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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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理由

 ――企業からの依頼をスラムの自警団が仲介し、便利屋へ仕事が回る。


 フェンリル人体工房。……レイルを名指しで仕事を依頼した企業の名前だった。曰く、軍事、医療産業を主軸にした科学工房。


 細菌やウィルス、寄生虫を用いた兵器。および人体改造。リーミニのような缶人デザイナーベイビーを生み出したり、全身義体などの機械的な面にまで幅広く取り扱うこの世界の科学を重点的に取り扱い、発展してきた企業だと。


「……ねぇ、仕事ってどんな内容なのかは知らされてないの?」


「現地に着くまでは知らん。聞いたが最期、拒否はできない。企業に逆らうのは無謀だ」


 レイルの発言と企業の業務内容がぐるぐると脳裏を巡る。ソラは顔をしかめた。付いて行くと豪語し、心の準備もできたつもりだったが、道を進むにつれて漠然とした不安が胸中をかき乱す。


 自分も造られた存在だからだろうか、だなんて。とやかくと思考しても結局答えは見つけられなかった。


 見透かすようにレイルが不意に足を止めた。がしゃりと瓦礫を踏み締めながらソラのほうへ振り返る。


「心配や恐怖を隠す必要はない。無謀がすり減ったのは良い兆候だ。キミはこれが初仕事だ。箱庭から出てたった二日で、命のやり取りに自分から巻き込まれに行く。怖くなったところで誰がそれをバカにできる」


『ギャハ! オレとレイルだな! あってるか!? オレクイズ好きなんだよなーッ、って痛い痛い痛い! お前はそうやってすぐにオレに乱暴する!』


 【肉の剣】を強く握りしめてジッと瞳のない顔で見下ろす。黒いコートと真っ白な髪が荒んだ風に靡いた。


 狭苦しい廃墟群を抜けた先は瓦礫に潰れた街の残骸だった。なにもかもが崩壊し、潰れた道路。へし折れた電柱。かつての痕跡がなければ道とすら思えない。数メートルの段差を飛び越え、はたまた攀じ登っていく。


 ソラは息を切らしながらも足を休めることなくレイルを睨んだ。息があがって肩が揺れる。額から滲む汗を拭った。


「あんたはどういう想いで仕事に行ってるの? ……よくわかんないの。死ぬことなんてなんともなさそうな顔してるけど、気持ち悪いところで人間臭くて。チグハグしてる。パパを殺したときと、あの三人……それにカベルネさんと接してるとき。別人みたいで」


 明確なまでの殺意が薄れたのは二面性を目の当たりにしたせいだと、ソラは自分に言い聞かせた。思い出せばドス黒い感情はいまだ沸き上がるものの、堪えきれずに殴りかかるような衝動までは生まれなくなっていた。


「なんで便利屋なんてしてるの?」


 胸を押さえる。レイルが何を考えているかはわからなかったが【色彩音】が動揺を見せる。黒い気配が不安定に揺れていた。


「キミに関係は――――」


「ないと思う?」


 レイルは一歩身を引いた。黙り込んでゆっくりと首を横に振る。観念するように肩の力を落とした。


「……大した理由じゃないんだ」


「大した理由じゃないなんて言わないで。あなたの理由が私のなにもかもを変えたの。私にとっての原因なんだよ?」


「――――俺はもともとは人間だった……はずだ。気づいたら誰かに機械の体に変えられていた。【死神】なんて名前で呼ばれる……人間からかけ離れた真っ黒なこの金属の体にな」


 無機質な声に自嘲が混ざる。憤るように頭部で紫電が迸った。


「人間性……だっけ。人に余計なお世話をするのも必要のない食事をするのもその体が嫌いだからなの?」


「……忘れたくないだけだ。人間だったはずの記憶を」


 漆喰の手が握り拳を震わせる。レイルは自身の顔を撫でた。のっぺりとした顔部装甲が薄く煌めく。


「お互い人のこと言えないじゃない。嘘か本当かもわからない記憶に引っ張られて、自分勝手に動いてる。もっと俗物的な理由なら素直に恨めるのに。あんたの話聞いてると自分のことみたいで、……どうしたらいいかわかんなくなんの」


「……すまないとは思っている」


「またそれ! すぐすまないだの、申し訳ないだのって罪悪感から逃げる。自分の理由があって行動したんでしょ!? なら謝らないでよ。謝ったってなにも変わらない」


 なんで励ますみたいになっているんだろう。考えても、ただ勢いのまま口にしただけでなーんにも考えちゃいないことがわかって、ソラは言い切ったと同時に自身に唸った。


「……この体にしたやつを探す。真実を知ろうと思っている。そのうえで、復讐するか。元の体に戻せと訴えるかを決める。そのために俺は金と、便利屋として名前を広げる必要があった」


『似た者同士だなぁッー! レイルも嬢ちゃんも一番嫌いな力に頼んなきゃいけねえってこった』


 ソラは苦虫を噛み潰したみたいに顔を歪める。けどすぐに凛とした表情を取り戻してレイルの顔を見上げた。


「…………待ってあげてもいいよ。全部がわかるまで。じゃないとあんたが殺したみんな、あんたにとっては無駄死にになる」


「それこそ余計なお世話だ。キミはキミで罪悪感の贖い方がずいぶん悪趣味だ。……俺への配慮はいらない」


「なら、今のは忘れて」


「そうしておこう。思い出す余裕もなくなりそうだからな。着いたぞ。落ち合う場所、瓦礫通り中央クレーター前……フェンリル人体工房の玄関だ」


 切り立った瓦礫の山を登りきると、それまでの廃墟然とした風景が途切れて霞が掛かるほど巨大な大穴によってすべてが抉られていた。


 真球状のクレーターのような地面はすべてが不明な金属に覆われ、中心のハッチへ向かう様に急こう配な鉄鋼の階段が伸びていた。


「フー……。お、お待ちしており、ぜぇー……ました。レイ――ヒュー……ガホッ、ゲホッぇ」


 階段を上ってきた少女が息を果てさせながら深く一礼した。灰色掛かった長い髪。ソラ以上に虚弱に見える白い肌。死んだように光の褪せた琥珀の眼。だぼだぼの白衣。


「だ、大丈夫?」


 思わず心配になってソラは駆け寄ろうとした直後、少女は蕩けるような笑みを浮かべて自身の首元に注射器を打ち込んだ。ガクガクとトリップするように体を激しく震わせて、浸るように恍惚としながら瞳を輝かせる。


 異質さにソラが顔を歪めるなか、彼女はゆっくりと深呼吸をしてレイル達に向き直った。


「お待ちしていました。レイル・ヴェイン様。ソラ様」


「私の名前……どうして」


「情報提供者がいるというだけです。ご理解ください。私は今回の仕事に同行することになります。フェンリル人体工房科学人体部門第一課のクロロインと申します。まずは社長が、レイル様にじきじきに会ってみたいとのことでして、そちらからご案内します。同行願います」


 クロロインはトリップしたままふらついた足取りで階段を下りていく。レイルとソラは互いに顔を見合わせ無言のまま頷き、白衣の少女のあとを追った。


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