7-4 お礼
「シトリー様!よくご無事で……」
「マルサス!サロス、二人とも無事でよかった!」
「心配しましたよ、お嬢。まぁ、お嬢に限ってもしもなんてのは無いと思ってましたがね」
冒険者ギルドに到着した私たちをシトリーの同行者と思われる男女が出迎える。
「シトリー様、こちらの方達は……」
「あ、この方達は、私を助けてくれたフォルさん達。フォルさん、こっちの二人は私の家に仕えるマルサスとサロスです」
シトリーはフォルカス殿下に、自らの同行者2名を紹介する。
「マルサスと申します。この度はお嬢様を助けて下さり誠に感謝いたします」
「サロスです。いや、うちのお嬢が面倒をおかけしたみたいで、本当に申し訳ねぇ」
濃藍色の髪の女性は礼儀正しくこちらに一礼する、その姿に慌てながらサロスと呼ばれた男も同じように頭を下げる。
「いえいえ、同じ冒険者同士、困っていれば助け合うのが道理というもの。今回はお互い運がよかったんですよ。さぁ、頭を上げてください」
フォルカス殿下の言葉に、二人はどうすべきか迷いながらも、ゆっくり頭を上げる。
「ふふ、いい人達でしょ。私が危ないところを、そっちのフロストさんなんて、身を挺してまで私の事を救ってくれたんだよ」
「い、いえ。そんなに大した事は全然……」
流石にそう面と向かって褒められると、照れてしまい顔が熱くなる。
「まぁ実際、褒められた事じゃぁないしな」
そんな私に、にやにや顔をしながらヴァインが横槍を入れる。
「う、うるさいなぁ。もう、あんな事は多分、きっと……あんまり……しないと思うし」
「フォルさん、こいつぜんぜん懲りてませんよ!」
「ちょ、やめてよブラッド!違うんです、嘘じゃないんです!」
「あはははは」
私はヴァインの口を手で覆い、必死に彼の言葉を取り消そうとする。そんな様子に周りの人達から笑いが漏れ出す。
まぁ、ヴァインなりに場の雰囲気を緩めようとしたのだろうが、その出汁にいつも私を使うのはいかがなものだろうか。一度じっくり話し合う必要があるかもしれない。
「まぁ、シトリーさんも本日はお疲れでしょう。どうぞ今日は帰ってゆっくりなさってください。もし、何かあるようでしたら冒険者ギルド長に言っていただければこちらに伝わります。それでいいよね、フォル」
私が、今後のヴァインとの付き合い方に関して真剣に思い悩んでいるうちに、サイファ様が解散を促す。
「そうだな、そろそろいい時間だ、このあたりで解散するとしようか。では、シトリーさんこれで俺達は失礼させてもらっていいかな?」
「あ、はい。本当にどうもありがとうございました!」
「シトリー様をお救い下さったお礼は、後日ギルドのほうにお届けさせていただきます。それでどうか御了承下さいませ」
「そんなに、気を使ってもらわなくてもかまわないんだがな。まぁ、了解した。後日ギルドで受け取ろう。では、失礼させてもらう」
フォルカス殿下はそう言い、冒険者ギルドを後にする。
私達も、殿下の後を追う形で、冒険者ギルドの外へと向かう。
外に出る直前、後ろを振り返るとシトリーとちょうど目が合った。
そういえば、彼女はあの空中回廊で、私と目が合った時、何かを口にしていなかっただろか?
