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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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黒腕

「便利屋は……たった二人か。他はそれ以下だ」


「ご名答。こいつらはオレの事務所の輩だ。全員が飯を堪えるために義体を施すような馬鹿野郎だ。けどなにせ一世一代の大仕事なもんでな。正社員になるチャンスなんだよ。もし抵抗せずに要望に従うならオレとしては一番ありがたいんだが」


「…………一応聞いてやる。期待はしていないが。キミ達全員を殺すことになるのは面倒だ。死にたくないだの、泣きながら無駄な抵抗をされたりだのは懲り懲りなんだ。そういう姿を見られたくもない」


「強気なのは勝手にしろって話だが……。状況を考えたほうがいいと進言しよう」


 レイル達を包囲する義体の集団は一斉に銃口を向けた。ソラは震える手で咄嗟に拳銃を向け返したものの、引き攣った表情は隠しきれなかった。


「キミは応戦しなくていい。自分の身を守ることだけ考えろ」


「分かってる……! でもこの状況であんたどうするつもりなの?」


 レイルの強さを理解していても銃の威圧感は変わらないまま。全身を殺意と敵意に突き刺されて無意識のまま息をとめる。


「安心していい。約束は守る。巻き込んだすえに見殺しにしてしまうのはいささか人間性に欠けるからな。いくらキミが足を引っ張ろうが善処はしよう」


「余計なこと言わないと気が済まないの……!」


 ソラはレイルの相貌を見上げた。無機質で、黒くて、表情もないのっぺりとした顔が混乱しそうなくらい頼もしく思えて頭のなかがむず痒い。


「お熱いな。けど命を守ることを優先すべきなら言うこと聞くべきだな。オレらの要望は二つ。……一つはそこのマッドサイエンティストの命だ」


 アレウスは飄々とした態度でクロロインに指を差す。レイルは彼女のことを一瞥すると、一瞬の逡巡をおいて頷いた。


「……構わないか?」


「はい。いいですよって言うと思うんですかぁ? ソラちゃんに嫌われますよ?」


「――――だそうだ。二つ目の要望を聞かせてくれ」


 今に張り裂けそうな空気のなか、誰かの靴が金属の床を軋ませる。アレウスとミオフィル。二人の便利屋は張り付いた笑みを浮かべたまま汗を垂らした。


「二つ目は……。企業秘密だったんだ。言えねえの忘れてた」


 一触即発の緊張は次の刹那、引き金によって撃ち砕けた。号砲のごとく銃声が轟く。ラビットサイトによって表示される回避不可能なまでの弾道。


 脚を曲げ、なんとか回避態勢を取ろうとするソラの視界が黒一色に染まった。全身に被さるレイルのコート。訳も分からずきょろきょろと見渡すとクロロインも庇われていた。目が合うと、照れ臭そうに頬を掻いていた。


「わたしは問題なかったんですけどねぇ」


 耳を劈く銃声が絶えた。カラカラとむなしく転がる弾丸。銃撃はたった一枚の布地に全て防がれていた。


「金持ちは羨ましい限りだなぁ【死神】! それも異界道具だったのか!?」


 アレウスと呼ばれた男は歯を剥き出しにして疾駆した。手に握られた機械仕掛けの鎖鋸がエンジンの音とともに轟々と刃を回転させる。


「電気を流したときだけ衝撃を和らげるらしい。それに勝手に再生する。名前は知らんが、知る必要もないだろう。キミが手にすることはない」


 弾丸のごとく地を蹴り、肉薄するアレウスに対してレイルは無意識のままに少女二人を背で庇う。


 剣撃を【肉の剣】で受け止めたが、赤く膨れ上がった刀身が削れるように血飛沫をあげた。


『ギャアアア! 痛ぇ! この手の奴をオレで受け止めるなってよーッ! 言ったじゃねえか。てめえの腕の装甲はオレを守るために使いやがれ!』


「帰ったらドブネズミの唐揚げを食わせてやる」


『マジか! なら耐えてやるぜえええええええ!』


 容赦なくエンジンを鳴らす鎖鋸がびちゃびちゃと【肉の剣】を裂いていたが、削れた個所を補強するように鋭利な牙が刃を絡める返しを描いて生え揃う。金属の摩擦音と火花が散った。鎖鋸がギィギィと姦しく軋む。


