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終末世界の便利屋 ~復讐を誓いし少女は憎き機械の手を握る~  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:ラインフォード商会とフェンリル人体工房
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殺意

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 澱んだ空にくすんだ陽光が窓から差し込める。自然と目が覚めて、ソラは寝ぼけ眼を何度か拭った。見慣れない天井。いつものように外を眺めようと立ち上がる。


「……ああ。そうだった」


 晴天はない。独特な臭いのする外気が肌を撫でた。壊れかかった高速道路に廃墟のビルに群がるように造られたバラック群。


「起きたか」


 無機質な声。レイルだ。音もなくソラの隣に立っていた。


「他の二人は?」


「食料調達と、自警団から依頼を取りに行った。少なくともこの建物内ならさほど治安は悪くない。……顔見知り相手に限るがな。もしキミが一人でうろついていれば絶好のカモだろう。よくて犯される。悪くて殺される」


 レイルもぼんやりと外を覗き込む。同じことをしているのに抵抗が湧いて、ソラは窓から離れた。壁に寄りかかってレイルを睨む。


「まぁ確かに。あんたの同居人って分かってたら手を出そうなんて嫌でも思わないかも。殺すでしょ。だって」


「俺の特技はそれぐらいしかないからな。物を壊したり殺したり。他にも特技があれば暗殺もできるんだろうが。生憎この身体に与えられた機能は多くない」


「他に特技があってもその見た目じゃ悪目立ちするだけでしょ」


「……一理あるな」


 会話が途切れる。気まずくって仕方なくてベランダに出る。薄汚れた空に歪な街でも、高所から見る分には清々しかった。


「それで……なんで私のとこについて来るの?」


「昨夜のことは覚えているだろうか。一応だが、キミに使えそうな道具と。適正が不明な異界道具をいくつか漁って来た」


『ギャハ! ソラちゃんはラッキーだぜ。こいつのデレが見れ――痛ってエ! 殴ることぁねえだろ!』


 レイルは【肉の剣】を小突くと、何もない空間からドサドサと衣類や銃、斧、得体の知れない機械やらを取り出して足元に広げた。


「この世界の科学で造られた物は慣れと経験がいるが誰でも使うことはできる。問題は異界道具――文字通り、異界から持ち込まれた物。およびその模造品だ。慣れ以外の要素が……言ってしまえば才能がいることになる」


「それで私はどれなら持っても問題ないの?」


「異界道具はまだだ。まずはつけれるものからつける。そのほうが安全だからな。……少し頭を貸してくれ。取り付ける」


 体を強張らせながらもソラは頭を突き出した。漆喰色の両手が伸ばされると心臓が跳ねる。脚が震えてしまった。


「……いいぞ。楽にしていい。怖がらせるつもりはなかった。ただその道具はキミのためになる」


『所有者権限が譲渡されました。RR-ラビットサイトを再起動しています』


 女性の機械音声が頭に響く。ソラは咄嗟にレイルから距離を取った。側頭部の辺りを左右一本ずつ。アンテナのようなものが、はたまた機械仕掛けのウサギ耳のような物が宙を漂っている。


「こ、これなに!?」


『初めまして。RR-ラビットサイトです。ワタシは所有者の五感を補助。有害な電磁パルスからの防護などを目的とした支援機械です』


 ソラの動揺に反応するかのように機械耳がピクピクと揺れる。首をぶんぶんと横に振ると宙を漂うそれも連動して激しく揺れた。


「それはキミにとって有害なものを検知して音声とホログラムでサポートしてくれる。電池切れにならない限り飛んでくる弾丸だろうが目で見て避けることができるようになるらしい」


「……どういう仕組みなの?」


「さぁな。企業秘密だろう。だがデザイン、性能は申し分ないはずだ。とても似合っている」


「素直に褒めるのもやめて……! 違和感しかない」


 カッと顔が赤くなる衝動を押し殺して顔を俯ける。心なしかレイルがショックを受けているようで罪悪感が込み上げた。


「それとこれを渡しておく。銃だが――弾はないし殺傷性もない。だが引き金を引くとある種のエネルギーの塊を射出する。ぶつけた標的が持つエネルギーを相殺することを目的にしたものだ。安かった。殺したほうが早いからだろうな」


 銃口を下に向けながら小さな拳銃を渡された。白い銃身に淡く翡翠色に蛍光する光が零れている。


「キミはこれで自衛しろ。ラビットサイトで弾速程度なら視認できる。攻撃されると思ったらとにかく撃て。熱だろうが相殺する。自分は自分で守るんだ。余計なお世話を受けたくないならな」


