剣と娘と勇者一行
結界術師から報告を受け、勇者達はファン王国へと急ぎ向かった。国の更に東海岸沿い、武術家の故郷に近い港町の外れに転送魔法用の魔法陣があり、そこへ昼過ぎに到着する。複雑で難解な文様を石のステージに立体的に刻む必要がある魔法陣は失われた技術であり、世界中で魔法陣を設置してある場所は交易の要所や大都市など発展しているケースが多いが、この港町は珍しくさびれた雰囲気を漂わせていた。
「町長様が遺体を預かっています。」
休暇を終えた武術家をこの町へ迎えにきた結界術師は、事情を知ってすぐトンボ帰りにガレージア国へ戻り、勇者とすでに休暇先から戻っていた戦士を連れてきた。
「町長様によれば、町の北側から大きな音が響いてきて、若い衆が様子を見に行き発見したとのことです。」
町長に会いにいき、勇者達は遺体を見せてもらった。鋭い刃物で横凪ぎに斬られている。攻撃されたのは気を練り上げ放出する途中だったようで、行き場を失った気の暴発による内側からの損傷が右腕に見られた。
「不意討ちや油断ではない、アスフィンはしっかり戦闘体勢を取ってたようだ。」
戦士はにわかに信じがたいという顔で遺体を見つめる。世界最強の武術家アスフィンが真っ向から戦って負けたというのが信じられない。
「相手は何者だ?人間どころか魔物にだって余程のことがなければ負けるような奴じゃない。それこそ魔王クラスでもなけりゃ…。」
「そうだ、魔王。」
勇者からすれば、このタイミングで考えるとどうしても結びつけてしまう。そして、間違いないと直感する。
「魔王を倒した、魔剣だ。」
「勇者様、私が見ます。」
そう言って勇者ロークの前に出た結界術師リバは、アスフィンの額に文様が書かれた紙を張り付け、呪文を唱えながら記憶の断片を引き出そうとした。一時間程かけてようやくいくつかの記憶を見つけたが、人の精神への接触、それも死者である。術の難度は高くリバの疲労は相当であった。グッタリとして、声も出せない。急きょ近くの宿に部屋をとり、休ませることにした。
「魔王の遺体にもやれば良かったんじゃないか?」
戦士グリンの疑問にロークはリバをベッドに寝かせながらこたえる。
「精神干渉は人間同士ですら術者へ負担をかける。魔物相手だと更に、だ。体が持たないだろうな。」
数時間休憩をとり、少し体を起こせる程度に回復したリバは、
「相手は間違いなく魔剣です。」
とだけ、話をした。まだつらそうなリバをみて、ロークは
「続きは明日でいい。」
とそのまま話を打ち切った。外は雨が降り始めている。
港町を訪れる前に立ち寄った廃村へ戻ってきた娘は、比較的まともな廃屋内でようやく自分の意思を取り戻した。外は大雨のようで雨音が激しい。廃屋のあちこちで雨漏りしている。
身体中が悲鳴をあげたくなる程に痛む。これでもましになったほうで、戻った当初はあまりの痛みで気を失い、目を覚ましてまた気を失う、それを繰り返していた。しばらくすると今度は痛みで眠れない為にひたすらうめきながら背をまるめていた。剣はその辺に放り出されていた。娘が存在に気付いたのは2日ぶりの食事、干し肉を雨水でふやかしたものをモソモソと食べてる時だった。
「剣さん、ここはどこ?私達どうやってここに来たの?」
おぼろげな記憶は、武術家に対峙したところで消えていた。自分の体が激しい痛みに襲われている理由も、廃屋の中にいる理由もわからない。
剣は娘の声を聞いて、娘がようやく回復したことに気付いた。会話ができるまで待って、何があったかを話すつもりであった。
「気を失ったお前の体を乗っ取った。相手は倒したが、仲間がいる可能性が高い。いったん隠れるために廃村へ戻ったのじゃ。」
「仲間?」
娘は言ってる意味がわからない。だが思考がだんだんはっきりしてくるにつれて、何となく痛みの原因は剣が自分を乗っ取ったことにあり、剣が何者かに追われていることを理解した。
「今までのことは剣さんが原因なんだ?私を最後はどうするの?」
「どうもせん。なぜそう思う?」
