6-13 交渉をしようと思います
「こうして、大神ピュラブレアは――」
ゴーンゴーン
「では本日の共通過程はここまで。ちゃんと復習しておくように」
あれから、1月が経過していた。私達の日常はあの日の前後で、まるで何も無かったかのように、穏やかに過ぎていた。
「腹へったー、ヴァイン、飯行こうぜ」
「おお、今日はどこいくんだ?」
隣ではいつものごとく少年達がどこで昼食をとるかを議論し合っていた。
「ドライはどうする?」
「俺は……その……リーゼと……」
ドライの視線は、彼の隣に座る黒髪の少女に向けられる。
「ドライが行きたいなら、別にかまわないわ」
「そ、そうか! よし、俺達も同行するぞ!」
(すっかり尻に敷かれてるじゃないか)
「ドライ君もいるなら、やっぱり肉だよね。肉」
「いいですね。私は、またレビン君が教えてくれた店の鳥が食べたいです」
レビンとフィーアが楽しそうに話している。リズやナータ、そしてドライ達と戦技課のメンバー達は、今では身分の差を気にする事なく気軽に話せる間柄になっていた。
その理由は2週間前に遡る。
『トミー達とドライってあんなに気軽に話せていたかしら?』
『ああ、俺ら全員、マリノ派だからな。派閥の仲間同士、肩肘張らずに気楽に行こうぜって話しあってな』
『は? 何それ……』
『何って、派閥だよ。お前、知らねぇの?』
どうも、初等課ではそれぞれ生徒同士で派閥ができていたらしい。自分にはそういった声が一切かからずまったくの蚊帳の外状態だった。仮にも侯爵令嬢の自分に、誰も声をかけない事を不思議には思ってはいたが、知らないうちに派閥に入っていたようだ。派閥の党首として。
『ヴァイン、聞いていないだけど!』
『あー、俺とトミー、それからドライの3人で決めたので……あれ、言ってなかったっけ?』
その後、ヴァインを小一時間を問い詰める事になりはしたが、結果として、戦技課の男子達とドライ=オーガストの仲は非常に良好なものになっていた。
「あー、あの店なら私達も行きたいな。ね、アンナ」
「ですね。でも兄様は最近、味の濃いものばかり食べられてますので、身体壊さないか心配ですわ!」
「なら、フィーアさんは豆スープだけで」
「ああ、それはいいですね」
絶望に満ちた顔のフィーアをよそに、デイジーとアンナは楽しそうに話を続けている。
「そんなにおいしいの?」
「ええ、ナターシャさんもご一緒されませんか?」
「行こうよ、ナターシャさん」
デイジーとアンナに誘われ、ナータは困り顔で私に救いを求める。
大丈夫だよナータ。ダイエットなら明日から一緒にがんばろう!
私は、ナータに力強く頷いてみせる。
「じゃぁ、折角だし私も行くわ」
「やったー!」
総勢10名か。これは同行者が必要だな……。私とヴァインの考えは同じだったようだ。互いに頷き合い、急いで準備に取り掛かる。
「アマンダさん、いますよね?」
「はいはい。いますよー」
私の声に、アマンダさんは即座に答えて見せる。
やはり、彼女はつかず離れず、私の事を監視し続けているようだ。
あの日、私は師匠から、アマンダさんが私の監視を目的として国から派遣されている特務隊という組織の人間である事を打ち明けられた。彼女がどういった経緯で特務隊という組織に加入したのかまでは、教えてもらえなかったが、国の組織という事は、彼女のベイルファーストでの行為が完全に許されたのだと考えて問題なさそうだった。
何よりあの日、力尽きそうになっていた私達を救ってくれたのは、アマンダさんが所属する特務隊の方々のお陰だったらしい。
(ゲームにはそういった組織は存在しなかったんだが)
ゲームとの齟齬がだんだん大きくなってきている事に、未来が変わる可能性への期待と、先の見えない不安の両方を感じていた。
「ドロシー先生とサニア先生、それからレイン先生にも声をかけてもらえますか?校門前で集合ということで」
「わかりした。そういえば、例の件ですが、見つかったそうですよ」
アマンダさんは私の願いを聞き、すぐに姿を消した。
「じゃぁ、行きましょうか」
「うっし、今日は食うぞー!」
少年達は破顔し、料理を楽しみにしている。
