マーク=ボゼック&サイファ=ルーベント
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マーク=ボゼック
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フェルセン学園区南西に位置する広大な敷地。ギヴェン王国王立学院から徒歩15分程度移動した場所に設けられたその場所は、以前は王立魔術師団員達により広範囲殲滅魔術の研究に用いられていた場所である。
その場所の周りには、幾人もの衛士達が周囲の警戒に当たっていた。
王立学院戦技課実践演習場。そう書かれた立て看板の向こうで、幾人かの衛士達が忙しく作業に取り組む姿が見られる。
「フォルカス殿下!」
一人の年若い衛士が、フォルカス=ファーランドの姿を認め、演習場の入り口まで急ぎやってくる。
「やぁマーク、今日も仕事ご苦労」
「は、もったいなきお言葉、感謝いたします!ところで、本日はどういったご用件で?」
「うん、ちょっとね・・・・・・」
そう濁し、敷地に足を踏み入れようとするフォルカスを、マークはどうすべきか判断に迷っていた。
だが、すぐにフォルカスと共にこちらに訪れていた同行者から事情の説明がなされる。
「マーク衛士副長、殿下は別件でこの近くにいらっしゃられたついでに、婚約者のヴァージニア=マリノ嬢に挨拶なさる為、お見えになられたのだ。悪いが案内してもらえるかな」
「は、了解しました、サイファ文官長補佐殿!少しこちらでお待ちください」
サイファの言葉にマークは従い、仲間の衛士に事情を話しに行く。
「お待たせ致しました。殿下の婚約者殿は現在、第二試験場にて魔導機の試験中との事ですので、そちらにご案内いたします」
そういうとマークは、フォルカス達を先導し敷地内を案内する。
しばらく進んだ後、サイファはマークの肩を軽く叩く。
「先日はお疲れ様。疲れとか残っていないみたいで安心しましたよ」
「正直、先日みたいなのは勘弁ッスよ。殿下やサイファ君と違って、自分は凡人なんスよ。いきなり、双頭魔犬に突っ込めって言われた日には、あぁ俺はここで無茶言われて死ぬのかって半ば諦めてたッスよ」
「ほんとだよね。フォルは僕らに無茶を強いすぎだよ」
「おぃおぃ、全部俺のせいかよ!」
先程とはうって変わり、3人の間には弛緩した空気が流れる。
もともと、平民の出であるサイファ=ルーベントとマーク=ボゼットは幼少時から見知った仲であり、互いに王国に仕える人間として互いの悩みを相談する仲であった。マークが衛士として働く傍ら冒険者ギルドに登録し、休日は【ギヴェン地下迷宮】で小銭を稼いでいるという情報も、マークと交友があったサイファからもたらされたものである。
『よし、そいつに会わせろ!』
フォルカスのその言葉で、マークの人生は大きく変化する事となる。
すでに当時から文官長補佐の任についていたサイファから「一度会って貰いたい人がいる」との頼みに、一衛士でしかないマークは断りきれるものではなかった。
まだ、マークとサイファが学院に通うより以前、兄のように慕ってくれたサイファが、自分に迷惑がかかるような相手を面会はさせないだろうと考え、マークはその申し出を受ける事にした。
『お前がマークか。間の抜けた顔をしているな!』
煌びやかな調度品が並ぶ、王城の一室。その奥で高級そうな椅子に踏ん反りかえって座る男は、マークを一目見るなりそう言い、彼を鼻で笑った。
『よし、早速だが地下迷宮についてお前の知っている事すべてを俺に教えろ!』
こうして、フォルカス=ファーランド率いるA級冒険者パーティ「ペイルライダー」は誕生する。
パーティーでの最初の探索の日。フォルカスにパーティーのメンバーを紹介されたマークは、これまで以上に驚く事となる。
『え、まさか…・・・マリノ家御令嬢様ですか?!』
『あら、どこかでお会いしましたっけ。その特徴的な寝ぼけ顔。なんだか見覚えが・・・・・・』
5年以上も前、自分達の命を白の暴走から身を挺し守ってくれた奇跡の薔薇。
彼女のように誰かを守れる存在になりたい。
その思いを頼りに、ただの一兵士にすぎなかったマークはその日から必死に修練に励み、ついには王国衛士として認められるまでになっていた。
メンバーに対する驚きは、奇跡の薔薇ヴァージニア=マリノだけではすまなかった。
執政官フェルダー=クロイスの息子にして黄の封剣守護者ゼクス=クロイス。
王宮魔術師団長ヴァイス=オルストイの息子にして青の封剣守護者ヴァイン=オルストイ。
自分以外のそうそうたる面々に、場違いすぎではないのかとマークは天を仰いだ。
だが、マーク本人の思いとは裏腹に、他のメンバーにとって彼の存在は、ダンジョンの案内役だけにとどまる事は無かった。マークはその巧みな短槍さばきで敵の出鼻を幾度もくじき、巧妙な敵視誘導により、メンバー達に安定した攻撃の機会を与えるという、まさに上級冒険者としての実力をメンバー達に示す事となる。彼が奇跡の薔薇に魅せられ、ただひたすら愚鈍に励み続けた修練の日々は、決して彼を裏切る事は無かったのだ。
