表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
 三章:《十三の紫》と旧ミスカ大学地下図書館
30/53

自責

「レイル、まだ敵が……四階に三人。気配の色が――」


「全員殺す」


 足音から位置を予測し、レイルは一気に強襲を仕掛けた。握っていた手はすり抜けて、黒い残像がソラの前を過ぎる。


 空気を震わせる銃声。弾丸を避け、壁を蹴り跳ねて敵兵の頭部を掴んだ。抵抗を許す間もなく振るい薙ぎ、もう一人へと投げつける。


 瞬間、【肉の剣】で纏めて突き穿いた。うじゅうじゅと牙が血肉を貪るなか、残された敵が光刃で斬りかかる。


 剣を引き抜くと同時に柄での打突。敵の剣撃をいなし、腕を捉えて装甲ごと皮膚を捩じり千切る。


 敵は苦痛に悶えることもなく、無事な腕で銃を手に取り、


「……痛みも恐怖もない。単調だ。スラムのおんぼろ共のほうがマシだな」


 銃口が向かうことはなかった。視認不可能な速度の蹴りが前顎を吹き飛ばす。弧を描く黒い軌跡。遅れて、音が轟いた。金属片、歯と骨が足元に散らばっていく。


『ギャア! レイルてめぇ、キレてんのかァ? 自分で選んだコトだろォが』


「…………いつも通りだ」


 呼びかけるようにレイルはソラへと視線を向けた。彼女はびくりと半身をのけぞらせた。慌てて駆け寄ったが、脚の震えが止まらなかった。


 隠すように握り拳に力を込めて、言おうとした言葉が詰まる。


 頭が真っ白になっていた。必死に爪を喰い込ませた。滲む痛みが手の内に広がっていく。


「敵は、この階には……もういないよ」


 ――――レイルが人を殺すのはもう何度も見ていた。今更、動揺する理由なんてないはずなのに。


 怪物でも見るかのように、釘付けになっていた。……目が合った気がした。それでようやく我に返って、ソラは咄嗟に首を振った。笑みを取り繕う。


 レイルに表情はない。いつ見たところでその顔が変わることはない。


「…………責めてはいない。むしろ感謝している。ソラ、キミは――俺が人を殺すたびに傷ついていると言ってくれたな」


 ――なのにどうしようもなく呼気が狭まる。肺が萎んで、何かが突き抜ける。彼に殴られたときよりも、ずっと、ずっと痛くて、……苦しい。


「嬉しかった。初めてそんなことを言われた。だが、違う。俺は元々こういうことに躊躇いはない。惨たらしく、殺そうと思えばこうなる。……怖がらせるつもりはなかったんだ。すまない」


「違う。私は――!」


「急ぐぞ」


 ソラは何も言えないまま、もう離さないように手を掴み直した。知らない誰かの血が流れ伝う。無理矢理にでも指を絡めた。


 ……六階、七階、八階。気配の色は見当たらなかった。死体だけが転がっていた。


 今も外で人の叫び声が、銃撃が響き続けているにも拘わらず、張り詰める緊張と沈黙が静寂を錯覚させる。


「リーミニ! リーダー!!」


 ソラには一瞬、声が誰のものか分からなかった。鼓膜を震わせる合成音。感情を込めることのできない声色。音量だけが響き渡る。反響し、静寂が立ち込める。返事はなかった。


「いないのか!? いるなら返事をしろ!」


 ――九階。リーミニとリーダーがいるはずの部屋は通路の奥で、重い鉄扉は金具が外れて横倒しになっていた。【色彩音】が無情にも色を見せつける。……それを口にすることはできなかった。


