ゼンマイ仕掛けの森と機械の町
今回執筆した作品、冬の童話企画に応募しようと思っていたんです。
「よし!この休みの日に書き切りますか!!」と思ったら期限が過ぎていました……
MBSラジオ短編小説賞の存在を知り、さらに『第4回テーマ童話』ときた。
これも書けなかったら僕はもう駄目だという気持ちでしたが、まあ、とりあえず書きました。
とりあえずという失礼な文ですが、それは後書きで……
「ゼンマイを巻いてくれるかしら?」
いつもの様にゼンマイ仕掛けの美女は執事リスにお願いをします。
「はい、お嬢様。では、後ろを失礼します。」
執事リスは頭をさげ、美女の背中のファスナーを開いて、丸くぽっかりと空いている穴にゼンマイを差し込みます。
キリキリキリキリ……
執事リスはゆっくりとゼンマイを巻いていきます。
当然です。無茶なことをしてゼンマイが折れてしまったら、彼女の命は止まってしまいます。
大きな力で巻くものなら彼女の身体がおかしくなってしまいます。
それは彼女だけではありません。
このゼンマイ仕掛けの森は全てゼンマイで動いているのです。
木も、動物も、人間も、全てです。
この森は魔法によって機械と生物が合体しているのです。
ゼンマイが巻き終わり、ファスナーを閉めてもらい、命の次に大事なゼンマイをポケットに入れて彼女は言います。
「いつもありがとう。ところで、なぜ手の届かない所にゼンマイがあるのかしら?」
「生物というのは決してひとりでは生きていけない、というのを分かりやすく理解してもらうためですよ、お嬢様。」
「ゼンマイが無くたってそれくらいわかるはずよ。それに、ポケットに入れたゼンマイがひとつだけなのも不思議だわ。」
彼女はお腹にある大きなポケットをポンポンと叩きます。
「大切な物は、なにがあっても無くしてはいけないという教えですよ。」
執事リスは執事服の襟を正して彼女の質問を丁寧に返していきます。
「万が一、無くしたり、壊れてしまったらどうするのよ?私やあなたの命は止まってしまうのでしょう?」
「ここで私がお世話をしているのです、何も心配はいりません。」
「そうね。生まれた時からこの大きな家に住んでいて、ずっとあなたにお世話をしてもらっているものね。でも、どうして疑問に思ったのかしら?いままでそんなこと考えたことがなかったのに……。」
彼女は頭を横に傾げます。
「それはお嬢様が大きくなられたからですよ。生き物は成長すると、色々な情報を知りたくなり、そして知っていくのです。」
「そうだったんだ。なら、早く大きくならないかしら。」
彼女は自分の姿を鏡で確認しながらそう言いました。
「――そうですな。」
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執事リスは少し悲しそうに返しました。
***
「――今日は少し離れた所で遊んでくるわ。」
「あまり遠くに行かないで下さいね、危ない所もございますから。」
「わかっているわ、聞きすぎて耳が痛くなっちゃうわ。」
彼女は靴を履いて、執事リスの方を見なずに家を出て行ってしまいました。
「……やれやれ、本当にわかっているのかね。」
執事リスは心配そうに彼女が出て行った扉を見つめていました。
「心配しすぎだわ、そんな簡単に迷子になんかならないわ!出かける度に毎回言うんだから。」
彼女は頬を膨らませて怒ります。そして、暫く歩いて機械で作られた道で止まります。
この道は、歩かなくても自動で道が動いてくれる、便利な道なのです。
彼女は傍にある木に話しかけます。
「動く道を動かしてもいいかしら?」
すると、木のどこからか声が聞こえました。
「いいよ。但し、ゼンマイを巻いておくれよ。道を動かすには力がいるんだ。」
