6-14 儀式を受けようと思います
「私、ヴァージニア=マリノは、ギヴェン王国並び、ボイル=ファーランド陛下に永遠の忠誠誓う事をここに宣言いたします」
「うむ。頼りにしているぞ。ヴァージニア嬢」
ボイル陛下から差し出された金の杯を受け取り、中に満たされた聖水を一気に飲み干す。
忠誠を誓う主から渡された杯の水を体に受け入れ満たすことで、王を受け入れる事を意味し、制約が成り立つとされていた。とはいえ、中身はただの水。あくまで形式だけのものだろう。
だが、こういうものは気持ち次第だ。厳かな雰囲気で執り行われる儀式に、私は心の奥が高揚するのを感じていた。
(騎士の誓いのように跪いて剣を肩に受けるとかだと、もっとかっこいいのだけれど)
さすがにドレス姿で床に跪くような真似は出来ない。両手で空いた杯を捧げ、ボイル国王にお返しする。杯を返す事が己の忠義を捧げる事に繋がるらしい。
「ふむ、薔薇よ。ドレス姿も悪くは無いな」
「有難きお言葉でございます。陛下」
自分としては違和感しか感じないが、周りの評判は思ったよりはましだった。
ヴァインにいたってはしばらく、呆然とした後――
『お、おう。まぁ、俺はいつもの格好のほうが見慣れてていいけど。その、似合ってんじゃないか……悪くはない……』
と顔を赤く染めながら、歯切れの悪い言葉を述べていた。
以前なら、中途半端な彼の言葉にイラ立ちを感じただろうが、彼の本心を知った今、なんだが妙な恥ずかしさを感じてしまった。
『あ、ありがとう』
『お、おう』
そんな私達の姿を、ニヤニヤした顔で見つめていた御母様の姿がすごく勘に触る。
そう、私の忠誠の儀という晴れの舞台に、マリノ家の家族全員が王都にやってきていた。
『姉上、すごく素敵です』
『ありがとう! キース。貴方に言われると本当に嬉しいわ』
弟のあまりの可愛さに、つい思いっきり抱きしめてしまい、ドレスに皺がはいるとマーサ先生に怒られる羽目になってしまった。
私が忠誠の儀を受ける事を聞いた師匠は、神妙な顔付きで――
『お前が選んだ事なら、俺は何も言わん。だが何かあったらすぐに言え』
と、よくわからない事をいって私を抱きしめてくれた。ただ、師匠が私のことを思ってくれていると感じる事が出来たのが、嬉しかった。
「ヴァージニア=マリノ、フィーア=クィント、アンナ=クィント3名の忠誠、確かにギヴェン王国の王として、このボイル=ファーランドがしかと受けた。3名とも今後も国の為に励め」
「「はっ」」
ボイル陛下はそういうと、王座から立ち上がり謁見の間を後にする。
1時間程度の儀式だったが、緊張で思った以上に疲れた。今日はキースに癒されながら一緒に寝てしまいたい。そう考えていると、御父様が柱の影から手招きしているのが見える。
「ジニー、ひとつ聞きたい。お前は一体何をしたんだ?」
「何をと言われましても……」
正直、いろいろやった気がしてどれを言うべきか判らない。ただ、御父様の表情を見る限り、嫌な予感しかしなかった。
「ミーシャは、キースをつれて先に別邸に戻っていてくれ。マーサ、二人を頼むぞ」
「了解致しました、ウィリアム様」
不思議がるキースの手を引き、御母様とマーサ先生は謁見の間から姿を消す。そして私の目の前には、眉間に皺を寄せた苦悩の表情の御父様の姿があった。
「えっと、御父様。どうされたのですか?」
「はぁ……。お前が何をしたかは知らん。だが、そのお陰で私は、いやベイルファースト領民全員が今後の事を考える羽目に陥った」
娘の事で、深いため息をつく父の姿に、なんだかやるせない気持ちに包まれる。
そこまでひどい事をしただろうか?
……したような気がしないでもない。
「領地がですか?」
「……お前は聡い子だ。分かるだろうが私は西方守護伯。ギヴェン王国において辺境を守護するために独自の軍を所有する事を認められた地位にある。だからこそ、それ以上の力を持つわけにはいかない。力を持てば、国内のバランスを崩す事になる」
「はぁ」
御父様のおっしゃられる事自体は理解出来るが、何故そんな事を言い出すのかまでは理解できなかった。
だが、御父様の次の言葉が私にすべてを悟らせる事となる。
「ましてや、王族との血縁など結ぶわけにはいかない」
「え?!」
御父様は何を言っているのだろう。そんなもの結ぶ訳ないじゃないか。
出来るだけゲームの設定から外れるようにと選択しているのに、ここにきてそんな話が上がってたまるものか!
