13 四人一色
金の装飾が施された大きなソファが一つ、それと一緒に焦げ茶のテーブルを囲むようにして、紅色の革で包まれたブロック型の椅子が三、四個並ぶ。屋敷の一階の大広間は、やはり艶やかな家具で彩られて紫等級冒険者の地位の如何なるかをありありと示していた。
春の暖炉は静かに黒ずんでいる。空間を包む光は、オレンジ色のシャンデリアだけで十分だ。
その場に集められた四人──アカネ・ホウジョウ、イレイナ・アンダーソン、ウノ・ミナモト、エリカ・アシカガは、なんとも異様な雰囲気を保ったままに大広間での数分を過ごしていたところだった。
最後にアカネが到着し、パーティメンバーが全員揃ってからすぐのこと。「親睦を深めるまで晩御飯作りません」とのシャーロットの計らいのもと、四人は親睦会という形でこうして大広間に止められていた。穏やかな風貌にも反して、まったくお茶目な一面もあるメイドである。
決して初対面に気まずさがあるわけではない。そもそもアカネは、威勢の良いタコヤキ屋の店主に対して冷酷なツッコミを入れられる程、人見知りはしないタイプのようだ。
それでいてこの微妙な沈黙が生まれているのは他でもない、アカネを含め三人がまだ、衝撃的展開の余韻から抜け出せずにいるからだ。当然だ、これからパーティを組みひとつ屋根の下で暮らすことになる三人の仲間が、皆同じ姿形だったのだ。この驚愕と気味の悪さを払拭するのに、何時間、何日、何年の時間があっても足りるものではないだろう。
ところがその中で、たった一人ソファの真ん中に腰掛け、呑気にタコヤキを食す者がいた。そのエメラルド色の髪をポニーテールにした少女、ウノ・ミナモトである。テーブルの上には箱入りで積まれた大量のタコヤキ。先程立ち寄ったタコヤキ屋の店主が言っていた「また来てくれたのかい」という言葉の意味を、アカネはようやく理解したところだった。
ウノ・ミナモト、その名を反芻する。それは確か試験の日に、同じくアカネとよく似た人物がいると言ってあの筋肉ダルマことキョウジロウ・タノウエから聞いていた気がする。そして彼が言うには、彼はウノのことを何かの悪評で知っただとか。
「──イレイナちゃん、食べる?」
「いえ、私はさっきおひとつ頂いたので。…ミナモトさんも、あまり食べ過ぎるとシャーロットのご飯が入らなくなっちゃいますよ?」
「んあ、それもそうだ」
ウノは同じソファの端に浅く座っていたロングヘアの少女、イレイナ・アンダーソンから忠告を受けると途端、すん、と真顔に直る。するとウノは、一度はイレイナに差し出したはずの一個を、今度はそのままアカネの方に差し出してきた。
「アカネちゃん、食べる?」
アカネと同じ目と、アカネと同じ口元で、しかしアカネが今までしたことがないような晴れやかな笑顔を見せて、ウノはアカネに串を向けた。
募る疑問はさておき、人様から頂く物を食べない理由も無い。
「まあ、頂きますけど…」
テーブルを挟んで向こう側へ少し身を乗り出して、アカネは口を開ける。
ウノはお構いなしといった様子で、そこに串を突っ込んだ。
「んぐっ!?」
「どう?美味しい?シャーロットって名前らしいんだ」
「ええ…でももう少し優しく入れてくださいね」
それにしてもあの店主、シャーロットという名を乱用しすぎなのではないだろうか。
「私、ウノ・ミナモト。アオミリから来ました」
これまた向日葵のような笑顔で、握手を要求してくる。淡泊だが愛嬌に溢れた態度と、この簡潔な自己紹介を聞く限り、どうやら悪い人間ではないようだ。
「ああ、アカネ・ホウジョウです。よろしくお願いします…………じゃなくて!!」
握手を離したばかりの手で、テーブルを押さえつけて立ち上がる。アカネはこの状況で、単純な話出しから親睦会を始めるような気にはとてもなれなかった。
「どうしてそんなに平然としてるんですか!私達初対面でしょう?それが皆同じ顔なんですよ!?もっと驚くでしょ普通!!」
「落ち着いて、ホウジョウさん」
そこで小さく挙手したのは、隣のブロック椅子に腰掛けていた短髪の少女、エリカ・アシカガだった。第一印象から相変わらずの怪訝そうな表情。この状況を気味悪く感じているという意味では、アカネと最も意見が近い人間であるのだろうか。