「わかったわ。」
彼女がそう言うと、木の幹の一部がパカッと開き、そこにはゼンマイが差し込まれていました。
「よいしょ、よいしょ。」
彼女がゼンマイを巻くと、道の一部が動き出しました。
「もう大丈夫だよ、ありがとう。ああ、動いているから乗る時は気を付けておくれよ。」
木は彼女にそう言い残し、ゼンマイが出ていた幹をそっと閉じます。
彼女は頷いて、動く道に乗ります。これで楽に自分の行きたい所に行くことが出来ます。
「そういえば、どうやってこの動く道は、動いているのかしら?木さんのゼンマイを巻いただけなのに……。」
彼女は考えます。
「うーん、わからないわ。まあ、執事の……ふん!」
いつもの様に執事リスに聞こうと思いましたが、執事リスの説教の様な話を聞くのに、うんざりしていたのを思い出したのです。
すると、先程まで怒っていた感情が戻ってきました。
「まったく!思い出しちゃたわ!なんであんなに心配性なのかしら?」
彼女はまた頬を膨らませて怒りました。
すると、いつも行く所を通り過ぎてしまいました。
知らない所、いつもより遠くまで進んでしまったのです。
「あれ?見慣れない森に来てしまったわ、どうしましょう?」
彼女は急いで動く道から足を避けます。
そして、ふらふらと近くを歩きます。すると大きな広場に出ました。
「見たことが無い道具が置かれているわ、何だろう?」
彼女がゆっくりと近づくと、森の影から声が聞こえました。
「ブランコを知らないのか?お嬢さん。」
「あなたは誰?私と同じ人の姿をしている!?」
彼女の眼の前にいたのは、少年でした。しかも、彼女と同じ人でした。
「ん?もしかして自分以外の人に会うのは初めてかい?」
「え、ええ。生まれて初めてだわ。」
「君はどこから来たんだい?」
「それがわからないの、考え事をしていたら知らない所に来ちゃたみたいで……。」
「そっか、なるほどね。」
すると少年はニコリと笑い、彼女の手を掴みます。
「帰り道を教えてあげるよ、ここの道は良く知っているからね。えっと、君が歩いてきた方向はあっちだよね?それじゃあ行こうか!………あれ?」
少年は彼女の手を引っ張り、帰り道に案内しようとしましたが、彼女は動こうとはしませんでした。
何故かその場から足を動かそうとはしませんでした。
彼女は言います。
「まだ帰りたくないわ。初めてきた所なんだもの、何か遊びをしていきたいわ。帰り道を教えてくれるのでしょう?なら、すぐじゃなくてもいいわ。」
「そうだね、せっかく来てくれたんだ、僕がよく遊ぶ所に連れてってあげるよ。きっと楽しんでもらえるよ。」
「まあ!どんな遊びがあるのかしら?」
「行ってからのお楽しみさ!」
彼女は少年に手を引かれながら、森の奥へと向かうのでした。
***
「これはすごいわ!木で作られたお馬さんがいっぱい!それに見たことがないものがたくさんあるわ!」
彼女は目を輝かせます。
そこには、木で作られたメリーゴーランド・ブランコ・すべり台・コーヒーカップ・ジェットコースターなどの遊具が目の前に広がっているのです。まさに木で作られた遊園地なのです。
「僕達は森遊地って呼んでいるんだ。」
少年は鼻の下を擦り、自慢げにそう言うのです。
「しんゆうち?」
「そう、森遊地。ちょっと待ってね。今、ゼンマイでこれを動かすから。」
少年は少し離れた所にある大きな木にあるゼンマイを巻こうとしています。
「私も手伝うわ、1人じゃ大変よ!」
「ありがとう、助かるよ。それじゃあ、息を合わせて・・・せーの!」
2人は力を込めて、ゼンマイをゆっくりと巻いていきます。すると、遊具たちが一斉に動き出す音がしました。
