残響
「白の十三番が開花した……! 彼女を絶対に捕まえろ! 商会の上の連中も呼べ! 他の二人は始末してかまわない。白の十三番だけは生け捕りに――――」
吶喊の声を張り上げて便利屋達が疾駆する。蹴り込む足。空気を裂いて伸びる腕。振り薙ぐ刃。後方の部隊がソラへ向けて麻酔銃の引き金を振り絞る。
――――遅い。視界に映る何もかもが何倍にも鈍く感じることができた。斬撃の軌跡。弾道。
乾いた銃声が永遠と響く。血の臭い。五感全てが長く、長く。一瞬の時を圧縮する。
光輝する瞳が敵対する全てを捉えていた。自分の中に存在する得体の知れない力が喉奥から込み上げる。
「――――ッ」
深く息を吸った。力の使い方は理解していた。壊されたくないものが壊されかけたから、一線を越えた。
その瞬間から忘れがたいほど記憶に焼き刻まれていた!
ただ漠然とした本能が訴える。叫べ! 叫べ!! と。
「レイルに――――」
力が浸食するように白銀の髪を一筋の淡い紫が塗り潰した。
想いに反応するように瞳の光輝は一層強く、強く煌めく。元の淡い青の瞳は消えていた。
「二人に触れるな!」
怒号が紫電を解き放った。至近する便利屋が吹き飛ぶ。放たれた弾丸が焼き消える。声から発せられた得体の知れないエネルギーは無数の斬撃を描いて周囲を無差別に斬り裂いた。
防弾服をも貫き、無数の四肢が宙を舞う。噴き出る血飛沫は紫電に触れると同時に揮発した。焼け焦げる臭いが広がる。
だがいくら途方もない力を得たところでソラは素人に過ぎなかった。乱雑に拡散する視線を掻い潜り、異界道具持ちの便利屋は雷撃を避けて驀進する。
『ソラぁ!! 後ろだッ! その道具はやべえ気配がするぜえええ!』
咄嗟に振り向くよりも早く、便利屋はソラの片腕を握り締めた。骨が軋む怪力。振り解くことはできず、金属質の音を響かせて異界道具の篭手が熱を帯びる。
「応えろ。【かがり――!」
異界道具の本質を引き出す言葉が紡がれる刹那、ソラの腕を掴む手が赤い剣撃と共に吹き飛んだ。篭手から零れ舞う翡翠の炎が空気を歪める。
だが骨肉を溶かす高熱がソラに降り注ぐことはなかった。黒い外套がソラの頭上を覆う。
『ギャアアアア! 起きるのが遅ェ! てめえが何秒も寝るのは初めてだなぁオイ!』
【肉の剣】が喜々として叫びあげた。弧を描く赤閃が迫る便利屋をいなした。金属の脚が深く踏み込み、仰け反る敵を両断する。
レイルはのっぺりとした頭部で周囲を一瞥して、何も言わないままソラの頭を一度だけ撫でた。
重く冷たい金属の手の感触。ソラは無自覚のまま胸を撫で下ろした。激情に呼応していた紫紺の輝きが僅かに色褪せていく。
「……見ないうちに随分変わったものだな」
「うっさい……。父親みたいなこと言わないでよ。お礼の一つも言えないの?」
安堵と同時に苛立ちが湧き上がる。彼の力になれたことが嬉しい反面、どうして助けてしまったのかと自問しても答えが出てこない。表情のない顔を見上げたくても見上げることさえできなかった。
「あとで言おう。今はここから抜け出すぞ」
「どうやって!?」
「喰え。【肉の剣】」
頭部装甲が青く淡く蛍光すると、レイルは躊躇いなくクロロインをエヴァもろとも刺し貫いた。びくりと小さな体が跳ねたが、もう悲鳴も吐息も出なかった。
「…………ッ」
ソラは目を瞑ろうとはしなかった。噛み締める唇に血が滲む。【肉の剣】はクロロインの身体を突き穿つと爛々と瞳を輝かせた。生気を取り戻すかのように、牙が血肉を食むほど色彩は色濃く血で塗り固まっていく。
『ギャハァ!! 久々だ! 旨ェ肉だ。生命が凝縮してやがるッ!』
「絶対に逃がすな! 死を恐れるな! 肉体保険はあるだろう! だがしくじれば退社することになるぞ!」
誰かが叫んだ。恐怖に駆られるように便利屋達が戦鬼のごとく迫るなか、群衆を蹴り抜いて異界道具持ちはより深く突出する。
影が頭上を覆った。振り下ろされる身の丈ほどの戦槌。【肉の剣】が受け止めるよりも早く、ソラは庇うように前に踏み出す。
「なッ――!」
「やめろ! 白の十三番は殺すな!」
