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お爺さんの絵画

作者: えるえる

 

 私が小さい頃の話で、お茶目なお爺さんがいた。

 私の親戚で、もじゃもじゃの白い髭と、茶色のベレー坊が印象的なお爺さんだ。


 お爺さんは、とても有名な画家で、新しい作品を発表するたびに、新聞に載ったりしていた。たくさんの人が、お爺さんを称賛するためにアトリエに訪れていたらしい。


 そんなお爺さんの作品は、とても実直的で、鑑賞者に想像を許さない作風だった。

 絵画の題名に『風景』とついてれば、その風景そのままを表していて、抽象的な考え方を許さなかった。

 そのストレートな分かりやすさが、評価されていた。 

 

 お爺さんは、いつもアトリエで油絵を描いていた。絵を描いているお爺さんは、何だか近寄りがたい雰囲気があった。

 だから小さかった私は、お爺さんの気が引きたくて、隠れてアトリエに入っては絵の具に悪戯をしていた。ただ、最低限の分別はあり、大事にしているであろうお爺さんの作品には悪戯をしなかった。

 そういう具合であるから、お爺さんは私をアトリエに招待しては、いつも一緒に遊んでくれた。


 私はアトリエで、お爺さんから色々な事を教わった。絵画の楽しみ方から、書くに足らないいい加減な事まで、とにかく何でも教わったように思う。

 もちろん、絵の描き方も教えてもらったのだが、私はまったく才能がなかった。

 私はお爺さんのような絵を描きたいと思っていたのだけど、上手くできないものだから拗ねてしまい、すぐ辞めてしまった。それでもお爺さんは笑いながら、好きな事をやればいいと、私を変わらず可愛がってくれた。


 しばらくして、私が一人で生活できる程に成長した頃、お爺さんは体を悪くしてしまって、絵画を殆ど描かなくなってしまった。

 そんなお爺さんと最後に会ったのは、風の強い日だった。

 病院の個室でお爺さんに会ったけど、お爺さんはもう限界という事を、その細い体から感じてしまった。

 そんなお爺さんは、私を見るなりにっこりと笑って、とある作品を指さした。 


 「この作品を、おまえにやろう。未来になれば完成する絵じゃ。おまえが私のようにお爺さんになった時に、花が咲くように描いた。長生きして、元気に楽しく人生を過ごすんじゃぞ」


 その作品は、茶色の地面と青い空が描かれた単純な絵画だった。だが、色彩豊かに彩られ、なるほど、名画家のお爺さんが書いた作品だと思った。

 しかしお爺さんの絵画にしては単調な構図だし、それに未来になると花が咲いて完成するというのも良く分からなかった。


 だから私は、「綺麗な風景を描いたね」と伝えたのだけど、お爺さんは、それはもう嬉しそうに顔を歪めて、悪戯顔をしたんだ。


 「くっくっく。この作品の題名は、『孫に送る風景』であるが、本当の題名は別にあるんじゃ。それは『一面に咲く花』という。おまえにだけ教えよう。この題をおまえが理解した時、この絵画は完成する。儂との合作じゃぞ。儂のような絵画を描きたがっていたおまえじゃから、特別じゃ」


 本当の題名を贈られた私だが、『一面に咲く花』という意味が良く分からなかった。お爺さんの作品は、想像力に任せない作風だから、『花』という題がつけば、間違いなく花が描かれているはずなのだ。その絵画には、花らしきものが何一つ描かれていないから、私は頭を悩ませた。お爺さんが、悪戯をする小僧のように、お茶目に笑っていた。


 そうやって私は、お爺さんから作品をもらった。この絵画と謎かけが、お爺さんからのプレゼントらしい。

 それからしばらくして、お爺さんの訃報を聞いた。私はとても悲しかったけども、お爺さんが私に作品を残してくれたから、寂しくはなかった。


 それからしばらくは、普通のサラリーマンとして人生を歩んだ。結婚をして、子供を作って、幸せな人生を送ったと思う。気付けば私はすっかり年をとっていて、お爺さんの様にもじゃもじゃ髭を生やすようになっていた。


 時々、作品の謎かけを思い出して、解いてみようとした。それはやはり叶わないのだけども、その時間は、お爺さんが私と遊んでくれたような気がして、嬉しかった。


 ある日、お爺さんの絵画展が開かれる事になった。そこで絵画展の主催者が、私に例の作品を貸し出してほしいとお願いしてきたので、私は懐かしくなって、二つ返事で了承した。その作品は絵画展の目玉として扱われ、一番良い場所に飾られる事になった。絵画の裏面に、お爺さんから展示方法の指示が書いてあり、その通りに展示されるらしい。

 

 ・少し狭い小部屋に、作品単体で展示する事。 

 ・額縁の下縁を地面より180cmぴったり離す事

 ・撮影許可を出す事

 

 作品を良く見せるために、画家が指示を出す事は珍しい事ではない。ただ、撮影許可を出す事という指示は珍しかった。当時の写真といえば、とても高価で大きなカメラが必要で、絵画を写真に収めるのは珍しかった。

 今では、誰でも気軽に写真が撮れる時代であるから、お爺さんはそんな時代の到来を見越していたのだろうか。慧眼だと思った。

 

 そしてついに展示が始まり、お爺さんの作品を見るために、たくさんの人が訪れた。

 私も休みの時間を作って、絵画展へ足を運んだ。

 その絵画展は、盛況していて、人でいっぱいだった。展示スペースには、人がとても納まりきらず、ゆっくりと絵画を楽しむ事はできなかった。


 そうしていよいよ、私がお爺さんからもらった作品の展示場所まできた。

 私は人混みをわけて、しっかりと絵画を鑑賞した。

 茶色の地面と青い空だけが描かれたその絵画は、力強く美しい。

 しかし未だ、お爺さんに内緒で教えてもらった題『一面の花』の意味は、良く分からなかった。 

 

 他の鑑賞者は、その素晴らしい絵画を写真で持ち帰ろうと、スマートフォンを片手に、絵画を撮影していた。

 人でいっぱいの展示スペースで、良い写真を撮るために、天高く手を上げている。

 

 そうして私が、お爺さんの作品から離れようとした時、初めてお爺さんが言っていた意味を理解した。

 

 絵画に花が咲いていた。額縁からはみ出るばかりの一面の花が、ゆらゆらと揺れていて、煌めいていた。

 題を知っている私だけが、完成を理解できる秘密の作品がそこにあった。

 絵画は、今初めて完成したのだ。

 

 今は亡くなったお爺さんの、悪戯顔が思い浮かぶ。

 これはお爺さんと私だけの秘密だ。

 

 (了) 


 最後まで読んで頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 年配の方との交流は、味わい深いものがありますね。 その時はわからなくても、自分が年を重ねるとあとで大切な何かを学び取っていたことがわかるものなのだと、改めて思い出させていただきました。 お…
[一言] 味がある作品で面白かったです。離れないと理解できないというのも、メッセージ性があって、実際に自分に言われているようで心にきました。 一面の花の意味ですが、皆の写真を撮る手の様子が一面の花よう…
[良い点] お爺さんの悪戯心が心地よかったです。主人公とお爺さんだけが知っている秘密という点がまたいじらしいですね。最後の場面に関しては、個人的にですが花畑というよりはススキ野原の情景が思い浮かびまし…
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