「よし!これで遊べるね。遊びたいのを選んでおくれ。遊びたいやつのゼンマイを廻せば動き始めるよ。この木は遊具全体を動かすために必要だったんだ。」
「ふーん、難しくてわからないこともあったけど……遊べるってことね!」
「ははっ!そういうことだね、思いっきり楽しんでおくれよ!」
そして、少年に遊び方を教えてもらいながら、2人は時間を忘れて遊具を遊びつくしました。
***
遊び疲れた時でした。、2人の体の動きがカクカクし始めたのです。
「いけない!ゼンマイが切れかけている。ゼンマイを渡してくれないか?先に君のゼンマイを巻くから。その後、僕のゼンマイを巻いておくれよ?」
「え、ええ。わかったわ。これが私のゼンマイよ。」
彼女はゆっくりと自分のゼンマイを渡します。速く渡したいのですが、体が思う様に動かなかったのです。
「―――それじゃあ、巻くね?」
少年は慣れた手つきで彼女の背中のファスナーを開き、ゼンマイを巻いていきます。
「――――!!」
彼女の全身に電流の様な”何か”が走ったのです。それは、とてもとても気持ちが良いのでした。
少しくすぐったいけど、気持ちが良い。
「な、何これ!?体中に力がこみ上げてくる!それに……き、気持ちが良いの―――」
「だろ?僕はゼンマイを巻くのが上手なのさ。というより、男と女、異性って言うんだけどさ。異性同士でゼンマイを巻くと凄く気持ちが良いって事を聞いたことがあるんだ。」
「し、知らなかったわ。……あっ!すごく気持ちいい……はぁ――顔が熱い、呼吸も荒くなっているわ。私、病気なのかしら?」
彼女は赤くなった顔で少年の方を見ます。力がこみ上げているはずなのに、力が思う様に働かないのです。
その彼女の顔色や仕草をみて、少年は喉を鳴らします。
「――病気じゃないさ。今まで経験したことのない感覚だから体が反応出来ないだけさ、何回もやれば慣れてくるよ。……僕と一緒にいればね。」
「あなたは何でも知っているのね、ゼンマイを巻いてもらうのがこんなに気持ちが良いなんて知らなかった。……さて、今度は私の番ね。さ、ゼンマイを貸してちょうだいな。」
「……君は鈍感なんだね。いや、なんでもない。お願いするよ。」
少年のささやかなプロポーズはさらりとかわされてしまいました。
彼女には少年の気持ちよりも、眼の前の行動でいっぱいいっぱいのようです。
彼女は、少年のゼンマイを受け取ると、少年がやってくれた様にゼンマイを巻いていきます。
「―――ん!君、凄く上手だね。とっても気持ちいいよ……。」
「そう?でも大事なのはゼンマイを巻くことよ。気持ちがいいのは二の次じゃなくて?」
「確かにそうだけどさ、ただ生きるためだけにゼンマイを巻いてもらうよりも、気持ち良くゼンマイを巻いてもらう方がいいに決まっているだろう?君だって、今まで誰に巻いてもらっていたか知らないけどさ、この気持ちよさ、忘れることが出来るかい?」
「そう言われると、忘れることなんて出来ないわ。毎日のように巻いてもらいたい……そんな気分になっているもの。だって、まだ体が熱くてしょうがないの。あなたのゼンマイを巻いているのに、あなたの気持ちよさが伝わってくるの。」
「これが大人になるってことだよ。」
「そうなのね!……あなた、最高よ。」
「僕と一緒にいれば、いつだって大人の体験をする事が出来るんだよ……だから、僕の所で暮らさないか?今いる所を止めて。」
少年はもう一度プロポーズを言います。
先程よりもより具体的にそう言うのです。
彼女は感動に内惹かれました。執事リスが教えてはくれない大人を彼は教えてくれる。
「王子様……。」
彼女は小さく呟きます。前に執事リスに聞いた話を思い出したのです。
***
「お嬢様の前にいつか王子様が現れます、その時まで私は貴方のお世話、そして教養を教えさせて頂きます。」
