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7-9 願望

 ■■■

 ジニー視点

 ■■■


 降雨実験の翌日、いつものように共通学科の教室に入ると、ヴァイン達が不思議そうな顔で、クラスの一角を見つめている。


「おはよ、どうしかしたの?」

「よお、ジニー。あれを見てみろよ」


 トミーの指し示す場所にはシトリーとアイン殿下が座っており、二人は楽しそうに会話している。


「すごくね?たった一日であの王族様を陥落させるなんて」

「うん……確かに」


 先日までは、これ程仲がいいという印象もなかったが、今の彼女達はごく普通に会話を楽しんでいるかのようだった。

 と、その時私の視線にシトリーが気づき、こちらに手を振り声を上げる。


「ヴァージニアさん!おはようございます!」


 そう言うとシトリーはアイン殿下に一礼し、こちらにやって来る。

 さすがに、殿下をおいてこちらに来るとは思いもよらず、私達は皆、動揺を隠せずにいた。


「お、おはよう、シトリーちゃん」

「おはようございます、トミーさん!」


 シトリーに挨拶され、トミーはすっかりのぼせ上っている。


「おはよう。シトリーさん。ごめんなさいね、不躾な目で見ちゃって」

「いえいえ、気にしないで下さい。もし私が同じ立場なら、同じようにしてたと思いますし」


 シトリーはにっこりを微笑みながらそういう。


「二人とも、すっごく仲がよさそうよねぇ。何かあったの?」


 私の両肩に手を置きながら、ナータが後ろがらひょっこり現れ、シトリーに話かける。


「えっと、そんな大した事でもないんですが、先日アイン殿下に案内していただいて魔術課の演習塔に行ったのですが、そこでヴァイス様から『魔術の制御力を上げたければ何時でも来て良い』とおっしゃって頂いて……」

「うんまぁ、親父なら言いそうな事だな……」


 ヴァインはうんざりした表情で頷く。こればかりは、ヴァインに同意せざるを得ない。


「それで、私、昨日のうちにもう一度、ヴァイス様にお会いをしに演習塔に行くとアイン殿下とヴァイス様がちょうどお話されている最中でして……」


 シトリーの話はこうだ。

 私達戦技課の実験を目にした彼女は、不可能と思われる事さえ成し遂げる戦技課(私達)の発想力と対応力に感銘を受け、それに比べれば自分の力の制御なんて簡単な事だと考え、自分の力を制御する方法についてヴァイス様に相談に行ったらしい。するとヴァイス様の所にはまだ、アイン殿下がいらっしゃたそうだ。ヴァイス様は、シトリーの相談を受け、シトリーに光魔術制御修練を行わさせたようだ。

 そのうち、見ているだけだったアイン殿下も、それでは飽き足りず、気がつけば彼らと一緒に修練に取り組んでいたらしい。そして共に修練を進めるうち、互いの力の流れ方やオドの循環法について議論を繰り返し気がつけば、気安く話せる程度には仲が良くなったそうだ。


「なるほど。昨日の晩、親父がやたら機嫌が良かったのはそのせいか……」


 ヴァイス様が喜び、うかれる姿を目に浮かぶようだ。


「私も自分の力を制御できるようヴァージニアさん達に負けないぐらい、頑張ろうと思います!」


 そう言うとシトリーは両の手に力こぶを作り、私達に力をアピールする。まぁ、力を制御した光の封剣守護者や光の巫女姫が相手では、私達がいくら束になってもかかろうと敵うはずはないのだが……。

 考え込んでいると、トニーが私に声を掛ける。


「リーダー。早く例の話を!」

「あ、そうだった。ねぇシトリーさん。もしよければだけど、今度の週末にでも戦技課に遊びにいらっしゃらない?」

「え、いいんですか?!」

「ええ。皆が貴方の歓迎会をしたいって言い出して」


 私の言葉に、周りで聞いていた戦技課の面々は大きく頷く。


「有難う御座います!是非とも伺わせていただきます!」


 にっこり笑い、シトリーは私の誘いに了承する。


「よっしゃー!!気合いれて準備するぞレビン、フィーア、ヴァイン!」

「トミーは気合入りすぎてて怖いけどね」

「トミーさんが暴走しないように皆でしっかり見ておかないといけませんね」

「まぁ、見てても暴走するだろうけどな。トミーだし」


 戦技課の少年達がわいわいやっている中、少女達もシトリーに銘銘が話しかけている。その内容は食べ物の好みだとか、そういった内容から、行きたい所は無いかなど様々であった。

 私達がシトリーを囲み、楽しげに会話しているとアイン殿下が彼女の傍まで歩み寄って来た。


「そろそろいいかい、シトリー。もうすぐローラ講師がいらっしゃる。席に戻ろうか」

「あ、はい!」

「おはよう、ヴァージニア嬢。彼女を連れて行かせてもらうよ」

「おはようございます殿下。ではまたね、シトリーさん」

「はい!」


 シトリーは元気に答えると、アイン殿下の言葉に従い席へと戻っていく。


「彼女から聞いた通りだよ。僕も君達に負けないように頑張らせてもらおうと思ってね。魔導に関しては君のほうが一日の長があると思う。出来ればいずれ、僕にもご教授願えないかな?」

