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7-7 歓声


学院魔術課敷地に隣接する王国魔術師団演習塔7F。

ヴァイス=オルストイは自らの執務室の窓から、空の様子を眺めていた。

学院南西上空には、先ほどから暗雲が立ち込めており、今にも雨が降りそうな気配が感じられる。

その光景を目にし、ヴァイスは内心驚きを隠せずにいた。

事前に彼の息子から戦技課での実験内容については話を聞いてはいたが、まさか本当に魔導具で天候を変える事に成功するとは思いもよらなかった。


「失礼いたします。あの、ノックしたのですが……お返事がありませんでしたので……」


ヴァイスが振り返ると、部屋の入り口には魔術課の講師を勤めるエドマンド=ウェイシーが立ち尽くしていた。


「あぁ、すまない。すこし考え事をしていてな。で、どうかしたか?」

「は、ヴァイス団長にアイン殿下がご面談を希望されておりまして」


(ほう。アイン殿下が、わざわざ演習塔までやってくるとは珍しい)


ヴァイスは内心そう思いながらも希少な光魔術の才に溢れる少年の来訪を心から喜んでいた。

アイン=ファーランド王子が執務課を専攻している事は知っていたが、もしかすると執務課に飽き、変わって魔術に興味が出て来たのかもしれない。まだ14歳の彼が今から魔術師を目指したとしても、別段遅くは無いだろう。ヴァイスはそう考え、口を綻ばせる。


「わかった会おう。殿下は今どちらにいらっしゃるのだ?」

「はっ、一階の面談室でお待ちいただいております」

「そうか、待たせては悪い。すぐに向かうとしよう!」


ヴァイスは、部屋の入り口で立ち尽くしていたエドマンドを急かし、階段を駆け下りて一階へと急ぎ向かう。

途中何人かの魔術課の生徒達が、彼らの憧れの対象でもある魔術師団長の姿を目にし、緊張した声で挨拶をするが、ヴァイスは階段を降りる速度を変える事なく軽く手を上げるのみだった。

残念ながらヴァイスにとって十把一絡げの生徒と、希少な光属性の魔術の才を持つアイン王子とでは、その重要性はまさに天と地の差と言ってよい程だった。


「お待たせ致しました、アイン殿下」

「ヴァイス魔術師団長。お久しぶりです」


息を切らせながら、入室した面談室にはヴァイスのよく知る金髪の美少年と、それとは別に幾人かの少年少女達の姿があった。


「殿下、こちらの方々は……」

「あぁ、この者達は私の学友です。右からブリジット=フォルカー嬢、ケーニッヒ=フィーゲル、フィリップ=レミングトン、そして一番左がシトリー=フラウローズ嬢です」


アインの紹介され、全員がヴァイスに頭を下げる。


「ブリジット=フォルカーです。ご無沙汰しておりますわ、オルストイ様」

「これはこれは、フォルカー嬢。このような寂れた場所にお越し下さり、誠に感激の極みで御座います」

「いえいえ、寂れただなんてとんでも御座いません。王国の力の象徴たる王国魔術団の方々のいらっしゃる場所。我が国の精鋭の方々の修練される場に、私如き者が足を踏み入れる事をお許し下さるオルストイ様に感謝しますわ」


(ふむ。別段許したつもりも無いのだが)


「いやいや、何もない所では御座いますが、ゆっくりしていって下さい」


ヴァイスにとって、アイン王子意外の執務課の人間の相手など、時間の無駄以外の何物でも無かった。アイン王子が魔術に興味を持たれたというなら、彼らのような魔術の素養の無い同行者を連れてくる事も無いだろう。

ヴァイスは、自らの期待が無駄であった事を知り、心の奥から落胆していた。


「ケーニッヒ=ヒューゲルです」

「フィリップ=レミングトンです」

「……ようこそ」


ブリジットに続き、目の前で自己紹介を行う2名の学生の事はすでにヴァイスの目には映っていなかった。

彼にとっての関心はもうアイン王子が何故、わざわざ演習塔を尋ねてきたのかにという点に移っていた。


アイン王子の意図を推し量っていたその時、ヴァイスは強烈なオドの流れを一瞬だけではあるが感じる。慌ててそちらに目をやると、淡い薄紅色の髪の可憐な風貌の少女が、ヴァイスに微笑みかけていた。


