二機
赤と銀の装甲。洗練された曲面構成。頭頂部に浮かぶ天使の輪のような計測器。非対称の翼が存在を誇示するように広がった。神々しさすら感じさせる威圧感。
【肉の剣】に破壊された片翼がバチリと火花を弾いていた。
かつてレイルが行ったように、隔絶した空間へ侵入したカノン・クロムウェルは途方もない紫紺の光輝を目の前にして。表情の無い顔に赤い蛍光を灯した。
「なんて…………。愚かなことを」
失望。哀れみ。僅かな動揺。感情に反して無機質な声で呟いた刹那、カノン・クロムウェルは残光を曳いて加速した。刃のごとき風を纏い飛翔し、レイルへ緋色の光刃を振り下ろす。
慣性と捻転が描く重い剣の軌跡。レイルもまた、光刃を突き伸ばし、ソラを庇うように轟然たる一撃を打ち流す。衝撃が足を伝い地面を抉った。
激しい火花を走らせる剣戟。烈々たる光の飛沫。
斬閃を描き交錯する緋と紫の閃光が漆黒と白銀の装甲を掠めた。損傷を受けた機体が苛烈な電光を迸らせる。カノンが一度跳んで、レイルとソラから距離を取った。
「…………嗚呼、どうやら本当に白の十三番の力がレイル・ヴェインに流れてしまっているのですね」
レイルは沈黙したまま敵機を見据える。青かった光は消えていた。光刃も。頭部の蛍光さえも紫の光に染まっていた。
「今すぐ継承をやめなさい。彼女が《十三の紫》の中でも突出した力を保持できたのは純白種という肉体ゆえです。貴方一機が耐えられる負荷ではありません。十三番、あなたはいいのですか? 彼が壊れてしまいますよ」
カノンの言葉に嘘はなかった。科学を超越したエネルギーがレイルの装甲に幾重ものヒビと亀裂を走らせ、紫紺の光が漏れ出ていく。
内部の回路は過剰な熱を帯びて機体の僅かな隙間から幾度となくスパークを散らしていた。
「ッとめないと……。このままじゃレイルがもたない!!」
朦朧としていたはずの意識は一瞬で引き戻された。青紫の双眸がレイルに刻まれた傷を見据える。変色したレイルの蛍光。破壊の力を帯びた光が強く光輝するほど死の影を濃く映し出していく。
「絶対に止めるな。力の継承を続けろ!!」
紫紺の光輝が薄まると同時、レイルはあらんばかりの声で叫んだ。呼応するように黒い機体から溢れる輝きは強く、強く燃え上がっていく。
「でも!! 本当にレイルが死んじゃう! 嫌だ……。それは嫌。私はレイルを殺すためにここまで来たんじゃない」
胸が震える。隠しようもない恐怖がソラの指先を麻痺させる。涙が滲む。
「忘れたのか。最初に言ったはずだ。キミに殺されるつもりはない。それにあいつは見誤った」
レイルの視線の先、カノン・クロムウェルは距離を保ったまま砲身を構えた。荘厳な鐘のごとき駆動音を轟かせ、輝白の光が一点に凝縮し、球体状に膨張していく。
「まずい。離れろ」
レイルは反射的にソラを後方へ突き飛ばした。
「止めないならば力ずくです。こんな方法でなければ、お別れの挨拶ぐらいで来たでしょうに」
一条の銀光が瞬いた。膨大なエネルギーそのものがレイルだけを狙い澄まし、放たれる。光と音が僅かにズレて、遅れて劈く爆音。空気を焼き裂いて舞い上がる白煙と光焔が視界を埋め尽くす。
眩むような銀色。途方もない閃光を前にソラは咄嗟に顔を覆った。
「……ッレイル! レイル!! 返事して!!」
目を開けようとも朧気な視界は煙に覆われて何も見えない。だが、声に応えるように黒い手がソラの頭を撫でた。無意識のうちに詰まっていた吐息がゆっくりと零れ出る。安堵が胸を震わせた。
……煙が晴れるにつれて黒い影と紫紺の輝きが露わとなっていく。
黒い装甲、根を張る肉の膜は焼け焦げながらも機体の致命的な損傷を免れていた。
「何故生きているんです? あなたの装甲は私の光に耐えられるように設計していません。まして、《十三の紫》の祝福を受けて、自壊せずにいらえるはずがない」
「生憎、俺は一機ではない。最初からな」
装甲に走る亀裂を埋めるように赤く潤んだ肉の根が浸食し、漏れ出る光を塞ぎ止めていく。
(ギャハ! 見やがれあいつの顔! 馬鹿みてェにチカチカしてやがるぜ。オレ様に一杯も二杯も食わされてるからなァアアアア!)
粗暴な声はいつまでも同じ調子だった。【肉の剣】が一層機体を覆い、脈打ち、不規則な部位に牙を生やしていく。
グロテスクで異様な光景を前に、ソラは歯を噛み締めながらレイルを睨み据えた。どれだけ信じようとしても、拭い難い嫌な予感が握り拳を震わせる。
「…………ッ、死んだりしたら怒るからね」
「それは困る。ソラは怒ると何をしでかすか想像できない」
レイルとソラを見下ろしながらも、カノンは彼らに特別な感情を抱くことは微塵もなかった。冷酷な視線がソラを突き刺す。
「素直に応えてあげればいいではありませんか。可哀想に」
「可哀想だと思うならぜひ手を引いて欲しいものだな」
「それはできません。ワタシはこの世界を修復するための行動しているのですよ。己の利益ではない。人間のために! 社会のために! 侵略者共の力を手にし、理解し、解析し、我々の力に変えなければ世界は依然として終わったままだと思いませんか?」
レイルは肩を竦めた。確かな怒りはあったがそれ以上にカノンへの関心を持てなかった。理由を説明されようとも底冷えた否定だけが湧き上がる。
「その修復した世界に俺もソラもいない。貴様の願いが叶うために犠牲になるのが俺達だ。《十三の紫》の力を理解するためにソラを利用するのだろう」
「あるべき姿に戻すんですよ。未来のために、今後あなた達のような悲劇が生まれないために。そう考えることはできないんですか?」
「抵抗されたくないならば、柔軟な思考の追求のために感情など持たせるべきではなかったな」
生みの親のはずだが、何一つ共感も理解もできない。これ以上何も知りたいとも思えない。ただ倒すべき敵でしかなかった。
「ええ。自爆装置でも積ませるべきでしたよ。非常に後悔しています」
カノンの背から無数の金属球が、遠隔操作の機動砲が速度をつけて射出された。