 ただ呆然と部屋の惨状を目の当たりにして、顔が歪む。鼻腔に漂う血と焦げた異臭。敵兵の四肢が転がっていた。床に散らばるボディーアーマーの残骸。引き千切れた肉の塊。


 ……空いた桃の缶詰。今朝、彼に渡したものだった。彼は、リーダーはすぐ隣にいた。


 剥き出しの壁に寄り掛かり、ほとんど閉じてしまった双眸で必死にレイルを見上げていた。赤い瞳が鈍く煌めく。


「へへ、へ…………兄貴ぃ。よかッ、た。生きてたん、スねぇ。信じ、て……よか、った。マジで……。ソラ、ちゃ……んも。無事で」


 腹部を押さえたままヘラヘラと笑みを浮かべ口元を拭った。名前を呼ばれて、ソラは深く息を吐いた。リーダーの手を握り締めて、不安定に揺れる紫紺の瞳で彼を見詰めた。


「オレのこと、嫌いじゃあ……ねェのか?」


「好きじゃない。でも、嫌いになったつもりもない」


「……ハハぁ。照、隠しかぁ……? ガホッ! ッ!」


 咳き込むと口からどうしようもなく血が垂れ落ちた。荒く、肺に届かない呼吸をかいて、それでも飄々とした態度を崩そうとはしなかった。


「喋るな。安静にするんだ」


 傷口を確認しようとレイルは膝をついたが、リーダーはその手を力強く握り、必要ないとでも言うように首を横に振った。


「リーミニが……上に、まだ。だから…………あいつに、謝っといて。くれないスか、ねぇ……。缶詰、俺がほとんど食べちゃって、だから」


「ダメだ。自分で謝れ」


 レイルは穏やかに頼みを断った。リーダーは最初から分かっていたように笑ったまま。


「厳しいなぁ……兄貴は。でも、オレ。頑張った、んだぜ……? 怖かったけど、女の子を守るために戦ったんだ。それってすっげえ格好いいことだろ? レイルの兄貴、みたいに、オレ……」


「ああ、お前は頑張った。リーミニも認めてくれるはずだ。許してくれるはずだ。だから――」


 リーダーは手を伸ばしてレイルの顔部装甲に触れた。指が撫でて、血の跡を描いて、滑るように落ちる。


「嘘だぁ。あいつは、絶対に怒る……って。だから、今は、会えねエ…………な。……へへ」


 気配の色が途絶えた。


 力なく息が零れて、項垂れる頭。


 もう起きることはなかった。瞳に灯る光が失せていく。黒い手が優しくリーダーを撫でると、彼はそのまま瞑目した。


 レイルは数秒、見つめて。何も言わないまま立ち上がった。


「……ごめんなさい」


 ソラは無意識のままにそんなことを口にしていた。危うく揺れる紫の瞳。涙が出ることはなかった。泣くこともできずに睨み据えた。


「なぜソラが謝る」


「わかんない。……わかんないよ。でも、私がいたからこうなったんだ」


 嗚咽が込み上げて、ソラは何度も深く呼吸を重ねた。自責が苛む。


 ――いっそ殴られて、拒絶されたかった。そんなこと、しないって分かってるのに。


「もう何も考えるな」


「けど――――!」


 黙々と梯子を立て直す黒い背を見ていると、眩暈がした。どうしようもなく痛みが突き刺して、鈍く残り続ける。


「誰かが殺して、誰かが殺された。よくある話だ。ソラの所為じゃない。どうこうできることでもない。キミが傷つく必要はないんだ」


 血で汚れた手で白銀の髪を撫でようとして、寸で留まった。


「私、酷い人間だ。…………人間ですら、ないかもしれないけど。レイルが、責めないって分かってて……こんなこと、言って」


 ソラは吐く息を震わせて、視線を合わせないまま背を伸ばす。レイルの手を、自分の頭に押し付けた。髪に赤黒い血の跡がこびりついていく。


「もう平気か?」


「…………うん」


 顔が熱っぽい。冷たくて重たい手が触れて、ようやく涙が滲んだ。


 ――本当に、最低だ。


「気配の色は見えるな? リーミニを探そう。合流して、街を離れて、そしたら休めるはずだ。そうすれば落ち着くはずだ」


 ソラは弱々しく頷いて、グシグシと強く涙を拭った。


「もう、大丈夫。……ありがと」


 凛とした表情を取り繕う。誤魔化すように梯子に手をかけた。カツン、カツンと。足をつけると音が鈍く響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