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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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銀機

 階段を下りて窪地の中心まで着くと分厚く巨大なハッチが重々しく開いた。梯子などはなく、円状の床に端末が取り付けられているだけ。


 てっきり長い梯子でもあるものだと考えていたソラにとってはいささか拍子抜けだった。


「驚きますよねぇ。でも……ガホッ。大丈夫です。ド・マリニー時空管理会社と比べたら何倍もまともですからね。しいていうなら、そうですね。バカでかいリフトです」


 クロロインが端末をいじると床のすべてが地下へと降りていく。ハッチが閉まると薄暗く蛍光する壁しかまともに見えなくなった。


「フェンリル人体工房の責任者は便利屋ごときを雇うたびに顔を合わせるのか?」


「まさか。レイル・ヴェイン様が例外なだけです。私も驚きですよ。驚き過ぎて死を覚悟しました。なにしろ久々に顔を合わせたいとのことでして」


 死んだような目で薄気味悪い笑みをクロロインは浮かべる。だがそれよりも引っかかったのは彼女の発言だった。ソラは咄嗟にレイルを見上げる。


「…………合った記憶はないが」


「一方的に何かを知られていることも往々にしてあるものでしょう。ソラ様の名前を私が知っているように。世の中はつねに不条理です。かくいう私も、こんなに科学が発展したのに不治の病……。へへ……死んじゃう。…………なんで私なんでしょうね」


 クロロインは脱力するように顔を俯け、嗚咽し始める。いたたまれなくてソラは華奢な背中を撫でた。


「こんな世界でまともに生きれてる人なんてきっと誰もいない。みんな、なんで私だけって。そう思ってる……と思う」


「確かに……そうですね。実のところ私もそう思いかけていました。特に可哀想だったのは最近被検体になったエヴァちゃんですね。まだ十二歳だったのですが、超能力の発現に関する実験をして――」


「聞いてもないこと言わないで。聞きたくない。黙って」


 険しい口調で訴えるとクロロインは無表情になって黙り込む。だが数分。駆動音だけが静寂のなか響き続けて、時間が経てば経つほど重苦しくなる一方な空気に耐えかねてクロロインは結局、口を開いた。


「……この辺。すごく瓦礫が多いじゃないですか。あれ、数年前までぜーんぶ、上空にあったんです。わが社の瓦礫なんですよ」


「どうして落ちちゃったの?」


 黙ってと言ったもののソラ自身、沈黙に耐えかねていた。プレッシャーから逃げるようにクロロインの話題に乗っかった。単純な好奇心もあったが。


「異界の怪物ですよ。フェンリル人体工房はこの世界の技術で異界に対抗するために模索してきました。けどダメだったわけですねぇ。無力でした。それ以来社長は個人個人の戦力。にも目を向けています。なので少し怖い見た目ですが。……まぁ、よろしくお願いしますね。悪い人じゃないので」


 リフトはゆっくりと駆動音を沈ませ停止した。正面のシャッターが上がっていくと、照明のない暗闇がまっすぐに伸びていた。


「しゃちょーう! 便利屋をつれてきましたよー!」


「はい。見えていますよ。ワタシの可愛いクロロイン」


 暗闇のなかから悠然と現れたのは銀の装甲を纏う人型機械だった。レイルよりやや小型。しかしのっぺりとした顔。左右非対称の腕部装甲。気の所為とは言えない。


 違うのは色。より滑らかで見惚れてしまいそうな銀の機体。天使の輪のように頭上を浮かぶ機械仕掛けの光輪。後頭部から伸びる長い髪。それでも根本の形状が酷似していて、ソラは目を見開いた。


「…………その体はどこで」


 レイルは無感情な声を震わせる。


「おや、興味がありますか? 当然といえば当然でしょうか。しかし企業秘密ですよ。ええ。しいていうならば――報酬として話してもいいですが」


 女性を思わせる合成音。穏やかで聞いているだけで高鳴る心音が落ち着いていくのが気にくわなかった。【色彩音】がなければ自覚もできない不自然な安堵。


 レイルの纏う威圧感とは違う、ある種の神々しさにソラはたじろぐ。


「怖がる必要はありません。ワタシはカノン・クロムウェル。フェンリル人体工房の総責任者兼義体工学部門の所長を担当しています」


 カノンと名乗った銀灰の機械は悠然とした態度で頭を下げた。作り物の髪がゆるやかに揺れる。顔部装甲の一部が深紅に蛍光していた。


「あなた達に依頼したいことはたった一つです。ラインフォード商会……異界の技術による武装提供を主にする企業です。そこの地下研究棟で【白の十三番】と呼ばれる被検体を全て破壊してください」


「報酬は? 地下研究棟は警備も厳しい。そもそもラインフォード商会自体が大企業だ。敵にはしたくない。見返りがいる」


「報酬……。ミスカトニック地下図書館の利用賃を支払いましょう。そうすればあなたはあらゆる真実に巡り合う機会を得るでしょう」


「……図書館? なんて、こんな世界にもあるの?」


 ソラは訝しんだ。自分が見せられていた遠い過去の情報。景色にはあったが、今の退廃した街に本の山があるとは考えられなかった。


「はい。ありますよ。けど企業と同等かそれ以上の場所だと思ったほうがいいですね。わたしも行ってはみたいんですが……お金はないし危険だし。……無理ですね。うーーん! むなしい……」


 クロロインは病弱な体をさすって嘆息する。カノンはゆっくりと立ち上がると、娘でも愛でるかのようにクロロインの頭を撫でた。


「あっ、社長……。こんな場所でダメです……よっ」


 クロロインがご機嫌に、演技臭いあでやかな声を響かせる。ソラは紅潮して顔を背けた。


「彼女が説明しているかもしれませんが仕事に同行してもらいます。見張り兼、【白の十三番】がどの被検体を判別するのに必要なので」


「――両手に花を持っていては戦えなくなる」


「あんたそれ冗談のつもり? 昨日よりだいぶマシになってるけど、この場でいうことじゃないと思うんだけど」


 ソラが冷めた視線を向けるとレイルは気難しそうに顔を俯ける。


「いえいえお気になさらず。ですがワタシの右腕ともいうべき子です。綺麗な花には毒があるものですよ。人を死に至らしめる劇毒から、魅了させる麻薬まで」


「社長、いくつか被検体を借りても?」


「ええ、移動用のバイクも提供しましょう。それで――レイル・ヴェイン様。ソラ様。ワタシの仕事を引き受けてくださいますか?」


 その問いは命令に等しかった。妖しく煌めく機械仕掛けの光輪。クロロインの死んだような目が刃のような眼差しを突き向ける。


「形式ばった挨拶はいい。もともと引き受けるつもりで来た。どんな仕事でもな」


「では、握手をしましょう。かつてはそうした意味があったらしいです」


 無機質な合成音、そして黒と銀の手が交えた。

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