弔花 ♯8
「成程な。取引現場に、傭兵の刺客か……」
依頼主であるGUF隊員、ミネーは、カフェオレを一口飲み、溜め息をこぼした。捜査は行き詰っているらしく、その目の下には大きな隈が出来ている。
深夜のコンビニである。店内には、陳列棚に商品を補充する自動ロボ以外、誰も居ない。
「で、そちらの犯人の目星はどうだ? 私達はかなり煮詰まっててな、どうにも証拠が出て来ない……その道のプロを相手にしてる気分だ」
隣に座り、ぼんやりと考え込んでいたショウは、声を掛けられてゆっくりと顔を上げた。そして、懐から、一枚の似顔絵を取り出した。
「……コイツ?」
ミネーはその似顔絵を受け取り、怪訝そうに眉をひそめる。が、すぐにそれを写真に撮影すると、誰かへ送信した。
「今、こいつの顔で検索をかけてもらっている。怪しい経歴なら、そのまま難癖つけて拘留できるんだがな」
ショウは疲れたように笑い、コーヒーに口を付ける。ものの数秒でミネーの携帯は返信を受け、震えた。
「……ふーん、成程な。コイツの本名はトウジョウ。第四次世界大戦中、敵国に潜入してスパイをやってたらしい」
「……」
全ての疑問が自分の中で解決するのを感じ、ショウは立ち上がった。これで、終わりだ。
「お、おい、どうするんだ?」
雰囲気の変化を感じ取ったミネーも慌てて立ち上がり、声をかける。が、ショウは肩をすくめ、コーヒー代を置くと、歩き出した。
「……なんだアイツ」
頬を掻くミネーは、呆れたように呟いた。
◆
ショウは冷たい夜風に当たり、整備された歩道を歩きながら、旧世代の携帯を起動した。そして、メールを送った。
『ミュル通り 今から』
長い間、返信は無かった。ショウは歩き続ける。その頭上では、AIにランダム選出された大企業のCMが、街頭ディスプレイに表示され、眩い光を振りまいている。
深夜と言えど、まだまだ往来は忙しい。人々は最新型の携帯に目を落とし、思考を殺し、機械となって通りを歩く。裏組織でヒーローがどんな裏切りに遭い、誘拐され、死んで行こうが、この日常には何の関わりも無いのだろう。表社会でヒーローを弾圧するのは、まぎれもないその日常だというのに。
人々の波の中、ショウの携帯が静かに震えた。メールを受信したのだ。開くと、そこには短い文章が打ち込まれていた。
『了解 少し遅れる』
ショウは携帯を閉じ、また歩き出した。
◆
頭上の街頭ディスプレイが、徐々に乱雑なネオンへと変化していく。そんな中、ショウはミュル通りに到着しようとしていた。最初に裏切り者を排除した、あの裏路地である。
足を踏み入れると、既にそこには人が居た。ジャラジャラした安物のネックレスが、ネオン光を受けて光っている。
「よう、新入り。俺ばっか飲み過ぎて悪いな、奢るって言ってたのに潰れちまって」
アラタだった。彼はまずいつも通り、ふざけたような雰囲気でショウへ話しかける。だが、ショウはニコリともしなかった。懐に入れたナイフと拳銃の重みを感じながら、ショウは真顔で立ち続ける。
アラタは次に、少し困ったような笑顔になり、おどけたように手をあげる。
「はは、そんなに怒るなよ。高い酒だったかな、アレは? 悪かったって、金なら返すから……」
大した役者だ。だが、ショウはもはや惑わされない。素早く懐に手を入れ、拳銃を取り出す。
アラタも信じられないほどのスピードで懐から拳銃を取り出し、ショウへと向けた。先程までの笑みは彼の顔に無い。
沈黙が落ちた。どちらも発砲せず、互いに相手の動きを見守っている。冷たい夜風が吹き抜け、彼らの頭上のネオンが火花を散らす。
やがて、アラタは今度こそ、参ったような笑みを浮かべた。
