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89/139

7-1 始まり。

 ■■■

 ????視点

 ■■■


 その場所は、遠い過去に見知った場所。

 赤い絨毯がしきつめられその部屋は暗く、一面に柔らかな椅子が並べられている。

 その椅子の数のわりに、そこにいるのはいつもたった一人の男性。

 彼は一人でだまって、目の前の大きなスクリーンに映し出される映像を眺め続けている。


「こんにちわ」


 私の声に気がついた男性は、困ったような顔で微笑む。


「やぁ、また来たのかい?」


 うなずく私に、彼は隣の席をあけてくれる。


 あぁ、これはいつもの夢だ。


 私はそこでこれが夢だと気がつく。

 忠誠の儀の後、しばしば見るようになった不思議な夢。

 別の世界では映画館と呼ばれていた場所。

 私はそこで男性と二人、椅子に座りスクリーンに映される映像をじっと眺め続ける。

 スクリーンの映像は、小さな男の子と女の子の物語だったり、家族楽しそうに笑いあう物語だったりまちまちだった。

 だが、どこか懐かしく、なんだか泣き出したくなるような、そんな物語なのだけは共通していた。

 こんなに懐かしく思うのは、それをどこかで見たことがあるのからかもしれない。


 スクリーンでは少年が必死になって走っている姿が映っていた。


「どうして、あの子はあんなにがんばれるんだろう」

「あの子はただ臆病なだけだよ。自分が見捨てたせいで、誰かが傷ついて、それを後悔するのが怖いだけなんだ」


 そう言う彼は、スクリーンの中の少年を懐かしげに目を細めて見つめていた。

 彼はいったいいつからこうしているのだろうか。

 少なくとも、私がこの夢を見るとき、彼はいつも隣でスクリーンを見つめている。

 彼にとってこの映像が一体何なのか、私には分からない。

 ただ、すごく大事なものなんだろうなということだけは、伝わってきていた。


「さぁ、そろそろ時間だ」

「もう、そんな時間ですか」


 夢の終わりはいつも決まっている。


 彼が終わりの時間を告げ、そして私は目を覚ます。

 目を覚ました時、スクリーンに映し出された映像も、そして一緒に見ていた彼がどんな顔だったかも思い出すことが出来なかった。


 ただ、すごく懐かしい人。

 それだけは、目覚めても覚えている。


「さよなら、ヴァージニア=マリノさん」

「さよなら、■■■■■■さん」


 そうして、私は目を覚ます。

 何の変哲もない、私の日常に戻るために。



 ■■■


「ジニー!!おぃ目を開けろ、ジニー!!」


 私を揺り起こす声に、重い瞼を開く。

 意識が覚醒するにしたがい、全身に鈍い痛みを感じる。


「う、そんなに揺すると痛い」

「わ、わりぃ! ざっと見たとこ折れた箇所とかなさそうだけど、酷く痛む所とかあるか?」


 目を開けるとそこには、心配そうな顔で見つめる黒髪の青年の姿があった。

 彼との出会いから9年たつが、これほどうろたえた彼の姿を見るのはすごく久方ぶりだ。


「ぷ、ははは」


 その姿のあまりの滑稽さに思わず噴出してしまう。


「あ、くそ。お前、無事なら無事だってちゃんと言えよ。本気で心配したんだからな!」

「ごめんごめん、ヴァイ……じゃなくてブラッド」


 痛む体を起こし、状況を確認する。

 あたりには、砕けた床の残骸と魔獣の死骸が転がっている。

 魔獣の四肢は切り刻まれ、多くの血を流してはいるが、直接の死因は崩落によるものだろう。

 頭蓋の半分は歪な形に歪んでおり、まるで岩の塊が生えたかのように突き刺さっていた。


(よく生き残れたものだな)


 一歩間違えれば、自分も魔獣と同じ道をたどることになっていたに違いない。

 自分の行動が正しかったかどうかは分からない。

 何もしなければ、私はこの先、安穏な生活を送れていた可能性があったかもしれない。

 だが、とっさの出来事に頭より先に、体が動いてしまっていた。

 こんな状況下で、冷静に判断できる人間なんているなら教えてほしい。


 何より、本来こんな所で出会うはずのない彼女がいて、しかもいきなり力を暴走させているなんて事を誰が予想できるだろう。


「そうだ、彼女は?!」

「あぁ、彼女なら無事だ。あっちでサイファさんが応急処置している」


 そう私はこの【ギヴェン地下迷宮】で、本来出会うはずのない彼女と出会った。

 私の運命に大きくかかわる一人の少女に。



 -《半刻前》-



「で、フロスト。君の見解を聞きたいんだが」


 パーティーリーダーのフォルに言われ、私はゲームの知識と実際にこの迷宮で出会った魔獣の強さからこの先いけるかどうかを判断する。


「そうですね、そろそろ切り上げたほうがいいかと。あたりに漂う魔素の量も増えていますし、ここから一気に魔獣の強さがあがる可能性が考えられます。消耗している状態でのこれ以上の探索は困難と思います」


