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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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深紅

「ラインフォード商会は異界の技術に傾倒しているのもそうですが、それ以上に倫理観が欠如しています。気を付けてくださいね」


「社長、それわたしたちが言えたことじゃないです……」


 クロロインがあきれるように指摘して、ソラは乾いた笑いを漏らす。人体実験だの寄生虫だのと、ここに来るとき聞いた評判は倫理観のかけらもないものだった。


「このまま通路を進んでください。ホバークラフトがありますので。わたしは武装の準備を少ししないといけないんですよね。両手に花は花でも猛毒の花になりたいですからね」


「「了解」した」


 レイルとソラは唱和して、ソラはすぐさま不満げに歯を軋ませる。それでもすぐに彼女は黒いコートの袖をつかんでレイルの後についていく。傍から見ると父親と幼い娘のように思えて、クロロインは鼻で笑った。


 それからゆっくりと社長と、銀機のカノン・クロムウェルと向かい合う。表情のない流線形の顔が死んだような表情の少女を見下ろす。


「しゃちょう。…………本当に、やるんですよね」


「ええ。ワタシたちはこの世界の科学と人間の底力でなんでも超えられると思っていました。この滅びかけの世界だって再建できると。ですが物事には限界があります。異界の技術に手を伸ばさないといけないこと。あなたのような少女を利用しないといけないことも――あるのですよ」


 無機質な手が病弱な少女を撫でた。クロロインはまんざらでもない様子で背伸びして頭を押し付ける。


「クロロイン。あなたには重大な仕事を押し付けてしまいましたね」


「いいえ。構いません。わたしたちが勝利を掴みましょう。異界の奴らにこの世界を侵略もさせませんし、まして世界の滅亡なんてまっぴらごめんですから」


 クロロインはやせ細った腕で小さくガッツポーズをした。白銀の機械はしばし黙り込んで、


「ええ」


 とだけ。弱々しく呟いた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 朝のうちは褐色に濁った空でもぼんやりと晴れていたがフェンリル人体工房を出たときには不快な湿気を伴って、どんよりとした灰色に覆われていた。


 へし折れた支柱。僅かに原型のある建物の残骸。四方に広がる瓦礫の中、最低限に造られた道を乱雑に大型バイクが乗り上げていく。砕けたアスファルト。かつて高速道路だった場所。明らかに道ではない場所まで、球体タイヤが乗り上げていく。


 音のないエンジンに反してあまりに粗末な道がゆえに脳みそをかき回すような衝撃と振動が走り続けていた。


 レイルがアクセルを踏み続け加速するなか、振り落とされないようにソラは必死でしがみ付く。クロロインは余裕なく歯を食いしばりながら懸命に並走を続けていた。


「速ッいいいいっ……! おねがががいいぃいいだかかかかからあ! 減速しいいいててててててッ――!」


 白銀の髪が加速の風によって逆巻く。体に響く衝撃に言葉が重なりながらもソラは訴えたが、レイルは聞く耳を持たなかった。道とは思えない悪路を突き進み、ときに車体が浮遊するほど勢いをつけていく。


「このバイクはフェンリル人体工房で売っているものか? 購入を検討したいのだが」


「これはわが社の商品じゃないですよ。たしか……ええと、クライスラー武装提供会社です。ほら、その辺のスタンロッドとか普通の銃の販売を独占してるとこで――」


『ソラッ! 頼むぜ! 買うのに反対してくれよ! こいつ絶対事故るしオレはいつ腰の留め具がぶっ壊れちまうか不安で仕方ねえ!!』


 【肉の剣】は腰に吊るされたままバイクから落ちかけていた。巨大な深紅の刃が地面すれすれを斬り続けている。赤い軌跡を描いていた。


「レイル・ヴェイン様ぁー。わたしとしても正直これ以上速度あげらるとハンドルから手が離れちゃいそうなくらいガタンガタンでつらいです」


 クロロインからの訴えもあってレイルはようやくアクセルを緩めた。それでも悪路であることには変わらずガタガタと三半規管を揺さぶるが振り落とされそうな恐怖だけはなくなって、ソラは恐る恐る顔をあげた。