執事リスは襟を正してそう言います。
「王子様?きょうよう?」
お嬢様は首を傾げます。執事リスの言っている事がいまいち理解出来なかったのです。
「王子様というのは素敵な人のことです。お嬢様の力になり、幸せを運んでくれる方です。いつ姿を見せるかわかりません。ですが、現れた時には貴方の為に命を懸けて幸せにしてくれ、貴方だけを生涯愛してくれるのです。ですので、私がそれまでお嬢様の面倒を見るのです。お嬢様が大きくなられたら、私がやっているような事を、ご自身でやらねばいけません。生きる為、生活する為のお勉強を教えます。それが教養なのですよ。」
「……難しいわ、それに長い。」
お嬢様は眉をひそめます。
「いずれわかります。それまでの間は辛抱して下さい、王子様が現れ、貴方が相応しい女性と成られた時、私の口煩い説教もなくなるでしょう――――」
***
彼女は気付いた時には少年と仲良く歩いていました。
手を繋ぎながら、少年の家に向かうのです。
「……さあ、ここが僕の家だよ!」
少年は鼻の下を擦りながら自信満々に言います。
「まあ素敵なレンガの家ね!」
彼女も興奮気味に言葉を返します。
そこには彼女の木で造られた家とは違う、綺麗なレンガ造りの家が見えたのです。
「さあ、入って入って!」
少年は彼女の手を優しく引っ張り家に招きます。
「ええ、わかっているわ!」
彼女は笑顔でそう言います。
これから少年と2人で幸せに暮らすのです、嬉しくて堪らないのです。
ドアを開くとそこには何人もの人がいました。
彼女と同じ女性が何人もいるのです……。
彼女と同じ女性達は、少年が帰って来たのが分かると、一斉に少年のもとへとやってきました。
そして、こう言うのです。
「やっと帰ってきた~」
「早くゼンマイを巻いてー!」
「誰その子?また愛人?私で十分でしょ!」
「……ねぇ、我慢できない――私から巻いて……」
「わかったから慌てないで!ほら、ゼンマイを貸して……」
少年は慣れた様にそう言うのです。
彼女達はゼンマイを巻かれる前から顔が真っ赤です。
「……ねえ、これどういうことなの?」
彼女は頭が真っ白になりながらも、少年に問いかけます。
「……どういうことって?――よし!次!!」
少年はこちらを見ずにゼンマイを強引に巻きながら彼女に返します。
ゼンマイを巻かれた女性は、それはとても気持ちよさそうな顔をしているのです。
「ここにいる人達のことよ……この人達は貴方の何?」
「何って……愛人だろ?みんな僕に巻いて欲しくてここに住んでいるんだ。面白い事にさ、巻いてもらう女性によって気持ち良さが違ったりするんだ。」
「私と一緒に暮らそうって言ったじゃない……」
「ん?暮らすよ勿論。ここにいる彼女達と一緒に暮らすんだ、慣れるまで少し時間が掛かるかもしれないけど大丈夫。みんな最初は戸惑っていたけど、今ではすっかり仲良しさ!……それに、君に巻いてもらったのは今までで一番気持ちよかったんだ、一日でも早く慣れてくれるとありがたいな。」
少年は笑顔でそう言うのです。
満面の笑顔で。
「――ふ、ふざけないで!!貴方は、人の気持ちをわかっていない!――私は二人で幸せに暮らしたかった!!」
彼女は生まれて初めて、本気で怒りをぶつけました。
その怒りは、今まで執事リスに対しての怒りとは別物の、強い怒りでした。
執事リスは言っていました。
「――王子様は、貴方の為に命を懸けて幸せにしてくれ、貴方だけを生涯愛してくれるのです。」と。
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれました。
この人は王子様ではない。という悲しい思いが涙となったのです。
バタン!!