エリカはまるで、幼馴染の気だるさに呆れるアカネと同じような妥協の顔色で、アカネ、自分、そしてウノとイレイナという順に指を差す。
「一回目、二回目、三回目、だから」
「ああ…」
エリカの言い分には納得した。一番最後に到着したアカネからすればたった一度きりの大事件なのだろうが、彼女らは少なくとも二回、自分と同じ顔の人間との初対面を経験しているのだ。もう三回目のイレイナとウノからすれば、アカネの登場など「でしょうね」程度の騒ぎだろうか。
「まあ、二回三回経験しても何かが解決する怪奇現象でもないだろうけどね。多少の慣れにはなってるんじゃない?」
「それにしたって…」
「ミナモトさんは例外。あれは異常だ」
エリカがアカネにだけ聞こえるように言うと、ウノが天敵に気付くリスの如くこちらを振り向いた。
「何か言った?」
「いや、なんでも。タコヤキ一個もらえる?」
「あいさー!」
ウノは片付け始めた箱の中から一個、エリカの頭上を目掛けてタコヤキを放り投げる。
見事な口キャッチを見せるエリカに、アカネは僅かながら安堵感を抱いたところだった。
ようやく余裕を持つことができたアカネは、きっと異常者ではない方のイレイナに問う。彼女から漂う穏やかな雰囲気が、少し母にも似ている気がした。
「えっと…最初にここに来たのは、あなたですか?」
「ええ、私とシャーロットが先に。とはいえつい二時間ほど前のことです」
「その後私が着いた!一時間前!」
やたらと声のでかいウノは置いておいて。アカネはイレイナの顔をまじまじと観察する。やはり姿形は自分と一緒で。小さな口元が放つ透き通った声色に、女の子らしい上品な仕草。そして自然体で紡ぐ丁寧な口調が、アカネにとっては何より耳障りだった。
しばし顔を顰めたアカネに、イレイナは心底心配そうな様子で首を傾げる。そうだ、彼女は何も悪くない。同じ顔をした人間に会うことに腹立たしさを感じるのであれば、恨むべきはこの状況を作り出した者──誰か仕掛け人のような存在がいないのならば、それはつまり運命のことを指すだろう。
特にメッセージ性も無くしばらくイレイナの顔を見つめていると、彼女は何やらハッとした表情をする。
「あっ、失礼…!申し遅れました、イレイナ・アンダーソンと申します。えっと…ベイコクの方から」
ただ自分とそっくりな顔を観察していただけで、別に自己紹介を催促していたわけではない。アカネが彼女の顔を見ていたのは、他でもないアカネの失礼なのだが…。
礼儀を重んじる性格なのか、あるいはウノが作った自己紹介の流れが故か。どちらであるにせよ、純粋無垢な彼女がウノの破天荒な言動に振り回されるような未来が、その時には既に見えてしまっていた。
遠く海を渡った先のベイコクの出身。イレイナ・アンダーソンというその名も、確か試験の日に聞いていた。あの卑屈そうな受付職員が、アカネと彼女を間違えたのも無理はない。
「ベイコク人さんか。どうしてまたジポーネに?」
脚を組んだエリカが問う。彼女もアカネと同様、自分と同じ顔をした相手に向かって普通の質問ができる程度には精神的余裕を取り戻していた。
「えっと…修行、と言いますか」
「修行」
「分かった、花嫁修行だ!」
どこの花嫁が、魔法大国ジポーネの冒険者業界でトップの強さと等級を手に入れて帰ってくるというのだろうか。ウノの溌剌とした態度を、アカネは鼻で笑いながら一瞥する。
「そう…ですね。花嫁修行、です」
花嫁修行らしい。
「なるほど。それじゃあもう一つ」
少し俯いて頬を染めるイレイナに、エリカはクールな様子で次の質問に移る。ひとつの問いに執着せず、淡々とイレイナの人柄を掘り下げていくその姿は、珍しくもアカネには無い要素だ。
「シャーロットさんは何者?一緒に到着したってことは、使用人か何か?」
「ああ、そうです!紹介が遅れましたね。彼女、シャーロット・アリマは私の家の使用人の一人。ジポーネ語の教師として、渡航の際に私専属のメイドという扱いになりました」
「え、ジポーネ語うま~い!」
「えへへ…実は、こちらに来てからもう三年になります」
謙遜の笑みを見せるイレイナ。いや、複雑なジポーネ語を三年ぽっちの学習でこれほど流暢に喋れるというのは、相当な理解力だと思うが。
「あなた専属のメイドさん、だったんですね。てっきり冒険者統括協会やギルドの方から派遣された方なのかと…」