そうして冒険者ギルドへの登録からわずか2ヶ月。地下20層に到着した「ペイルライダー」は冒険者達の間で噂の種となる。ただしそのメンバー構成の都合、パーティーの詳細に関する情報はすべて極秘とされ、ギルド員達の間でも緘口令が敷かれる程であり、謎のA級冒険者パーティーとして、よりいっそう周りの関心を惹く事となった。
そんなある日、マークは衛士長に呼び出され、衛士副長へと任命される。それは、彼らが地下20層に到着したわずか3日後の事だった。
『これからも、お前にはフロントを任せるからな。こちらから都合を付けやすい立場のほうがいいだろう』
フォルカスに部屋に呼びつけられ、そう言い渡されたマークは自分の身に何が起きているのかを理解する事が出来なかった。ただ――
『これからもよろしくね、マーク。頼りにしてるわ』
微笑みながら自分に手を差し出す憧れの少女の手をとり、マークは守られるのではなく今度はこの少女を自分が守るのだと、気持ちをあらたにしていた。
A級パーティ「ベイルライダー」の短槍使いにして衛士副長マーク=ボゼック。
彼の存在は、奇しくも、姉と同様にマリノの者にとって重要な存在となっていた。
(あの日の彼女が、俺のすべてを変えてくれた)
マークはそう考えていた。
そしてそれは彼の友人であるサイファもまた、違った意味ではあるが同じ様に思っている事だった。
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サイファ=ルーベント
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あの日、サイファはフォルカスの相談に乗るため、王城を訪れていた。
当時のフォルカスは、彼の弟アイン=ファーランドとの事を悩んでおり、サイファはその相談に乗っていた
。
『俺にはお前がいる。だが、あいつには一体誰が傍にいるというのだろう』
うつむきそう呟く友の姿に、王としての慈悲の心が目覚めたような気がしてサイファは、胸が詰まる思いであった。市井の出である自分が、そんな彼の支えになっている事に誇りさえ感じていた。
(彼はきっと良い王になるだろう。自分はそんな彼の為の支えの一つになりたい)
友の弟を思う呟きが、サイファが文官への道を志ざすきっかけとなった。
だが、そんなサイファ達を悲劇が襲う。
『逃げろ!アイン殿下の暴走だ!下手をすればこのあたり一帯巻き込まれるぞ!』
慌てふためく大人達の姿に、サイファも必死になって逃げ出そうとした。
だが――
『貴族の方達の誘導が先だ!』
通路にあふれる貴族達の姿を目にし、ただの平民の自分は、彼ら貴族が脱出した後でなければ、この場から逃げ出す事さえままならぬという現実をサイファは知る事となる。
ガガガガガガ
『キャー!』
『嫌ぁー!』
『御母様ぁー!』
アイン殿下がいると思われるホールから、大きな地響きが聞こえ、その音に怯える貴族の少年少女達の泣き叫ぶ声が通路一杯に広がりわたる。
(ここで僕が死ねば、誰がフォルを支えられるだろう。神様どうかお願いします。僕はまだ彼を一人にするわけにはいかない!)
身動き一つ出来ない状態のサイファには、神に祈る事しか出来なかった。
だがそんな彼の願いは、神とは別の者によって叶えられる。
『貴族の方達は全員脱出を確認した。他の者の誘導に入れ!』
閉鎖がとかれ、給仕や王宮に仕える者達がゆっくりと城の外へと誘導される。
サイファが王城の外に出たとき、彼の姿を見つけ急ぎ駆けつける友人の姿を目の当たりにする。
『無事か、サイファ!』
『ええ殿下。無事です』
『だが、お前。泣いて・・・・・・』
サイファは自分が涙を流している事に驚く。心配そうな顔で自分を見つめる友の姿に緊張が一気に緩み、無意識に涙が零れ落ちていたのだ。
(ああ、この人を一人にしなくてすんだんだ)
もし、あの場で自分が死んでいれば、彼は弟のせいで大事な母親だけではなく友人まで失ったと永遠に思い続けていたかもしれない。
(本当によかった)
大事な友人を、怨恨の檻に閉じ込めるような事にならず、サイファは自分の願いを聞いてくれた存在に感謝をした。
だが、その存在がたった5歳の少女である事をサイファは後日、彼の友人から聞くことになる。
『……ヴァージニア=マリノ嬢ですか』
『あぁ、すごい子だ。それにこの俺に向かって、「お前は何も解ってない」って啖呵を切ったんだぞ』
『殿下にですか?!』
『あぁ。でも、その後に俺は彼女の奇跡を目の当たりにした。あの子は俺がずっと欲しかった言葉を聞かせてくれたんだ』
そう話すフォルカスの表情は、これまでサイファが見た中で最も慈愛に満ちたものだった。
『いつか、僕もお礼を言わなければいけまんせんね』
『お前がか?いや、そうだな。こうしてお前と話せているのもまた、彼女のお陰なのかもな』
サイファにとって、彼の友にこんな表情をさせる事は、彼の命を救ってくれた事以上に奇跡に思えてしかたがなかった。
(奇跡の薔薇・・・・・・か)
その数年後。奇跡の薔薇はサイファの前に姿を見せる事となる。
彼の友、フォルカス=ファーランドの婚約者として。
ジニーの行動は、彼女の知らないところで大きく影響していたというお話です。