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告白。

 ■■■

 ヴァイン=オルストイ視点

 ■■■


「ちょっと、ヴァイン。どういうことなの!」


 初等部の大教室にはいると同時に、ナターシャが俺に詰め寄ってくる。その後ろにはリーゼロッテとドライの姿も見られる。


「何の話だよ、朝っぱらから」

「何って決まってるでしょ!ジニーの事よ!」


 先日の忠誠の儀の後、俺は親父からジニーがフォルカス殿下の婚約者候補に選ばれた事を聞いた。

 あまりのショックに呆然とし、その後、親父が何を言っていたかは殆ど覚えてはいない。

 ただ、


『ヴァイン。お前があの娘を大事に思うなら、そっと見守り、あの娘の未来を祝福してやる事だ』


 俺の肩を掴んで、そう語りかける親父の辛そうな顔だけは今でも鮮明に覚えている。


 親父の言葉は尤もだ。

 王家に仕える身として、ジニーが王族と結ばれるなら、その未来を祝福しないわけにはいかない。

 だが、それでも親父の言葉を素直に受け入れられないぐらいには、俺の中であいつの存在は大きくなっていた。


(そんなわけ無いよね。だって私達はただの友達同士だし)


 あいつの言葉が脳裏に浮かぶ。

 あの時、本当の気持ちを打ち明けていれば、こんな思いに悩まされる事は無かったのだろうか?


「ねぇ、聞いてるの?ヴァイン!」

「うっせぇな。聞いてるよ。ジニーの事なら直接、あいつに聞けばいいだろ?」

「それは……そうだけど」


 いつも俺たちが座っている席のひとつが、ここ数日はすっぽりと開いたままだった。

 ジニーは忠誠の儀から学院には通っていない。

 戦技課のほうにも顔を見せておらず、昨日もアンナとデイジーが心配そうな顔で俺に何か聞いていないか尋ねてきた。


「そろそろ来るんじゃねーの?」

「ちょっと、あんた私たちは真剣にジニーの事心配してるのに!」


 軽い態度の俺に、ナターシャとリーゼロッテは不満顔で詰め寄る。

 数日前の俺なら、こいつらと同じようにジニーを心配していてもたってもいられなかっただろう。


 だが、昨日フィルツがうちにきて親父と話をしているのを盗み聞きし、ジニーがそろそろ学院に戻ってくるという事は知っていた。


『……そうか、それで……ヴァージニア嬢は無事……』

『あぁ、今のところは……オド……緩和』

『こんな抜け道が……2つの……パス……』


 親父の部屋から漏れる二人の声はいくらか意味がわからない内容もあったが、要約すればジニーが体調をこじらせたが回復してきており、数日もすれば完治するという内容だった。


「何その顔!何か知ってるなら白状しなさい!」

「早く言わないと、ドライに締め上げてもらうよ?」

「……ヴァインすまん」


 リーゼロッテに嗾けられ、ドライが俺を羽交い絞めにしようと迫り来る。


「いててて、このくそマッチョ!てめーすっかり黒いのの犬かよおおお!」

「おま、俺の事はいいがリーゼロッテを貶める言葉は看過できんぞ!」


 組み合う俺とドライを回りの生徒たちは見世物のように囃し立てる。

 なんだか黄色い悲鳴が聞こえる気がしたが聞こえなかった事にする。


「くそぉ、馬鹿力が……!」

「はぁ、はぁ、はぁ。魔導一辺倒のくせに、なかなかやるじゃないか」


 ドライの手が俺の襟首を締め上げる。こいつには俺の得意な水魔術は通じない。こんな事なら体術も訓練しておくべきたったか!


