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それぞれがすべき事

 

「説明するわ。聞いたら各自、すぐに準備に入って!」


 私の言葉に全員が声を上げて答える。

 遺跡の罠は炎魔術、それも【燼滅(バニッシュ)】クラスの威力の魔術が四方八方から押し寄せるというもの。瞬間的なものであれば、ヴァインが私の【燼滅(バニッシュ)】を【水砦(アクアフォート)】で相殺したように対応する事はできるだろう。問題は罠の発動時間だ。


「アンナ。知っていれば教えて」

「うん。私に分かる事ならなんでも答えますわ」

「罠の炎はどの程度の時間で消えるか分かる?」


 これが分からない事には対策の立てようがない。もし長時間発動し続けるなら、炎に耐え切る事はできず私達は燃え尽きてしまうだろう。


「確か中央に到達してから10分ぐらいだったと思いますわ」

「ありがとう!」


 罠であるならあまり長時間は無いだろうと予想は立てていたが、10分なら生き残れる可能性がまだある。


「で、どうするんだジニー」


 ヴァインだけではない、全員が私の言葉を待っている。


「魔導具を作るわ」

「は?」


 大型の魔導具を作製し、その防衛魔術で炎から身を守る。私が考えたのはそんなシンプルなものだった。


「魔導具ったって、ここには盾も鎧も何も無いじゃないか」


 トミーは今にも泣き出しそうな声で私に訴えかける。言いたい事はわかる。いくら魔導具を用いれば助かるといっても、媒介がなければ作ることさえ出来ない。だが、ここには媒介として使う事が出来そうなものが一つだけあった。


「ここに来る途中、この遺跡がまるで風化していない事に気がついたわ。たぶん、壁や床には魔術的な処理が施されてると思うの」

「魔術的な処理?」

「試作型魔導剣を作った時、私達が最初にした事を覚えている?」


 魔導具を作るにあたって重要になるのは、媒介の準備だ。

 その媒介は込める防衛魔術に適した形であること、十二分に魔術紋が刻める面積があること。

 そして、魔術が込めやすいものである事。


「鋼の武器じゃ変換効率が悪すぎたから、鋼にミスリルを少量混ぜ込んだ」


 トミーはゆっくりと思い出しながら口を開く。試作型魔導剣は刀身にまで防衛魔術を伝える必要があった。だが、ただの鋼では刀身に魔術を伝える途中、一気に伝導効率が低下し、発動する魔術の強度が著しく低下していた。そこで、トミーのアイデアで刀身に魔導銀と呼ばれるミスリルを少量混ぜ込む事で、魔術の伝導効率を上げ、その問題を解決していた。入学試験の時に作成したガントレットにも魔術紋が刻まれたあたりは魔術の伝達効率を上げる為に銀が含まれていた。


「つまり、ここの遺跡自体が魔導具の媒介として使えるぐらいに魔術の伝導効率が高いって事か」


 ヴァインの言葉に私は頷く。


「うん。この大穴の罠は魔術伝導効率の高い壁を利用した巨大な魔導具のような装置だと思うわ」

「ジニー、お前がやろうとしている事は分かった。ったく、よくこんな事を思いつくぜ」


 ヴァインは呆れた顔でそういう。


「どういう事だよヴァイン」

「こいつがやろうとしているのは、この場所自体を魔導具にする事だ」


 この遺跡の壁や床は、魔術的処理がされており、魔術の伝導効率が非常に高い。

 もちろん魔術紋を刻むのに十分な面積が存在するし、結界状に魔術を展開させるなら、形状の問題もクリアする。魔導具が持ち運べる道具である必要なんてない。魔術紋を刻み、そこにオドを流し込める事が出来るのなら、それは立派な魔導具と言えるだろう。


「確かに、魔術紋さえ刻めたら、いけるかもしれない」

「道具なら持ってるよ」


 レビンは自分の荷袋から細工用の細いノミを数本取り出す。


「お前、いつも持ち歩いてんのかよ」

「だって、大事なものだし。失くしちゃ困るでしょ?」


 本来ならそんなもの、技術課棟に置いておけばいいのにと思うが、今回に限ってはレビンに感謝だ。


「魔術紋は試作型魔導剣と同じ、風魔術を用いた防衛魔術。広さは全員が入れるぐらい。そうね、直径3mぐらいかしら。いける?」


 トミーとレビンの二人が頷く。試作型魔導剣作製の時は同じ魔術紋を彼らは完成まで何度も刻み込んでいる。同種の魔術紋であれば彼らでも問題ないはずだ。


「アンナ、貴女には風の魔素を集めて欲しいの」

「え……私にそんな事」

「貴女が、毎日こっそり水魔術を練習しているのは知っているわ。この中で、私とヴァインの次に魔術に長けているのは貴女よ」


 彼女が、ヴァインの代わりに【抑制(レプレス)】を使えるようになろうと一人で修練を続けている事を、私とヴァインは知っていた。理由は多分、フィーアの【癒しの祝詞】に合わせる為だろう。


