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7-5 邂逅

 

「さて、皆さん。急ではありますが、本日よりこの中等部に転入する事となった女生徒を紹介します」


 ローラ=リーネスト先生がそう言うと、淡い薄紅色の髪の少女を教壇に立たせる。


「シトリー=フラウローズです。本日より学院で皆さんと一緒に学ばせていただきます!どうぞよろしくお願いします」

「フラウローズさんは、本来昨年より皆さんと一緒この学院中等部で学ぶ予定だったのですが、家の都合で今日までずれ込んでしまったそうです。中等部の途中からという事で、いろいろわからない事もあるでしょう。皆さん、フラウローズさんに協力してあげてください」


 ローラ先生の言葉に、生徒達は各々頷き了承する。中にはシトリーの見た目に嫉妬し、よく思っていない様子の女生徒の姿も見られるが、大体の生徒達は彼女の事を快く受け入れているように見える。


 特に男子生徒達に至っては、シトリーの可愛いらしさに興奮気味の者も少なくなく、現に私のすぐ後ろでも、よく知った生徒が先程から、いつもの数倍の勢いで騒ぎたてている。


「おぃ、すっげー可愛いよ、あの子!見ろよお前ら!」

「うるせーぞ、トミー。ったく、お前ちょっと前まで『剣術課のセレンディアさんが可愛いすぎて死ぬぅ』とか言ってなかったか?」

「そうだよ。それにさっきからローラ先生がすごい顔でこっちを睨んでるし……。あんまり煩くするのは……」


 興奮を隠し切れないトミーの姿にヴァインとレビンはうんざりした態度で応える。セレンディアさん熱の時以上の勢いで盛り上がるトミーに、二人は心底呆れ返っていた。


「レビンには可愛い幼馴染がいるからいいよな。この裏切り者め!」

「エ、エレナはそんなんじゃないよ!」


 エレナというのは城下町の宿屋の娘さんの名前で、レビンとは10歳より以前からの付き合いらいし。エレナの店は戦技課のメンバーにとって馴染みの店であり、私達だけではなく、ナータやリズも共に何度か訪れている。

 ただの宿屋であるはずが、侯爵令嬢や伯爵令嬢が足繁く通う店ということで、以前よりも客足はずっと増えているらしい。


「そう嘆くなってトミー。もてない男の僻みは惨めだぜ?」

「おま、そういうヴァインだってずっと彼女なしじゃないか!俺の事言えるのかよ!」

「ぐっ……それは、そうだが……」


 トミーの言葉にヴァインは徐々に尻すぼみになっていく。

 

 うん、まぁトミーには残念な話なのだが、こう見えてヴァインは結構もてている。

 王宮魔術師団長ヴァイス=オルストイの息子で、さらにこの年で【血呪(ブラッドスペル)】の二つ名まで持っているのだ。もてないほうがおかしい。

 それに、一見粗野に見えるヴァインだが、その実、女性に対しては意外な事に紳士的であったりする。

 そのせいか、彼のファンらしき女性徒が複数人存在するぐらいである。

 一度、ファンらしき子に『ヴァインさんとマリノ様はお付き合いされているのですか?』と泣き出しそうな表情で尋ねられた時は、あまりの事に言葉を失ってしまった。

 もちろん、彼とは今でも親友ではあるが、そういった関係にはないと丁寧に説明させてはもらったが……。


「フィーアはどうだよ。可愛いよな、あの子」

「ええ、そうですね。すごく魅力的な方だとは思いますが」

「あら、兄様。それは私よりもあのシトリーさんって方のほうが、兄様としては好感が持てるって意味でしょうか?」


 トミーの意見に賛同しそうになったフィーアの手を、アンナが微笑みながら握りしめる。


「ア、アンナ、ちょっと痛っ……」

「どうなんですか、兄様?」


 先ほど以上に強く迫るアンナにフィーアの顔はどんどん蒼白になっていく。


「うぉ、おっかねぇ……」

「トミーさん、あんまり変な事を兄様に吹き込まないでいただけますか?」

「は、はい!」


 あの遺跡の件以来、アンナは彼女の兄フィーアに対して、良い意味でも悪い意味でも非常に積極的になるようになった。

 それまで彼女の気持ちを知った上で、知らない振りを続けてきていたフィーアに対し、自業自得だと思わない事はないが、それでも時々、彼女の兄に対する愛情の重さに、なんともいえない悪寒を感じる事はある。


「くっそぉ、女がいないのって、結局俺とヴァインだけかよ」

「おぃ、一緒にするな!」

「よし、ヴァイン、あとでシトリーちゃんに声かけにいこうぜ」

「聞けよ!」


 全く、トミーはいつまでたっても子供っぽさが抜けなくて困る。先ほどから苦笑いを浮かべているデイジーや、虫でも見るかのように、冷たい目でトミーを見ているナータもきっと、私と同じ気持ちなのだろう。


 ふと、前を見るとシトリーがこちらをじっと見ている。やはり、後ろの席のトミーが煩すぎたのかと眉をしかめるが、どうもそうではなさそうだ。


 すると突然、シトリーは教壇から飛び降り、ニコニコしながらこちらにやってくる。

 周りの生徒達もみな、彼女の突然の行動にざわめき始める。


「フロストさん!フロストさんですよね!私です、シトリーです!」

「えっと、その……」

「フロストぉ?」


 トミーが訝しそうな顔で、私をじっとにらみつけている。

 ふと横を見ると、ヴァインはうつむき、必死に自分の顔を隠していた。


(こ、この裏切り者!)