「一応彼女もそういう扱いになっているらしいですよ。あくまでシェアハウスという形ですから、メイドが二人も三人も要らないということらしくて。シャーロットがギルドに掛け合っているところを見た気がします」
そこは大人の事情、もとい子供の事情にもなるのだろうか。アカネを含むこの四人はまだ十五前後の少女。このシェアハウスの制度というのは、これから紫等級冒険者として冒険者業界のトップにあるべき彼女らの社会的自立の意味も込めて取られているのであろう。
イレイナに向かって続けざまに尋ねるエリカは、やはり着眼点が鋭い。
「…ていうかあんた、やっぱり結構いいとこのお嬢様?花嫁修行だとか、使用人だとか」
「そう、ですね…一応」
なるほど、言われてみればひと目でも分かる。立ち振る舞いや上等そうな服装に加え、少しウェーブがかかった長髪もどこか上品さを醸し出している。
要するに彼女は、アカネとは真逆の環境で生きてきたわけだ。恵まれた環境に生まれ、何の不自由もなくただ大人に守られて育ち、大きな責任を背負ったこともなく、今だって使用人を側につけて余裕を持って暮らしている。
そんな正真正銘の温室育ちの娘を、アカネが責めたり恨んだりできるはずもない。
何故ならアカネは全部、自分で背負っただけなのだから。
「ねえねえイレイナちゃん、お嬢様って普段何食って生きながらえてるの?パン?ごはん?」
「ミナモトさん、その二択で高級感味わえないよ。あと彼女は『ながらえる』程度の死活問題には瀕してない」
「エリカちゃん、よく口が回るね!」
「今喧嘩売られたんかあたし」
「あと、『ミナモトさん』じゃなくて『ウノ』ね!アカネちゃんとイレイナちゃんも。さん、はい」
「「ウノ」」
「はい、エリカちゃんウノって言ってない~!」
「カードゲームかよ」
「え…カードゲーム…何?」
「何でもない。タコヤキ一個もらえる?」
「あいさー!」
小さな球体がまた宙を舞って、テンポの良い漫才は締め括られる。
(…何を見せられているんでしょう、これは)
一旦話を本筋に戻す…もとい、話の本筋を立てるべくして、アカネは咳払いをする。
なに、自然な流れでイレイナの自己紹介が済んでしまったが、このまま自分が名前と年齢と生い立ちを語るような気分にもなれない。せめて一度、このウノ・ミナモトが正常に驚いているところを見るまでは。
「あの…アンダーソンさんの出自が分かったところでそろそろ──」
「次は私の自己紹介だね!」
「違います。先に状況を整理しましょう?少なくとも私は、自分と同じ顔の人間と普通の自己紹介をして親睦を深められるとは到底思えません」
エリカとイレイナが、静かにこく、と頷いた。
「──でもさ、アカネちゃん」
ところが対面のウノは言うのだ、一切の曇りがないその目で。
「状況なんて、見ての通りじゃない。今年結成の紫等級冒険者として集められた四人が、たまたま全員同じ顔。それは凄いね、奇跡だね、ありえないね。それ以上に何か整理することでもあるの?」
「いや…そのありえない事実に驚いていないあなたが気がかりなんですよ、ウノちゃん」
名前で呼ばれたウノは、少し顔色を明るくしながら。
「もう十分驚いた!」
逞しく言い切って見せるのだ。
「ええ、まあ…では仮に驚きのフェーズがウノちゃんの中で終息していたとしても、この状況を奇跡の二文字で終わらせて良いんですか?凄いね、って言って、次に移れますか?」
「あんま言いたくないけどさ…自分と完全に同じ顔した人間が三人、自分と同じ目で自分と違う瞬きをして、自分と同じ口で自分と違う声と口調で喋って、自分と同じ手足で自分と違う仕草を見せて、これってちょっと…なんか、気持ち悪いんだよね」
アカネに続いて、彼女が言いたいことをエリカが代わりに言ってくれた。
「確かにそうですね…。鏡の中の自分がひとりでに動き出したみたい。これに五感が慣れるまでには、相当時間がかかりそうです…」
イレイナも続く。やはり彼女も、十分その気味の悪さは感じていたのだ。ただウノの溌剌とした態度に流されていただけで。
ウノはしばし悩んだように見せた末、顔を上げて言い放った。
「たしかに!」
素直で良い子である。
しかしその場面で反論に回ったのは、意外にもイレイナだった。