「私なんかに、そんな……」

「大丈夫、フィーアがサポートしてくれるわ」


 風の封剣守護者である彼の力がアンナに干渉すれば、風以外の魔素が消失する分、風の魔素を集める事はたやすくなるだろう。


「兄様……」

「大丈夫だよアンナ。私と二人でがんばろう」

「はい」


 これで、魔導具のほうは何とかなるだろう。後は――


「最後にヴァイン。貴方には魔術を使ってもらいたいの」

「いや、いいけど。俺の魔術じゃぁ、あの炎には対抗できないぜ? そりゃ数瞬なら耐えれるだろうが10分なんて長時間は無理だ」


 普通の魔術師が魔術を維持できる時間は、せいぜい3分程度だろう。10分間もの長時間魔術を維持するとなると、大量のオドが必要となってくる。師匠でさえ、それほどの内在オドを持ちえないだろう。だが魔術師の素養以外にも、魔術の維持時間を延ばせる方法があった。


「合体魔術を使うわ」

「?!」


 合体魔術なら、互いのどちらかがオドを供給し続ければ、魔術を維持し続ける事が可能となるだろう。だが問題がないわけではない。


「お前、ベイルファーストでもう二度と使わないって言っていたじゃないか」


 ベイルファーストで私とヴァインは、キマイラの動きを封じる為、私の【霜の領域(フロストリージョン)】とヴァインの【奔流(トレント)】を合体させ新たな魔術を発動するのに成功していた。ゲーム【ピュラブレア】でも用いられていた【協力攻撃】だ。


「そりゃ、あんなの何度も使えば……」

「お、お前の言いたい事は分かるけど……。その……いいのか?」


 本当はよくはない。だが、魔導具だけで、この罠を乗り切る事は難しいだろう。

 炎の魔術そのものは、遺跡の床を用いた大型魔導具の防衛魔術で防げる可能性は高い。だが、問題は大量の【燼滅(バニッシュ)】クラスの炎魔術による熱だ。


 炎魔術の恐ろしい所は、燃焼効果だけではない。発生する熱もまた脅威となる。炎による直接的な燃焼を防げたとしても、発生する熱を防ぐ事は難しい。周囲を高熱の炎で囲まれた私達が蒸し焼きになる事は容易に想像できる。


 熱を抑えることができれば、炎の勢いも弱まり、魔導具で防げる可能性も上昇するだろう。

 10分という長時間維持できる魔術。それが今回の作戦で、非常に重要な要素となる。


「本当はよくないわよ。でも、相手がヴァインなら……」


 ヴァインは私にとって師匠の次に信頼できる存在。5年前よりも私の中で彼の存在は大きくなっている。すべてをさらけ出す合体魔術は、信頼できる相手でなければ使う事が出来ない。

 さらに互いのオドを共鳴させる魔導のセンスが必要だ。その点でもヴァインであれば、成功率はぐっと上昇するだろう。


 私はヴァインの耳元に口を当て小さく呟く。


「貴方にしかこんな事は頼めない。私にとって、ヴァインは特別だから」


 下手な期待をさせたいとは思わない。だが、合体魔術を使えば共鳴したオドから、私の思いは彼に伝わってしまうだろう。私にとってヴァインはかけがえのない親友だ。仲間でも友人でもない。もっと深いレベルで私は彼の事を信頼している。多分5年前よりも、彼に対する私の感情は深いものになっていた。


「お、お前、意識せずにそういう事言うのは本当にやめろよ!」

「ヴァイン。オドを共鳴させれば感情まで伝わるのは、貴方も知っているはず。私の言葉が嘘かどうかは、やってみれば分かるわ」


 ヴァインは私の言葉をしばらく考えた後、ゆっくりと頷いてみせる。


「わかったジニー。お前の言葉に従おう」


 ベイルファーストで合体魔術を用いたときは、お互いまだ5歳。ヴァインも私も互いに友情は感じていたが、それ以上の思いはなかっただろう。


 だが、今は違う。

 ヴァインの私に対する気持ちを知ってしまった。

 以前とは違い、互いへの思いの大きさは違っているだろう。

 それを彼が知った時、彼がどう思うか分からない。それでも――


「そっちはたのんだぜ、レビン」

「うん、まかせて」


 トミーの言葉に、レビンが頷き、床に魔術紋を刻み込んでいく。その奥では、フィーアに支えられながら、アンナが必死に風の魔素への感応を進めていた。


 全員が、自分達のすべき事を行っている。


(私も、出来ることをしなければ)


 互いの思いまで伝わってしまう合体魔術を使えば、ヴァインとは、これまでのような関係でいられなくなるかもしれない。


「はじめましょう。ヴァイン」

「ああ」


 ヴァインは私を背中から抱きしめる。互いの心臓の音が大きく鳴り響くのを感じる。

 背中の彼の温もりが、緊張をほぐしてくれていた。

 私の無茶にいつでも付き合ってくれる優しい親友。


(ありがとうヴァイン)


 体内のオドを活性化させ、魔素への感応を高める。


「水のオドよ(くるめ)き換ぜよ、大気に満たせ、己が半身、万魔が王の腕かいなが如く、その身を変えて拡がり導け――」


 自分の体内で高まるオドの流れに、ヴァインが触れているのを感じる。

 ヴァインの優しさが、強さが、そして私に対する思いが流れ込んでくるのが分かる。だからこそ――


(ごめんなさい)


 私は彼の思いには答えられない。私の思いはオドを通して伝わっているだろう。

 もしかすれば、彼はそれに失望するかもしれない。


(それでも、この魔術だけは成功させなければならない)


 迫り来る炎に抗うように、渦巻く氷の魔術が発動した。

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