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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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決別

 空気の抜ける小さな銃声。放たれた液状の肉片はレイルの剣撃によって両断される。


 決定的な決別だった。握りしめた異界道具の刃が輝きを増していく。


「造り物同士で人間ごっこですか? 涙が出ますねぇ。わたし達人間よりもよっぽど…………羨ましいくらいですよ」


 クロロインは開き直ったかのようにへらへらと笑った。白の十三番が攻撃を受けたと判断したのか、ようやく警報が鳴り響く。


 赤く点滅する照明。劈く不協和音と共に空間が歪んだ。淡い蛍光と共に、武装した便利屋が何もない場所から姿を現す。


 流線形の防護服に狼の頭部を模したフェイスマスク。握られた機械仕掛けの柄から深紅の光刃が煌めく。


襲狼者べんりやか。対処するには厳しい数だな」


『ギャハ! てめえが苦言を漏らす敵でもねえだろ!』


 躊躇なく襲い掛かる便利屋を一人、二人と【肉の剣】が斬り薙いだ。血飛沫が舞い上がる。だがソラを守りながら戦うには敵が多すぎた。彼女を抱えようにもその余裕もなく数の暴力が追い込んでいく。


 光刃が黒い装甲を掠めると血潮のごとく激しい火花が舞い上がる。追い詰められてきていた。一撃一撃が装甲を掠め、外部に露出していた得体の知れないコードが千切れて電光を散らす。


「レイル!!」


 叫んで、引き金を引いた。放たれる障壁が振り下ろされた剣撃を受け止めるも捌き切れる数ではない。便利屋はレイルとクロロインだけを狙って人外じみた疾駆と共に斬りかかる。


「エヴァ、一気におわらせましょう」


「あぃ。ドくたぁ」


 クロロインの声に血肉の巨怪が無邪気に呼応した。骨のない体がどろどろと粘液を撒き散らしながら病弱な体に纏いつく。


 赤く爛れたドレスのようだった。足元にまで茨のごとく血肉が巻き付くと、クロロインはそれまでの非力さが嘘のように力強く地面を蹴り込む。


 走る何条もの亀裂。衝撃が髪を靡かせる。エヴァから伸びる蠢く触肢が襲い掛かる便利屋を貫き、一瞬のうちにソラの目前にまで肉薄していた。


「ッ…………!」


 ソラは咄嗟に動くこともできなかった。右腕を掴み引き寄せられる。振り払おうにも骨が軋むほどの握力を前に逃げることもできない。肩に注射針が触れる。


『ギャハ! これでストックはゼロだぜえええええ!』


 【肉の剣】の叫び声が空気を震撼させた刹那、クロロインの腕がエヴァの一部もろとも消し飛んだ。僅かに遅れて血飛沫が舞う。噴き上がる血潮がソラの真っ白な髪や頬を鉄臭く濡らした。