「体を奪うのかなって。良く考えたら私のこと助けたのはそういう理由なのかなって思って…。」
「ワシは意識の無い肉体を一時的に操れるだけだ、お前になる気はないぞ。魔力さえみなぎれば肉体なぞ邪魔でしかない。」
「それなら、いいや。」
娘はニッコリと笑った。怒って問い詰めてくるかと思ったが、それなら威圧するつもりだった剣は拍子抜けした。
「助けたのはたまたまお前の身体が剣を振るのに向いている魔物だったからだ。…ワシを置いていくならそれでかまわんぞ、ワシはワシのお眼鏡に叶う魔物ならお前でなくても良いからな。」
「今体が痛いけど、剣さんがいなきゃ死んじゃってたもんね。助けてくれてありがとう。また私を守ってね。」
笑顔で言われて、剣は何か気恥ずかしい気持ちになり少しばかり突き放したくなった。
「言っておくが、勘違いはするな。ワシはワシの慈悲で持ち歩くことを許可しておる。ワシを使わせてもらう時は感謝の気持ちを忘れるな。」
「うん。」
娘はにこやかに笑っている。雨の音はいつの間にか消えていた。
剣は魔王城から現在地周辺へ空を飛んで移動してきた。その際上空から地形を見てある程度把握している。娘の回復を待ち、再度目的の屋敷を目指すにあたり、当初の計画通り海岸に沿って行くのは懸念があった。襲ってきた武術家は勇者の名を口にした。つまり、勇者の仲間が自分を狙っていて、そいつらに襲われる可能性がある。
「海岸沿いは目立つし、何よりそこを通ると予測されているかもしれない。」
剣は港町を出て北へ向かった矢先に戦闘になったことで、その方向へ目的があることに感付かれている可能性が高いと娘に忠告した。そして、武術家に遜色ないレベルの強い仲間が複数人いると予測されることもつけ加えた。
「でも、一度海岸沿いに出ないと屋敷に向かう方向がわからない。」
と、娘は言う。見覚えのある場所を歩いて、道をたどるしか方法が無いのだ。そこで、ある程度の位置まで森を突っ切り、なるべく港町から距離をとって海岸に出ることにした。娘は海岸を5日間歩いて港町にたどり着く前に森の中へ折れた。日数や歩く速度、剣が上空から見た地形を組み合わせて考え距離を調整し、屋敷から海岸に出た地点になるべく近い場所まで現在地から直線的に向かう。勇者達が武術家との戦闘を把握し、こちら側の行動を予測していたとしても、海岸沿いに北上しようとしていたことしかわからないはずで、待ち伏せしていてもやり過ごせる可能性がかなり高い。
「迷わない?」
「太陽の位置をみたり、木の年輪で方角はわかる。もし行き過ぎた場所にでたら気付いた時点で屋敷へ向かう位置を探せばいい。ちゃんと覚えてるんだろ?」
「最近のことならばっちり。」
方針が決まり、出発した。旅路はすこぶる順調であった。森の道なき道を移動するため時間はかかったが、10日程かけて予定の海岸へ何事もなく無事に到達することが出来た。
「お腹すいたね。」
用意していた干し肉などの食料は、廃屋での療養と森を移動した合わせて14日間を補うには足りず、野草や果実を見つけてしのいでいた。
「海で魚を取れば良かろう、ワシは潮が好きじゃないから離れて見とるわ。」
魚は取れなかったが、カニや貝を見つけ腹を満たし、その日はそのまま岩場のかげで野宿することにした。
油断と誤算があった。森の移動は順調過ぎて、海岸につく頃には襲撃への備えより食事の充実や休息を取ることを優先に考えるようになっていた。加えて、勇者一行のことを剣と娘は知らなすぎた。
勇者の仲間には結界術師がいる。魔方陣や呪文を使い結界を造り出す他、空間探査や干渉術も身に付けている高レベルの魔法使い職である。その結界術師のなかでも彼女は稀に見る天才との評を受けている。若くして、王宮勤めの魔法使いでは上から3番目の役職である魔法使用者副管理官に抜擢されたエリートであり、勇者の一行に加わり魔王討伐の功績を残すことができれば、将来的に魔法使いの最高権威へ押し上げられる予定であった。その結界術師リバは港町から北へ、海岸沿いに捕捉結界網を可能な限り広げていた。
