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H.E.R.O.  作者: しいたけのこ
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弔花 ♯5

「遅い」


 バイクのエンジンを切り、ヘルメットを脱いで降りたショウに、ゴライアスの厳しい言葉が投げられた。約束の時間三分前なのだが、ゴライアスにとっては十分前集合が当たり前らしい。


「まあまあ兄貴、まだ三分あるし」

「……」


 アラタがショウを庇うようになだめると、ゴライアスは世にも恐ろしい目付きで二人をひと睨みし、苛立たしげに鼻を鳴らす。


 そんなゴライアスを見たアラタは苦笑し、次いでショウに視線をやった。ショウは肩をすくめて彼を見返す。


「ま、まあ、なんだ。行こうぜ」


 微妙な空気になったその場を何とかしようと、アラタが提案する。ゴライアスはメリケンサックを確認し、ポケットへしまい込む。アラタは小型のサブマシンガンを、見えにくいようにコートの内側へ隠し持つ。


「ちゃんと武装、してきたか? 今回の取り引きは結構あぶねえぜ?」


 アラタが新入りを気遣うように問う。ショウが懐からナイフと拳銃を一組み取り出すと、納得したようにアラタは頷き、サムズアップして笑みを浮かべる。


 対照的にゴライアスは鼻で笑うと、廃工場の奥の闇へと二人を急かし、歩き出した。


「急げ、始まるぞ」




 海沿いの旧世代コンビナートである。全く手入れもされていないこの場所に、チームゴライアスは武器取引をしに来ていた。警察にはバレないのか? AIの監視の目は? これらの疑問に答えなければならないだろう。


 第三次世界大戦は、核戦争だった。地球の大半は放射能汚染を免れず、今もこうして洗浄の済んでいない地域は『立ち入り禁止区域』として閉鎖されている。最低限、人間が住めるだけの範囲は確保できたが……こうして、手の全く入っていない重汚染区域は、犯罪の温床と化している事が多い。


 AIの指揮により、除染ロボたちが活動し、放射線を取り除いてはいる。だが、地球全土が汚染から解放されるのは、果たして何百年後になるだろうか。そもそもそんな日は、来るのか。




「……さあ、来たぞ」


 ゴライアスの声に、ショウは現実へと引き戻される。見れば、工場の奥に、数名の男たちが立っていた。リーダー格らしき男は、スキンヘッドに双頭のドラゴンのタトゥーを入れている。アレは隣国『イワトミ』で最も崇高とされる架空の動物だ。



「ユーリン」

「ゴライアス。オマエは変わらない」

「フン……」



 ゴライアスがユーリンと呼びかけたその男は、ニヤリと笑い、カタコトの言語でからかうように呼び掛ける。ゴライアスはサイじみた瞳を細め、立ち止まった。


 アラタも、ショウも立ち止まる。互いの距離は数メートルだ。銃撃戦にも、格闘戦にもなりうる距離である。数名のイワトミ人と、チームゴライアスの間に、奇妙な沈黙が落ちた。



「……そっちのは?」

「新入りだ。ショウ。喉が潰れてる」

「ハ、新入りか。じゃあオマエにイビられてるんだな、ゴライアス」

「黙って取引を始める事は出来ねえのか」



 ユーリンがまたぞろ面白そうに言うのを、ゴライアスはイライラと遮る。つまらなそうに口をとがらせたユーリンは、指を鳴らし、スーツケースを抱えた男を呼び寄せた。



 その間にも、ショウは周囲の気配を探っている。今見えているユーリンの取り巻き以外にも、数名、遠くの柱の陰に気配を感じる。全員武装しており、ピリピリと殺気立っているのが分かる。



「……ふん、グレネードランチャーか。弾は?」

「弾速は従来の4倍。ただ違法改造で、反動がデカいよ」

「対応してる弾丸の種類を聞いたんだ」

「アァ、通常の弾にフリーズとフレイム、それと電撃、ドリル」

「……へえ」



 おもむろにケースの中からグレネードランチャーを取り出したゴライアスは、近くの柱へ向けて発砲した。柱は爆散し、破片が辺り一帯に撒き散らされる。


 銃身の横のつまみをひねり、もう一度ゴライアスは発砲した。次の標的になった柱は、根本から天井まで凍り付いた。


 銃身の横のつまみをひねり、もう一度ゴライアスは発砲した。次の標的になった柱は、一瞬にして火柱となり、天井に黒い焦げ跡を残す。


 銃身の横のつまみをひねり、もう一度ゴライアスは発砲した。次の標的になった柱は、青白い電撃に飲みこまれ、バチバチと激しく帯電している。


 銃身の横のつまみをひねり、もう一度ゴライアスは発砲した。次の標的になった柱は、弾頭がドリルのように改造された弾丸を受け、貫通されて崩れ落ちた。



「……嘘はねえみてえだな」

「ハハハ、イワトミ人は嘘を言わない」

「おい、アラタ。渡してやれ」


 ゴライアスが指示を出すと、アラタはブリーフケースを持ち出し、近くに居たイワトミ人の一人に手渡した。イワトミ人はケースの重さを吟味し、脅すような目つきでアラタを睨む。アラタは首をすくめ、両手を挙げて参ったように曖昧な笑みを浮かべている。


 不審物ではないと確認を終えたのか、イワトミ人はユーリンの傍へ歩いて行き、ブリーフケースを開いた。中に札束が詰まっているのを見たユーリンは、その一枚一枚を見つめ、手に取り、光にかざして偽札ではないと確認してゆく。