「……すまない。返り血の方向までは考慮できない」


「手、ぁ……! クロロイン……さん、の」


 ソラの腕を掴んでいた手だけが別れた状態で残ったまま。注射拳銃の一本が足元を転がる。


「なーにわたしの心配してるんですか? 本当、純粋なのも度が過ぎるとイライラしますね。わたしが薄汚れてる気がして」


 痛がる様子もなくクロロインは無い腕を突き伸ばすと、エヴァの肉塊が補った。纏いつく赤色が華奢な腕を形成していく。


「しかし容赦ないですねぇ。さすがに腕を斬られたら長生きできなくなっちゃうじゃないですかぁ」


 背後を強襲しようとする便利屋を何食わぬ顔で鷲掴むと赤熱する腕が脳漿ごと砕き割った。エヴァの破壊的な力を完全に掌握し、着こなしていた。


「人間とは思えないな」


「あなたが言いますかぁ? 死神のなり損ないさん。今からでも彼女を引き渡せばいいじゃないですか。お金も貰える。協力して便利屋を皆殺し。これでいいじゃないですか」


「悪いが俺は死神でも死神のなり損ないでもない。他を当たれ」


 一蹴し、ラインフォード商会の便利屋を斬り伏せる。【肉の剣】と光刃がぶつかり合うたびに牙が削げていった。


 力技で打ち払い、胴を突き刺す。首の血管を削ぎ落す。防御を取るたびに反撃を繰り返して足元に死体を築いていく。


「レイル……大丈夫なの?」


 ソラは荒々しく髪を靡かせ引き金を引き続けた。自分が嫌悪感もなく名前を呼んでいることにさえ気付けなかった。


 発砲。銃口を攻撃に向け、発砲。一緒に逃げ延びるために、レイルの対処が遅れそうな一撃を確実に無力化していく。


 クロロインの手が腕に残ったまま、返り血も拭わずに浅く呼気を刻んでいく。呼吸が追いつかずに肩で息を切っていた。


「怒る余裕もないぐらいだ。……助けられている」


『ギャハ! まじでピンチだぜ。オレの再生が間に合わねぇ!』


 アレウスの率いる貧困街(スラム)の義体とは格が違っていた。確かな性能を持つ武器。一人一人が並外れた身体能力で猛撃を重ねる。


 脈打つ刀身は傷つき再生するたびに青く腫れぼっていた。レイルが自身の防御にかまけた一瞬の隙を突くようにクロロインはソラへと肉薄した。


 身を屈め、処理すべき兵器(ソラ)を光褪せた双眸で見上げ注射針を突き放つ。躊躇など微塵もなかった。


「異界道具無しでその速度か」


 レイルが苦言を漏らした。腕を斬り落とさんと咄嗟に【肉の剣】で一閃するも、赤熱する細腕が刃を受け止める。


「……斬れない」


 無機質な声は動揺を露わにしていた。肉の筋に食い込む刃は芯を断ち切るまでに至らない。重なり合った肉塊の筋が塞ぎ止め、尋常では無い再生速度によって刃を抑え込む。


『悪ぃ……こいつは叫ばねえと斬れねえぜ』


「なまくらは研がないと命にかかわりますよ?」


 ――同時に発砲。レイルのもう一つの奥の手であった異界道具の弾丸は容易に避けられてしまうと、一方的に肉片を撃ちこまれる。赤黒い粘液は付着し、膨張するとそのまま爆ぜた。


 金属すら歪める衝撃が機関部に致命的な負荷を及ぼす。白黒に点滅する視界。覆うノイズ。


 聴覚機能は完全にシャットダウンして音が完全に途絶えた。黒機に迸る青いスパーク。


「レイル!!」


 ソラは上擦った声で叫んだ。鋭い睥睨が《十三の紫》の祝福によって激しく光輝する。残光が紫紺の軌跡を描いた。


「叫んでも彼には届きませんよ。構造は把握済みです。これで少しの間は動けません。さようならですねぇ」


 クロロインはソラを処理するよりも先に、レイルに引導を渡そうと首部に銃口を突き付ける。


「やめて…………!」


 無意識のうちに声が溢れた。また、見ていることしかできない。パパを殺されたときみたいになにもできないのか?


 ――――自問自答。答えが出るよりも先に一歩踏み込んだ。


「レイルを殺さないで」


 あのときの同じことを口にしていた。感情が一瞬のうちに底冷えるなか、手に持った物を無自覚のままに突き出す。


「か……ッぁ……?」


 びちゃりと音が跳ねた。クロロインから空気の抜けるような声が零れる。ナイフを、【紫紺の涙】をエヴァもろとも突き刺した音だった。刃はすり抜けるように、根元まで深く貫いていた。


「レイルを殺さないで!!」


 引き抜いて、もう一度クロロインにナイフを突き入れた。彼女が【肉の剣】を受け止めた所為で身動きが取れないと分かっていながら留まることもできなかった。深く、深く。手遅れな傷を突き抉る。


「私は――!!」


 突き刺して、引き抜いた。血の糸が刃を濡らす。


「私は――――もう、何もできなくなんかない。もう願ったりなんかしない!」


 体重を込めてさらに打突した。ソラの華奢な手が血に染まる。びちゃびちゃと血とエヴァの粘液が足下に流れ落ちる。焼けるような熱が病弱な体躯から溢れ出る。


「ドくた、ぁッ。刃が触れナい。ごめんなサい。ごめンなさイ……」


「エヴァッ――ぁグ……。謝らナ、フー……異界道っ、ぐぁ? 傷も、塞がらな……ん、で。しゃちょ、ぅ……どうすれ、ば」


 クロロインの声が頭を軋ませる。パパを殺された時と同じように震える呼気で息を吸った。涙が頬を伝う。嗚咽も泣き喚くこともできなかった。


「ソラさ、ん――人も……殺せないような、目をしてお、……信じ、てぁ、……ですが。一線を、超えれ……っほど、レイルを……想っ――ぁー…………」


 弱々しい声が酷く耳に響いていた。互いに据わった瞳で見合わせて、クロロインだけが一方的に微笑む。唇に滲む血。虚空を凝視する光失せた瞳。指先は零れ出る熱の所為でビリビリと痺れていた。


「……こんなときに名前で呼ばないで」


 引き抜いた。 クロロインの四肢から力が抜けて崩れ落ちる。【肉の剣】の所為で倒れ伏せることもできない。


 ソラは紫紺の双眸で彼女の様子を見下ろした。吐く息は震えているのに、視界は眩暈がするくらい鮮明だった。

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