 ゲーム【ピュラブレア】でも後半でのキャラ育成に使われていたダンジョン【ギヴェン地下迷宮】。

 本来なら、戦争パート入った時にキャラが育っていない場合の救済手段として用意されているダンジョンだが、それを自分が探索する事になるとは思いもしていなかった。


 なぜなら、本来戦争パートは主人公が16歳になった時から開始されるものであり、その時点でヴァージニア=マリノの死は決定されているからだ。


(本当なら、私がこのダンジョンを探索してる事自体、ゲームではありえない事だけど、それ以上に)


 それ以上におかしいのはこのパーティーのメンバーだろう。


 大盾を軽々と扱うゼクス

 扱いにくい短槍をまるで手足のように使いこなすマーク 

 的確に相手を射抜くサイファ

 そして、攻撃に向かないとされる水魔術で魔獣を仕留めていくブラッド


 大盾のゼクス。大盾で魔獣の攻撃から仲間を守る彼は、ゲーム【ピュラブレア】でもその才能を発揮し、主人公達の命を何度もその盾で守る事となる。

 彼こそ、ギヴェン王国が誇る5人の封剣守護者の最後の一人。

 黄の封剣守護者、ゼクス=クロイスその人である。


 彼がこんな時期に、このダンジョンにいる事は本来のゲームではありえない事だろう。

 だが、それもこれもパーティーリーダーが彼であれば仕方ない事だ。


「よーしみんな、聞いたか。俺のフロストがこう言ってる。そろそろずらかるぞ」

「りょうかーい。なんでもいいけどさ、フォル。いちゃいちゃすんなら上に戻ってからにしてくれね?」


 リーダーであるフォルの言葉にゼクスがへらへらと笑いながら答える。


「まったくですよ。大体、フロストさんが酷く嫌そうにしていますよ」


 それに追随する形でサイファが追い打ちをかける。

 そんなに顔に出ていただろうか。あんまりあからさまだと不敬罪と言われかねない。

 注意しなくては。


「おいおい、ただの冗談じゃないか。って、そんなに嫌か?さすがに傷つくんだが」

「私は何も申しておりませんが?そういう風にお見えになられたのでしたら、ダンジョンが暗くはっきりと見えないからか、連戦でのお疲れのせいでしょう。ええ、ほんときっと気のせいですよ。ええたぶん」

「それならどうして、さっきからどんどん後ろに離れていくのかな?え、嘘だよね?冗談だよね?」


 実際に、嫌とかそういう気持ちはあまり感じてはいない。

 4年前のあの日、王前で決められた事であるにもかかわらず、彼は私に対し一度たりとも無理強いをされる事はなかった。

 一度だけ彼に、何故これ程に気をつかってくれるのかと聞いた事がある。

 すると彼は――


『君が学院を卒業するまで、自由でいてもらいたいだけさ。下手に縛るのは君の魅力を損なう事になるかもしれない。あのバラ園で俺に「いいかげん、見てられない」と啖呵を切るような君だから、俺は君に興味を持ったんだ』


 ――とお答えになられた。あの日の私の台詞をいまだ覚えたいらっしゃった事に驚きつつも、本当に不敬すぎだろ自分!と冷や汗をかくはめになった事は言うまでもない。


(ゲームとこの世界で一番、違うキャラは彼なのかもしれない)


 そう思える程に、目の前の青年は紳士的に接してくれ、そして次代の王としてのカリスマを身につけ始めていた。


 ギヴェン王国、皇太子であり、私の婚約者フォルカス=ファーランド


 その彼がパーティーリーダーなのだ。

 パーティーに封剣守護者が2人いても、おかしい事は無いのかもしれない。


「さて、ブラッド君。聞いてのとおりだ。これより撤収を開始する。悪いけど帰りも例の感知魔術を使ってもらえるかい?」

「……解りました」


 ブラッドは不満げな顔をしながらも、ダンジョン内の魔素を巧みに操り始める。

 水の魔素を取り込み、水のオドへと変換し、霧へと変換し操作を開始する。

 オドで作られた霧は、動くものの存在を把握し、術者にその位置を知らせる。

 感知と操作。その2つの力量が王宮魔術師級でなければ出来ない魔術。

 そんな魔術を、彼は汗の一滴さえ流すことなく、容易く使いこなしている。


(本当にすごいな)


 4年前のあの日。私を心を救ってくれた彼は、それまで以上に魔術に没頭した。

 その甲斐もあり、オド操作の腕に至っては師匠でさえ、彼にはかなわないと言わせる程のレベルに至っている。もちろん、私の力量なんて、とっくの昔に追い越されていた。


 ギヴェンが誇る最強の水魔術師


 彼の手にかかれば攻撃に適さないはずの水魔術であっても一度に十人以上の人間の意識を刈り取ったり、身の丈の倍以上ある魔獣が相手でさえ死に至らしめる事が可能であった。


 ゲームの枠を超えた(チート)存在であり私の9年来の親友。

 青の封剣守護者ヴァイン=オルストイ。


 師匠以外での、初めての私の理解者。そんな彼が今でも私の親友でい続けてくれる事に心から感謝をしている。このダンジョンの探索をする事になったときも――


『ジニーと殿下達だけじゃ、魔獣の不意打ちに対応できねぇだろ!俺もいくぞ』


 ――と、こちらからついてきてくれるよう、頭を下げる前に、彼は荷物の準備を始め出していた。


(偽名のブラッドってのはどうかと思うけど)