「……ったく、いつから気付いてたんだよ。優秀な後輩だな」
ショウはポケットから新型の携帯を取り出し、画面を展開させた。その画面ではアラタの顔写真に、別人の名前が付けられている。
「……ああ、そうか。なんだ、調べるのが早いな。じゃあ、もう隠す必要はないのか」
アラタは今度こそ、疲れたような瞳を隠そうとしなくなった。大きなため息を吐き、空虚な笑顔でショウを見つめる。
「お察しの通り、俺の本名はトウジョウ。第四次世界大戦中に俺はスパイをやってたのさ。敵国の部隊に忍び込んで、情報をこっちに流す仕事。下手したら死ぬから、割りの良い仕事じゃなかったけどな」
二人の間を、風が通る。ふたつの銃口はブレず、互いの致命的な部位を狙い続ける。
「正体がバレそうになったら、仲間でも殺した。先輩も、後輩も、関係無くな。そんな仕事の中で、俺は麻痺していった。いや、麻痺できたと思ってたのに……ゴライアスさんが、俺を拾ってくれた。戦争が終わって、ヒーローとして迫害され、路頭に迷ってた俺をな」
遠くの通りで、サイレンが鳴っている。裏社会でどれほどの裏切りが起こったとしても、日常は止まらない。その日常に迫害されたヒーローたちが、掃きだめに落ちたとしても。
「良い先輩だったよ、掛け値なしに。あの人は本気で組織を愛していた。家族みたいにな。俺も大事にされて、思い出し始めてた。繋がりってのは良いモンだって……なのに、チクショウ、俺がスパイをやってたと知った政府の役人が、脅して来やがって……」
バチリ。ネオンが再び火花を散らす。アラタは両手で無理に震えを抑え込む。
「俺が組織のヒーローを売らなきゃ、ゴライアスさんを殺すと言われた。……そこからはお察しの通りさ、新入り。俺は鬼にでもなる覚悟だった。ようやく手に入れたつながりだ。今まで殺すしかなかったのに、ここにきて、ようやく手に入れられたんだ。それを守るためなら、何だってする」
ショウは拳銃を下ろさない。目の前にいるのは裏切り者だ。組織に置けば、何度でもその傷を利用され、被害は増え続けるだろう。ここで殺す。
「……けど、前回の廃工場でのアレは、俺も予想外だったんだぜ? 多分、いつの間にか、発信機でも付けられてたんだろうけどな……へへ、俺も焼きが回ったよ。平和に慣れ過ぎた。警戒心が、無くなっちまった。
ままならねえよな。ヒーローってのは」
一通り吐き出し終えたのか、アラタはそれきり静かになった。互いに銃は降りない。察するところがあったのだろう、アラタはニヤリと笑うと、問うた。
「俺を殺すか?」
ショウは頷いた。直後、アラタが発砲した。
弾丸は黒いコートを貫いた。ショウは体を傾け、弾を躱している。今度はショウが発砲した。アラタは弾丸を摘み取り、投げ返す。
それを紙一重で躱しながら、アラタの懐へ飛び込んだショウは、ナイフを突き出す。アラタは突き出された腕を払って逸らし、至近距離でさらに発砲する。だが、ショウはそれを躱さず肩で受け、大きく踏み込み、掌打を叩き込んだ。
アラタは胸が軋むのを感じた。遅れて彼は気付く。自分が致命的な一撃を受け、死へと歩み出した事に。
よろめくアラタは、吐血し、もがき、やがて倒れた。ショウは銃撃のダメージ、掌底の反動に耐えながら、ゆっくりと構えを解く。
「……終わりか、ああ」
命を削りながら、それでもアラタは血塗れの口で喋った。ショウが頷くと、アラタは痛快そうに笑い、そして少し、申し訳なさそうな顔になった。
「……なあ、悪かったな、奢ってやれなくてよ……」
その後に言葉が続く事はなかった。二度と、彼が口を利く事は無かった。
裏切り者は、死んだのだ。ネオンがまた、バチリと鳴った。