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フォルカス=ファーランド

 ■■■

 ジニー視点

 ■■■


「おぃ、あれフォルカス殿下じゃねぇか」


 ヴァインの言葉に、私は試験場の入り口に目をやる。

 そこには確かに供の人間をつれた黄金の髪なびかせる自信に満ちた顔の青年の姿があった。


(一緒にいるのはサイファ様とマークかな)


 こちらの視線に気がつき、サイファ様が軽く会釈なさる。あの方も相当に気苦労が多そうだ。

 試験場に入ろうとする殿下をサイファ様とマークが必死でとめようとしている。殿下もご存知のはずだが、試験場では何が起きるか解らないため、実験中は部外者の立ち入りを絶対に禁止しているのだ。

 それは、王族であっても違いはなく、むしろ王族であるからこそもしもの事態があってはならないため、実験中の入場はお断りさせて頂いている。


「みんなー、一旦中止で!ヴァインちょっとお願い」

「了解。よーしオドの供給を止めろ。トミーは32番の魔導板の状態を確認してくれ。オドの流れに微妙なノイズを感じた。レビンは17番を頼む。他は休憩に入ってくれ」

「「はーい!」」


 全員がヴァインの指示に従い動き出す。その光景を横目に私は、試験場で必死でワンマン上司を引き止めている哀れな文官長補佐と副衛士長の元へと急いだ。


「で、本日は何の御用でしょうか。フォルカス殿下」

「ああヴァージニア。俺がお前に会うのに理由なんて必要かい?」


 私の言葉に、殿下は胡散臭い笑顔で答える。全くこの方はいつもこれだ。


「サイファ文官長補佐殿にマーク副衛士長殿。お疲れ様です。いつもご足労をおかけしています」

「いえいえ、これが仕事ッスから。それよりも実験を止めてしまってすいません」

「ほんと、困った上司ですいません、ヴァージニアさん」


 サイファ様とマークはそういい頭を下げる。彼らが頭を下げる必要なんてない全くないのだが……。

 諸悪の根源である殿下といえば、そんな二人には気にも留めず、彼の視線は試験場で魔導板の調整を進めるトミー達に向いていた。


「ところでヴァージニア。一体何の実験を行っているんだ?」

「あぁ、ヴァイス様からお聞きになっておりませんか?以前、殿下にもお話した魔術による天候操作の実験ですよ」


 現在、戦技課で行っている案件は魔導具による広域魔術の発動だ。広域魔術はその特質上、稀代の魔導の天才か幾人もの優秀な魔術師の手で執り行われるものである。

 魔術師の数に優れるギヴェン王国であっても、実際に用いられる広域魔術の数はそう多くはない。


(その広域魔術をたった一人で使える人間がこの国には2人もいるけどね)


 先日の【ギヴェン地下迷宮】の一件が思い出される。どこか幼ささえ残す可憐な少女が、たったの一撃で空中回廊を破壊し崩落させたのだ。

 同じ魔術をこの国の第二王子であるアイン=ファーランド殿下はわずか5歳の頃、暴走という形ではあるが発動させかけている。

 それを考えればギヴェン王国がいかに軍事力に優れた国であるかが理解出来るだろう。ゆえに他国からは危険視されており、ゲーム【ピュラブレア】の後半が戦争パートとなるのもその為といえるのだが……。


「天候操作……だと?」

「はい。とはいえ単純なものです。殿下は雲がどうやって出来るのか、ご存知ですか?」

「あぁ、確か土にしみ込んだ水が太陽に温められ、それが天に昇り雲を作るんだよな?」


 殿下のおっしゃられる事は正しい。正確には上空の水蒸気が低下した気圧のせいで膨張し急激に温度が低下し、水や氷になることで雲が形成される。


「ええ、そのとおりです。そして戦技課が行っているのはその一連の流れを、魔導具を用いて促進させる実験となります」


 今回の降雨実験には3つの魔導具が用いられている。

 1つは大気中の水の魔素を集めて水のオドに転換、水蒸気として現出させ上空へと誘導するもの。

 次に風の魔素を集めて風のオドに転換、大気に流れを与えを気圧を調整するもの。

 最後に、火の魔素を集めて熱のオドに転換、温度をコントロールし雨粒の(シ-ド)を形成するもの。


 この3つの魔導具により、人工的に雨雲を作り出そうと考えていた。


「1つ目と2つ目の魔導具はわかるが、3つ目は必要なのか?」

「ええ、大気中の水を集める事で雲を作れたとしても、それを雨にするには、何らかのきっかけが必要になります。(シ-ド)は雲に含まれる水や氷の粒が、大きく成長して雨になるための依代になるんですよ」