「でも、ウノさんがこの事件を簡単に片付けようとしているのも分かる気がするんです。実際、顔が同じだからって困ることがあるわけでもないじゃないですか。その、所詮は見た目ですし…い、いや、すみません。私、生意気なことを」
何が生意気なのか。イレイナという少女は、謙虚さの中に若干の卑屈さも混じっているようだ。
確かに彼女の言う通りで、同じ人間が四人集まったからといって死ぬわけではない。困ることがあるとすればせいぜい…。
「見分けがつかないと連携が取れませんけど…」
「幸い、皆さん髪型が違います」
アカネが一例を挙げると、イレイナは淡々と返す。確かに髪型だけは彼女らの最もな相違点だ。もっとも、全員がアカネのように毎日同じ髪型で過ごしているとも思えないが。
「あとイレイナちゃんはめっちゃ良い匂いがする!」
「香水ですかね…そんなに強いものは使ってないと思いますけど」
「メスの匂いがする!」
「ややややめてください、ウノさんんっ!?それ多分良い匂いじゃないです!!」
自分の肩を抱いて恥じるイレイナの姿に、アカネは自分の顔の可愛らしさを再認識する。同じ顔の人間がすぐそばにいれば、自分の表情や仕草をシミュレーションすることだってできる。他にも髪型を変えて入れ替われば、人を騙すことだってできる。考えてみればこの怪奇現象は、問題点よりも寧ろ活用法の方が多いようにも思えた。
確かにウノやイレイナの言う通り、狼狽えるだけ無駄なのかもしれない。現状アカネ達ができることはやはり、時間の経過に任せることだけだ。そういう思考を巡らせた後ならば、この親睦会と言う時間こそがアカネの不快感を払拭する最適解であるとも言えるだろう。
アカネは嘆息して、対面のウノに提案する。
「続けますか、自己紹介」
「親睦を深めないと、晩御飯作ってもらえないしね!」
ウノはそのままの流れで、立ち上がって胸を張った。なに、作ってもらえなければ自分で作ればいいだけの話なのだが。アカネはイレイナと違って、頻繁に炊事をしながら生きながらえてきたのだから。
そんなアカネを対面に、ウノはこれまた溌剌とした様子で声を張り上げた。
「改めて、ウノ・ミナモトです!」
「え、待って。ミナモトさんの番さっきやらなかった?」
「まだ名前と出身しか言ってないよ!」
嘆息混じりに「五分で済ませてください」とエリカ。ウノは満面の笑みで頷き、「あとウノね」と付け足す。エリカが彼女を名前で呼ぶのは明日か明後日になるだろうか。
「出身はアオミリ、歳は十六。母はオオカミ、父はメスライオン!」
「絵本の世界から来たんですか。ていうか父がメス」
そう言いながらも、アカネは茶番の手前に聞いた十六という歳に捕らわれる。まさか自分より一つ上とは…。まあ学校ならまだしも、同業者としての一個上は大した差ではない。それに、歳が下だからと言ってもアカネのこの喋り口調が変わるわけでもないのだ。
「味が濃ければ割となんでも好き。狩猟とか得意だよ。あとは──」
趣味やら好きな物やら、どうでもいい情報の開示に続いて、意外にも今まで触れずにした最重要な部分に、ウノは触れる。
「──風属性専門の、魔法使い!」
元はと言えばアカネが一番、彼女らに期待していた部分だった。パーティメンバーの中に一人でも剣士がいれば面白いな、とか、たとえ魔法使いでも自分の不得意を補ってくれればいいな、とか、そんなことを考えていたのが十数分前のことであり、今となっては目の前の怪奇現象に夢中ですっかり忘れていた。
そして今、ウノ・ミナモトは言ったのだ。自分がアカネと同じ、風属性専門の魔法使いであると。
姿形が一致しても冒険者パーティとしては何ら問題ないが、一方で性質が重なると不便が生じる。ウノの発言に、アカネは身を凍らせていた。
いや、別に。たった一人の仲間と性質が重なったからと言って、チームとして成り立たないとは限らない。例えばイレイナが炎の魔法を得意としていて、エリカが水の魔法を得意としているならば、ちゃんと魔物とも戦える四人になっているはずだ。
しかしそんなアカネの想定も虚しく、三面鏡は関数的に作用するのである。次の瞬間、他の二人が放った言葉に、アカネは驚愕とともに「でしょうね」との納得も抱いていた。
「…私も、風魔法使いです」
「…あたしもなんだけど…」
少し遅れて、アカネも頷く。
「私も、使用魔法は風属性に偏っています」
多分解散だな、と予感した瞬間だった。




