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H.E.R.O.  作者: しいたけのこ
2/24

弔花 ♯2


『またも行方不明者 被害者はシマダ テツロウ氏』

『AIのシティ監視システム「ジェネラル」に穴? 政府の重役が謝罪』

『人工知能学界の権威、サトウ氏はAIの欠陥を否定』



 壁に貼られた新聞の切り抜きを、疲れたようなまなざしでじっと見つめながら、ショウはコーヒーを一口飲んだ。ごくりと喉が鳴り、苦味が眠気を晴らして行く。


 ごちゃついた部屋を、窓から差し込む朝日が照らし始める。窓の外、無味乾燥に区画整理された町は、徐々に朝の光に包まれだした。



「……」



 玄関のポストが鳴った。コーヒーを机に置いた彼は、床の上に散らかった服や雑誌を大股で踏み越え、ダイニングを出た。


 そして玄関へ向かい、内側に設置されたポストの中身を取り出す。今日の朝刊だ。それを広げたショウは、予想通りの記事に苦笑いを浮かべた。



『ミュル通りで死人 またも遅れた発見』



 昨日の裏路地での戦いが一面になっている。警察がカメラを抑えようと必死に抵抗している写真が、でかでかと掲載されていた。未だに捜査内容は公開できないらしく、好き勝手な憶測による飛ばし記事が書かれている。



 と、机の上の旧世代の携帯が鳴った。ショウは新聞をゴミ箱へ捨て、端末を手に取って開く。どうやらメールだ。項目を選択し、開くと、短い文章が現れた。



『昨日の男で終わりではなかったようだ 組織からまたしても行方不明者 調査続行を、探偵』



 前回の依頼主からのメールだ。つまり、昨日殺した男以外にも、組織に裏切り者が居るらしい。溜め息を吐いたショウは、直後に身を硬くした。



 玄関の外に、気配。明らかにこちらの様子をうかがっている。客? ただの客ではない。ここまで殺気立つ必要はないからだ。


 ならば、玄関の外に居るのは、誰だ。



「もしもし、ここを開けて欲しいんだが」



 数度のノックの後、女性の声。ショウは少し迷い、懐のナイフを確認すると、チェーンをかけてからドアを開いた。


 玄関の外に居たのは、分厚い灰色の上着に身を包んだ、釣り目がちな黒髪の女性だった。長い髪は、毛先まできちんと手入れが行き届いている。このご時世でここまでお洒落に気が使えるという事は、つまり……かなり、余裕のある職だ。


 たとえば政府の高官のような。



「……」



 ショウが一層警戒の色を強くすると、女性は苦笑いして両手をダッフルコートのポケットから出した。何も持っていない。



「あー、うん。まあ、お互い警戒するのも分かるがね……寒いんだ、入れてくれないか?」



 暫くの沈黙の後、ドアのチェーンが外された。







「まあ、何だ。私だって馬鹿じゃない、それなりに情報は集めて来てる。……あ、コーヒーどうも」



 コートを脱いだ女性はソファに腰かけ、机を挟んでショウの向かいに座っている。既にくつろいだ様子で脚を組み、椅子に伸びている。


 机の上には湯気を上げるマグカップがひとつ。『寒い』と聞いたショウは、仕方なくホットコーヒーを淹れてもてなしていた。



「キミがあの男を殺したんだろう? ミュル通りの」

「……」



 やはり警察関係者か? ショウがにわかに殺気立ち、拳銃をしまってある箪笥の前に立つ。が、女性は首を振り、肩をすくめた。



「私は警察じゃないぞ。キミを逮捕するつもりはないし、むしろ依頼しに来たんだ。探偵としてのキミにな」



 依頼、と来たか。ますます分からなくなったショウの表情を読み取り、女性は笑いながら、懐から写真を取り出した。



「あー、何処から説明したものかな……まず、私は『GUF』という組織に属しているんだが、聞いた事はあるかね?」



 GUF。ガバメンタル・アージェント・フォース。『ヒーロー』を主として構成された、政府お抱えの特殊部隊だ。国内のテロや組織的犯罪に立ち向かう、荒くれ者の集まりである。



「最近、『ヒーロー』が誘拐される事件が多発している。その事件を追う内に、私達もようやくミュル通りの男に辿り着いてね。どうにか接触しようとしていたんだが、キミに先を越されてしまった」