「捉えました。急げば朝までに接触可能です、勇者様。」
武術家アスフィンの記憶へ干渉し、剣と娘の容姿や魔力特性の記憶を引き継いだリバは、結界に自動探索術と物質照合を組みこんで、結界網にかかれば脳内に情報が入る仕組みを作っていた。
「よし、今すぐ向かう。船を出すぞ。リバ、奴等がいる場所を地図で示してくれ。地形を把握して作戦をたてる。」
勇者は特別な船を持っている。魔法動力により移動出来る為、機動力が高く発見されにくい。魔王城のある島へもこの船で上陸した。
「奴等に見付からない場所へ接岸して上陸、作戦通り高台から狙う。」
朝、まだ日が上がるか上がらないかの薄闇の時間、少しばかり砂地に差し込まれた剣先に微かな振動を感じて剣は目を開けた。声を殺して娘に話しかける。
「娘、起きろ。」
「うん、おはよう。」
娘もほぼ同時に奇妙な気配を感じ起きていたようだ。剣の柄に手を伸ばす。
(何者かが見ているようだ。)
崖の上から視線を感じ、ゆっくりと体を寝床のすぐ近くにある岩場へ寄せていくよう娘に促す。
ヒュッ、と空気を裂く音が聞こえ、やや離れた場所に矢が刺さった。続けざまに数本、更に離れた場所に刺さる。それぞれの間隔は20~30mも開いている。
(下手な射手だな、いや、何か意図があるのか?)
当てる気がないと思えるような射矢に不気味さを覚える。剣は娘に指示を出した。
「走ってみろ、狙ってきたらワシが弾く。」
急に岩場から飛び出した獲物に、戦士グリンは欲を見せた。
「チッ、気をとられた。」
一瞬視線が獲物に動き、戻す反動で本来の狙いよりも外側に矢を射かけてしまった。
「ちょっと崩れちまった。リバ問題ないか?」
「大きな崩れでは有りませんが、結界の持続時間は半分になります。」
「マジか、すまねぇ。」
グリンは苦い顔をしたが、
「15分ほどか、充分だ。」
ロークは涼しい顔で答えた。
「始めます。」
リバはそう言って印を結び、呪文を唱え始めた。打ち込まれた矢は聖石の矢と呼ばれる結界の触媒に使われるものであり、矢で六芒星の頂点を作り魔方陣の代わりにすることが出来る。
「何かまずい、魔法の気配じゃ!矢の囲いを抜けるぞ!」
だがすでに結界は発動していた。高い光の壁に捕らわれた剣と娘は行き場を失ってしまった。
「行ってくる。」
ロークはそう言うと、20m以上の高さがある崖から飛びおりた。と、同時に姿が変わり鳥の形をした炎になる。そのまま飛行し結界の開放された上部から飛び込んだ。
着地する頃には人の姿に戻ったロークは、剣と娘を前に構えを取る。
「魔王殺しの魔剣よ、討ち取らせてもらう。」
すぐさま斬りかかってきたロークの剣先を辛うじて剣と娘は防ぎ、距離をとって牽制した。二体の連携は以前に比べて一体感が飛躍的に向上している。一度剣が全身を操作した事で肉体の性能を完全に把握したことが大きい。お互いに隙を探り、斬りかかり、捌く。
すでに日が昇り、それぞれ姿ははっきりしている。グリンは改めて確認した敵の姿に内心驚いた。
「ガキじゃねえか…。」
「そうです、グリン様は姿で惑わされるかもということで、作戦内容は勇者様が配慮されました。」
リバがグリンの呟きに答えてきた。グリンは当初、作戦内容に反対した。なぜ正面からの戦闘ではなくわざわざ手間をかけ、結界で囲ってからローク一人で闘うのか府に落ちなかったが、理由がわかった。自分は子供相手だと甘さが出るとロークに見られてるのか、グリンとしては不愉快だ。
実のところ、この作戦の肝は別にある。武術家アスフィンの記憶は、断片的ではあるが敵の戦闘能力を情報としてリバにもたらした。敵は速度においては、勇者一行の中で最も優れているアスフィンと張り合っている。逃げられれば追跡は困難だ。その為まず逃げ道を無くす。戦闘力そのものはアスフィンに勝ってはいるが、紙一重の勝利であり途中まではアスフィン側が押している。圧倒的な強さではない。先制し強力な技で一気に方をつけようとした隙を付かれ、アスフィンは敗北した。ロークは堅実に動き、追い詰めていく戦法を取っている。すでに剣と娘は結界の際に追い込まれていた。