 ぎゅっと、力強くグリップを握り締める。強風が吹きつけて真っ白な髪が真摯な態度でレイルを見上げた。


「そんな表情をできたんだな」


「……どういう意味」


「褒めたんだ。予想外だったという意味でな」


 笑ったような気がした。――馬鹿にされた? けど嫌な気分はしない。……複雑だった。


 ソラはどんな表情をしたらいいか分からなくなってラビットサイトを撫でる。機械耳は小動物みたいに手に寄り添った。


「異界道具も渡そう。……直感だ。直感でこの中から欲しいものを二つ選べ。中には俺を殺しかねないものもある。殺されたくないから渡したくはないが――時には誰かを殺すことが自衛になるだろう」


 足元に広げていた道具を指差す。緋色の刀。目が潰れた鬼の面。黒く煌めく八方形の結晶。人間の革で装飾された本。眼球。錆びたオルゴール。見ていると眩暈がした。


 明らかに常識から……科学から逸脱した存在感を持っていて、圧巻されるように息を呑む。


「これと……これ」


 小さな音符のキーホルダーと細い蒼刃のナイフを指差した。


「音符から身に着けてみろ。前の所有者は【色彩音】だとか言ってた。殺傷を目的とした道具ではないはずだ」


 重く頷いて、異界道具を手に取る。手のひらサイズの音符は、生きているように生暖かかった。ゴムに似た柔らかさ。脈動している。ベルトポーチに取り付けた瞬間、劈くような音が響いた。


「――――ッ。音が見える。私の脈拍とか。室外機の音とか。……あんたの緊張の矛先とか。【肉の剣】も。纏うみたいに色がついて見える」


「共感覚を引き起こす道具だったのか。ちなみに俺は……どんな色だ?」


「あんたは黒。ドス黒い。真っ黒」


「……そこまで言わなくてもいいだろう」


「【肉の剣】は赤。けど纏う色、ずっと揺らいでる。多分、色が濃くて広いほど私に意識が向いてる」


 ソラはジッと一機と一匹を見据える。異界道具によって見える色は気配の可視化のようにも思えた。全てに目が行く。こめかみが慣れない景色に痛みを訴えた。


『黒と赤ってよーッ! 結局いつもと同じじゃあねえか! ギャハハ!』


 レイルは気難しそうに顔部装甲を掻いた。外見に反して嫌に人間臭いのには慣れてきて、ソラは苦笑いを浮かべる。


「もう一つも手に取ってみろ。それは……名前もわからない。前の所有者は武器として使っていた。俺を殺しうるものかもしれない。だが強力なものほど呪いのようにキミを蝕む可能性がある。違和感があればすぐに手放せ」


 ――呪い。けどそんな悪い物ではない気がした。光を反射することさえなく全てを呑み込むような青い刃。細く、鈍く、頼りないナイフだった。


 手に取っても酷く軽い。金属ではない不明な材質。中身が空洞な気さえした。


「これ【紫紺の涙】っていうみたい。そんな気がするの。紫色じゃないのにね。どんな力があるか分からないけど……」


 ソラは穏やかに微笑む。腕が勝手に動いた。ナイフの刃を自然とレイルに向けて振り下ろそうとして――次の刹那、黒腕に吹き飛ばされた。


 ラビットサイトの警鐘が鳴り響いてもレイルの攻撃を避ける思考がなかった。


 無骨な金属の一撃をもろに受けて蹲る。【紫紺の涙】を手放そうとはしなかった。


『内臓にダメージはありません。ただし皮膚に内出血が生じています。軽い打撲程度です。疑問、ソラ様。なぜ手加減されて避けることもできた攻撃を受けたのですか?』


 耳元で機械が尋ねる。言葉は何一つ頭に入らなかった。自分自身、今の行動が無意識下で、バクバクと心臓が強く鳴り響いている。レイルが動揺しながら慌てて手を差し伸べた。


「今の行動はキミの意思か? それとも異界道具に動かされたか? 後者なら――絶対に使うべきだと思ったとき以外は使うな。でないと体を乗っ取られるぞ。殴ってしまったのはすまない。だがあれはハッキリ言おう。正当防衛だ」


「……半分は私の意思だと思う。あと半分は…………わかんない。変な気分」


 ソラは一人で立ち上がった。服についた埃を叩いてレイルと向かい合う。ジンジンと滲みるように殴られた腹部が痛んだ。


「殴られるとは思わなかった」


「殺そうとするのはいいが殺されるつもりはない」


「……私が殺しかねない存在だって認めたってこと?」


 レイルは答えを返さなかった。黙り込んでいると、下の階の扉が開く音が響く。乱雑な足音。二人が戻って来たようだった。


「レイルの兄貴! 買って来たぜ。完全社製品あったから、そこの缶詰もろもろ!」


「……リーダーが、ソラのために。いいもの、必死に探してた」


「だあああ! 言うな! こういうのは言わずが花なんだよ!」


「……だそうだ。キミには食事がいるだろう」

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