私達の生活は、あの日の前後で大きな変化もなく、表面上は穏やかな日々を過ごしていた。
(うまくいったのかな。よかった)
ある意味賭けだったが、なんとかなるかもしれない。
私は、楽しそうに微笑む少女達の姿に、ほっと胸を撫で下ろした。
あの日、私達は意識を失っていた所を、特務隊の方々に助けられていた。
そしてその後、私はあの方を相手に交渉の真似事をする羽目となったのだった。
□□□
「で、私に相談とは何だね。ヴァージニア=マリノ嬢」
何度かお世話になった王城の医務室のベットで目覚めた私は、様子を伺いにこられたヴァイス様に話したい事があると伝えた。
「今回の件、特務隊やその上の方達はすべてをご存知だと思いますが、できればその方とお話したい事があります」
「……何を話したいというのかね」
「アンナ=クィントの罪に関してです」
ヴァイス様も含め今回の件に関して、すべては知られていた可能性が高かった。
特務隊が、私達の身の危険が迫ったぎりぎりのタイミングで姿を現したという事は、私達の行動がずっと監視されていた事を示唆している。このままいけば、アンナは罪を問われ無事ではすまないだろう。
「お前がどうこう言える問題では無い事はわかっているだろうな?」
「はい。ですので、私からは彼女の罪に対し、彼女の価値の説明と罪への対価を提示させていただきたいと思います」
「ほう。彼女は、お前がそこまでするほどの人物だというのかね?」
「……彼女は私の友人ですから」
彼女の処遇に対して私がどうこう言える立場ではないだろうし、未来の事を考えれば何もしない事が正解かもしれない。だが――
(やっぱり、私は人を見捨てる勇気を持ちきれない臆病者なんだな)
戦技課の仲間達と楽しそうに話をする彼女の事を今更見捨てたりなんて出来るはずが無かった。
「……甘いな。だがいいだろう。お前の言葉をお伝えしておく。あの方はお前の話を聞いて下さるかどうかは私には分からないがな」
ヴァイス様はそうおっしゃり、医務室を後にされた。
そして、数刻の後。私は再び医務室に訪れられたヴァイス様に王城の奥へと案内された。
案内されたのは、装飾などが殆ど見られない実務的な作りの部屋だった。
「久しいな、ヴァージニア=マリノ嬢。おっと、お主の武勇を称え、【霜降】と呼んだほうがよいか? それとも【旋剣】と呼べばいいか。俺としては【薔薇園の奇跡】が馴染み深いがな」
「陛下のお心のままに」
そこで私を待ち受けていた人物は、大方の予測通りこの国の最重要人物であり、頂点に位置する存在だった。
「そうか。ならば【薔薇】と呼ぼう。して薔薇よ。お主がこの俺に申したい事があるそうだな。申してみよ」
多分この方は、薔薇園での出来事以来ずっと、私の事を監視されていたのかもしれない。すべてを見透かしたような彼の目は、私にそう思わせるものだった。
「はっ。陛下のお心遣いに感謝致します。では、僭越ながら、私が申し上げたき事はアンナ=クィントの件で御座います」
「ヴァイスから聞いている。あの娘の罪をこの俺に何とかしてほしいという事だな」
「はっ」
ヴァイス様は約束通り、陛下にすべてをお伝え下さったようだった。
「では、聞かせろ。あの娘の価値と、対価を支払うといったそうだな。まず価値からだ」
「はっ。アンナ=クィントは魔導を学び始めてまだ半年も経っておりません。にもかかわらず彼女は兄フィーア=クィントの助けはありましたが、風の魔素を精霊として現出する程の濃さで集める事に成功しております。彼女の風の属性に対する感応は、王国魔術師の方々にも匹敵すると考えます。彼女の力は必ず、王国の助けとなりましょう」
アンナがフィーアの協力を得ながら、あの場で風の魔素を精霊にまで昇華した事には驚きを隠せなかった。確かに私や師匠なら、転換魔術を用いれば魔素を精霊に昇華する事は可能だ。だが、彼女は転換魔術なしに感応の力だけでそれを成し遂げたのだ。彼女が正しく魔導を学ぶ事が出来れば、恐るべき風魔術の使い手となるだろう。
「話には聞いている。お主達は、あの娘が集めた風の力を、その場で作った陣形型の魔導具に利用したそうだな。多人数で発動させることで一人では成し得ない威力の魔術を発現させる。面白い発想だ」
