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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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退廃

 二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房



 あとで聞いた話だったけど、空がこんなにもくすんで、死がそこらへんに転がって、見たこともない怪物がいつも徘徊していて、それでも必死に生きようとスラムを造ったりするようになってからもう百年以上も経ったらしい。


 私が窓の外から見ていた、沢山の人が武器も持たずに爛々と煌めく街を歩く光景はそれよりも昔のことで、ほとんどの人が知らない過去の景色だとあの冷酷な癖に不完全な機械が教えてくれた。


 どうしてそんなことになったのか。曰く、時間を制御する研究やワープ装置、異世界と行き来ができる扉、永久機関、クローンや生物兵器。そんな研究や実験を繰り返すうちに取り返しのつかない何かが起きて、それをキッカケに異界からの侵略や異星からのプランテーションに見舞われて、それでも人間は生き残ったけれど国と地球が死んだ。


 今も電光を放って夜を照らし続けるのはそんな技術を開発して、力を持っている企業だけで、会社員になれれば手厚い保護を受けるらしいけど、ほとんどがスラムで野垂れ死んで、便利屋は彼らにとって低賃金で雇える強力な捨て駒。それだけ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 確証はないがソラとか言った少女は自分と同類かもしれない。今に壊れそうな廃墟の床を踏み締めながらレイルはぼんやりと思考する。


 バチリと側頭部で小さくスパークが弾けた。人間みたいな考え事をすると決まって電気が彼の装甲を焼いた。エラー。エラーと。内部情報が疑似的な痛みを訴えてくる。


 表情があれば苦虫を噛み潰したような――顔をしていたかもしれない。嫌な記憶が蘇った。


 長い眠りから目を覚ましたらどこかも分からない汚泥とゴミ山に身体が埋もれていたときのことを。人間として生きてきたはずなのに身体が無機質で硬い金属へ変わっていて、表情は装甲パネルの蛍光で三パターンしかない。


 生き物の温もりをデータでしか理解できなくなった。超常的な身体能力を得たけれど、その所為で面倒事に巻き込まれるようになった。【死神】……【死神】が来たと揶揄されたが、違う。別の誰かだ。


「俺じゃない……!」


 無意識のうちに声を発していた。ビクリと、怯える気配。ソラの足が止まる。慌てて振り向くと、少女は恐怖もあったが何故か憐れむような目をしている気がした。


「……なにが?」


「――――なんでもない」


 廃墟の出口が差し掛かっていた。足音だけを検知してソラの方を見ることもできないまま逃げるみたいにレイルは歩き続けた。彼女の父親を殺したことを謝罪するべきだと思考プログラムが訴えるが生憎言葉が浮かばない。声に感情を込めることもできない。


 それにどちらにせよ無意味だろう。許されることではない。早々に結論をつけて不快な思考への処理リソース分配をやめた。


 ――廃墟を出ると干からびたみたいな外気が少女の柔肌を撫でた。機械油と砂埃の臭いが漂う。風化によって何条にもヒビが生えた舗装路。その大半はゴミに埋もれ、瓦礫と廃材で造られた建物に占拠されている。


 重ねるように建てられたそれは周囲を圧迫し、くすんだ空気で変色した陽光を妨げ、薄暗い影を狭い路地に落とす。戦車から引っぺがした装甲板で出来た橋が建物に掛けられて四方八方上下に、複雑に入り組んだ道が伸びていた。とっくの昔に倒壊したビルから突き出たパイプ管が道になっている場所さえ見られる。


「嫌だと思うができれば俺の腕なりコートの裾でもいいから掴んでたほうがいい。もう説明はいらないと思うが――」


 ゴミ同然の布切れを纏った人間が何人も行き交っていた。時に立ち止まって、大鍋で犬を煮込む髭面の老人に金を渡し、その肉を買う者もいた。


 しかしソラの存在に気づくと刃のような眼差しで一瞥をくべる。すぐに知らぬふりをし始めたが、ソラは重苦しく顔をしかめた。


 例外なく全員が武器を持っているのを確認して口元を歪める。拳銃、錆びついた雷撃剣スタンソード、血を拭いきれていない振動刀。


「無粋な言い方をするとあんたの身体は全身に価値がある。その綺麗な銀の髪も。血肉も。女という性別も」


「そりゃどうも……! けど私はあなたに感謝もしないし許したりもしない。絶対にいつか殺す。そうじゃないと――何もできない。いつか決着をつけるから」


 さきほどまで嗚咽していたとは思えないほど毅然とした態度を取りながらレイルのコートの端っこを指で掴む。


 警戒するように周囲をきょろきょろと見渡して、服を干すみたいに外壁に掛けられた人間の腕を見て身体を縮こませた。バクバクと緊張と慣れなようもない環境に晒されて脈動する心臓に手を当てて、無言のままコートの袖を強く握り締めた。


『なぁレイルさんよーッ。いい加減オレも喋っていいよなぁ? オレはモテる男だからよーっ、しばらく黙ってやったがここまで来たんなら言わせてもらうぜ。空腹! 空腹だよオレはなーッ! 報酬より先に飯だ! じゃなきゃ協力しねえ!』


 ギィギィと腰に掛けられていた【肉の剣】が思い出したかのように目を開いた。うじゅうじゅと筋張った肉と鋭利な牙を震わせて野暮ったい声を発する。


「急に喋るな。怖がられるだろう」


 獲物を探るみたいに目を光らせていた周囲の人間が退いていく。


『そうかぁ? どっちかっていうと興味津々って感じだぜェ? モテる男はつレぇんだわ』


 指摘されてソラは不機嫌そうに顔を背ける。直前まで、確かに【肉の剣】の巨大な眼球と目が合っていた。


「……それ、なんなの?」


「別世界の生き物だ。道具として使えるものは異界道具とか言われてる。大抵は科学を無視した力があるから持っていると襲われない。理解できない力は怖いからな」


 嘘を言ってるとは思わなかったが半信半疑な言葉だった。ソラは神妙な表情を浮かべて小さく首を傾げる。けどすぐに自分が復讐すべき仇と会話していることが腹立たしくなって小さな舌打ちをした。レイルよりも自分が許せなくて深い嘆息を吐き出す。


「何年前かは知らないが四次元だかテレポートだかの実験が原因で空間に穴が開いてる場所がある。他にはそれこそ別世界からの侵略行為だとか。だから夜は出歩かないほうがいい。昼にもいるが、化け物が徘徊してる」


「化け物はあんた達でしょ」


 ――沈黙。表情も感情もない機械だと思っていたがレイルは思いのほか動揺しているように見えた。人間からかけ離れた外見。醜悪な武器を振るう姿。間違ったことは決して言ってなかったが、ソラは気まずそうに顔を俯けた。胸糞の悪い罪悪感が胸中に渦巻く。


「何……? 間違ったことでも言った?」


「――いいや。間違っていない。確かにその通りだと思っただけだ」


 レイルは吐き捨てるみたいに肯定して、自身を一瞥する人間に顔を向ける。小さな悲鳴を零されてすぐに距離を置かれた。今も服の裾だけはしっかりと掴んだままの少女を見据える。彼女はすぐに顔を反らしたが少なくとも恐怖ではなかった。

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