「はじめまして、シトリー=フラウローズと申します」


そう名乗る少女の姿は、どこか人間離れした美しさを思わせた。


「ヴァイス=オルストイだ……」

「オルストイ様。よろしくお願いしいます」

「ああ」


そして、少女には一度目にすれば、もう目を逸らす事が出来なくなるような存在感があった。

何故この少女に、これほどまでの存在感が備わっているだろう。

ヴァイスにはその理由が分からなかった。

ただ、彼女から感じたオドの流れは、間違いなく弟フィルツ=オルストイに並ぶとも劣らぬレベルだと認識していた。


「本日はシトリー嬢にこちらを紹介しようと思ってやってきたんですよ。学院の施設の案内をしている最中、彼女がこちらの演習塔を興味を持ったようなので」


アイン王子の説明をヴァイスの上の空で聞いていた。そんな事よりも、ヴァイスには目の前の少女の事が気になって仕方が無かったのだ。


「フラウローズ嬢といったか。悪いが、この台の上に手を広げてもらえないだろうか」

「えっと……」


ヴァイスの急な言葉にシトリーは迷い、周りに救いを求める。


「フラウローズ嬢。オルストイ様がそれをお望みです。早くお言葉に従いなさい」


いらいらした様子でシトリーを見ていたブリジットが彼女をにらみ付けそう言う。


「わ、わかりました。これでよろしいでしょうか?」

「あぁ、かまわん。少しそのままでいてくれ」


ヴァイスは急いで腰袋からいくつかのガラス玉を取り出す。


「そのガラス玉は?」

「……」

「えっと、こちらは魔素吸引具と申しまして、魔素をあのガラスの中にとじこめているんですよ」


作業に集中し、アイン王子の問いにさえ答えないヴァイスに変わり、エドマンドは慌てて答える。


「魔素を……?」

「ええ。そしてあのガラスの玉を調べたい相手の近くに置く事で、その相手の得意とする属性やその強さを大まかに知ることが出来るのですよ」

「ほう……」


エドマンドの説明にアイン王子は不思議そうな顔で頷く。

その間もヴァイスは意識を集中し、ガラス玉に満たされた魔素を徐々に活性化させていく。

周りの視線が、シトリーの手の周りに置かれたガラス玉へと集中する。

とその時、一つのガラス玉が眩く輝きそして――


パンッ!


――大きな音を立て、ガラス玉は砕けてしまう。


「……」

「ど、どうしたんですか。説明してくれませんか?」


アイン王子の言葉にエドマンドは答えられずにいた。エドマンド自身、魔素吸引具が感応するだけで砕け散るなんて事は初めてだったからだ。


「……君は」

「えっと、そのすいません。私はその光魔術の力を持っているみたいなんですが上手く扱う事ができなくて。先日もそれでフロストさ……じゃなくていろんな方に迷惑をおかけしてしまって……」


シトリーの説明にヴァイスはじっと考え込む。


(もしかすれば、彼女はアイン殿下と同じかそれ以上の光魔術の才を持つ人材かもしれない)


一度はアイン王子が魔術に興味があって尋ねて来た訳で無いと知り、落胆したヴァイスであったが、目の前の非凡な才能に、先ほどまでの沈んだ思いは完全に消失していた。


「シトリーさんといったか。君が力を制御したいと願うなら、いつでもここを尋ねるといい!そうだ、いっそアイン殿下と一緒に――」

「ヴァイス団長!」


エドマンドの声に、ヴァイスはふと我に返る。


「おっと失礼。つい興奮してしまった。まぁ、いつでも尋ねるといいというのは本当だ。気軽に来てくれればいい」

「ありがとう御座います!」


シトリーは頭をさげ、ヴァイスの感謝を伝える。ヴァイスとしては是非とも彼女には、魔術課に編入してもらい、一日中でも彼女の才能を磨きたいと真剣に考えていた。


「シトリーさん、君はどの学課に入っているのかな?」

「あ、はい。剣術課です!」


(あの筋肉達磨のところか!ヴァージニア嬢の時といい、あいつは何時も私の邪魔を!)


