選択
怪物を滅ぼすために作られた科学の力が教会の外にまで突き抜ける。衝撃が空気を震わせた。混戦を極める不毛の荒地を、二人と一機の便利屋が超人的な速度で疾駆する。
「はは、酷い有様だなぁ。オイ」
ラインフォード商会の人造兵。フェンリル人体工房の歩行機兵。《十三の紫》の怪物がそれぞれを殺して回る。異界道具、機銃、毒ガス。爆音と衝撃が絶えず何もない大地に残響を唸らせる。
「これ……ぜんぶ私の所為なの?」
バクバクと、破裂しそうなくらい心臓が脈打っていたが、ソラはこの場にいる誰よりも遠くを見渡せていた。透き通った視界が冷静に現実を突きつける。
「ソラの所為ではない。彼らが自分で選択したことだ」
「微妙に違うなぁオイ。こんなところで捨て駒になるやつが自分の意思で行動を決める権利なんてねえよ。全員巻き込まれたんだ。力あるやつの自分勝手にな」
銃撃を受け散らばる装甲。誰かの腕。潰れた人肉から触手が伸びて、無差別に人を、機械を、切り裂いて回る。得体の知れない油と血が乾いた地面に吸われていく。
「面白いものではないだろう。あまり見るな」
「……リーミニと一緒に逃げれなかった」
「《十三の紫》の男を信じるしかない」
生体反応の有無を確認する余裕もなかった。この場から逃げ出したい一心で、二人を追い抜かす勢いでレイルは加速を続けた。……今まで何度も響いていた命令は完全に途絶え、――先が見えない。空っぽだ。
荒れ果てた地面が数キロと広がっている。藍色だった空は重い雲の影に覆われて、黒く、黒く染まっていく。
「ソラ、キミは……強かったんだな」
最初から分かっていたことを今更口にした。彼女だけが自分の意思で自分の行く先を決めている気がしてならなかった。
「私が? ……まぁ、そう思うなら別にいいけど」
いささか不服そうにソラはそっぽを向いた。
少女から視線を離すと、造られた思考が永遠と回転し続ける。
自分が何を理由に、誰に造られたのか。それだけを知りたくて金が必要だった。そのために仕事をしてきたが――便利屋を続ける理由は消えた。
なら、なぜ走り続ける。何が残っている? ――自問自答。僅かに失速した。地面を蹴り込む金属の脚が冷たく、硬く、重い。
だが同時、腕を通じてじんわりと熱が伝い続けていた。柔らかで華奢な重み。レイルは答えを見つけたようにソラを一瞥した。
【色彩音】がレイルの視線、感情の揺らぎを見せつける。必然的に目が合った。のっぺりとした頭部と、紫紺の双眸が見つめ合う。
「……感謝している。信じてくれたこと。傷ついていると、正面切って言ってくれたことを」
「それを、正面切って言われるとよく分からなくなる。恥ずかしいよ。こんな状況だし」
数歩先でヴェディルが聞き耳を立てている。カノンはまだ数キロ以内にいる。すぐ近くで名前も知らない誰かが沢山死んでいる。時速何キロかも分からない加速の風と爆音が横切っている。
だというのに身体の芯が熱くなる。
レイルの片腕に抱えられて、手足がぷらぷらと揺れ動く。負荷をかけまいと、加速に反して最小限にまで抑えられた振動が心地良い。
「こんな状況でしか言えないこともあるだろう。次にいつ立ち止まれるかも分からない。言えるうちに言いたかった」
「レイルらしいような、らしくないような。……って思ったけど。考えてみたら私がシャワー中でもお構いなしだったね。忘れかけてた。色々あったし」
「すまないと思っている」
あまりにも場違いな話にソラは失笑した。強張り切っていた頬が緩む。昨日のことが酷く懐かしく思えて、どうしようもなく目頭が熱くなった。冷静に事実を呑み込むほど、嗚咽が込み上げる。
――力を扱えきれないばかりに【肉の剣】を殺した。
「本当に、……色々」
紫紺の瞳が遠くを見据える。強く歯を噛み締め、漏れ出そうになった自責の言葉を押し殺した。口にしても、レイルが代わりに傷つこうとするだけだろう。彼の前では気丈に振る舞おうと笑みだけは保ち続けた。
「お話のところ悪いが着いたぜ。黒機様に白の十三番様よぉ。ここまで来れば全力疾走する必要はねぇはずだ」
周囲の景色は変わらない。崩れて原型のなくなったビル。骨組みと土台だけが残った建物。足元に重なる瓦礫とゴミと硝子片。
ヴェディルが指差した先にあったのは崩落しかけた地下通路だった。二人の便利屋は躊躇うことなく奥へ進んでいく。
「私達も行こう。この先どうなるか分からないけどさ」
ソラはすり抜けるようにレイルの腕から降りた。
「あまり前に出るな。奥で死臭がする。一人や二人の話ではない」
「なら、私を離さないでよ。隣にいるならいいでしょ?」
向かい合って、ソラは手を伸ばした。バクバクと、心臓の脈打つ音が加速する。呼応するように紫紺の力が膨らんでいく。
「……俺は、叶うことならソラに同じ道を踏んで欲しくない。…………すまない。キミが悪いわけではないんだ」
レイルは手を取ることができなかった。伸ばしかけた黒い手で、誤魔化すようにソラの頬を撫でた。
「選ばなければならないと思った。今までは声に従うか、金を集めるだけだった。今にしてみれば、どこまでが自分の意思で決めたことなのかも曖昧だった」
「そんなに……深く考えなくてもいいのに」
冷たい金属に頬を寄せたが。レイルの手はゆっくりと離れていった。
「――俺は、叶うことならキミを守りたい。だが生憎、そんなことを一度だって出来た試しはなかった。壊すことしかできなかった。だから、今は安易に手を取れない。全てを解決するまでは」
(誰も未来なんて見えねえんだから適当でも見栄張りャァいいのによぉ)
レイルはソラよりも一歩前に出た。階段を下りていく。ソラは呆然と黒い背を見詰めていたが。我に返ると共に赤くなった頬をペチペチと叩いて、空っぽの手を握り締めた。
「…………強がり」
愚痴を零して後を追った。