「ちょっと、朝から何してるの。そこで暴れられると、正直邪魔なんですが?」


 聞き慣れた声に、俺達は一斉に教室の扉に目を向ける。


「「「ジニー!!」」」

「え、あ、はい。おはよう。皆さん」


 素っ頓狂な声で答えるジニーの姿が、なんだかすごく滑稽に見えた。

 そんな当たり前な日常がすごく愛おしく思える。

 だからだろうか、気がついたら俺は声をあげて笑っていた。



 ■■■

 ジニー視点

 ■■■


「で、例の噂本当なの?」

「噂って?」

「婚約の事よ。こ・ん・や・く!」


 教室に入ってすぐ、ナータとリズが私に詰め寄ってくる。

 どうもフォルカス殿下との件についてらしい。

 殿下や御父様からは別段隠す必要はないとは言われているが、あんまり話したい内容でもない。


「うーん、婚約はしてないよ?」

「本当なの?」

「う、うん。嘘は……ついてないよ。」


 確かに婚約はしていない。まだ、婚約候補に選ばれただけの話だ。

 2年以内に他の候補が見つからなければ、そのまま婚約者になってしまうのだが、嘘はついていない。


「なーんだ。もう、ジニーが遠い人になっちゃうかと思って心配したんだから。まぁ、今でも公爵令嬢だから遠いといえば遠いんだけどね」

「私とジニーの友情は変わらないよ?」


 リズが私に抱きついてくる。かわいい。

 ドライにはもったいない。

 いっそ私が貰ってたほうがいいのではないだろうか?

 それが彼女のためであり、こんな汗臭いやつより絶対私のほうがリズも幸せに違いない。


「でも、よかった。じゃぁこれからも一緒にいれるのよね?」

 アンナとデイジーも嬉しそう手を取り合い喜んでいる。


 なんだかんだで、こんないい子達に心配されて私は幸せ者に違いない。

 そんな私をさっきからヴァインが呆れ顔で見ている。


「な、なにか言いたい事があるの?」

「お前、あいっかわらずだな。顔がにやけっぱなしだ」


 そんなににやけていただろうか。いけない。これでも一応王族の婚約者候補。もっとしっかりしたほうがいいかもしれない。


「ヴァインうるさい。ジニーはこれでいいの」

「しっし」


 ナータとリズがヴァインを犬か何かのように追い払う。

 その光景があまりにいつもの日常すぎてなんだか胸が温かくなった。

 あんな事を言いながらも、ヴァインが私を一番に心配してくれていたことは知っていた。


 体調を崩して寝込んでいる時、師匠がヴァインから私の容態についてすごく問い詰められたという事を聞き、心配してくれる友人の存在がすごくありがたく感じられていた。


(友人……か)


 私とフォルカス殿下の事はヴァインもすでに知っているはずだ。

 彼からは直に言われたわけではないが、彼の気持ちには気がついている。


『そんなわけ無いよね。だって私達はただの友達同士だし』

『あ、ああ。そ、そうだよな。友達だよな……』


 あの時のヴァインの顔が鮮明に思い出される。


 本当の私を知れば、ヴァインもその気持ちが気の迷いと悟るだろう。

 いっその事、彼にはすべて話してしまおうかとさえ考えた。


 だが、私は……


「おい、ジニー号令」

「あっ、起立!礼、着席」

「では、昨日の続きから……」


 私の号令で共通過程の授業が開始される。


「どうしたんだジニー。ぼーっとして。何か悩み事があるなら相談にのるぞ?」


 ヴァインが心配そうな顔で私に囁く。

 そんな彼に、何でもないと手をふり合図を送る。


 悩んでいるのが貴方の事についてだなんて、どうやって相談できるだろう。


(あれ、どうして悩む事があるんだろう……)


 忠誠の儀を受けて以来、私の中でそういった違和感が増えた気がする。

 今までなら割り切れたものが、割り切れなくなったというか……。

 ヴァインには彼の目指すものがあるし、ナータは彼に対して少なからず好意を抱いている。

 ヴァインもそんな彼女の事を悪くは思っていないはずだ。


(友人と甘え、いつまでも彼を縛ってはいけない)