強く、少年の家のドアを開き、彼女は森を駆けていきます。
後ろを振り向かず、ひたすら走ったのです。
「あそこにはいたくない!!……あの人は王子様じゃない!!」
大声で泣きながら彼女は言います。
少年はあっけにとられ、その場で彼女が森の中に消えていくのをただ見つめることしか出来ませんでした。
***
「失礼します!こちらに美しいお嬢さんは居ませんか?」
少年は木で造られた家のドアをノックする。
ゆっくりとドアが開き、きっちりとした服を着たリスが姿を見せました。
「……君がお嬢様が言っていた少年かね?」
執事リスは襟を正して、強い口調でそう言います。
「!?彼女がいるんですか?」
「……上がりなさい。」
執事リスは振り返りながら部屋の中を勧めます。
少年はコクリと頷き、執事リスの後に付いて行きます。
奥へと進むと、ゼンマイが付いたベットに彼女が寝ているのが見えました。
「寝ているんですか?」
執事リスに尋ねます。
「……ええ、そうです。寝ています。」
「いつ頃目を覚ましますか?彼女に謝りたいのです!」
「……目は覚ましません、おそらく二度と――ね。」
「……え?ど、どういうことですか?」
少年は、執事リスが何を言っているのか分かりません。
執事リスは深く溜息をして、ポケットからゼンマイを取り出します。
ポッキリと折れているゼンマイを――――。
「このゼンマイはお嬢様のゼンマイです。昨晩、帰りが遅かったので森を捜索していたら、倒れているお嬢様を見つけました。私は急いでお嬢様のゼンマイを巻き、家へと送りました……。」
執事リスは彼女の顔を覗きながら話を続けます。
少年は眼を丸くさせ、その場で硬直しています。
「意識を取り戻したお嬢様は泣きながら何があったか話して下さいました。君を自分の王子様と思い、惚れて、そして裏切られた。と言っていました……そしてゼンマイをめいいっぱいの力で床に叩きつけたのです!!」
執事リスは折れたゼンマイを少年に見せつける様に自分の顔より上にあげて怒りました。
「君は何をやったかわかっているのか!!」
「……はい、僕は彼女の気持ちを分かっていませんでした。彼女は僕と2人で暮らしたかったんだ、他の女性と暮らすのが嫌だったんだ。」
「違う!!お嬢様は君と幸せに暮らしたかったんだ!幸せにしてくれると思った人が、自身の快楽の為だけに女性を集めている事に絶望したのだ!自分もただお互いが気持ち良くなるだけのくだらない関係で済まされている事に憤慨したのだ!!分かるか?いや、分からないだろう。王子様が命の次に大事なゼンマイを乱雑に扱っている所を見てしまった虚無感を、自分の事を心から愛していない事に気付いた傷心を、お前は分かっているのか!!」
執事リスの怒涛の怒りに、少年はその場で立ちすくむことしか出来ませんでした。
「僕は……今まで何をしていたんだ――」
自分に問いかける様に少年は呟きます。
「最低の行為を最高の気分でやっていた愚か者だ。」
執事リスはピシャリと言い放ちます。
「……か、彼女に謝りたい!僕が悪かった!!彼女の眼を見て言いたいんだ、僕は彼女を愛している!!」
「ふん!そんな戯言、森に向かって言うんだな。お嬢様は目を覚まさない。ご自身のゼンマイは折れてしまった、このベットで眠る限りは息を引き取ることはない。このまま私が一生面倒を見る……分かったら帰りたまえ。」
「なら、僕が彼女のゼンマイを作り直す!聞いたことがある、ここから離れた所に”機械の町”と呼ばれる所があるって。そこなら折れてしまったゼンマイを作り直す事が出来るって!!」
「……行ったら二度と帰ってこれない。というのも知っているのかね?」
執事リスは冷静に冷たい口調で言います。
「約束する!必ず彼女を助けると!!だからそれまで彼女のお世話をお願いしたい!」
少年は深々と頭を下げた。
「……分かった。元よりそのつもりだからね、機械の町に着いたらここに行くといい。執事リスの紹介と言えば見習いとして雇ってもらえるだろう。」
執事リス胸元から一枚の地図を出して少年に手渡す。そして、襟を正す。
「見習い?雇う?僕はゼンマイを直したいんだが?」
「……行けば分かる。」
「……分かった、ありがとうございます。早速行ってきます――」
「――ああ、待った。」
家を急いで出ようとした少年を、執事リスが止めます。
「何か?」
「機械の町に行く前に、君の家にいる女の子達とは縁を切りなさい。君はこれから一人の女性を心から愛するのだから。」
「……それなら大丈夫。ここへ来る前に縁を切りました。今まですまなかったと、頭を下げましたから――それじゃあ、僕は急ぎますんで!!」
少年はドアを勢いよく開き、駆けていきました。
「……分かっているじゃないか、少しは。」
執事リスは開いたドアから少年の後姿を見ながらそう呟きました。
***
あれからどのくらいの月日かたっただろうか。
僕は執事リスの紹介通りに機械の町にある『ゼンマイ直し屋』に着いた。
”機械の町”は、僕がずっと過ごしていた”からくり仕掛けの森”と雰囲気が全く違い、得もしない恐怖に駆られた。
道行く人達は皆大人で、ゼンマイが切れかけている僕を見て、冷笑を浮かべるだけで誰も助けてはくれない。
店の前で倒れていると、白髪の老人が一枚のコインを僕に手渡して、指で通路に置いてある機械を指差す。
よく見ると、1人の大人が機械にコインを入れて、自身のゼンマイを機械に空いている窪みに入れると、ゆっくりとゼンマイが廻っているのが分かる。
コインを入れれば自分一人でゼンマイを巻くことが出来る機械なのだ!