「……」



 今度こそショウは理解した。GUFにとっては獲物を横取りされた形になったのだ。しかも情報を引き出すべき、大事な獲物を。



「……今回のは見逃すが、代わりに手伝ってもらいたい。良いだろう? お互いに情報も少ない事だ、解決まで連携しよう」

「……」



 仮にここでノーと言えば、即座に戦闘になるだろう。それは避けたい。大事な部屋だ。それに、……こちらの情報も、筒抜けだと思って良いだろう。だが……。


 黙って動かないショウを見つめ、女性はゆっくりと口を開いた。相手が交渉に応じないならば、それなりのカードを切る必要がある。



「……キミも『ヒーロー』だな? 全部調べは済んでいる。第四次世界大戦中、オザワ隊長率いるイオロ部隊にて、H.E.R.O.を接種。同部隊の中で仲が良かったのは、タムラか? 彼は今も生きているようだな。バーに通い詰めているようだが」



 ショウは女性を睨み付ける。女性はしかし、その視線を受け流し、続ける。



「この部隊は実に運が良い。H.E.R.O.を摂取して、五人中三人も生き残っているとはな。驚きだ。あの薬のせいで、第四次世界大戦の兵士の7割が死んだというのに。……そんなラッキーな三人を、危険にさらしたいか? まさか、そんな事はないだろう?」



 沈黙が続いた。女性にとってもこれは賭けであり、外すわけにはいかない情報源だ。ショウは使える。GUFの事件解決には必須と言っても良い。


 ショウは暫く射殺すような目付きで女性を睨んでいたが、やがて諦めたように雰囲気を弛緩させると、ゆっくりと頷いた。女性もホッと息を吐き出し、懐からファイルを取り出す。


「いや、すまんな。こちらも捜査が行き詰まっていて、一か八かだったんだ。私はミネー、よろしく頼む」

「……」



 差し出されたファイルを受け取ったショウは、ぱらりと開いて目を通す。そこには、これまでの『ヒーロー』の行方不明者、そして予想される次の被害者がリストアップされていた。



「ウチの情報収集役は優秀でな、ある程度の法則性は割り出している。だが、どうにもあと一歩のところで黒幕の尻尾が掴めんのだ。そこで」



 ビシッ、と顔を指差され、困惑した表情でショウがミネーを見つめる。ミネーは差した指を立て、得意げに説明を開始した。



「キミには潜入をしてもらいたい。『内通者』が居る組織に入って、色々と探りを入れてもらいたいんだ」

「……」



 そう上手くいくか。軽く睨むと、ミネーは肩をすくめて頬をかく。


「いやあ、すまんな。私だと顔も知られてるかも知れないし、キミなら裏社会に精通してるから平気かと。手をこまねいているともっと事態が悪化しかねないんだ」

「……」



 それにしても、リスクが大きい作戦だ。……だからこそショウに押し付けたいのだろうが。


 ショウは旧世代の携帯を取り出し、数字を打ち込んでミネーの目の前にかざした。それを見たミネーは眉をひそめ、口をへの字に曲げる。


「……これが報酬? ぼったくるんだな」

「……」


 妥当だ。下手を打てば死ぬどころではないのだ。そう目で訴えるショウに、ミネーは参ったように両手を挙げた。


「分かった、分かった。報酬については私の方で掛け合っておく。……では、条約締結と言っていいか?」


 ミネーが手を差し出す。ショウは躊躇ったが、その手を握り、上下に振った。ミネーも満足げに握手に応える。



「それじゃあ、連絡先はこれだ」


 職業IDカードを手渡され、ショウはそれをじっくりと観察する。GUF隊員、ミネー。仏頂面の証明写真。どうやらこれまでの話に嘘はないようだ。


「あ、」


 と、立ち上がってダッフルコートに袖を通していたミネーが、何かを思い出したような声をあげた。そして振り向くと、悪戯っぽく笑みを浮かべる。



「これは業務用の連絡先だから、ディナーに誘うときは口説いてからにしてくれ。じゃーな、口無し探偵くん」


 そして上機嫌に口笛を吹き、玄関から出て行った。最後まで閉め切られなかったドアが、中途半端に口を開き、冷たい空気を忍び込ませる。


 ショウは半ば呆れながら立ち上がり、玄関を閉めると、鍵とチェーンをかけた。そこで初めて、自分は今、とんでもない契約をしたのではないかという疑いに思い当たった。



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