 今までなら、そう考えて少しずつ彼との距離をとっていただろう。

 距離をとる事に、最初はヴァインも抵抗を感じるかもしれない。だが、時間がたてばそれが普通に感じていき、お互いの当たり前に変わるに違いない。

 だが、今は、距離をとる事に抵抗を感じているのは、ヴァインではなく自分自身のほうだ。


(わかっているけど)


 フォルカス殿下との関係を考えれば、今後は余計、まわりとの距離間を考えねばならない。

 皆とはこれまでどおりの距離間で付き合うことは出来なくなるかもしれない。

 教室についたらそれとなく、そう切り出そうと考えていた。


 だが、私の姿を見た彼が一瞬驚いた後、嬉しそうな顔で微笑んだのも見た瞬間、私は切り出すことが出来なくなっていた。


 久しぶりに学院に行ったその日、ずっと考えがまとまらず、せっかくの講義の内容は殆ど耳に入っていなかった。


 ■■■


「「「復帰おめでとー!」」」

「あ、ありがとうございます」


 学院に復帰したその日の夕方、私は戦技課の皆に連れられ、久しぶりにミーサさんの店を訪れていた。

 打ち上げでここを訪れた日が、ずっと以前の事のように感じられる。


 机の上にところ狭しと並べられた料理の数々に戦技課のメンバー達の顔が綻ぶ。

 楽しそうな声と、皆の笑顔。

 ずっとこういう日が続けばいい。


 なんとなく咲良と暮らしていた時の食事の事を思い出す。

 あれはどんな味だっただろう、彼女が自信満々な顔で私に食べさせた料理。

 そんなにおいしくは無かったが、久しぶりに上手く出来たと嬉しそうに勧める彼女の姿に、自然と笑みが零れていた気がする。


(もう、どんな味だったかも思い出せない)


 もしかすると、あの世界での日々は、すべて夢だったのかもしれない。

 そう思える程に自分の中で、あの世界での日々が薄らいでいるのが分かり少し悲しくなった。


「ジニー?大丈夫か?」

「え?」


 ヴァインに言われるまで、自分が涙を流している事に、気づいていなかった。


「どうしたの、ヴァージニアさん。やっぱりまだ調子が悪いのかしら」

「今日は、はやめに戻ろう」


 ドロシー先生とサニア先生はそう言い、私を気遣ってくれる。

 まわりの皆も、各々心配そうな顔で私に声を掛けてくれる。


「大丈夫。せっかくだから楽しみましょう」

「……そうだな、ジニーがそういうんだし。って、おいトニー!それは俺の!」

「ヴァインが遅いから悪いんだよー」

「ほら、食事の席で暴れない!」


 自然と皆の顔に笑みが戻る。

 また、ヴァインに気を回さてしまったかもしれない。


 優しく気遣ってくれる友人達の存在が、あの世界の事を忘れていく寂寥感を優しく癒してくれていた。


 ■■■


「ジニー、話があるんだ」


 食事の後の帰り道。

 皆で学院に戻る途中、ヴァインが小声で私を呼び止める。


「どうかしたの?」


 あまりに真剣な、彼の表情。

 私は、彼の言葉を息を呑んで待っていた。


「俺、知ってるんだ。フィルツに聞いた。お前が、未来の事を知ってるって」

「……」


 予想外の言葉に、一瞬彼が何を言っているか理解できなかった。


『師匠に相談なのですが、記憶の中に予言のようなものがございまして……』

『なるほど。お前は15歳になると学院で断罪され、死ぬ運命にあると……』

『はい、そうなります。私はその未来をなんとしてでも回避したいと考えております』


 初めて師匠と契約を交わしたあの日。

 ヴァインの口から出た言葉は、あの日の内容そのものだった。


「ヴァインは……それを知ってどう思うの?」


 私はうつむき、続く彼の言葉を待つ。

 気が狂ったやつだと思うだろうか。気持ち悪いと思うだろうか。

 ヴァインに嫌われたくない。

 無意識にそう感じていたからか、私の声は震えていた。


「俺は……お前に救われた」

「え?」


 思いもしなかった彼の言葉に、顔を上げる。


「ベイルファーストの森でジニー、お前と会ったあの日、俺の人生は大きく変わった。これまで否定されてきた魔術師としての俺の未来は、お前に出会えたおかげで希望に変わったんだ」