僕も急いでコインを入れ、ゼンマイを廻す。
安堵の息を漏らすと、店の主人が眼の前に現れた。
「ここはガキの来る所じゃない、さっさと帰れ!」
「いえ!僕はここでゼンマイを直したんです。執事リスさんからこの店で見習いとして雇って貰えると聞いたんですが……」
「……そんなの知らんな、帰れ!!」
「ええ!そんな……」
思いもよらない発言に驚きを隠せなかった。
確かに、地図の通りの店の筈なのだが……。
「お願いです!」
僕はどうすればいいか分からず、頭を下げた。
「……まあ、いい。俺も歳で動きが悪い。雇ってやろう、しっかりと店の手伝いをしてくれればコインをやろう。そうすれば死ぬ事はないだろう。ゼンマイの直し方は自分で学べ。いいな!」
「は、はい!!」
こうして僕の暮らしは始まった。
ここでは働く事で、その対価としてコインが貰える。
このコインで、ゼンマイを巻いたり、買い物をしたり出来る。
一日、店の掃除から主人の手伝い、お店にやって来た”お客様”の対応等をする毎日。
休みなんかない。
機械の町には、今まで見たこともない物で埋め尽くされている。
買いたい物や、行ってみたい場所は山ほどあるが、全てコインが掛かる。
必要最低限のコインしか貰えていないので、何も買えなかった。でも、それでいいと感じている自分がいた。
僕は遊びに来ているのではない、愛する人を助ける為に着ているのだと、強く心に留めて働いた。
時間は驚くほど早く流れていく。
僕の身体はどんどんと本当の大人になっていく。
仕事にも慣れてきて、少しずつ余裕が出来てきたので、僕はひたすらゼンマイの知識を学んだ。
知識や技術の向上と共に、時間はどんどんと過ぎていく。
気が付いた時には、僕はこの町にいても何ら可笑しくないほどに成長していた。
***
「お久しぶりです!!」
僕は二回ドアをノックし、大きな声であいさつをする。
場所は勿論、木で造られた家のドアである。
しばらく見ないうちに小さくなっているような感覚があったが、家が小さいのではなく、僕が大きくなったのだ。
ゆっくりとドアが開くと、そこには執事服を着たリスが頭を下げて挨拶をしていた。
「お久しぶりです。」
「……大きくなったね、あっという間に。」
執事リスは感慨深そうに言うのだった。
「長い間、待たせてしまいました。……彼女の具合は?」
「……君が出て行ってから二日程しかたっていないだよ?そんな急に具合が悪くなるわけがないだろう。」
執事リスはくっくと笑う。
「二日?何を言っているんですか。」
「百聞は一見に如かず、だ。お嬢様の所に行きなさい……ゼンマイは完成したんだろう?」
「……はい、ここに。」
僕はポケットから手ぬぐいに入れたゼンマイを取り出して、執事リスに見せる。
「……ハート型のゼンマイ。そうか、良くやった。早くお嬢様の所へ。」
「――はい!」
僕は駆け足で彼女の元へ駆け寄る。
「……え?」
彼女は元気だった。小さいお嬢様のままだ。
執事リスの言った言葉を僕は思い出す。
まだ二日程しかたっていない、と。
「ここと向うでは時間の流れが違うんだよ。」
後ろから執事リスが説明を入れる。
「この”からくり仕掛けの森”の二日は”機械の町”では十年くらいの差があるんだよ。」
「そ、そんな……。」
僕は大人で、彼女は子供のまま。
ふいに、機械の町に向かう前に言われた言葉を思い出す。
「……二度と帰っては来れない。というのは、生存ということではなくて、時間のことだったのか。」
執事リスは深く頷いた。
「時間は一生ものだ。今この瞬間だって、二度と帰ってはこないんだ。ショックかな?歳が大きく離れてしまったけれども。」