「はい、私でよろしければいつでも!」


 アイン殿下やシトリーがこうして魔導学を好きになってくれるなら、同じ魔導を愛する者として嬉しい限りである。なんなら私の秘蔵のローブコレクションから1着、シトリーにプレゼントしてもいい程だ。


「では、その時はよろしく頼むよ。おっと、ローラ講師がお見えになられたようだ。ではこれで」

「はい、殿下」


 アイン殿下は私に軽く手を上げ、シトリーの横の席へと戻られる。


「……なんだか変わったなぁ。アイン殿下」

「そうかな?」

「気づかないのかよ。ほら、一人称とか……」


 そういえば、いつもなら「私」といっていたものが「僕」に代わっている。だが、それ以外、私にはヴァインほど殿下がお変わりになられてようには見えなかった。

 だが、ヴァインは今も横でうんうん首を捻りながらアイン殿下とシトリーの姿を見比べて続けている。


「では挨拶をお願いします」

「起立!」


 アイン殿下の声で全員が一斉に立ち上がる。


「礼!着席!」


 殿下がお変わりになられたといっても、以前より少しだけ物腰が柔らかくなった程度であろう。

 ならば、私に影響がない限り、特に問題視する必要もないと考える。

 その時の私にはそんな事よりも、次の実験の事が重要であり、その事で頭が一杯だった。



 ■■■

 アイン=ファーランド視点

 ■■■


「どうでしたか、殿下!」


 席に着くなり、隣の席に座る少女が小声で話しかけてくる。


「あぁシトリー。君の言う通りだった。彼女は僕に魔導を教えてもいいと言ってくれたよ」


 僕の言葉にシトリーはにっこり微笑み頷き返す。

 上手くいくとは全く思っていなかったが、シトリーの言葉通りにしてみた所、彼女は僕の願いを了承し魔導を教えても良いと笑顔で言ってくれたのだ。


(ヴァージニア嬢が、あんな顔で了承してくれるとは思いもよらなかった)


 これまで、王族として礼節を持ち彼女へと接する事で、自分がいかに優れた人間であるかを示そうと思っていたが、シトリーが言うにはそれでは逆効果らしい。


『アイン殿下、よろしいですか?ヴァージニアさんは肩肘が張った事とかをすごく面倒に思う人っぽいです。ですので、もっと砕けた感じのほうが彼女に近づけると思うんですよ!』


 最初はシトリーの言葉に半信半疑だったが、試しに「私」から「僕」に変えてみたところ、いつもよりもずっと、彼女と自分の距離が、近づいた気がしていた。


「やりましたね。アイン殿下!」

「あぁ、君のおかげだ」

「いえいえ、私は命の恩人には素敵な方と一緒になってもらいたいって思っているだけですから」


 そういうと、シトリーはこっそりと振り返りヴァージニア嬢を一瞥し微笑む。


「私には、絶対、同じ年頃のアイン殿下のほうが、ヴァージニアさんにはお似合いだって思いますから!」


 本当にそうだろうか。残念ながら自分が兄上より彼女に相応しいとは思えずにいる。


「そこは自信を持って大丈夫だと思いますよ。ほら、ヴァージニアさんも好んでお兄様の婚約者になられたわけではないって、殿下もおっしゃられていたじゃないですか」


 確かに彼女は、父上の意向で兄上と婚約する事になったと聞いている。つまり、兄上と彼女の間の婚約に彼女の気持ちは一切考慮されてはいないはずだ。


「ヴァージニアさんもきっと仕方なく、フォルカス様とご婚約されたんじゃないでしょうか。家の都合か何かで」


 その可能性は確かにゼロではない。だが――


「それに王族が相手なら、フォルカス殿下ではなくアイン殿下でも問題は無いはずですよね。何より、アイン殿下はフォルカス殿下と違って、心の底からヴァージニアさんの事をお慕いになられていますし」


 いや、だが兄上もあのオレンジの薔薇を彼女に渡していた。

 あれは、僕や兄上にとって、何よりも大事なもののはず。


「フォルカス様は彼女への日ごろの感謝の気持ちとして……そう、友人としてプレゼントをされただけなんじゃないでしょうか。ほら、奇跡の薔薇でしたっけ。その時のお礼の意味も踏まえて」


 そんなはず……いや、もしかすればそうなのかも……


「ええ、絶対にそうですよ。ですからアイン殿下はもっと自分に素直になられてもよろしいのではないでしょうか?」


 そう……だな。僕は自分の気持ちを彼女に伝える事に対して、もっと素直になっていい気がする。


「ええ、それがきっとヴァージニア様にとっての一番の幸福だと思いますよ」


 そうならいい……いやきっと()()()()()()()




 気がつけば、ローラ講師の授業は終わっていた。

 なんだかこれまで悩んでいた事が嘘のように、頭の中がすっきりしていた。


「さぁ、お昼にしましょう!アイン殿下!」

「あぁ、そうだな。行こうかシトリー」


 僕はシトリーを連れ、教室の外へと歩き始める。

 誰かが僕を呼んだ気がしたが、きっと気のせいに違いない。

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