 実際にあちらの世界ではシーディング材としてはドライアイスやヨウ化銀が用いられていた。ドライアイスはそれ自体が低温で表面に付着した水蒸気を氷にする事で、ヨウ化銀はその分子構造が氷の結晶に似ており、周りに氷の結晶を成長させやすい事からシーディング材として用いられていたはずだ。

 今回はその代わりとして第三の魔導具を用いている。


 この魔道具で作り出される氷の粒は、魔導具の力により継続的に冷却されるため、表面に付着する水蒸気もまた氷となって結晶を成長させていく。本来はドライアイスのような超低温のシーディング材を上空に散布できればいいのだが、そこまでの魔術回路を作成は現段階では困難だった。

 そして魔導具による上空水蒸気の氷点下への冷却もまた、対象数と距離の点で魔導具が行える限界を超えてしまっていた。そこで対象をごく小さな点に限定する事で、対象数と距離という負荷の軽減を行い、第三の魔導具としてシーディング魔導具の開発を行ったのだった。


「ほう」

「これが上手くいけば、次は人工雷雨の実験と雷の誘導実験を行う予定です」

「……そうか」


 私の説明が下手なせいか、殿下は黙り込むと作業を続ける課員の姿をじっと見つめていた。

 ふと試験場に設置されたテントを見ると、アンナがこちらに手を振り合図を送っている。合図の内容から、上空の空気の流れが変わりつつある事を伝えてくれているようだ。

 事前にアンナには、大気中の魔素の流れが大きく変わった場合、私は連絡するように言ってあった。今はまだ3つの魔導具すべてが試験段階である為、極度の大気の流れの変化がある場合は実験を避けようと考えていた。

 そのため降雨実験を行うならば、急いだほうがいいだろう。


「殿下、今実験を進めなければ機を逃す可能性があります。しばらくこちらを離れる事をお許し下さい」

「あぁ、すまないヴァージニア。引き止めたようだな。うむ、俺達はここで見ているから進めてくれ」

「……わかりました。サイファ文官長補佐殿、マーク副衛士長殿。殿下をお願いしますね」

「はい、かしこまりました」

「ええ、いってらっしゃい。ヴァージニアさん」


 3人に頭を下げ、私は未だ手を振るアンナの元へと急ぐ。私の姿を見つけたヴァインが、再度全員に指示を出し始めた。何も言わずに意図を理解してくれる彼の存在は、戦技課での活動においても非常に私の助けになっている。


「みんなー!殿下達に良いとこ見せるチャンスよ。戦技課(私達)の実力を示しましょう!」

「「「おー!」」」


 王立学院戦技課実践演習場に戦技課員全員が声を響き渡った。



 ■■■

 フォルカス=ファーランド視点

 ■■■


「サイファ、マーク。聞いたか」

「ええ。人工的に雨を降らせる魔術だけでも眉唾ですが、その上で雷を降らせる魔術ですか」

「よくわからないっスけど、とんでも無い事だけはわかります」


 戦技課の課員達がやろうとしている内容にサイファとマークの2人は驚きを隠せずにいた。 

 そして2人の答えを聞くフォルカスもまた、彼らと同様の思いであった。 


 王国には王国魔術師団長ヴァイス=オルストイを筆頭に幾人もの魔術師が存在するが、神の領域である天候を操作し、あまつさえ神の怒りとまで言われている雷を魔術で操作するという発想に、フォルカスは驚嘆を通り越し、畏怖さえ感じ初めていた。


