2-5 得意属性を調べてみようと思います
出会いは最低だったが、師匠は意外にも魔導学をちゃんと教えてくれた。
「どうして魔法学じゃなくて魔導学なんですか? オルストイ先生」
「あぁ?」
「……師匠」
なぜ師匠呼びに拘るかはわからなかったが、あれ以来、私に細かな詮索をしてくる事は無かった。
「そうだな、実際に一度見せるか」
そう言うと師匠は人差し指を上に向ける。
次の瞬間、ぼぅっという音と共に師匠の指先に小さな炎が揺らめいた。
始めて見る魔法、私は興奮した。まるでトリックだが種も仕掛けも見当たらない。
正真正銘の魔法だ。
「師匠、すごいです。本当に魔法が使えるんですね!」
「何を言ってるんだ……お前。まぁいい、今のが魔導によるオドの変質化だ」
「魔導?」
「魔導ってのは簡単に言うと魔素を導き体内でオドに転換、方向性を示して変質化し事象に干渉させる事だ」
「え?」
簡単ってどういう意味だっけ。
「あーっとつまりだ……」
師匠の説明はこうだ。
大気中には魔法の源となる魔素という物質が漂っている。
普通の人も無意識のうちに大気中の魔素を体内に取り込み、自分の体の中でオドというエネルギーに転換している。
オドは体の隅々に行き渡り、肉体を健全な状態に維持するため用いられる。
これを【魔素のオドへの転換】あるいは単純に【オド転換】と呼ぶ。
魔導はオド転換を意思を持って行うところから始まる。
通常のオド転換では、身体の回りに存在する魔素を無作為に取り込みオドに転換する。
たがこの時、特定のベクトルを有する魔素だけを取り込むと、転換されるオドに固有の特性が生まれる。
その固有の特性を持つオドに命令を与える事で、オドは特性に準拠したエネルギーとして発現する。
さっき師匠が使った【点火】は、炎という特質に偏った魔素だけを体内に取り込み、炎特性を有するオドに転換、指先から炎の形状に変質せよと指令を出し、オドを炎という形で発現させた事になる。
「魔導学は、いかに効率良く魔素を導けるかという事を突き詰めた学問であり、そして同時に魔術の根源を意味する。魔導の理解は即ち魔術の理解と同義と思っていい」
「なるほど」
「まぁ、最初はオド転換を意識して行うとこから始めるか。お前の周りに魔素を集めるから、魔素の流れを感じて見ろ」
俺の両肩に手を置くと、師匠は目を瞑り意識を集中した。
しばらくするうちに、触れられた肩に熱を感じた。
「師匠、肩が熱い気がします」
「ほぅ、感応は高いか。思ったより資質はありそうだな」
師匠はにやりと笑うと、ローブのポケットから直径1cm程のガラス玉を7つ取り出した。
「これには同じ特性に偏りを持つ魔素をガラスの中に閉じ込めてある」
「魔素を集めて閉じ込めたりできるんですか?」
「あぁ、魔素は同じ魔素と惹かれ合う。だから集めることは簡単だ。ある程度集めれば勝手に惹かれて来るからな。それを閉じ込めるとこうなる。さてジニー、机の上に手を置いてみろ」
「……こうですか?」
「あぁ、そうだそれでいい」
すると、師匠はガラスの玉を私の手の周りに置きだした。
しばらくすると、ガラス玉のうち2つがゆっくりと私の手に向かって転がってくる。
「ほう2属性か珍しい。これも融合の影響か、面白いな」
「珍しいんですか?」
「あぁ普通、得意属性ってものはその性質上、1属性に限定される。俺の場合は炎だな。まぁこれは炎の魔素が使い易いってだけで、俺ぐらいの天才だと他の属性の魔素も問題無く使う事が出来る」
そう言うと師匠は指先に白い光を灯らせた。
「光特性を持つオドを変質させたのですか?」
「正解だ。これは【小灯】、光を灯す魔術だ」
「なるほど」
「簡単な魔術だから、オド転換が出来ればお前でも使えるかもな」
自分も魔法が使えるようになるかもしれない!
私は久しぶりに気分が高揚するのを感じた。
(あぁ霧守! これこそがファンタジーじゃないか!)
脳裏でくるくると踊り狂う姉の姿が思い浮かぶ。
だが運命とは残酷なもの、姉は魔術の徒にはなれないのだ!
なれるのは選ばれた人間だけ……
そう、この私だ。
「おい、涎垂れてんぞ? お前さぁ、仮りにも侯爵令嬢なら、そんなみっともない顔を晒してんじゃねぇよ」
「!? よ、涎なんて、そんな顔しておりませんわ! と、とにかく私は2属性が使えるって考えたらいいんですか?」
危うくトリップするところだった。
醜態を隠すため、急いで話題を変える。
「あぁ、お前は俺と同じ炎と、あとは水だな。お前の得意属性はその2属性だ」
「炎と水……」
「ただ炎の引力が弱い。今いるお前の本質は水属性で炎は別か」
「どういうことですか?」
たぶん聞かなくてもいい事だろう。
しかし、自分の今後を考えれば、得られる情報は出来る限り手に入れておきたい。
師匠は言い渋りながらも答えてくれた。
「……得意属性にはその性質上、1つに限定されるって言ったよな。」
「ええ、先ほどお聞きしました」
「何故1つに限定されるか、それは1つの魄に対し通常は魂もまた1つしかないからだ」
「……」
「魄はざっくり言うと肉体の事だ。魂はその人間を人間足らしめる要素と言ったらいいか。まぁそういうもんだ。
で、得意属性はその当人の魂によって決定づけられる。魔素は同じ魔素と惹かれ合う性質を持つ。これもさっき言ったな?」
「ええ、お聞きしました」
「この性質は元となる精霊でも同じように起きる。同じ属性を持つもの同士なら魔素も精霊も惹かれ合う。そして、精霊になる前の姿である魂もこの性質に囚われる」
「魂が……精霊や魔素の元?」
「あぁ、死んだ人間の魂の成れの果て、それが魔素だ」
『魂は天に上って精霊になり世界に溶け込むんだ……。
でもそれで終わりじゃない。世界のエネルギーはいつでも一定だから。
いつかまた、廻って霧守はママに会えるかもしれない』
うだるように暑い夏の日
煙突から上っていく煙
泣き叫ぶ少年と、それを抱きしめる少女
「お、おいジニー大丈夫か?」
「……え?」
師匠は、私を見て慌てる。その理由はすぐにわかった。
(あぁ、私は泣いているのか)
「大丈夫です。ちょっと目にごみが入ってしまって」
「……そうか」
涙を手でぬぐい、にっこりと笑って見せる。
別に感傷的になる気は無かった。
ただ、この世界では人は死んでもまた、残された者の為に何かが出来るのだと知り、少しだけ救われた気がしただけだった。
「まぁ、話を戻そう。ジニー、お前の得意属性は炎と水の2つ。そのうち炎の属性は引力が弱い」
「はい、そうお聞きしました」
「つまるところ、お前には魂、お前をお前足らしめる要素が2つ存在する」
「はい」
「さて、なぜ魂が2つ存在するかだが、有り体に言えば……」
「……」
「うんまぁ、大体……俺のせいだ」
その時、フィルツ=オルストイに殴りかからなかった自分の事を、ほんと誰か褒めてほしい。
震える拳を胸に抱き、私はそう思った。