弔花 ♯3
「「……つまり、俺の組織に居る裏切り者を利用して、黒幕につながる手掛かりを探すという事か」」
昼下がりのレストランにて。隅のボックス席に座ったショウは、目の前の浮浪者の男と今後の作戦を話し合っていた。浮浪者の喉からは二重じみた声が発され、その目は何処か焦点が合っていない。
「「……ふむ……それは、かなり負担を被るやり方だな」」
顎に手をやる浮浪者は、思慮深く唸りながら考え込んでいた。が、やがて顔を上げると、ショウを見て笑みを浮かべる。
「「だが、良いだろう。イタチごっこにも飽きてきたところだ。GUFの馬鹿共とも協力してやるとしよう」」
相変わらずの物言いに、ショウは溜息を吐く。浮浪者はそんなショウの様子を見、にやりと悪い笑みになる。
「「身の振り方を間違えるなよ、ショウ。お前とは長い付き合いだ。便利なコマを、失いたくはない……」」
「……」
心配しているのやら、いないのやら。疲弊したショウが財布を出そうと懐に手を入れると、浮浪者はそれを押しとどめた。
「「今日から俺の組織の末端になるんだろう、ショウ? なら、この店で支払う必要はない。俺の店だ」」
……悪い友達を持つと、これだから駄目になるんだ。ショウは麻痺しそうになる常識に喝を入れ、頷いて立ち上がった。
◆
「マジかよ、新入り!? この時期に新入りとか、お前どんだけ切羽詰まってたんだよ!」
「……」
ショウの目の前、耳障りな高い声で笑っているのがアラタ。ジャラジャラした安物のネックレスを付け、ゴテゴテの指輪を十本の指に余すところなく嵌めている。その右腕には骸骨の入れ墨が入っている。
対照的に、黙り込んでショウをじっと睨みつけているのがゴライアス。偽名だ。2メートルを優に超える偉丈夫が、丸太のような腕を組み、サイのような目で見下ろしてくるのはかなりのプレッシャーだろう。
昼下がりの、裏路地だった。組織への潜入調査を行う事になったショウは、まず末端のチームへ組み込まれる事になり、今、ここで面接を受けている。末端とはいえ、依頼主の計らいで、比較的安全と思われるチームへ入ったのだが……。
「どうします、ゴライアスさん!? コイツ、もしかしたら裏切り者になるかもッスよ!?」
「……フン」
アラタが同意を求めるかのように見上げる。ゴライアスは相変わらず剣呑な目付きでショウを睨み付けたまま、気に入らなそうに鼻を鳴らし、ゆっくりと腕組みを解く。
「はは、冗談冗談! よく来たな新入り、最近この組織って結構抜けが……」
「おい、新入り」
アラタは冗談のつもりで言っていたようだが、ゴライアスはそうではなかったようだ。彼はズシリと一歩踏み出し、ショウの目の前に立ちはだかる。昼下がりの太陽が巨体に遮られ、路地裏に大きな影が落ちる。サイのような瞳は敵意を放ち、ショウを睨みつけている。
ショウはトラックじみた威圧感を放つ巨躯を見上げ、そのサイのような瞳を見返す。それは敵の嘘を見抜こうとしている目だ。
ゴライアスは少しの間黙っていたが、やがて唐突に拳を構え、裏路地の壁を殴りつけた。超耐震構造のアパートが揺れ、埃が落ちて来る。アパート内から住人達の悲鳴が響く。
「おいおい兄貴、何やって……!!」
「良いか、テメェ、少しでも妙な真似してみやがれ!」
まるで野生動物の怒りを一気に解き放ったかの如く、怒声が裏路地に響き渡る。止めようとしたアラタすら怯むほどの勢いに、ショウは両目をぱちぱちと瞬かせて驚く。
「妙な真似……隠し事、秘密の取引! それは全部裏切りだ! テメェがそれをやったその瞬間、俺の拳でテメェの頭をぶち抜いてやる! 分かったか!!」
頷くしかないショウは、こくこくと首を上下に振る。ゴライアスはそれでもなお疑うような目つきを止めなかったが、やがて拳を壁から引き抜き、踵を返して裏路地の向こうへと歩き出した。
「あ、あー……あー、すまんすまん。兄貴はいっつもあんな感じでよ、怖かったろ?」
アラタがショウの肩に積もった埃を払い、申し訳なさそうに謝罪する。ショウが肩をすくめると、アラタは脱力したように笑みを浮かべた。
「悪いね。次は多分、仕事で集まることになる。だから、これ、連絡先な」
そうして手渡された市民IDカードをしげしげと眺め、ショウは頷いて懐へそれをしまった。アラタは茶目っ気たっぷりにウィンクを飛ばす。
「もちろん偽装ID。最近は何処もかしこもAI様が監視してて困っちゃうね」
「……」
ショウが笑おうとすると、またも隣のアパートから悲鳴が響いた。先程のゴライアスのパンチの余波は、思った以上に大きいらしい。
「あーあー。じゃあ俺はアパートの住人に謝って来るから、新入り、お前は今日はもう解散だ! じゃあな、風邪引くなよ! 今日は悪かったな!」
苦笑するアラタは、最後に軽く両手を合わせて謝罪すると、アパートの玄関へと駆けて行った。
一人になったショウは、先行きへの不安を抱えながら、昼下がりの裏路地を歩き始めた。