忠誠の儀
ボイル陛下との交渉は、実際に特務隊がその場に赴き調査した結果を持って判断する事となった。
『例の件ですが、見つかったそうですよ』
特務隊の一員である彼女が言った言葉は、つまりはそういう事なのだろう。
(ゲームの通りでよかった、でも――)
この世界の出来事が完全にゲームと合致しているか、私には自信が無かった。というのもゲームには存在しなかった事や、ゲームと状況が異なる出来事を何度か経験していたからだ。
もしかすると、ここはゲーム【ピュラブレア】とは似ただけの世界であり、実際はまったく違うのではないかとさえ思う事があった。だからこそ、ゲームで登場した鉱脈は実際に存在した事は、私に安心感を与えると同時に、少しだけ残念な気持ちにさせていた。
「ジニー? どうしたんだ。いくぞ?」
「ううん、なんでもない。さ、早く行きましょ」
私を心配そうな顔で見つめるヴァインの手を引き、先で待っている仲間達の所へと向かう。
今は、鉱脈があったという事実だけを喜ぼう。私はそう思い込む事にしていた。
□□□
「ほう、やはりあの娘の言うとおりに鉱脈は存在したか」
「はっ。元はゴブリンどもの棲み家らしき洞窟の奥に、元はトロールの群れが潜んでいたと思わしき場所がございました。そこには、ヴァージニア=マリノ嬢が申しておりました通りに、ミスリルの鉱脈が確認されております」
ヴァイスの報告を受け、ボイル=ファーランドは口角を上げる。
わずか10歳の少女がこの国にもたらしている影響の大きさには、ギヴェン王国の頂点に立つ彼でさえ驚きを隠せなかった。
だからこそ余計に、ボイルには思うところがあった。彼女の知識と力がこの国の為になる間はいい。だが、万が一彼女の力が他国の物になった時、どれほど彼の覇業の妨げになるだろうか。
「やはり、あの娘にはアレを受けさせるか……」
「陛下!」
ヴァイスにとって、それだけは避けたかった事。彼と彼の息子の未来を救ってくれた少女の未来を、この国のいや、ボイル=ファーランドという男の欲望に縛りつけたくは無かった。
「何か問題か、ヴァイス。まさかあの娘に情でも沸いたか?」
「い、いえ。陛下のお考えのままに」
「お前なら判っておろう。アレは自らの意思で受けいれねば効果は発揮せぬ。つまりはそれはあやつ自身の選択でしかない」
ボイルの言葉は正しい。件の魔術は対象が受け入れなければ刻まれる事はない。だが、受け入れる以外の選択肢を無くした上でそれを行う事が正しいと言えるだろうか。
「ヴァイスよ、あの娘に伝えよ。お主の申す通りに鉱脈は得られた。だがまだ足りぬと」
「陛下……」
「あやつが将来、魔術師団や騎士団に属するなら同じ事。それが少し早まるだけだ」
王国魔術師団、そして王国騎士団に属する者達は皆、同様の術をその身に刻まれている。それは、先王アレクシス=ファーランドを自らの手にかけたボイルが、裏切りを恐れ生み出させた呪いの魔術。
己と国への忠誠を誓わせる儀式の中に、その術式が混ぜ込まれている事を知る人間はそう多くは無い。だが、この術の力は確実に対象の行動を縛り付けている。
誓約魔術と呼ばれるそれは、魂に呪いという形でオドを刻みつけ、誓約に反する行為を行えば、呪いのオドは魂と魄との間でオドの楔として現出する。対象の魂は魄の死を避けるため、無意識の内に思考さえも歪め始める。
魔術師として、騎士として最初に行われる国と王への絶対忠誠の誓い。人生で最も誉れ高いその時に、彼らは身も心も国に縛られる事となる。元々この魔術はキメラ研究所に勤めていたフィルツ=オルストイによって開発されたものであり、生み出したキメラを完全に支配するために編み出された魔術だ。
フィルツが生み出した制約魔術を忠誠を誓う儀式の中に織り込んだのは、ボイルの命を受けた魔術師団長ヴァイス=オルストイ本人である。合成魔獣であるキメラを抑制する方法がある事を知ったボイルは、すぐヴァイスにそれを人相手に利用出来ないか検討させたのだ。
結果、生み出された魔術が【忠誠の儀】である。意思の弱い者であれば、国と王への忠誠を絶対の物と考えるようになる。意思の強いものであっても、余程の事がなければ叛意を持つ事はない。叛意を持つ事は彼らの魄を死滅させる事に直結し、魂の悲鳴は肉体の不調という形で現れる。最終的に叛意を持ち続ける事は死へと繋がるのだ。
