹の国語力はその歳にしてはなかなかのものだが、残念ながら文脈のようなものは十分に備わっていない。寝起きとなれば尚更だ。

 ただ、九年も一緒にいた姉にはフィーリングで理解可能。アカネはいつもの調子で妹に応じた。

「快晴ですよ。だから大丈夫!今日の昇級試験で、必ずや紫等級冒険者の称号を手にして帰ってきますよ!」

「んん、姉ちゃは快晴、皆も快晴。姉ちゃが大丈夫なら、皆大丈夫」

 そこでハルカはようやくして目を開き、ダイヤモンドの透明感を持つ眼差しとともに人差し指の先をアカネに向けながら、ドヤ顔をキメる。

油田快適(ユデンカイテキ)

 「油断大敵(ゆだんたいてき)ね」との母のツッコミがひとつ入り、またもや「そうとも言う」と開き直るハルカ。テンポの良い漫才に、アカネはくすくすと笑った。


「さて、そろそろ行く時間です」

 日が出て数十分の春の空のもと、一歳の弟が起きてくるより三時間も前に、アカネは玄関の地面を爪先で突いていた。

「あら、王都まで徒歩とはいえ、随分早いのね」

「ええ、いつも通りお隣の寝ぼすけを起こしていかなければなりませんから」

 するとハルカが、「うげっ」とばかりに舌を出す。

「あの野郎はいつまで姉ちゃの手を煩わせれば気が済むんだ。姉ちゃのヒモでも目指すつもりか」

「ハルカは大きくなっても、あんな風になっちゃダメですよ?」

「無論。あれになれるのは世界のどこを探してもあれだけ。()()()()()()()()()()()()()()()

「ええ、そうですね」

 アカネはまた小さく笑うと、とうとう二人に背を向けた。

 建付けの悪い扉が軋みながら開くと、外から春の陽気が流れ込んでくる。

 アカネの勇ましい後姿のその先には、見慣れた森林が朝日に照らされて輝いている。

 花粉が漂い、虫も飛び交う、決して美しいとは言い切れない、そんな自然に囲まれたチバタマという村。しかし、その少女の背景として映った一ページだけは、どうしたことかひたすらに幻想的な景色としてカナエとハルカの目に焼き付いた。


「──では、行ってきますね」

 二人は、これから家族の命運を分ける戦いに出る長女の背中をただ笑顔で見送った。



 パタン…と扉が閉まって数秒、カナエとハルカは、アカネの出発の余韻に浸るべくして、しばし玄関にて立ち尽くしていた。

「ねえ、ママ」

 カナエがそろそろ奥へ戻ろうとした時だったろうか。ふと、ハルカは口を開くとともに、母のかさついた手を幼い温かさを持つ両手で包む。

「なぁに、ハルカ?」

「ハルカも、頑張るから。姉ちゃのような立派な冒険者になれるよう、不断の努力を欠かすことなく魔法の勉強に勤しんで勤しんでいそいそと死んでいくから」

「……うん、でも、ハルカは長生きしてね」

「ママも長生きしてね!」

「………うん!」

 返事までの一秒、カナエの喉に詰めかけた圧迫感は、最悪に間が悪かったことだろう。母が口の中で何かを抑え込んだ様子に、ハルカは不安を感じずにはいられなかった。

「さ、朝ご飯作りましょ!今日は折角だし、ハルカに何か手伝ってもらおうかしら」

 半ば逃げるようにキッチンへ向かう母を後目(しりめ)に、ハルカは玄関の小さな靴箱に目を向けた。

 そこには、焦げ茶の額縁に飾られた一枚の家族写真。自分と、お腹が大きく膨れた母と、憧れの姉の姿が映っている。母の様子から分かるように、弟が生まれる少し前に撮ったものだ。

 その中に父親がいない理由は、単に「いないから」ではない。母が「父が入っていない写真を選んだ」のだと、僅か九歳の次女は理解していた。

「責任…」

 ぽつりと零した二文字は、足元に落ちて隙間風にさらわれる。

「ハルカ―、お料理手伝ってー」

「はーい!ハルカバナナ剝くー!」

 母に呼ばれると、どこか深刻なハルカの面持ちは、ぱっと明るく一変した。

 軋む床をどたどたと駆けて、ハルカはキッチンに向かう。

 王都に向かう姉から逃げるように。

 あるいは、立ち止まった姉を追いかけるように。



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