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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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「本気ですかぁ……? わたしたちが見逃したところでラインフォード商会の本拠地から逃げられるとでも? それに、後ろからザクってやられるかもですよ? これじゃ、わたしがまるで悪人ですし。……悪人ですけど」


 クロロインは嘲りと同情の混じった眼差しを向けて詰問した。積み上げた死体の山を横目に深いため息を零す。


『そうだぜーッ! 義体の輩の血肉吸ったってぶっ放すのはあと一回分が限度だッ! 必要な殺しだとオレは思うけどよおおお』


「黙っていろ。必要かどうかは俺が決めることだ」


「…………キミ達二人もこれ以上攻撃してこないのであればあとは勝手にすればいい。ラインフォード商会に始末される前にな。……義体の彼らの死は無駄にはしない。こう口にしたところで、きっと逆鱗に触れるだけだろうが」


 レイルは二人の便利屋のことなどないもののように地下施設のより奥へと歩き始めた。警戒する気配も見せないまま背を向ける。


「……言いたくはないが、正気か貴様。……あの【死神】がたかが小娘一人のために敵を逃がすようなリスクを負おうと言うのか?」


 敵意を帯びた眼差しでアレウスは鋭い睥睨をくべた。深紅の瞳に映り込む血濡れた黒機。おぞましいはずの敵が、依然として片腕で華奢な少女を抱えている姿はあまりに異質で滑稽だった。


「そのたかが小娘を守ろうと身を挺して前に出た時点でキミも同じだろうに」


 アレウスは苦虫を噛み潰すように黙り込んだ。ミオフィルは顔を俯けながら立ち上がると、頬を朱に染めながらむず痒そうに髪をわしゃわしゃと掻き乱していた。


「行こう……アレウス。ラインフォード商会の社員になるのはもう無理だよ。――――【死神】。もし探し物があるならこの先の通路を行けばいい。……酷い仕事をつかまされたって、後悔することになる」


 アレウスは会釈するように一瞥するとミオフィルを背負い、急いでその場から離れるように疾駆した。


「彼らもおバカさんで助かりましたね。一悶着がないならまぁ、結果オーライでいいでしょう。わたしも好きで、好きで誰かを殺すわけでもないですからねぇ」


 クロロインは物憂いげに自身の小さな手を見つめ、自嘲した。返り血に濡れた手袋をその場に放り捨てる。


 ぽすんと、小さな物音は静寂のなか反響するように響いていた。


「……嘘は言ってないと思う。先の通路に何かあるみたい。…………それで、いつになったら私を下ろしてくれるの?」


「問題ない。ソ……、キミの体は軽いからな。それに内臓器官に問題が発生しないように重心は制御してある」


「そういうことじゃないんだけど…………」


 的外れなことを口にするレイルを睥睨すると、もどかしげに表情を濁した。ソラは青い視線をジッと向けたまま、話を切り替えるように乾いた咳をコホンと零す。


「……ありがと。私の言ったこと信じてくれて。あの二人を、殺さなかった」


 礼を言葉にすると気分が軽くなった。胸の奥に圧し掛かるものだけが重くなっていた。――――レイルと同じことをした。自分のために死ぬ人と死なない人を選んだ。同類に怒りを向ける権利なんてあるのか。


 考えても考えても考えても。結論のない問題に辟易して、ソラは熱を帯びた吐息を深くついた。


「…………自意識過剰だ。俺は必要のない殺しはしたくなかっただけだ」


「必要のない殺しだって判断したってことは私の言ったことを信じたってことじゃないの?」


「だからどうしたんだ。何が言いたいんだ」


「……素直じゃない! 何が言いたいもなにも、私はただ……!」


 投げ槍な言葉を発するレイルに対して、ソラは無自覚のままに声を上擦らせる。様子を見ていたクロロインはくすくすと、嘲りではなく年相応の笑みをこぼした。


「やっぱり仲いいじゃないですかー! ふふっ……。こんな世界でも、最悪の出会い方をしているはずのあなた達でさえ、そんな普通のやり取りができるんですね~。世の中捨てたもんじゃない気がしますよ」


「冗談じゃない。結局キミ呼ばわりなのも変わってないし」


「…………」


 ソラは反射的に否定したものの、レイルが黙り込んだ所為で僅かな静寂が痛いくらいに気まずくなった。ギリギリと音が鳴りそうなくらい胃が軋む。


 胸のなかのわだかまりが苛立ちなのか罪悪感なのか。判断できそうになかった。


「なんで黙るの。否定しなさいって」


「喋らなければいけない義務はない」


 レイルは早口で一蹴すると、クロロインを睥睨するように青い蛍光が軌跡を描いた。


「この話はもういいだろう。それよりも目的地はどこにある。あの二人が言った場所であってるのか?」


 電灯に照らされながらも薄暗く、狭い通路を指差す。重々しい金属扉が視界の奥に見えていた。


「怒らないでくださいよー。……目的地については細部について断言はできませんよ。移動しなければわかりません。けど探すのも仕事じゃないですか。便利屋なんですから。むしろ便利屋なんて本来は捨て駒なのに社員を割いていることを特別に感謝してほしいくらいですよ?」