 ヴァインのブラッドと、私のフロストはそれぞれ冒険者ギルドに登録する際に用いた偽名である。

 偽名を用いた事には理由は、曲がりなりにも侯爵令嬢の自分と、ギヴェンの至宝である封剣守護者が冒険者として登録するのはいささか問題が生じる為だ。


【ギヴェン地下迷宮】は国と冒険者ギルドの両者で協力して管理されている。

 そのため、迷宮への探索は王命で組織された部隊が行うか、冒険者ギルドに登録された冒険者でしか行うことが出来ないようになっている。迷宮で得られる財は国とギルドの資産であり冒険者が手に入れた財の10%は管理費として徴収される事となる。かわりに冒険者の死体の回収や、怪我等をした場合の治療などは国とギルドの補助を受けることが出来る仕組みになっている。


 冒険者ギルドに登録された冒険者は国でもその名簿を確認する事が出来るため、私やヴァインの名前をそのまま書いてしまうと、探索の前にアゼル様あたりから呼び出しをくらい、こってりと絞られる羽目になるだろう。


 ゲームでは戦争パートまでに育っていないキャラの育成補助のために用意されたダンジョンだが、実際は命をかけた探索であり、国の重要人物が気軽にいける場所ではない。


 だが同時に、ダンジョンは学院だけでは難しい実践経験を得る事ができる場所であり、またダンジョンで倒した魔獣の素材や、ダンジョン内に稀に存在する魔素を含んだ玉石は、いずれも貴重なものであり冒険者ギルドで買い取ってもらう事が可能である。

 そのため、学院でも何名かの生徒は、学院には内緒で冒険者ギルドに登録し、ダンジョンの浅い層の探索に赴いたりしていた。そのため、私もこの世界にもちゃんとゲームと同じ【ギヴェン地下迷宮】が存在する事を知った訳ではあるが、まさか実際に行く羽目になるとは思いもよらなかった。


『やぁ、ヴァージニア。今週末にギヴェン地下迷宮に行く事になったから。ちゃんとあけといてね』


 いきなり呼び出されたかと思うと、殿下は楽しそうに自らの剣の手入れをしながら、私にそうおっしゃった。さすがに彼の正気を疑い、サイファ様に殿下の気がふれたのではないかとお伺いしに行ったぐらいだ。


 結果、残念な事に殿下は至って正気であり、その上、サイファ様も同行を命じられているらしく、お互い励ましあう事となった。


 選定されたパーティのメンバーは、殿下が学院に通われていた頃の生徒会の一員であり、殿下の親友である文官長補佐サイファ=ルーベント様。同じく生徒会の一員だったゼクス=クロイス様の2名。

 そして、衛士でありながら、休暇のたびにこっそり【ギヴェン地下迷宮】を探索していたマーク=ボゼットさん。


 彼は、ベイルファースト領軍第6軍隊長であるクリスさんの弟だ。

 また彼は、9年前のアイン殿下暴走時、救援を求める私の言葉に従い、ヴァイス様と師匠を呼びに走ってくれた人でもある。まったく不思議な縁だ。


 そうして、はじめたダンジョン探索も、いよいよ階層も25層を超え、全階層の約半分は超えた段階だ。

 私たちは、当初の予定よりも深い層まで探索を進めていた。

 パーティーのメンバーに恵まれているせいか、探索が思った以上に順調にすすむせいだ。

 だが、ゲームと違い実際の探索には疲労が伴う。


 疲労は緊張感が薄れたときに一気にやってくる。

 魔素が濃くなってきた事もあり私は撤退を進言した。


「?!この先に動く気配がある。これは……戦闘をしているのか」

「こんな層まで?中位の冒険者のパーティーでしょうか?」


 ヴァインの言葉で全員に緊張が走る。


「いや……これは1人だ。たった一人で魔獣と戦っている!」

「他のメンバーはいないのか?負傷者は?!」

「わかんねぇ!ただ、動いているのは一人だけだ。たった一人で2匹の魔獣を相手にしている!」


 育成補助のダンジョンとはいえ、育ちきっていないキャラ一人ではここまで深い層に来る事は難しい。

 ましてや、これはゲームとは違う。ひとつ判断を間違えれば命さえ失いかねない場所だ。


「どうします?フォル」

「……救出に向かう。全員、準備をしろ。ブラッド、案内を頼む!」

「はい!」


 殿下の言葉に私たちは、出発する準備に取り掛かった。

 予期せぬ出会いが、そこで待ち受けているとも知らずに。

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