裏切りの思考さえ禁じる魔術。それがボイル国王による絶対支配を可能にしている正体だった。
「あの娘の知は、アレについても及んでいるかもしれん。だが、その上で自らの友人を切り捨てる事が出来る人間かどうか」
そういった選択が出来る人間であれば、それはそれで面白い。だが、ボイルが見る限りヴァージニア=マリノという少女はそこまで強い人間ではなかった。
(あの娘は他人を犠牲を恐れる性質がある)
人としては善良と言えるだろう。だが、為政者としては絶対的に向かない性質。
彼女は友人の為であれば、自らの意思で忠誠の儀を受けるに違いない。
期せずして強力な鬼札が自ら彼の手元にやってくる事に、ボイルはほくそ笑んでいた。
□□□
「忠誠の儀……ですか?」
「うむ。そうだ。それをアンナ=クィント、フィーア=クィントの両名及びお主の3名が受ける事が条件となる」
ヴァイス様の言葉に、私は正直戸惑っていた。
ゲーム【ピュラブレア】において忠誠の儀とは、学院卒業時に魔術師や騎士としての適正値がある一定を超えていた場合に行われるイベントだった。主人公が剣術課で特定のイベントをこなす事で、ヴァインやドライと共に騎士団への入団を認められ、忠誠の儀を受けるというイベントが存在する。煌びやかや衣装を身に着けた封剣守護者と共に、主人公が儀式を受けるスチルは、なかなかに見ごたえがあるものだった。
(どうしてそんなものを受ける事が条件になるのか)
罰としては、無いと言えるほど軽いものだ。それを受ける事でアンナの罪が問われないなら全く問題がないように思える。だがなんだろう、この妙な違和感は。
「わ、私は受けます。受けさせてください!」
「私もアンナと共に受けたいと思います」
アンナとフィーアはその言葉にすぐに了承する。それもそのはずだ。元々は王国神教大神殿に属する二人。国に忠誠を誓う事で贖罪となるなら、躊躇する事なんてないだろう。
「うむ。お前達の意思は受けとった。さて、ヴァージニア嬢。お前はどうする? この取引はお前達3人が受ける事で成り立つ。2人では無効だ」
「ジニー……」
「ヴァージニアさん……」
アンナとフィーアが心配そうな顔で私の答えを待っている。私は頷かなければ、彼らがどのような処分を受ける事になるか判らない。ただ、これまでのような穏やかな日々がやってくる事は二度とないだろう。
(答えは最初から決まっている)
選択肢があるようで無い質問。私が感じる違和感はもしかするとこれなのかもしれない。
そこまでして私に忠誠の儀を受けさせたい理由。それが判らない。
「わかりました。お受けします」
「ジニー!」
「ありがとう、ヴァージニアさん!」
アンナとフィーアの二人は私の手をとり必死に感謝の意を伝えてくる。こんな事で感謝されては、なんだかこそばゆくなってしまう。
「……そうか」
「ヴァイス様?」
一瞬、暗い表情をされたヴァイス様が気になり声をかける。
「なんでもない。では、改めてお前達の元に使いを送る。詳細はその者に聞くように。あと、ヴァージニア嬢」
「何でしょうか?」
だが、何事も無かったかのように、話し始めるヴァイス様に私はそれを気に留める事は無かった。
「忠誠の儀は、謁見の間で執り行われる。身だしなみには気をつけるように」
「は、はぁ」
「……ヴァインからお前がまともなドレス1つ持っていないと聞いている。当日までになんとかするように」
「……はい」
(何を密告しているんだ、あの男は)
私ははらわたが煮えくり返る思いを表情に出さないよう必死で隠しながら、ヴァイス様の言葉に答える。
あとで、ヴァインには徹底的におしおきが必要なようだ。
(まぁ、その後は御父様にお願いしてドレスをなんとかしないと)
正直まともなドレスを着るなんて、いつ以来だろう。5歳の頃、王城に呼ばれた時以来ではないだろうか。御父様が頭を抱える姿が目に浮かぶようだ。
久々のドレスに頭を悩ませる私をよそに、アンナとフィーアはあいも変わらず手と取り合い喜びあっている。
「まぁ、いいか」
友人である彼女達の喜ぶ姿を目にし、私は穏やかな気持ちに包まれていた。