「化け物は化け物みたいな武器と適正がいいのか。うむ、勉強になるな」


 アレウスはすぐさま距離を取った。


「二人で一緒に襲えば殺せた」


 黙っていた緋色の髪の少女がアレウスを睨む。


「ふん。先走ったのは貴様だろうがミオフィル。……貴様ら! 何をボケっと見ている! 銃が効かぬのならば剣を持て! その鋼の脚で蹴り潰せ!」


 義体の集団が一斉に声のない雄叫びをあげた。軋む金属。電子音。杜撰な機械仕掛けの手に持つ安上がりな斧。スタンロッド。どれもスラム街の人間が持っていたものだった。


 彼らは耳障りな音をまき散らしながら地を蹴り、一瞬にしてレイル達に至近する。


 大上段に振り上がる鈍器。振り薙ぐ錆びついた斧。ラビットサイトに表示されるままに攻撃を回避しようとソラは身を屈めたが、視界に映る予測線が不意に途絶えた。


 びちゃりと。頬に掛かる黒い油。靴にぶつかる何かの部品。真っ先に攻撃を仕掛けた敵が四肢とオイルをぶちまけて飛散していた。


 即死したのは四名だった。なんの予兆もなく発生した死に、生き残った義体は原因を一瞥し、後ずさる。


「たった三人で罠に飛び込むと思ったんですかね。残念ですが、もう助っ人は投げちゃいましたよぉ?」


 血の臭いと鋭い薬品臭が鼻を突き刺した。クロロインの足元から瞬く間に膨張した肉の塊に巻き込まれて吹き飛んだらしい。


 それはレイル以上の巨躯を持ち、かろうじで人間の原型を留める怪物だった。どろどろに溶けて張り付いた皮膚。異形の腕と人間の腕が並んでいる。


「ドくたぁ。まもる、じっけんおわった、ら。ごほうびぁぁぁああああああ……アめがほしいです。たいきゅうじっけん、ひけんしゃ。たくさんですね!」


 怪物から発せられたとは思えない透き通るような少女の声。クロロインは愛おしそうに彼女の腕を撫でた。


「ええ。あげますよ。ハッカ味。そのためにはまず仕事は終わらせましょうね。エヴァちゃん」


 全員が瞠目して黙り込む。得体の知れない怪物が人間であることを理解できてしまい、生理的嫌悪に顔が歪んだ。


 レイルや義体の集団ですら確かに動揺していることが【色彩音】によって目視できた。乱れる意識。狂ったような静寂が一瞬にして張り詰める。


 だがそれも一秒も経たないうちに消し飛んだ。刹那、銃声よりも重い音が地面を抉り蹴る。


『来るぜぇレイル!』


 【肉の剣】の声に深紅の衝撃が入り混じる。光の尾をひく緋色の眼光。巨大な爪のような異界道具が【肉の剣】と鍔迫り合う。異界道具と戦闘のために造られた肉体。ミオフィルと呼ばれた少女もまた、まごうことなき怪物だった。


 無機質な黒機に仕掛けたのは加速に身を任せた一撃離脱。力はレイルが勝っていたが、異界道具と、造られた体は速力で一歩前に出ていた。


 レイルが【肉の剣】を振り薙ぐ直前で離脱。宙で回転し床を跳び、天井を蹴って三次元的に攻撃を仕掛ける。畳みかけるような爪の連撃。最小限の動きで最大限の致命打が振るわれる。


 大振りな【肉の剣】で防御できていたのはレイルの圧倒的な機体性能。そして経験に基づく直観ゆえだった。


「その異界道具はぜひとも手に入れたいが。俺にはサイズが合わなそうだ」


「安心して。そんな心配もすぐになくなる」


 タイマンで拮抗する攻防。懐に潜るようにアレウスが一気に滑り込む。床を摩擦しながら電動する鎖鋸が斬りあげった。


「危ないッ!」


 ソラは自分の身よりもレイルを優先して引き金を引いた。乾いた銃声。特殊な弾丸によって宙に展開される障壁がアレウスの剣撃を塞ぎとめるものの、義体の男はソラに照準を向けて斧を振り下ろした。


「――自分のことだけ集中しろと言ったはずだ!」


 レイルは無機質な合成音で怒鳴った。ミオフィルへの防御を放棄してソラの襟を掴み手繰り寄せる。


 致命的な隙を逃すまいと、ミオフィルは大振りの一撃を突き放つ。赤い軌跡が直線に伸びて、


「ナかま、まもるよ!」


 人体実験の成れの果てが義体の集団もろともミオフィルを吹き飛ばした。六人が、壁や機材に全身を強打してそのままぴくりとも動かなくなる。少女だけは直撃を受けながらも地面を跳ねて受け身を取るとすぐに臨戦態勢を取り戻した。


「意気込みすぎた……。先走っちゃ、ダメだね」


「もっとタイミングを整えるぞ。奴の弱点はわかっているだろう。あの小娘だ。だが仕事の内容を忘れるんじゃないぞ」


 ミオフィルは頷き、緋色の双眸でソラを見据えた。


「ごめッ――――もう大丈夫だか……ら」


 ソラは反射的に謝罪の言葉を漏らした。レイルは即座に態勢を整えたもののソラのことを離そうとはしない。


 華奢な体を片腕で抱えながら【肉の剣】を向け直す。真っ黒な顔部装甲が感情的に青く蛍光していた。


「理解した。キミは精神的に強いが、強すぎる。もっと恐怖しろ。怖がれ。見ていて気が気でならん。集中できたものじゃない。もっと自分の命を――――」


「…………わかったから。離してよ。………………怖かった」


 黒腕を引き剥がそうとする力は弱々しい。掠れ消えてしまいそうな声を絞り出して、ソラはゆっくりとレイルの顔を見上げる。


「これで集中できる。腕が一本使えないがこのほうがマシだ。キミは精々できることをしろ」


 白銀の髪。肌を撫でる黒い布。硬く冷たい金属の感触。ラビットサイトと【色彩音】に全神経を集中させて、こくりと強く頷いた。


「……わかった」


 ソラは抱えられたまま拳銃を握る手に力を込めなおした。自分の脚で立つよりも冷静でいられた。

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