弔花 ♯7
「ゴライアスは重傷を負っている。が、まあ一命はとりとめたようだ」
ショーウインドから差し込む夕陽が、ショウの着る黒いコートをほのかに赤く染める。靴屋にて、今回の依頼主の片割れ……すなわち、組織のボスと密会するショウは、疲れたようなまなざしを隠せない。
「疲れたか? まあ、俺も気持ちは分かる。ゴライアスはよく働いてくれる可愛い部下でな。部下の内で裏切り行為が横行すれば、上司はかなりストレスだよ」
普段はそう喋らないこの依頼主も、疲弊からか、饒舌になっている。だが表情には一片たりともそれを見せる事は無い。ボスが弱みを見せれば、部下に示しがつかないからだ。
シミひとつない上等なスーツに、あつらえられたスラックス。この見事に整えられた服装も、部下に自分の地位を誇示するための道具の内のひとつ。地位を誇示し、奮起させ、この難所を乗り切らせようとするがゆえ。人に弱みを見せられない立場は、相当のストレスだろう。
「ボルス様、そろそろ」
「ああ、分かっている。次の仕事の時間だな……」
靴を品定めするフリをしていたボス……ボルスと呼ばれたその男は、背後に控えていたボディガードの女性に呼ばれ、溜め息を吐いた。
そんな疲れ切ったあるじの振る舞いに、ボディガードの女性は迷いながらも声をかける。
「……やはり、私どもが仕事を引き継ぎます」
「駄目だ。消えた部下の尻ぬぐいはボスの仕事だ。それに、少しは外に出なければカビが生える……」
女性の気遣いを鬱陶しそうに跳ね除け、ボルスはショウを見つめる。ショウは肩をすくめ、ボルスを見返す。
「今回、お前達に行ってもらった武器取引の現場の座標は、当事者以外誰一人知らなかった。裏切り者が居るとすれば、お前達に極めて近い人物か、お前達のいずれかだ」
妥当な推理だ。ボルスはショウの肩をポンと叩くと、じっと瞳を覗き込み、口を開く。
「ゴライアスを最後にしてくれ、ショウ。これ以上裏切りが起きれば、俺は組織を一掃せねばならん」
……病的に用心深いのが、この男なのだ。苦笑しながらショウが頷くが、対するボルスは大真面目な顔で肩から手を離した。
「分かれば良い。行くぞチルゥ」
「はい。それでは失礼します、ショウ様」
チルゥと呼ばれたボディガードの女性は、ショウにペコリと頭を下げ、店から出て行くボルスへ付き従う。ショウは暫くぼんやりと高級な靴を眺めていたが、やがて立ち上がり、もう一人の依頼主へ連絡を取り始めた。
◆
「あ……」
「……」
靴屋の外のベンチに座っていたアラタが、出て来たショウに反応して声を上げた。彼はしばらく気まずそうに目を泳がせていたが、やがて何とか笑顔を作り、手を上げて挨拶する。
「よ、新入り。なんだ、その……疑いは晴れたか?」
今回、表向きで最も疑われているのはショウだ。新入りとして入って来て、最初のミッションで政府の刺客が介入。それは決して『偶然』で済まされるものではなかった。
ゆえに、アラタがショウをここへ連れて来たのだ。アラタはまず、ショウの身柄を確保し、ボスへと引き渡す必要があった。廃工場でゴライアスに加勢しなかったのも、これが理由のひとつだ。
「まあ、なんだ。悪かったな、これもマニュアルになっててよ」
「……」
アラタの謝罪に、ショウはまったく気にしてないように首を振る。それを見ても少しの間、アラタは言葉に迷っていた。そして、ようやく一言、絞り出した。
「その、なんだ……形式上でも疑っちまった詫びによ、ちょっと飯でも食いに行かねえか? 俺のおごりで、な」
ショウはある意味での驚きをもってこの男を見つめていた。チャラチャラとしたアクセサリーで外見を飾っておきながら、中身はこのように繊細だったとは。
……いや、むしろ妥当か。外見をこのように派手に着飾る者ほど、中身は小さなことでも気になるタイプなのかもしれない。
答えが無いのを不安に思い、アラタはショウの瞳を覗き込む。ショウは慌てて曖昧に笑って取り繕い、頷いた。アラタはホッと胸をなでおろし、ベンチから立ち上がる。
「じゃあ、行こうぜ。この辺のうめえ店知ってんだ、俺。先輩に任しとけ!」
もう一人の依頼主と会うのは深夜だ。それまでには終わっているだろう。ショウは軽い気持ちで頷き、アラタの歩みについていった。
◆
「でな、俺が言ったんだ! 『ゴライアスさんに手を出したら、俺がぶっ飛ばす!』ってよ! そんでサブマシンガンを、ダダダダダダダダっ!」
小さな居酒屋の個室に入り、ショウとアラタは飲んでいた。今回の一件はアラタにとっても相当のストレスだったらしく、初めに運ばれた酒に口を付けると、すぐに酔っ払ってしまった。
そこからは酔っ払ったアラタの、武勇伝の連打。いくらか脚色も入っているのだろうが、それにしても楽しそうに語るものである。ショウは相変わらず曖昧な笑みを浮かべ、適当に相槌を打っている。
「それで……それでよ……世話になったんだ、ゴライアスさんには……だから、俺は、あの人について行こうって……なのに、今回の……」
急転直下。酔っ払いの機嫌というモノは、秋の空よりもうつろいやすいものらしい。だが、ショウにも感じ入る部分はあった。このような裏組織の末端に属し、今まで後輩というものを持ったことが無いのだろう。加えて、先輩はあのゴライアスだ。愚痴を吐き出せる先が無いというものは、辛いだろう。
自分は声出せないしな、と考えるショウは、ゆっくりとしたペースで酒に口を付ける。ぐちぐちと喋っていたアラタは、やがてどさりと床の上へ寝ころんだ。そして、真っ赤な顔で、ぼんやりと天井を見上げる。
「……俺ぁ、俺ぁよ……あの、世界大戦で……しょうもない役割やってて……国のためだって、そう思って……そこへ、あのH.E.R.O.……先輩も、後輩も、皆死んじまって……」
それはうわ言じみて、じんわりと静けさの中に広がって行った。ショウは動きを止め、アラタに視線をやる。彼は相変わらずぼんやりと首を動かし、ショウを見返した。
「だから、こうやって、ゴライアスさんと、お前に会えて……へへ、二回目で……今度こそ大切にしたいんだ……ヒーローで、へへ、ゴライアスさんだって、死なねえよ……明日には治ってるから、だから安心しろよ、新入り……」
そして、そこでぷつりと途切れた。大きないびきが響き始める。どうやら潰れてしまったらしく、アラタは赤ら顔で気持ち良さそうに眠っていた。
ショウは溜息を吐くと、AIのオート送迎サービスにメールを送った。数分後には、酔っ払い送迎用に調律されたロボットが到着し、アラタの市民IDカードに記載された住所へ彼を送り届けるだろう。
今日はこれで終わりではない。もう一人の依頼主への報告があるのだ。ショウは立ち上がり、会計を済ませるべく財布を取り出した。