 その時ショウの聴覚が、妙な物音を捉えた。何処か遠くで何かが殴られる音に、呻き声である。ショウは周りを見回すが、誰も気付いていない。


「……」


 ショウが異変を知らせようと動くが、見張りのイワトミ人がマシンガンの銃口をショウへ向け、身動きさせない。焦れるショウの聴覚は、誰かの足音が近付いてきている事を感じ取る。


 その時、空気の変化を察知したゴライアスが振り向き、ショウの異変に気付いた。ショウは目で必死に訴えた。侵入者だ。この取引は、密告されていた可能性がある。


 ゴライアスは瞬時にその意図を汲んだ。ポケットからメリケンサックを取り出して拳に嵌め、アラタに視線を送る。アラタもサブマシンガンを懐から取り出す。



「おい、密告したヤツが居んのか」

「はい? イワトミ人は嘘をつかないよ」

「テメェ、ふざけんじゃねえ。侵入者だ」



 偽札が無いか確認していたユーリンも、流石に悠長な事をやめ、部下たちに警戒のハンドシグナルを送る。イワトミ人が一斉に自動小銃を取り出して構え、四方を警戒する。



「怪しいのはそこの新入り! オマエ、密告したか!?」

「今んな事言ってる場合かよ!!」



 懐から無骨なリボルバーを取り出したユーリンが、ショウへ銃口を向けようとする。が、庇うような立ち位置に立ったのはアラタだ。



「明確な敵が来てんのに、身内で疑い合ってる場合か!? 金は渡した、ブツももらった! アンタ達は逃げろ、ユーリンさん!」

「……チッ、慌ただしい出航になるね!」



 ユーリンはリボルバーを抜いたまま、コンビナートのすぐ傍へ停泊させた小型船舶へと駆けてゆく。その背後を守るように、銃で武装したイワトミ人も引き揚げていった。



「で、どうします、ゴライアスさん」

「……」



 海へ出て行き、遠くなる船を背に、アラタは廃工場を警戒する。ゴライアスは少し腰を落とした姿勢で、闇の中を睨みつけている。



「……アラタ、テメェは隙を見て逃げろ。ブツと新入り連れてな」

「……了解。ご無事で、兄貴」

「フン、俺に万が一はねえ」



 ザシリ、ザシリ。闇の奥から靴音が響く。スパイクブーツが闇を踏み越え、頼りない光の下へ歩み出る。


 狂暴な顔つきの男が、現れた。背負った二丁の片手ショットガンは、未だに硝煙を上げている。それを見たゴライアスはピクリと眉をはねさせ、慎重に口を開いた。


「撃ったのか。それなのにAIに感知されてねえな」

「……あ?」


 男は面倒そうにゴライアスを見る。サイじみた瞳を険しく尖らせ、ゴライアスは更に腰を落とす。


「発砲感知センサーを外してやがるな。つまり、テメェは裏社会の人間だ」

「残念だなァ、今回俺ァ政府の刺客としてここに来てるぜ? ヒーローはどいつだ?」



 その言葉に、ショウ、アラタ、ゴライアスの三人の顔が険しくなった。図らずも……あるいは、誰かの思惑通りにか……ヒーロー連続誘拐事件の手掛かりが、転がり込んできたのだ。



「俺達は三人ともヒーローだ。テメェをぶっ潰すのは俺一人で十分だけどな」

「そうかい、骨のある野郎だと良いがな……」



 男がダルそうに言い終わるやいなや、ゴライアスはサイの突進じみた勢いでタックルをかけ、一気に壁際まで追い詰め、叩き付けた。そして繰り返し殴りつけながら、吼える。



「アラタァ! 行けェ!!」

「了解! 行くぞ新入り、逃げるんだ!」



 一方、ショウは強烈に思考を回転させねばならぬ局面に陥っていた。このままこの機を逃せば、事件の黒幕につながる手掛かりをみすみす逃す事になるだろう。だが一方で、この乱入者に対する観察の末、無慈悲な結論にも辿り着いていた。


 今ここで襲って来たこの男は、傭兵だ。確かに危険な腕前を持つ男ではあるが、その振る舞いから、破滅的な願望を持っている事が伺える。こういった人間は、えてして自らを雇う何者かに興味など持たない。つまり、黒幕につながらない可能性が高い。


 


 ショウは瞬間的に判断を下し、アラタと共に駆け出した。ヒーロー由来の脚力により、二人は戦場から即座に離脱し、数秒後には廃工場から飛び出した。


 それを見送り、ようやくゴライアスは男から離れ、痛む拳を抑えてよろめいた。メリケンサックは砕け、拳の骨も軋んでいる。まるで……。



「へえ、まだ拳が砕けてねえのか。頑丈だな」



 壁の穴から歩み出た男の身体は、鈍い銀色に輝いている。そう、彼の身体は鋼鉄と化している。鉄の塊を殴れば、いくらゴライアスの拳といえどダメージを受ける。



「フン、俺の拳とテメェの身体、どっちが先に砕けるだろうな?」



 しかし、ゴライアスにとって、この程度の死線は何度も潜り抜けてきたものだ。不敵な笑みを浮かべ、サイじみた瞳は怯む色を一瞬たりとも見せず。彼はファイティングポーズを崩さない。


 スパイクブーツの男はにやりと笑い、拳を構えた。



「おもしれぇ……! 俺は『IRON(鋼鉄)』! 鋼鉄のアロンだ、かかってこいデカブツ!!」

「オォア!!」


 気炎を吐き、ゴライアスとアロンの両者がぶつかった。



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