「ふざけたことを言うな。だから信用できないんだ」


 一転して気配を殺すとレイルとクロロインは扉の前まで歩み寄った。互いに頷き合うと同時、勢いよく扉を蹴り開ける。金具が衝撃に耐えきれず吹き飛んでいった。


 青い電灯に照らされた地下施設は静寂に満たされたままだった。重い衝撃音だけが残響となって鳴り渡る。


「前の部屋にあったタンクの中身はここに来ていたのか」


 一人心地にレイルは呟くと天井を見上げた。蜘蛛の巣のように張り巡るパイプ。部屋の大半を占めるのは規則的に並ぶ巨大な円筒だった。


 満たされた翠の液体の中に少女、成人男性、異形の怪物がざらりと。目を閉じた状態で閉じ込められていた。


「うっわー。ラインフォード商会の大事なとこがー丸見えですよ。わたしたち監視カメラなりで絶対動向バレてるはずなんですけどねぇ。うっすら寒いぐらい人いませんね」


 円筒のなかの生き物は手首や太ももの血管にチューブを刺されていた。真っ赤な血と得体のしれない液体が交換されるように循環を続け、どの生物も例外なく呼吸器が取り付けられていた。腹部が呼気で動いていた。


「…………なんで皆、生かされてるの。こんな状態になっても」


 生きていると理解できても、理由が理解できずにソラは震える声で詰問した。どうしようもない不安が背筋を凍り付かせているはずなのに、焼けるように背中だけが熱を帯びている。


「ラインフォード商会は超常的な力を……まぁ、仮に呼称するなら魔力とでも。そんな曖昧でふわついた力を生き物から抽出して、異常な力を発揮できる武器や、生物兵器を開発できるようになったことで成り上がった企業なんですねぇ。つまりは、そういうことです。さっきの角が生えてた子も似たようなものですね。異常な力を体に取り込むと、ああいう身体的な特徴が出ます」


「こいつらがその生物兵器ってこと……。それとも、抽出される側なわけ……?」


 考えていると酷く眩暈がした。無意識のうちに表情を曇らせていたらしい。のっぺりとして、表情のないはずの顔部装甲が不安げに覗き込んでいた。思わず、笑いそうになる。


「私のことを気に掛けないで済むからこんな抱えたままでいるんじゃないの?」


「……問題がないならいい。何かあったら言え。言ったかも覚えてないが、直観は重要だ」


 ソラは大丈夫なフリをした。苦笑いを浮かべて、頭のなかにある気持ち悪さを塞ぎ込んだ。それでも、嗅いだことのないはずの薬品臭が懐かしいくらい鼻について、頭にまとわりつく違和感は晴れそうにない。


 クロロインはジッとその様子を見つめていた。それから、腫物が落ちたみたいに儚く微笑むと、わざとらしいくらい靴音を響かせて通路を歩き始めた。


「わたし達が対処しなければならない、白の十三番も魔力や異界の神秘によって造られた生物兵器です」


 今までの飄々とした面持ちが嘘のように張り詰めた様子で。カツン、カツンと。物々しい空間に音が響く。美術品でも眺めるかのように円筒の中を一つ一つ一瞥しながら、重い足取りで通路の奥へと向かっていく。


「……まぁ、わたしとしては半信半疑なんですけどねぇ」


 最奥の扉の手前まで来て、クロロインは不意に歩みを止めた。レイルが警戒してか、【肉の剣】を握る腕を強張らせる。


「なんで半信半疑なの? その、諜報部……だっけ。その人がくれた情報って言ってたけど」


 二人の間を割って入るようにソラは声をあげた。クロロインは僅かに目を瞠ると、穏やかな物腰で手を伸ばした。ソラの頭をわしゃわしゃと、幼い子供と接するかのように撫でる。


「信じたくないっていう想いはわたし個人のものですねぇ。だって、信じられますかー?」


 鍵は開いていた。ガチャリと小さな音を鳴らして、クロロインは一番奥の扉を開け、踏み入れる。


 前の部屋と変わらず、液体に満たされた円筒が並んでいたが。


「あちゃー…………。ほんとうにマジだったんですねぇ。諜報部の情報。こんな、女の子に……なんてもん背負わせてんですかねぇ」


 憂いげにクロロインは頭を抱えた。ソラは瞠目したまま言葉を失って、するりと抜け落ちるようにレイルの腕から這い出た。吸い寄せられるように円筒の前まで駆け寄る。


 小刻みに体が震える。目の奥が、背中が焼けるように熱を帯びていく。


「同じ……同じだ。全部……全部、――――私」


 十三基もの円筒。空っぽの一基を除いて中にいたのは全て、ソラと一寸の違いもない少女だった。


 翠の液体のなかを揺らめく白銀の髪。華奢な肢体。露わとなっている背に彫られた術印が淡く、魔力的な紫紺の煌めきを帯びていた。

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