「えっと、オルストイ様?」

「……あぁ、きにしなくていい。そうか剣術課か。そうか」


一人ぶつぶつといい続けるヴァイスの姿に、アイン王子と同行者達は何か気味の悪いものを見るかのような目で、彼を見続けていた。



■■■



「と、とりあえず演習塔を案内いたしましょう」

「そうですね……お願いしても宜しいでしょうか、エドマンド先生」


黙り込みこちらに一切反応しないヴァイスを捨て置き、エドマンドはアイン王子とその同行者を連れ演習塔を案内する事にした。


そして、エドマンド達が面談室を出たその時、演習塔の各階から魔術課の生徒達の歓声が響き渡った。

歓声を上げている生徒達は皆、窓の外に目をやり、降りしきる雨を見て興奮しているようだった。


『うぉ!すげえええええ、本当に雨が降ってきたぞ!』

『なんだよ、雨ぐらいで大げさな』

『馬鹿か貴様は。これがどれ程すごい事かも理解できないのか!』


その歓声に、アイン王子と同行者達は驚き、他の魔術課の生徒達と同じように窓の外に目をやる。


「雨……ですわね」

「そうだな……雨だな」


ブリジットとアイン王子は互いに顔を見合わせ首を捻る。

二人には魔術課の生徒達が、何故それほどまでに外の雨を見て興奮しているのか理解できなかった。


「あぁ、この雨は戦技課の生徒達が魔導具を使って降らせているからですよ」

「戦技課が?」


エドマンドの言葉に、アイン王子とその同行者は不思議そうに首を捻っている。

彼らには、その意味が理解できていないのだ。


「戦技課は、複数の板状魔道具を敷地の各所に設置して、それを稼動させこの雨を降らせたんですよ」

「雨をですか。でもそれって、彼らが興奮するほどの事なんでしょうか?雨を降らせなくても、魔術で水を出せばそれでいいのではありませんか?」


ブリジットの問いにエドマンドは苦笑する。

先日、我らが魔術師団長に同様の質問をする王国騎士団長殿の姿を目にしたばかりだったからだ。


「えっとそれはですね……」

「魔導具だからですよね」


エドマンドが答えるより先に、シトリーがそう答える。


「これが魔導具で行われているからこそ、素晴らしい成果なんですよね。エドマンド先生」

「ええ、その通りです。シトリーさん」

「一体どういうことですの?教えなさい、フラウローズ嬢!」


自分が解らない事を、何事でも無いように答えるシトリーの姿に、ブリジットは腹を立てながら彼女を問い詰める。


「えっと、ブリジットさ……様は魔導具がいかなる物かご存知ですか」

「ええ、そんな事、知っていますわ!魔術が使えなくても、オド転換が出来れば誰でも簡単な魔術まがいが出来る代物ですわよね。ですが、それはあくまで魔術まがいであり、魔術に比べれば大した事も出来ない、不良品だって聞いていますわ!」


ブリジットの言葉は正しい。少なくとも数年前までの認識としてはそれが一般的な見解だ。


「はい、その通りです。魔導具は()()()()()()()()()()()()使えます。オド転換は無意識のうちに誰しもが行っている事。それを意識してする事は、魔導を身につけ魔術を用いる事に比べるとずっと容易な事です」

「……それがどうしたって言うのよ」

「ええ、つまりこの雨は、魔術の才能が無い人間であっても降らせる事が出来るという事です」


シトリーの言葉にエドマンドは大きく頷く。


(この少女は、一瞬でそこまで理解したのか。すばらしい観察眼だ)


戦技課により開発されたいくつかの魔導具は、魔術課でも関心を引くものであり、生徒の中には彼らの魔導具に刺激され、自らも魔導具開発に乗り出す者まで現れる程だった。

そんな中、今回、戦技課で行われるのは、魔導具による広域魔術の発動実験。

広域魔術の発動の難しさは、魔術課の生徒なら誰でも知っている事だっただけに、たかが降雨実験とはいえ魔導具で行う事の難しさを魔術課の生徒達は実感していた。

彼らにとって、戦技課の行う実験は、彼らの常識を大きく逸脱した物であった。


(だからこそ、この雨に彼らはこれほどに興奮しているのだが)


これまで自分達が不可能と思っていた事を、成し遂げていく戦技課への嫉妬と憧れが、魔術課の生徒達の中で大きくなっている事に、エドマンドは嬉しく思っていた。


魔術を使える者達は、得てして自らの才能に溺れ、そして自分達の世界に篭ってしまう性質を持っている。だが、戦技課の存在は、そんな彼らに殻を破らせるきっかけとなっていた。


「本当にすごい……」


降りしきる外の雨をじっと見つめながら、シトリーは静かにつぶやく。

彼女の声をかき消すかのように、生徒達の歓声はより一層大きくなっていく。


生徒達の歓声に消されエドマンドには、窓の外を見つめ微笑む彼女が、一体何を呟いたのかを知る事は出来なかった。

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