「じり貧だ、攻めるしかない。」
剣は、先日の武術家のような圧倒的な火力技を今のところ使わない勇者であれば、勝ちの目が有りそうだと踏んだ。とはいえ、娘の力量をベースにしてる状態では無呼吸の連続攻撃は出来ないし、娘にはまだ前回のダメージが身体の芯の部分におそらく残っているはずだ。ならば、不意を突くことで活路を開くことにする。
「タイミングはワシが指示する、合図と同時に奴の上から跳び込むんだ。」
娘はなるべく横に、逃げ場を無くさないように動いていたが、やはり限界を感じていた。祈るように合図を待つ。
「跳べ!」
声と同時に勇者の頭上へ跳び上がり剣を振り下ろす。だが、ロークは読んでいた。低い横凪ぎの剣筋を体をひねって縦に曲げる。迎撃し、文字通り返す刀の一撃で終わらせるつもりであった。
「なにっ!?」
突然目の前に炎の魔法が発現した。ロークは熱波で目が眩み、思わず横に逃げようとした。しかし、一瞬の遅れにより振り下ろされる剣を避けるのは間に合わなかった。
「捉えた!」
剣は勝利を確信し、娘は思わず目を瞑った。だが、確実に勇者の肩に食い込むはずだった一撃は空を切った。
戸惑いながら、その場から急ぎ距離をとる。何があったか、観察した。そこには二種類の炎が渦巻いている。一つはすぐに消え失せ、もう一つは鳥のような形から勇者の姿に変化した。
「まさか剣の姿の魔物が魔法を使えるとはな。だが、不意を突こうがお前に勝ち目は無いぞ。」
勇者が剣撃を回避した魔法は不死鳥魔法という。自分を炎の鳥と化す勇者のみが使える魔法で、ほんの数秒ではあるがあらゆる物理的な攻撃を透過出来る。
武術家には有効だった不意討ちは通用しない。闘う手段が尽きた。あとは一か八か娘の意識を失わせ剣が体を乗っとるしかないが結局相手にダメージが通らないなら同じだ、時間稼ぎにしかならないし娘の体が持たない。剣が思案を巡らせている最中、不意に娘が
「下から逃げれるかな?」
と言った。結界は6本の矢を結んだ線の上方へ壁状に伸びている。しかし、その下のことは盲点だった。もし上にしか壁がないなら…!すぐさま娘は壁に向かった。
「一瞬じゃ!滑り込め!」
壁の下をなるべく広く深い範囲へ衝撃が加わるように砂を凪ぎ払った。砂の一部が吹き飛び、辛うじて娘が抜け出せる隙間がひらいた。そこに飛び込む。意図を理解したロークが駆け寄るも砂はすぐ流れこみ、隙間をふさぐ。ロークは砂を払うが小柄な娘と平面的な剣がようやく抜けられる隙間では体格のいいロークは通れない。予想外の事態に、ロークは森の中へ逃げて行く剣と娘を呆然と見送った。冷静ではなかった。不死鳥魔法で炎化すればなんとでもなったはずだが。
「おいおい、逃げられてんじゃねぇか!」
ふてくされ気味に崖の上から見物を決め込んでいたグリンは、困惑しているリバに結界の残り持続時間を問い質す。
「あと、5分ほどです。強制解除するにしても同じくらいかかってしまう。」
リバは泣きそうな顔で答える。5分もたてばあの二体は森の中に消え失せ、探しだすのは困難になるだろう。
「俺が追跡する。何らかの形で居場所は知らせるから、後で追ってこい。」
これから追い付くことは無理だろうが、森を通るなら草木を薙いで行く必要がある。痕跡をたどれば完全に引き離されることはないはずだ。グリンはほとんど転がり落ちるように崖を下り、二体を追って森の中へ飛び込んだ。
設定
勇者ローク
ガレージア北の辺境出身。父は領主、家族は他に母、兄がいる。10歳で城都へ1人で勇者としての修練を積むため転居。城内の学校で知学、魔法学、武術を学び好成績を修め勇者となる。勇者の特徴として女神の加護を受けており、専用の魔法、装備を使いこなせる。特に魔法は通常、呪文や魔方陣等を用いるが勇者専用魔法はその必要がなく即座に使用可能。24歳。