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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
 三章:《十三の紫》と旧ミスカ大学地下図書館
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嘆息

 反響していく靴音。薄暗いじめついた通路の奥、纏い付く死臭が鼻腔を通り抜ける。


 ひび割れたタイルに転がる無数の死体。乾いた血の痕。大半がラインフォード商会の兵士のものだ。


「数時間ぶりだな。黒機の便利屋。ミオフィルに余計な手は出していないだろうな」


 血濡れた武器を拭い、レイルとソラを待っていたのはアレウスと数名の襲狼者だった。


「そんなことをする余裕があると思うか?」


「冗談に決まっているだろう。そう怒るな」


 乱れた金髪を整え、アレウスは野心的な笑みを浮かべた。駆け寄り、脚にしがみついたミオフィルの頭を撫でながらレイルとソラに一瞥を向ける。


「それで。貴様らは誰に新しく雇われた。ラインフォード商会とは手を切ったのか?」


 レイルの問いにヴェディルは舌打ちし、横たわる死体へ唾を吐き捨てるだけだった。ミオフィルは困ったようにアレウスの顔を見上げる。ソラの視線も彼へ向いた。不安げな瞳だった。


「……嫌味か? お前らを捕まえられなかった所為で殺されかけたんでな。襲狼者と違って部下も壊滅したもんで奴らとは手を切った。新しい雇用主は言えない」


「恨んでないの?」


「ハッたわけめ。箱入り娘らしい質問だな。恨みで腹が膨れるか? ……それに。少なくとも貴様はミオフィルを助けた。普通の奴なら絶対に殺す状況でな。ゆえに約束しよう。オレ達の仕事は迷子同然の機械と人造人間にしてみればそう悪いものでもないぞ」


「オレは普通に死にかけたけどな」


 ヴェディルが不満げにぼやいた。夜に染まっていく外気は急速に底冷え、牙の隙間から漏れる吐息が白く染まっていた。


「その仕事の内容次第では死にかけではなくなるだろう」


 レイルが腕を突き向けると金属装甲がスライドし光刃が展開した。カノンよりも出力の低い青い刃。ヴェディルの眼前にまで伸びる。


(ギャハ! オレが手元からいなくなったらさっそく浮気かよこの野郎が。力は消えたわけじゃねえのによぉ)


 ――幻聴かどうか判断できない。


 思考回路が言い訳をメモリに刻む。動揺しているらしい。意思に反して頭部装甲の光が明滅を繰り返していた。……表情がなくて良かった。【肉の剣】を持っていた手を握り締めた。


「わたしたちは黒機と白の十三番を旧ミスカ大学地下図書館まで五体満足な状態で案内する。それが仕事」


「なぜ図書館へ? 入館料は誰が支払う。相当な金がかかるはずだ」


「理由は言えない。契約違反になる。お金は……黒機が自分の正体を探るために集めてたって、聞いた。それを使えばいい」


 ソラの理解が追いつかないまま便利屋達の間で会話が完結していく。


 言い知れない疎外感が胸をかき乱して、耐えきれずにレイルの間へ割って入った。両腕を伸ばしながらレイルを睨み据える。


「大学? 図書館? …………こんな状態の世界にもまだあるの?」


 半信半疑な声で尋ねた。滅びる前の世界の知識しか無いソラにとってそんな施設があることは信じられなかった。


「おそらくはソラの知っているものとは違う。大学は一部の企業関係者しか通えないが……図書館は金と力さえあれば利用できる。条件さえ満たせばどんな情報でも知ることができる」


「条件って?」


「同じ図書館利用者と殺し合うんだよ。死んだ奴は持ってる道具、記憶、身体の一片のぜーんぶがデータとして回収されてどこかの誰かさんに提供されるってわけよ。金要求されるのもそれが理由だったかぁ。金銭の来歴から情報を抜き取るとかなんとか」


 包み隠さず答えたのはヴェディルだった。レイルは無言のまま光刃を突き向けたが、悪びれる様子もなく狼面を引き攣らせるだけだった。


「何があっても私は階段を下りた時点で引き返すつもりはなかったよ。行こう、レイル。カノン・クロムウェルの弱点とか、私達に協力してくれる人がわかるかもしれないし」


 ソラは少女らしいあどけない笑みを浮かべながら、凛とした眼差しでレイルを見上げた。地下通路を通り抜ける夜風。白銀の髪がふわりと舞った。


「意味が分かっているのか? 図書館に入れば例外はない。ソラ、キミも人を殺――――。いや、……失言だった。すまない」


 顔部装甲が点滅を繰り返す。……動揺しているらしい。レイルは客観的に自己分析を行い、これ以上醜態を晒すのが我慢ならなくて閉口した。


 ソラに苦しい想いをしてほしくない。手を汚して欲しくない。……何故? 自問自答しても答えはなかった。ただ漠然と願望だけがあった。


 …………が、彼女が力に目覚めたのも、人を殺したのも。原因は自分にあるのは明らかだ。


「いいの。気にしてないわけじゃないけど。私だけ綺麗なままでいたくないから。クロロインさんのときから、もう手はとっくに同じ色だよ。そういうつもりでレイルの手、掴んだんだ。全部終わらせよう。……案内して。図書館に」


「クハッ! 随分と面白いことになったのだな。黒機め。抱えていた子猫にいつから手綱を掴まれたんだ? 随分と弱々しくなったのもその所為か?」


「だまれ。そんな単純な話ではない」


(キレてんのか? オメエはいっつも短気だよなァ。オレよりよぉ)


 【肉の剣】の声がレイルにだけ響く。口もない機械の身体ではため息一つ出てくれなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


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