「え、フロストさんですよね。どうして黙ってるんですか。シトリーです!ほら、先日助けてもらった!」

「はぁ、先日ってジニー。また、何かしでかしたの?」


 トミーだけではなく、ナータまで私がまた何かしたかのような、冷ややかな目で見つめてくる。


「ジニーなら平常運転」


(うん、それってフォローじゃないよね、リズ)


 知り合いだけではなく、他の生徒達まで私を変な目で見つめてくる。

 教壇に取り残された状態のローラ先生も、なにやら言いたげな表情でこちらを睨みつけていた。


「シ、シトリーさん。先日ぶりです。その……今は授業中なので……」

「あ、そうですね!私ったらうっかりしていて。ごめんなさい!」


 そういいながら、シトリーは私に頭を下げる。


(お願い、やめてぇぇえええ)


 今日、来たばかりの転入生に、いきなり頭を下げさせるマリノ家令嬢の姿に、まわりの生徒達がどん引きしているのが手に取るように分かる。


「では、またあとで、フロストさん!」

「え、ええ。また」


 ニコニコと手をふるシトリーに私は声を震わせそれだけ言うのが精一杯だった。

 そうして私は、ローラ先生の講義の間中、ずっといたたまれない空気にさいなまれ続ける事となった。


 ■■■


「つまり、ジニーはシトリーちゃんに自分の徒名を名前と偽って教えてたって事か」

「徒名っていうな、徒名って!」


 ローラ先生の講義を終え、私達は昼食をとる為に食堂に行く事にした。

 何より講義が終わったとたん、周りの生徒に囲まれるシトリーが、食堂に移動しようつする私達を見つけ、「フロストさん!」と大声で私を呼び止めた為、学内の案内もかね、一緒に食堂に行く事にしたのだった。


(まぁ、おかげでシトリー見たさに、この込み具合なんだけど)


 何時も以上に賑わう食堂に、給仕の人達は慌しく業務に当たっていた。


「え、じゃぁフロストさんって、マリノ侯爵令嬢様なんですか!そうとは知らず、私、無作法な態度をとってしまって、本当にすいません!」

「大丈夫だって。ジニーは一見、目つきが悪くておっかない奴だけど、俺みたいな一般人にも普通に接してくれる懐のでかいやつだから」

「目つきが悪くておっかなくてすいませんでしたね!ちょっと、トミー。後でじっくり話し合いましょうか?」

「ひぃい!」

「あはは」


 私とトミーの姿に、シトリーは声を上げて笑いだす。まぁ、下手に緊張されるより、こうして普通に接してもらえるほうが、ずいぶんと気が楽でいい。

 貴族らしくないと、御父様や御母様には叱られるかもしれないが、戦技課の人達に対しては貴族令嬢である以前に、仲間でありたいとずっと思っている。


「皆さん、すごく仲がいいんですね」

「まぁ、他に比べると、戦技課って身分による分け隔てとかないよな」


 シトリーの問いに、ヴァインが答える。

 魔術課や剣術課では実力や才能による差が、風儀課や執務課では家による差が、生徒達にとっての格差になっており、同学年であっても対等といえる関係は、希少なものである。

 にもかかわらず、戦技課は貴族も庶民も、魔術や剣が使える者も、使えない者も互いが対等に付き合い、手を取り合って開発を進めている。


 そう考えると、戦技課という存在は、これまでのゲーム【ピュラブレア】の流れからは一脱した学課といえるだろう。


「戦技課……ですか。それって、どんな学課なんですか?」


 戦技課の存在にシトリーは興味示したようだ。確かに、募集要項などには見当たらない学課であるし、だいたいが学院意外の思惑がふんだんに取り入れられたような気がする奇妙な学課である。

 シトリーが興味を示しても可笑しく無いだろう。


「戦技課ってのは――」

「少しいいだろうか」


 ヴァインがシトリーに戦技課について説明しようとした矢先、突然、ある声がそれをさえぎる。

 振り向くとそこに、輝く金の髪を持つ美少年が、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけていた。


「……アイン殿下」


 ギヴェン王国、第二王子にして光の封剣守護者アイン=ファーランド


 それは、ゲーム【ピュラブレア】における最人気攻略対象キャラとゲーム主人公との初めての邂逅だった。

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