「……ヴァイン」

「だから、俺はあの日、お前が俺を友と言ってくれる限り、俺はお前の背中を追い続ける。そして、いつかお前と並びたつ魔術師になるって誓った」


 彼なら私なんて足元にも及ばない魔術師になるだろう。

 もともと彼にはその才能があった。それを導く人間がいなかっただけの話だ。

 ゲームでは水魔術を用いる剣士として、その力を存分に発揮している。

 むしろ、剣士としての才覚が私のせいで失われてしまっている今、彼の未来を閉ざしてしまったのは自分ではないかとさえ考えてしまう程だ。


「ヴァインは、私がいなくても立派な魔術師にきっとなれてたよ」


 そうだ、私がいなくたって彼なら大丈夫だったはずだ。

 いつも私を支えてくれていたヴァイン。

 私がいなければ、もっと自由に未来を選択できたのではないだろうか。


「そんな事ねぇ!」


 突然の彼の張り上げた声に驚く。


「そんな事……ないから。俺が何って言われてたか、知ってるか?無能、一番使えない守護者、天才オルストイ一族の名折れ……。あー、思い出したら腹がたってきた。何が無能だ。ふざけやがって……」


 あっけにとられている私に気がつき、ヴァインは咳払いし、言葉を切る。


「ま、まぁ俺がお前にどれぐらい感謝してるか分かってねぇだろけど、俺にとってはお袋と親父の次にその……すっげー感謝してるから」


 言葉たらずながら、一生懸命に言葉を紡ぐ彼の姿に、沈みかけていた私の気持ちは軽くなる。


「だから、お前が困ってるならどんなことがあってもお前を助けたい。いや、助けるから」

「……ヴァイン」

「15歳でお前が学院で断罪され死ぬ運命にあるなら、例え学院を、いや王族でさえ敵に回したって俺はお前を助けるから」


 オルストイにとって王族を敵に回すなんて事はありえない事。

 それでも今の彼なら本当にやりかねない。そんな意思が彼の言葉から感じられる。


「お前は、一人で悩まなくていいんだ。フィルツだって、俺だって、いつでもお前の味方だから」


 誰にも相談できないと思っていた。

 学院内での事では、師匠にさえ相談が出来ないだろう。

 だから、すべて一人でなんとかしようと心に決めていた。


「俺にとって、お前が救いだったように、俺もお前を救いたいんだ」


 死ぬかもしれない。

 死にたくない。

 必死に努力してきた。

 するしかなかった。


 誰にも言えず、ひたすらその時を迎えても乗り切れるように。


「だから、ジニー。俺に協力させてくれ」

「……ヴァイン」


 嗚咽が混じり、まともに声を出せない私はだ、ただ涙を流しながら頷き続けるしか出来なかった。

 私の肩にヴァインの手がそっと触れる。

 そんなはずはないのに、その手から温もりが感じられるようだった。


 私の知る未来(ゲーム)から大きくかけ離れてしまっている今、これから何が起きるか分からない。

 でも、もう私は一人じゃないんだ。


 その事が、たったそれだけの事がこんなに救われる事だとはこれまで思いもしていなかった。




「ありが……とう……ヴァイン」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔で、一生懸命に作った笑顔は見れたものではなかっただろう。


「おう」


 だけど、そんな私に彼は優しく微笑みかけてくれた。




 あの世界の出来事を忘れはじめている私の中で、この日ヴァインが私にしてくれた告白は、今でも鮮明に残り続けている。

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