「それで……相手はアイン殿下でしょうか?」
もしそうならゲームとしての強制力か何かが考えられる。何ともいえない恐ろしさに、背中に冷たい汗をかくのを感じた。
「いや、フォルカス殿下だ」
「は?」
フォルカス殿下といえばアイン殿下の兄にあたる人だ。薔薇園でお会いした芯の強そうな少年。
2度目にお見かけしたのは、入学式の時の姿。少年からすっかり好青年となっていた彼の姿が目に浮かんだ。
「殿下は今年で16歳。18で学院を卒業されると同時に、正式に皇太子となられる。それに伴い、お前を婚約者とするとの事だ」
「いや、殿下と私とでは6歳も差がありますよ? 大体、殿下ならもっと他にいい方がいらっしゃるのではなありませんか?」
16歳で10歳の少女と婚約とか、どんな嫌がらせだ。私が男なら世間体的に絶対に避けたい。何より皇太子の婚約者といえば、将来は王妃じゃないか。そんなものありえない。
「これはボイル国王の命令だ。私がどうこう言えるものではない。何より、フォルカス殿下も嫌がる様子はないとの事だ」
なるほど。国王の命なら仕方が無いだろう。ならば、受けるしかないのだが……。
(アイン殿下ではなく、フォルカス殿下が相手か)
全くゲームと異なる展開に、正直私は戸惑っていた。
「お前にはこれから私と一緒に、挨拶に付いてきてもらう。いいな?」
「はい、わかりました。御父様」
まぁ実際、フォルカス殿下も6つも年下相手なんて興味は無いだろう。
話を聞く限り、フォルカス殿下が18になるまでの2年間はあくまで、婚約者候補のようだ。それなら適当なタイミングで、彼のほうから私との関係を無かった事にしてもらえばいい。
その時、私はそう簡単に考えていた。
□□□
「悪いな、マリノ卿。わざわざ来てもらって」
「いえ、そのようなお言葉、非常に恐縮でございます」
先ほど、忠誠の儀を行ったせいだろうか、目の前のボイル国王の姿に御父様同様、私も緊張していた。
そんな私に優しい笑顔を向けてくれる青年の姿に、少しだけその緊張が和らいだ。
「この場は無礼講だ。そのように緊張せんでかまわん。ヴァージニア嬢。俺個人に交渉事を持ち掛けたお主が、そのように緊張した面持ちをしているのは、おかしくてたまらん。普通に接しよ」
「はっ、有難きお言葉でございます」
国王と個人的な交渉事という言葉に、御父様の私を見る目が厳しくなる。ああ、そういえば御父様には言っていなかったっけ。
「さてマリノ卿、お主を今日呼んだのは他でもない。俺の息子フォルカスの婚約者に、お主の娘がどうかと思ってな」
「それは……陛下の御心のままに。ですが、その……よろしいのですか?」
いや、御父様。言いたい気持ちは分かるが、実の娘を目の前にその言い方はどうなんだろう。
私のじと目を気にする事なく、御父様はさらに続ける。
「陛下もご存知の通り、娘はその……令嬢らしからぬ粗野な部分が御座います。ベイルファーストの片田舎ならまだしも、決して王族の一員になれるような器では御座いません。もしもの事があれば、マリノ家の恥だけに収まらず、王家の恥となりましょう。そのような人間を皇太子となられる方の婚約者になど……」
うんまぁ、言っている事は非常に正しいし御父様的には私の事を思っての言葉なのは理解できる。
だが、時に事実は人を傷つけるものではないだろうか。
「あはははは、マリノ卿。ご息女がそこいらの令嬢と違うのは私も知っています。5年前にこの私の態度を『いいかげん、見ていられない』と言い切ったのは彼女ですから」
あ、やばい御父様の目が据わっている。そういえばこの話も詳細を話していなかった。
別に話す必要は無いと思ってだったのだが、王族相手への暴言はさすがにまずいに違いない。
「あはははは、フォルカス。お前を相手にそこまで言う人間なぞ、同年代にはいないだろう。お前に対し、物怖じする事なく、苦言を述べれる人間は貴重だ。何よりヴァージニア嬢は忠誠の儀を終えた身。決してお前を裏切るような事もあるまい」
もともと、フォルカス殿下を裏切るような気持ちは一切沸く事はない。
彼はゲーム【ピュラブレア】において最終的には王国を去る事になる人物である。弟を葬る計画を立てた彼を、ボイル王が許す事は無く、彼を他国への大使として派遣する。それは、あくまで表向きの話であり、その実、ギヴェン王国を後背から攻められないよう、人質として差し出す形だった。
だが、ゲームと異なりアイン殿下と和解した彼が、アイン殿下を暗殺しようと考える事はないだろうし、結果として他国へ大使として送られる事もないだろう。
「ええ、父上。私としてはヴァージニア嬢には是非ともこの話を受けてもらいたいと考えております。どうだろう、ヴァージニア嬢」
「殿下がそれでよろしいのでしたら」
いやまぁ、断れるなら断りたいが、さすがに王家に従うマリノ家の一員としてそれは無理な話だ。
御父様もそれが分かっているからこそ、すでに諦め顔で事態を傍観しているのだろう。
「うむ。実にめでたい話ではないか。正式にはフォルカスの18の誕生日にという事になるが、我が息子とお主の娘の婚約を明日にでも内々で祝おうではないか。マリノ卿、お主の家族も王城に招くがよい」
「はっ、有難きお言葉。誠に感謝いたします」
こうして、形は違いはするが私はゲームと同じように王族の婚約者という立場を得る事になる。
もちろん婚約者候補というものであり、ゲームの第二王子の婚約者というものに比べたら、形だけのものの可能性は非常に高い。むしろ、私個人としては2年の間に、フォルカス殿下には彼に相応しい女性をあてがわなければならないわけで……
「よろしくね、ヴァージニア嬢」
「はい、フォルカス殿下」
(まさか、フォルカス殿下はロリコンとかじゃないよね?)
にっこりと笑う彼の表情に、薄ら寒いものを感じながら私は、どうやって彼に相応しい女性を見繕うか必死に考え始めていた。