「以前、父上から直接に言われた事がある。学院の戦技の情報は絶対に他国に漏らすな、そしてそこに関わる人間はいかなる事があっても国の管理の下に置けと」

「国王陛下からですか……」

「ああ。当時は父上がそれ程までにおっしゃる意味が理解出来なかった。まぁ、あのヴァージニアがいる場所だからな。そのせいだとばかり思っていた」


 ヴァージニア=マリノの存在は、フォルカスにとって知れば知るほどに、王国の常識を覆す脅威に感じられていた。


 魔導術の極意である転換魔術の使用

 2属性の魔術融合

 他者との合体魔術

 攻撃魔術の移動術への転用

 防衛魔術を用いた魔導具の開発

 医療魔術の開発

 魔導具を複数人で用い行う結界術


 それぞれの功績は単独であっても、国から数年は暮らせる程の褒章金が与えられる素晴らしいものと言えるだろう。

 だが、その全てが一人の人間の手で行われているとすればどうだろう。

 それが年端も行かぬ少女がというなら尚更だ。魔物か悪魔が化けていると言われてもおかしくないだろう。もちろん、その功績は彼女一人の力ではないかもしれない。

 だが、少なくとも彼女の存在がなければ、技術の発展はなかったのではないだろうか。


 その考えに至った時、フォルカスは自らの父ギヴェン国王ボイルが、まだ10才になったばかりの少女を執着する理由を理解した。また同時に自分の婚約者として彼女を抜擢したボイルの思惑に、フォルカスは閉口せざるを得なかった。


(父上はヴァージニアを王家に縛ることで、彼女の持つ知識と技術力を独占しようとしている)


 一国の王としてヴァージニア=マリノに対する扱いは当然のものと言えよう。寧ろ甘いとさえ言える。本来なら彼女を鎖につないででも、国という檻に縛りつけなければならない。もしそれが出来ないのであれば殺す事もやむを得ない。ヴァージニア=マリノはそれ程の人物なのだ。

 だが、フォルカスにとっては彼女は大切な事を自分に伝え、そして友を守ってくれた存在。


『君が学院を卒業するまで、自由でいてもらいたい』


 自分に気を使う理由を尋ねてきた彼女に、フォルカスがそう答えたのは、父ボイルが彼女にした仕打ちに対する懺悔の気持ちがあったからかもしれない。


 だが、自分の言葉に驚き、そして微笑む彼女の姿を見た時、フォルカスはすでに自分が彼女に魅せらている事を気づき始めていた。

 自分の弟が未だ彼女に懸想している事も知ってはいたが、フォルカス自身、手に入れた薔薇を手放す気にはならなかった。


(ヴァージニアの知識と技術力は驚くべきものだ。だがそれ以上に彼女が脅威なのは――)


 フォルカスの視線は、彼の婚約者から周りの戦技課の課員達へと移っていく。


(――彼女の脅威は、周りへの影響力)


 ヴァージニアとともに、実験にあたる課員達は今では全員がギヴェン王国にとって重要な技術者と言える。

 彼らは4年より前、戦技課に配属される以前はそれぞれがそこまで重要視される人物ではなかったはずだ。だが、戦技課でヴァージニアと出会い、そして互いにその技術を磨きあう事で大人顔負けの能力を手に入れている。


 魔術師団長ヴァイス=オルストイと王国騎士団長アゼル=オーガストが、互いの管轄の学課にヴァージニアを引き入れたい一身で無理やり作った学課だった戦技課は、今では王国にとって必要不可欠な技術の発祥の地となっていた。

 これは大げさな話ではなく、実際に戦技課で開発された技術のいくつかは、すでに王国の他の部署で実用化されつつある。


(彼らにはもう、まともな生活を送る事は出来ないだろう)


 彼らの生活は王国が全て監視している。もし万が一、彼らのうちの誰かが王国から逃げ出しでもしようものなら、王国は問答無用でその者の命を奪うだろう。


(もしくは、よくて隷属呪で縛るか)


 キマイラ研究所で開発された魔獣の魂魄に影響する呪術。それを人に用いる研究が秘密裏になされているという情報はフォルカスも知っていた。実際にそんな呪術が存在するかどうかは不明だが、火の無いところに煙は立たないだろう。


(俺に彼らを守れるだろうか)


 自らの婚約者が愛する戦技課の課員達を、いつしかフォルカス自身も守ってやりたいと考えるようになっていた。


「フォル、雨が……!」


 サイファの声に、空を見上げる。気づいていなかったが空にはすでに暗雲が立ち込めており、ぽつぽつと雨が降り出していた。


「すげぇ……」

「ええ。まさか、本当に雨を降らせられるなんて……」


 マークとサイファが口から驚きの声が漏れ出す。

 試験場を見ると、そこには実験の結果に飛び跳ねて喜ぶ課員達と、空に両手を広げくるくると回る婚約者の姿があった。


「フォルカス殿下ぁ!」


 ヴァージニアはフォルカスの視線に気がつき、大きく手を振り答える。


「あはは。流石は俺の薔薇だ」


 振り出した雨に濡れながら、嬉しそうに微笑む彼女の姿を、フォルカスは胸が締め付けられる思いで見つめ続ける。

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