「お……横転するかと思った」


 レイルにしがみつくのをやめると疲れ切った様子で息をきらす。割と本気で彼を小突いたが微動だにもしなくて、肘に鈍い痛みが広がるだけだった。


「横転の心配はない。球体タイヤはキミが知っている昔のタイヤと違ってサスペンションもない。磁力によって安定している」


「そうじゃなくて……! あんたがスピードジャンキーだって思わなかったって言ってるの!」


「……すまない」


 反省してるのかしてないのか分かりっこない無感情な声。そもそも仇敵と相乗りをしていること。なにもかもがもどかしいのに怒るに怒れなくて、ソラは不機嫌そうに遠くを眺める。


「ソラ様、レイル・ヴェイン様。わたし、ちょーっと気になったことがあるんですけど」


 クロロインが根本の性格が滲み出たような意地の悪い笑みを浮かべて黒の滲んだ琥珀色の瞳をわずかに輝かせる。ソラとレイルを交互に見返した。


「聞いていた情報だと険悪でいつでもナイフを振りかざしてそうな間柄だと思ってたんですが、意外と仲いいですよね。信頼してるというか」


「はい?」


 ソラは硬い声を発してそのまま思考停止した。クロロインは特に何かを察するわけでもなくべらべらとしゃべり続ける。


「あー……変な意味じゃないんですよ? ただ羨ましい気がしただけです。社長は優しいですけど、あくまで上司ですし。だから相棒というか、同期というか。そういうパートナー……みたいの? 憧れますよね。これは根本的に違いますし」


 少女は自身のバイクに載せた生きている荷物に目配せする。血に汚れた白い布地をかぶせられた人体実験の成れの果て。クロロインの持つ武器だった。


 だがバイオレンスな冗談はソラの耳に入らなかった。パートナーだの、仲がいいだの。そんな言葉がグルグルと頭のなかを乱す。怒り? 屈辱? 恥ずかしかった? 自分自身訳の分からないまま烈火のごとく顔が赤くなって、咄嗟に俯いた。


『ソラ様。心拍数が上昇しています』


「うるさい! 知ってるそんなことぐらい!」


 骨振動で余計な情報を伝える人工知能を怒鳴りつけた。レイルが異変に気付いて首を傾げる。


「……どうかしたのか?」


 当の原因がまるで何も理解していないような口振りで、ブチリと頭のなかで何かがキレた。


「どうもしない! ただ私は――っ! あんたの所為で困ってるの! それだけ!!」


「……すまない?」


 釈然としなさそうに形だけの謝罪が呟かれる。ソラはぐしゃぐしゃと頭を掻いた。向かい風がすぐに靡かせていく。


「…………たった一日なのに」


 パパとの記憶が掠れてきている。――――口にすることはできなかった。


 外の現実を知れば知るほど、自分の記憶がおかしいことを理解できてしまった。十何年も一緒にいた思い出がまるでない。ほんの数日しか思い出せない。それすらも、急速に塗り潰されていく。


「…………でも、でも。パパは――」


 力なく声がもれた。何を掴めばいいかわからなくなった手で、しがみつくみたいにレイルの衣服を握り締める。殺意がこの関係を保たせている。奇妙な想いは棘のように胸を苛んだままだった。


「見えてきたぞ。ラインフォード商会の敷地だ」


 瓦礫の平原を超えた先、地面のすべてを赤い苔が覆う地帯に出た。【肉の剣】に似た赤く脈打つ樹木が無秩序に生い茂る異様な空間。ぶわりと蛍光する胞子を巻き上げながらレイルとクロロインは停車した。


 ソラと、クロロインが運んできた被検体も足をつける。踏み締めると、柔らかに足元が沈んだ。


 真っ赤な苔、樹木。どれもこの世界のものではない。退廃した摩天楼と瓦礫の中央に湧いて出たような異質な森のなか、不自然に真新しい純白の建物が物々しく聳え立っていた。

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