「さよなら、フロストさん」
シトリーがそういいながら私に手を振っている。それに応えるように私は手を軽くふり返す。
(別段気にする事でもないか)
「フロスト。何してんだ」
「ううん、別に。行きましょ」
ヴァインに急かされ、私は冒険者ギルドの外に歩き出す。
どうせ彼女とはしばらくすれば学院で会うことになるのだ。気になるなら、その時でも彼女に直接聞けばいい。
思い直し、私はヴァインと共に、先に出た殿下達の後を追い始める。
そして、殿下達に追いついた頃には、頭に浮かんだ疑問はすっかりと消えうせていた。
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「しかし、いくらなんでも殿下のそっくりさんって嘘はどうなんだよ?」
「まったくです。だから、あれほどちゃんと変装しろって言ったんですよ」
王城の一室。
フォルカス殿下の執務室とされたその部屋で、私達は集まり『本日の反省会』を執り行っていた。
議題は「ちゃんとした偽名と変装もせず、皇太子が危険なダンジョンに行く事に関する事前準備不足と、意識の低さに関して」である。
つまるところ、フォルカス殿下の適当な偽名のつけ方と、他者と遭遇する可能性が高いダンジョンに一切変装らしい変装もせずに潜入した事に関して、王族としての意識が低すぎるだろうと事らしい。
「大体、ゼクにサイって、名前を短くしただけじゃねーか。そこはもっと頭をひねって答えるべきだろ」
「そうですよ。だいたい、フォルはこういうところは昔っからいつも適当で。って聞いてますか、フォル」
「……あ、あぁ、聞いてるから」
ここぞとばかり、攻めたてるゼクス様とサイファ様の二人の姿と、二人の勢いに押されっぱなしのフォルカス殿下の姿がなんとも滑稽で、私は思わず噴出しそうになっていた。
「シトリーさんが、『フォルさんってフォルカス殿下ですか?』って言った時には、そりゃばれるだろ!って思いましたよ。フォルの格好、そのままですもの」
「しかも、『俺はフォル』って名前までばればれだし。その上『あぁ、よくフォルカス殿下に似てるって言われます』じゃねぇよ!まんまだよ。」
「め、面目ない……」
殿下のその台詞には、私もさすがにそれはないだろっと心の中で突っ込みを入れていた。
たぶん、シトリーもフォルカス殿下本人ではないかと気づいていながら、気づかないふりをしてくれていたのだろう。
「俺とジニーの事は、分かってなかったみたいだよな」
「そうね」
ヴァインの言葉にうなずき答える。
ギヴェン王国において15歳未満の女性が、公の場に姿を見せる事はあまり多くはない。
5歳の頃に招待されたアイン殿下の誕生パーティーのように、王家主催のパーティに客として招かれたケースは特殊な例といえる。
そして、男爵のように金銭面に余裕が少ない家の場合、娘のデビュタントは15歳の頃に学院で執り行われる舞踏会をその変わりとするの事が通例となっていた。
シトリーもまた、過去に貴族主催のパーティなどに顔を出しておらず、それゆえ私やヴァインの顔を知らなかった可能性が考えられる。
(まぁ、私も御母様やマーサ先生に捕まってどうしようもない時ぐらいしか参加しなかったけど)
それでもドレスを無理やり着させられ、二人に連行された事が幾度かはあった。
その度、シトリーの姿を探してはいたが、一度も見つける事が出来ずにいた。
あの場で彼女と出会った事が、よかった事かどうかは分からない。
だが、最初から敵意むき出しに相対される事は無さそうな事に、その時の私は少しだけ安堵をしていた。
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???視点
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「でさ、可笑しかったのは、あの人が『よく似てるって言われます』とか言い出した事。まんまじゃん!って突っ込みそうになったよ」
月一つ出ていない、人気の無い暗い夜道。
少女の軽やかな声だけがあたりに木霊していた。
少女は、真っ暗なその道を、まるで日の下にいるかのように軽やかな足取りで進んでいく。
「……今回は独断専行が過ぎるのではありませんか?」
「あはは、ごめんごめん。流石に僕も今回は無茶をしたかなって思ってる」
少女は振り返り、同行する女に軽く頭を下げる。
「まさか、あそこで彼女に出会うなんて思いもしなくてさ。驚いてつい力を使いすぎちゃった」
「あまり派手になさいますと……」
「分かってるって。でも、本当に驚いたのはその後。まさか、彼女が僕を助けようと身を投げ出すなんて思いもしなかった」
その光景を思い出し少女はより楽しげに話し出す。
「しかも、何をしたと思う?【纏縛】だよ【纏縛】。自分に掛けて、それで壁に吹き飛ぶってさ!ほんと常識はずれすぎて、気絶してるはずなのに噴出しそうになっちゃった」
「それはまた……なんとも」
「その上、途中でオド切れで彼女のほうが気絶しちゃうしさ。僕が手を出さなければどうなっていたか……」
そう憤慨した風を装う少女の姿に、女は苦笑いを浮かべる。
こうはいいながらも、目の前の少女が、その無意味な救助行動を少なからず好意的に受け取っているだろう事を女は察していた。
「まぁ、予想外の展開ではあったけど、これでずっと近づきやすくなったし、結果良しだよね」
女に少女の思惑を知る術はない。
たが、少なくとも少女が自分と交わした約束を違えるような真似はすまいと考えていた。
その点においてのみ、女は彼女の主人である目の前のあどけない少女の事を信じている。
「さて、準備をしなくちゃ。これからが楽しみだ」
月明かり一つない、真っ暗な夜の街
少女と同行の女は、吸い込まれるように闇へとその姿を消していった。