驚愕の声はレイルと敵の両者から零れた。敵は渾身の殴打を咄嗟に反らすも、生じた隙を赤い斬撃が縫う。血飛沫が飛び散った。牙が四肢を削り、バラバラに斬り砕く。
「なんて危険な真似をするんだ」
「お説教はあとにして! まだこれの使い方は分かってないけど、今なら手は貸せるの!」
ソラは手を突き伸ばすと【肉の剣】を撫でた。刀身にぎょろめく単眼に紫紺の色彩が交じり合う。
『痛ェ! 何しやがったテメエ!』
「上手く行った! レイル! 早く!!」
「蓄積分全てを使え。――叫べ。【肉の剣】」
『いちぃ、にィ、八回分ッ! 最大回数だぜぇえッ! ああ、けどそれどころじゃあねえ! キャパオーバーだッ! ソラ! てめえマジで許さねェからな!』
粗暴な声が響いた。肥大化する刀身。これから起こる未来を予測して、レイルは外套でソラを覆った。
向かい迫る便利屋を両断するように、醜悪な巨剣を撫で下ろす。
――――紫紺の閃光が瞬いた。便利屋、地面、天井。有象無象の全てが空間を喰らう一撃を前に文字通り消し飛んだ。灰色の雲すらも裂いて、僅かに本来の空が垣間見える。
鼓膜を震わせる雷鳴と共に途方もない不協和音が轟いていた。消滅した空気を震わせ、真空を埋めるように暴風が渦巻く。
「おい。いつもこれぐらいの出力は出せなかったのか?」
『冗談じゃねえ。こいつはぁーよーッ! ソラの、ほんの一割にも満たねえ欠片を借りたに過ぎねえ! オレの力じゃねえよ! 畜生が!』
何層もの金属の天井を穿ち、地上までの大穴が形成されていた。入り込む土砂。千切れたケーブルが電光を散らし、ガシャン、ガシャンと。不規則に瓦礫が鳴り渡る。
「フー……! フー……ぁ……。っ、ぁー…………? ぅ、ぁ……ッ」
息は果てていた。堪えようにも堪えきれずに、細い喉から搾り出すように声が漏れた。
白銀と紫の髪が吹き荒む風に酷く靡く。ソラは忘我の眼差しで虚空を見上げた。薄暗い照明があった頭上は、もう何も残ってはいなかった。
手足を動かすと紫電が溢れ出るように迸った。揺れる瞳を残光が後追う。眩い紫の輝きは黒い装甲に反射すると、鈍く煌めいていた。
「レイル……っ、私は――」
何を言おうとしたのかさえ分からなくなって言葉は途切れた。吐く息が震える。
「ああ。キミはただの人間ではない。だが白の十三番である必要もない。したいようにすればいい。俺は可能な限りそれを助ける」
レイルはソラの小さな体を背負った。ソラは抵抗することなく黒い金属の背に身を預けたものの、納得がいかなかった。
「どうしてそこまでしてくれるの? パパを殺したから? 罪悪感? まだ、人間性がどうたらって言うわけ?」
責めて欲しかった。怒ってほしかった。そんなことを言いだせるわけもなく、やり場のない苛立ちを声色に乗せた。
「そうだとも。俺は機械になりたくない。殺さなければならない殺しはするが、生かせるならば生かしたい。選択をし続けているだけだ。どちらを、どうするか。それが人間性だと考えている。どちらが大切かで最終的な天秤を測ることこそ感情的なものはないだろう」
フックショットが上方へ撃ち放たれた。ワイヤーは急速に巻き上げられ、一人と一機は地下から一気に駆け上がる。
「ああ、だが。本当にバカなことをしたと思っている。ソラ、キミは思っていた以上に厄介なものだった。正直な話、ド・マリニー時空管理会社に依頼された時点で嵌められていたかもしれない」
地上は異界の植物に覆われ、商会周辺は赤一色だった。随分と、懐かしいような心地さえする。ソラは深く息を吸い込んだ。
クロロインを刺したときの感触、熱、臭いを思い出して、喉元まで嫌なモノが込み上げた。
「だが、余計に気がかりになってしまった。自分が誰かも曖昧なまま、造られたという事実と、得体の知れない力を持たされて、自分ではない名前で呼ばれる苦痛を無視できなかった」
声は相も変わらず抑揚のない無機質なものだった。だと言うのに、重く、いつまでも頭のなかに残り続ける。
「ここからすぐに離れよう。スラムの連中も避難させなければならない」
残響はいつまでも肌をひりつかせていた。
「…………ありがとう」
声は風に掻き消えた。
ミスがあったので再投稿です……