「はっ、恐縮です」
「そう畏まるな。俺はお主を褒めているのだ。お主達が用いた技術は我が国の力となるだろう。あの技術の開発だけでもお主達の成果は大きいと言えよう。だがまだ足りぬ。あの娘の助命を願うならば、あの娘の能力、新たな技術、その上でまだ足りぬ」
まるで私を試すかのような目で、ボイル陛下はそうおっしゃられる。ここまでは予想内だ。
ゲームにおいて、緑の封剣守護者の離反の可能性さえあるアンナ=クィントの追放を、この国は行ったのだ。実際には追放というのは形式上のもので、彼女は国によって処刑されていたのだろう。
その理由は遺跡の情報の保護。国の力となりうる遺跡の大型の魔術罠の存在を知る彼女を、国は放置する事が出来なかったのだろう。それを言えば私達戦技課のメンバー全員がすでに国にとって放置できない存在となっている事になる。だがそれは、先ほど陛下がおっしゃられた【私達の技術開発の成果】により許されているだけだと考えられる。
アンナの場合は遺跡の情報だけではなく、彼女が行った罪への分が残っている。だからこそ私はアンナの【罪への対価】を提案しようと考えていた。
「私が陛下にご提案させて頂く事は、アンナ=クィントの罪に対し、王国が受けた損害に対する補償に関する事です」
「ほう。具体的に申せ」
「はっ。彼女の罪の対価として、私が知るミスリル銀の鉱脈の場所をお伝えしようと考えております」
「馬鹿な! そんなものあるはずが無かろう!」
私の言葉にヴァイス様が思わず声をお上げになられる。その気持ちは理解できる。ミスリル銀は魔導伝導率の高さだけではなく、武器の素材としても非常に優れた金属だ。
重量のわりに高い硬度を有しており、素材として用いれば、軽くて強靭な武器を作る事が可能となる。問題は、ミスリル銀自体、今では王国内で一切採る事が出来ない事。現在、国内に流通するミスリル銀の殆どが他国で産出された物である。そのためミスリル銀は非常に高価で、武器として用いる程の量ならば、素材費だけで金貨数千枚が必要となる程だ。
「誠か?」
「はっ。ここより、北東に行った先の村でゴブリンによる襲撃が発生しているはずです。ゴブリンは山に潜んでいたものですが、住処である山を追われ、麓の村を襲撃したものと思われます」
ゴブリンは元は人型の魂狂いの一種。それが繁殖し野生化したものだ。ゲーム【ピュラブレア】において、開始5年前にゴブリンの襲撃で麓の村が滅んでいるはずだ。この事件に関し王国は一切動かず、冒険者ギルドが対応する事となった。ギルドの冒険者の手により、村を巣食っていたゴブリン達は完全に駆逐される事になるが、彼らが山を降り村を襲撃した理由は、明らかにされなかった。
ゲーム主人公は、ルート次第でその村を訪れる事になる。そこで彼らが山を降りてきた理由が、住処にしていた洞窟に突如、トロールの群れが押し寄せた事が原因と判明する。
ゴブリン達は自分達の住処を拡張させるべく洞窟を掘り進め、その結果トロール達の住処まで掘り進めてしまったのだ。トロールにとってゴブリンは人間同様、餌以外の何者でもなかった。
力と回復能力に優れたトロールの群れに対し、数で勝っていたゴブリンだったが、それだけではどうする事もできず、結果、住処を捨てる事になる。
そうして山を降りた彼らは、新たな住処として人間の村を襲撃したのだった。
トロールはゴブリン同様、人型の魂狂いの一種である。だがゴブリンと違い、彼らは鉱石を好む性質を持っていた。彼らにとって鉱石は嗜好品のようなものであり、彼らの住処には貴重な鉱脈が存在する事が多くあった。今回、ゴブリン達を追いやった彼らもまた、貴重な鉱脈を住処としていた。それがミスリル銀の鉱脈。国が探しきれなかったミスリル銀の鉱脈を探し当てたのは、ただ住処を拡張しようとしていたゴブリン達だったのだ。
「確かに、彼女の申すとおり、ゴブリンの群れによる襲撃があった事は事実です。ですがその群れはすでに冒険者ギルドにより駆逐されております」
ヴァイス様の言葉で、陛下は私の言葉を吟味され始める。ここからが勝負だ。
このプレゼンに魅力を感じてもらわなければならない。
私はこの国のトップを相手に、為慣れない交渉事を続けた。