雨の降る夜に唄う
ザーザーと雨が降り続ける
空の曇天により気分まで暗くなるようだ
今わたしは某県境の山中にある橋成村の旅館で執筆活動をしている
昼過ぎまで眠り、温泉に浸かって頭が冴え始める夜に散歩しながらネタを考える
そんな日々の中で経験した不思議な出来事について語ろう
わたしはいつも通り午後十時を回った頃、旅館を出て昔ながらの灯籠がズラリと並んだ石畳の上を歩いていた
手元には旅館の女将から渡された提灯片手にあてもなく歩いてパッとネタが出てくるのを待っていた
逃げるように電車に乗り、偶々見つけた雰囲気のいい旅館に泊まり込んでいたが、昨日も一昨日も良いネタは思い浮かばなかった
今日も今日とてネタもなく一文字も書けないまま自堕落に終わるかと思ったが、石畳から逸れた場所に小さな獣道があった
いつもなら気にも止めないが今日に限ってわたしは興味をそそられた
何でもいいからネタが欲しいと思った文筆家の末席に座るわたしの感性が囁いたのだ
明かりもなく、ただ暗いだけの道を提灯一つで歩き続ける
獣道の先には大抵なにもないか糞便が落ちているだけのつまらないものだと思っていたが、わたしの想像とは裏腹に獣道を抜けた先には人一人通れるか分からないトンネルがあった
いや、アレはトンネルではなく何か大きなモノの口だったのではないかと今になって思う
提灯を持って入るには狭すぎる
ポケットにあったライターの火を灯しながら、ゆっくりと足を進める
一メートル先も見えない暗闇を無我夢中で進んでいたわたしは正気ではなかった
村に入り古びた橋を渡ったあの時からわたしは魅入られていたのだと思う
ムカデやイモムシといった虫がいなかった代わりに壁はサラサラとしたローションのような液体によって湿っていた
服がベタベタになり、生来潔癖なわたしがあそこで引き返さなかったのは興味と狂気に囚われていたからだろう