「……いえ、一時も彼女のことを思わなかった時はないです。彼女を傷つけた代償がこれなら安いものですよ。」
僕はそう言って、彼女の身体を起こし、ゆっくりとゼンマイを廻した。
「……大人になったね、今の君は間違いなく王子様だ。」
「一つ聞きたいのですが、リスさんの紹介のお店、話が通っていなかったのですが……。」
「君に激情した私が、そこまで手助けする義理があるのかい?」
「……成程。」
「それに――」
執事リスは窓辺に立ち、空を見上げる。
「それに私はお嬢様が大好きなんだ、この小さな姫が大きくなって年老いていく様を見ていたくないんだよ。なら、このまま小さな美しいままの方がいいのではないか、なんて思っていたが、私の稚拙な考えよりもお嬢様の幸せの方がずっと大事だからね……お嬢様をよろしく頼むよ。」
「――――う、うーーーん。」
お嬢様が目を覚ました。
覚ましてくれた。
僕は涙を拭かず、彼女を抱きしめ小さく「はい」と呟いた。
驚くお嬢様の頭を撫でながら振り返ると、執事リスの姿は見えなかった。
その後、僕はお嬢様を一生愛し続けるのだった。
彼女の王子様として、執事として、彼女の為に命を懸けて幸せにするのだった。
***
「……やれやれ、私の役目はこれで終わりだね。いつかお嬢様は機械の町に行きたいなんて言うだろう。自分も大きくなりたいと言ってね。あの少年……いまは青年が帰ってこれたのだから。でも彼は貴方の事だけを考えていたから帰ってこれたのです。欲と悲しい現実が待っている機械の町に行くのも、終わりが段々と分かってくるゼンマイ仕掛けの森にいるのも自由です。それを決めるのはあの二人だ、私ではない。二人で悩み、苦しみ、励まし合い、楽しみ、幸せに暮らせるのなら、場所は関係ないのだから……。彼の眼を見れば、言う事もなかろう。」
私の長ったらしい説教は、行き場もなく上空に消えていった。
「……さて、私からの最後の教養――いや、試練かな。」
私は草むらに隠しておいた黒いローブとゼンマイ仕掛けの大きな鎌を取り出す。
ゼンマイを巻くと、鎌の刃が回りだし、近くの木々が一瞬で刈られていく。
執事リス『タナトス』は、お嬢様『アイグレー』と青年『クラトス』が居るであろう家へと足を運ぶのであった。
二人と執事リスの『タナトス』がどうなったか気になる方は、是非”ゼンマイ仕掛けの森”か”機械の町”へお越し下さい。ゆっくりとお話ししましょう……。
どうでしょうか?子供と大人をイメージしました。
なので少しアダルトよりかもしれません。
知人にもゼンマイ(意味深)と言われましたが、まあ、合ってますね……
前書きで『とりあえず』と言いましたが、それは本来予定していた内容よりも文を減らしてるんです。
理由は『このままでは間に合わなかったから』なんです(笑)
なにせ期限1分前提出したくらいですから(投稿時間58分です)
平成終わりの日に、ヤバいを連呼しながら文を打っていました。情けない話です。
文を削ったと書きましたが、それでも一万字いってるんですよね……
書く前は三千字くらいだろ、と思ってたので、伝えたいことを簡潔に見せるという社会人の基本が
出来ていないという……自分の未熟さに呆れるばかりです(笑)。
でも、書きたかった事はあらかた書けたので、満足はしています。
作中に出てくる執事リスの発言に重さを持たせたかったんです。
始めての童話だったので、色々変な所があると思いますがもしよければ感想を頂けると嬉しいです。
長々と書きましたが、まず誰も見ないだろって感じです(笑)
以上、庭城優静でした。